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2010/06/29

「意識とはなにか」 <私>を生成する脳 <5>

<4>よりつづく 

意識とはなにか
「意識とはなにか」 私>を生成する脳 <4>
茂木健一郎 2003/10 筑摩書房 新書 222p
☆☆☆★★

 ウスペンスキーの本に目を通していて、時間やら空間やら、4次元やら、物理学やらという単語に目が慣れてくると、もともと読んでいたこちらの本が思いだされてきた。普段は、記事を書いたら、校正もしないでアップしてしまい誤字脱字だらけで、過去の記事などもあまり振り返ったりしないのが当ブログの流儀なのだが、過去にこの本について何を書いたのかを読んでみた。

 まぁ、ほとんど言い尽くしてしまっているなぁ、と思う。新たにここでこの本に戻らざるを得ないとすれば、この本を批判的に読み込んで、足掛かりのステップ台として使うことだ。そのような意味では突っ込みどころ満載ではある。

 ウスペンスキーと茂木を読み比べてみると、いずれも当代の流行作家(時代は100年も隔てているが)であるが、ウスペンスキーの方は、当時の最新科学を最大限に吸収しつつも、さらに神秘への扉を開こうと模索しているのがよくわかる。

 それに比しての茂木は、最新科学を装いつつ、すでにその限界領域を見据えながらも、無限の空間に想いを漂わせ、一点突破しそうではあるが、しっかりとその足場を科学や論理体系のなかに残そうと努力する。そして、決して、ラスト・ソリューションとして「神秘」という言葉に逃げ込みはしない。

 ウスペンスキーは、そこにたどり着いたかどうかはともかくとして、古代から連綿とつづく叡智に救いを求める。茂木は、その周辺にアタリをつけてはいるが、敢えてそこには触れない。そこは偏狭さというより意地と言っていいだろう。

 はてさて、ここで当ブログは、ギータやらウパニシャッドやらベーダやらという「神秘」の世界に足を半分突っ込み始めているのだが、それを当ブログ全体として、どう把握して行ったらいいのか、という問題がでてくる。

 科学(コンテナ)・表現(コンテンツ)、と、神秘(コンシャスネス)と間には、ミッシング・リンクが残されている。科学・表現と、神秘の間の架け橋として、茂木はクオリアという暫定的な方便を持ち出す。身体論でいえば、第4身体から第5身体への突破を図っている、というイメージだ。しかし、第6、第7はまだ見えないままだし、拙速に見ようともしていない。それはそれでいいのだろう。

 神秘側からのアプローチとしては、語り得ないものを語る、表現し得ないものを表現する、理解する者だけに開示されるべきものを、その範囲を超えて開示するという努力が、近年著しく進行している。第7身体から、第6、第5、そして、第4まで下りてこようか、という勢いだ。

 しかしなお、その二つの潮流は、いまだ一体化されていない。少なくとも、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、そのミッシング・リンクを見つけかねている。まぁ、敢えて言うなら、茂木に倣って、「見ようとしていない」とカッコよく言い放つこともできる。もちろん、そこまで純化されていない、とも言える。

 池田晶子の著書は「私とは何か」、「魂とは何か」、「死とは何か」、という三部作にまとめられた。生前の彼女のことは何も知らない当ブログではあるが、この三部作のタイトルにはギョッとした気分で惹きつけられた。

 なんどかこの言葉群を味わっていて、多分、遺された人々が付けたのであろうこのタイトルを見ていて、どこまでも違和感があった。「What is?」でいいんだろうか。敢えて、当ブログは、What isを避けて、この本のタイトルを「私は誰か」、「魂はどこにあるか」、「いかに死ぬか」、という、Who、Where、Howに置き換えてみることを提案した。

 としてみると、ここにおいて「意識とはなにか」という疑問詞をこのままにしておいていいのだろうか。What is Conciousness、と意識を「何」と捉えてしまうことはできるのか。むしろここは、How to be Concious、あるいは、Ways to Become More Conscious、「いかに意識的に生きるか」という問いかけに言い換えることが正しいのではないだろうか。

 その書物を開けてみて、彼らは驚き、混乱し、失望した。それはたった一頁にしか文字が記されていなかったのだ。
 そこに書かれている言葉を読んで、彼らはさらに驚愕し、ついでに当惑した。
 それは以下の通りだった。
<入れものと中身の違いがわかるとき、あなたは、知識を得るだろう>。
「書物の王国」(15)「奇跡」p53

 「スーフィーの本」の中身は空白である。白いページが連綿とつづく。この茂木本の巻末にある「文献リスト」も、いつか読んでみたいと思う本が何冊か挙げられている。このような文脈の中で、ここに挙げられている物理学や脳科学、哲学などの本の中に、「空白」を読む可能性が残されているなら、当ブログがこれから読むべきリストとして残しておく価値はある。

<6>につづく

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