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2010/06/08

ベルゼバブの孫への話<3>

<2>よりつづく

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「ベルゼバブの孫への話」 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判<3>
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ /浅井雅志 1990/08 平河出版社 単行本 787p
☆☆☆☆☆

 これだけの分量であり、これだけの内容である。この本が手元にある間に、簡単に読了というわけにはいかない。かと言って、この本を手元にずっと置いておいたら、いつまでも積ん読本となってしまい、後回しに次ぐ後回しになってしまうだろう。二週間程度手元にある、というのは、私にはちょうどいいサイクルだ。

 今回もまた、この本を読んだ、ということにはならない。前回は、この本が図書館ネットワークで読める、ということを確認しただけだったが、今回はこの本の意義と、大体の構成が少し分かった、と言うことで、よしとしよう。

 もともと、3回は読め、と言われる本であるが、今回も、初読、とまでもいかない。まるでジベリッシュのようなこの厖大な文字列の山の前では、溜息がでてくるだけだ。だが、巻末の用語集を見ると、必ずしも意味のない文字列ではないのだ。少なくともグルジェフなりの意図が隠されている。

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 この「ベルゼバブ」の内部は三部構成になっている。そして、この本自体もまた、「注目すべき人々の出会い」「生は〈私が存在し〉て初めて真実となる」との三冊で、三冊一体構造になっているのである。そのような位置関係の中でこの本の意義を考えてみる。

 グルジェフはこの「ベルゼバブ」を3回読んだあとに「注目すべき人々」を読むべきだと、ワークに参加する者たちに言っていた。そして、最後に「私が存在し」を読むべきだと。もちろん、そのワークへの参加者でもなく、また時代がすでに経過したあとの読者である私は、それほど厳密に考える必要はないだろうが、グルジェフワークの意味を考えるときには、グルジェフの意図を十分汲み取る必要がある。

 この三部構成を、いわゆる「序・破・急」になぞらえて考えてみるのはいかがなものだろうか。あるいは、神智学の三層構造、Oshoの三時代、などと突き合わせて考えてみるのも面白い。

 序。「ベルゼバブ」。ブラヴァッキーであり、Osho「奇跡の探求」である。

 破。「注目すべき人々」。ベサント=リードビーターであり、Osho「私が愛した本」である。

 急。「私が存在し」。クリシュナムルティであり、Osho「禅宣言」である。

 なかなか分かりやすい。このような構造として、この「ベルゼバブ」を読んでみる、というのも一考だ。当ブログは、このようなものとして、今後読んでいくことにしよう。

 さて、そうしてみると、短絡的な当ブログは、急いで「急」の結論だけを知りたくなるのだが、ここは順序を踏まえて、まずは「序」から始めるべきだろう、と考えをあらためる。ベルゼバブもブラヴァッキーも「奇跡の探求」も、たしかに苦手な分野ではある。

 しかし、ここは逃げ出すわけにはいかない。毒食らわば皿まで。「ベルゼバブ」。あらためて、真の意味での「初読」の機会がくることを待つことにしよう。そして、まずは「三読」。

つづく・・・

 

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