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2010年6月の75件の記事

2010/06/30

タオ自然学<2>

<1>よりつづく

タオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる
「タオ自然学」 現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる <2>
F・カプラ (著), 吉福 伸逸 (翻訳), 田中 三彦 (翻訳), 島田 裕巳 (翻訳), 中山 直子 (翻訳) 1979/11/15 工作舎 単行本: 377p
☆☆☆☆☆

 ウスペンスキーの四次元やら物理学の話などに目を通していると、それこそ自然とこの本のことを思い出す。当時の日本におけるニューアカデミズムとやらのブームを起こすきっかけになった一冊でもあり、翻訳者陣の顔ぶれをみると、そうそうたる面々の若い時代が想起される。

 物理学なんぞ、得意でもなんでもないし、できれば避けて通りたい面倒くさそうな話しではあるが、話されてみれば、これがなかなか面白い話が飛び出してくるのも、また物理の世界でもある。とくに、この本のように、現代の先端物理学が、古代から東洋に伝わる経典類に通じるものがある、などという「枠組」で語られれば、興味が湧かないはずはない。

 Oshoは「禅宣言」でフリチョフ・カプラに触れている。

 私にはわかるが、カプラはただ想像しているだけだ。彼は現代物理学を知り、そして<道(タオ)>の哲学を知っている。タオの物理学、あるいは物理学のタオを作るというのは、非常にささやかなことだ。なぜなら、タオという言葉は道を意味するのみだからだ。そしてたしかに、現代物理学はテクノロジーを超えている---マインドの境界を越え、たいへんな混沌の状態にある。

 マインドの枠内にとどまっているかぎりは、物事は明確だった。ところが今、現代物理学の到達した地点は、もうマインドには理解しがたいものだ。カプラ自身も、物理学者として、現代物理学の突入した混沌をどうにか理解しようとしてタオのことを学び始めた。そしてたぶんタオも役にたつだろう。

 でも彼はタオの人ではない。いまだ一個の知識人で、何とか定義を得よう、何とか混沌から脱しようとしている。いまだ霊性の実現について考えている。でも霊性の実現というものはない。なぜなら霊性なるものがないからだ。

 あるのは無の中への消失だ。それは実現とは呼べない。非実現となら呼べるが、実現とは呼べない。何も実現しない。存在していたものでさえなくなる---ただ静寂が広がるのみだ。

 私は知っている---<存在>の混沌状態は究極的なものだ。それを体系化しようとしたら必ず失敗する。哲学は失敗したし、科学も失敗した。これからもそういう試みは続くだろう。しかし私はここでハッキリ断言するが、いかなる体系もこの広大な<存在>を説明することはない。<存在>はどこまでも神秘のままだ。

 諸宗教はそれぞれの仕方で試みたが、失敗した。哲学も失敗した。科学は偉大な体系的論理をもって現れ、そして今世紀の始めには、<存在>の神秘をすっかり解明しつくし、合理性のもとに従属させてしまう勢いだった。ところが反対に、その逆が起こった。

 より深く真実に迫るにつれて、従来の科学的な概念がすべて役に立たなくなった。もはやアリストレレスの論理は論理ではなく、ユークリッド幾何学は幾何学ではない。今や科学の立っている地点では、すべてが再び神秘になる---説明もなければ、合理もない。Osho 「禅宣言」p316

 この「禅宣言」の邦訳はあまり上手ではないと思うが、それでも私はとてもこの本が好きだ。当ブログにおいては、限りなく重要な一冊である。

 カプラは「タオ自然学」の巻頭において、次にように書いている。

本書をつぎのひとびとに捧げる
わたしを導いてくれた
アリ・アクバ・カーン
カルロス・カスタネーダ
ジェフリー・チュー
ジョン・コルトレーン
ウェルナー・ハイゼンベルグ
クリシュナムルティ
劉秀基
フィロス・メータ
ジェリー・シェスコ
ボビー・スミス
マリア・トーフェンバッハ
アラン・ワッツ
そしてともにこの道を歩んできた
ジャクリーヌ 
  p6

 聞いたこともない人もいるが、カスタネダ、クリシュナムルティ、アラン・ワッツなどの名前が見えるところに、時代性を感じる。

 つづく・・・・・

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2010/06/29

「意識とはなにか」 <私>を生成する脳 <5>

<4>よりつづく 

意識とはなにか
「意識とはなにか」 私>を生成する脳 <4>
茂木健一郎 2003/10 筑摩書房 新書 222p
☆☆☆★★

 ウスペンスキーの本に目を通していて、時間やら空間やら、4次元やら、物理学やらという単語に目が慣れてくると、もともと読んでいたこちらの本が思いだされてきた。普段は、記事を書いたら、校正もしないでアップしてしまい誤字脱字だらけで、過去の記事などもあまり振り返ったりしないのが当ブログの流儀なのだが、過去にこの本について何を書いたのかを読んでみた。

 まぁ、ほとんど言い尽くしてしまっているなぁ、と思う。新たにここでこの本に戻らざるを得ないとすれば、この本を批判的に読み込んで、足掛かりのステップ台として使うことだ。そのような意味では突っ込みどころ満載ではある。

 ウスペンスキーと茂木を読み比べてみると、いずれも当代の流行作家(時代は100年も隔てているが)であるが、ウスペンスキーの方は、当時の最新科学を最大限に吸収しつつも、さらに神秘への扉を開こうと模索しているのがよくわかる。

 それに比しての茂木は、最新科学を装いつつ、すでにその限界領域を見据えながらも、無限の空間に想いを漂わせ、一点突破しそうではあるが、しっかりとその足場を科学や論理体系のなかに残そうと努力する。そして、決して、ラスト・ソリューションとして「神秘」という言葉に逃げ込みはしない。

 ウスペンスキーは、そこにたどり着いたかどうかはともかくとして、古代から連綿とつづく叡智に救いを求める。茂木は、その周辺にアタリをつけてはいるが、敢えてそこには触れない。そこは偏狭さというより意地と言っていいだろう。

 はてさて、ここで当ブログは、ギータやらウパニシャッドやらベーダやらという「神秘」の世界に足を半分突っ込み始めているのだが、それを当ブログ全体として、どう把握して行ったらいいのか、という問題がでてくる。

 科学(コンテナ)・表現(コンテンツ)、と、神秘(コンシャスネス)と間には、ミッシング・リンクが残されている。科学・表現と、神秘の間の架け橋として、茂木はクオリアという暫定的な方便を持ち出す。身体論でいえば、第4身体から第5身体への突破を図っている、というイメージだ。しかし、第6、第7はまだ見えないままだし、拙速に見ようともしていない。それはそれでいいのだろう。

 神秘側からのアプローチとしては、語り得ないものを語る、表現し得ないものを表現する、理解する者だけに開示されるべきものを、その範囲を超えて開示するという努力が、近年著しく進行している。第7身体から、第6、第5、そして、第4まで下りてこようか、という勢いだ。

 しかしなお、その二つの潮流は、いまだ一体化されていない。少なくとも、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、そのミッシング・リンクを見つけかねている。まぁ、敢えて言うなら、茂木に倣って、「見ようとしていない」とカッコよく言い放つこともできる。もちろん、そこまで純化されていない、とも言える。

 池田晶子の著書は「私とは何か」、「魂とは何か」、「死とは何か」、という三部作にまとめられた。生前の彼女のことは何も知らない当ブログではあるが、この三部作のタイトルにはギョッとした気分で惹きつけられた。

 なんどかこの言葉群を味わっていて、多分、遺された人々が付けたのであろうこのタイトルを見ていて、どこまでも違和感があった。「What is?」でいいんだろうか。敢えて、当ブログは、What isを避けて、この本のタイトルを「私は誰か」、「魂はどこにあるか」、「いかに死ぬか」、という、Who、Where、Howに置き換えてみることを提案した。

 としてみると、ここにおいて「意識とはなにか」という疑問詞をこのままにしておいていいのだろうか。What is Conciousness、と意識を「何」と捉えてしまうことはできるのか。むしろここは、How to be Concious、あるいは、Ways to Become More Conscious、「いかに意識的に生きるか」という問いかけに言い換えることが正しいのではないだろうか。

 その書物を開けてみて、彼らは驚き、混乱し、失望した。それはたった一頁にしか文字が記されていなかったのだ。
 そこに書かれている言葉を読んで、彼らはさらに驚愕し、ついでに当惑した。
 それは以下の通りだった。
<入れものと中身の違いがわかるとき、あなたは、知識を得るだろう>。
「書物の王国」(15)「奇跡」p53

 「スーフィーの本」の中身は空白である。白いページが連綿とつづく。この茂木本の巻末にある「文献リスト」も、いつか読んでみたいと思う本が何冊か挙げられている。このような文脈の中で、ここに挙げられている物理学や脳科学、哲学などの本の中に、「空白」を読む可能性が残されているなら、当ブログがこれから読むべきリストとして残しておく価値はある。

<6>につづく

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2010/06/28

新しい宇宙像<8>

<7>よりつづく

新しい宇宙像〈上〉 新しい宇宙像〈下〉
「新しい宇宙像」〈上〉 〈下〉 <8>
[P.D. ウスペンスキー (著), P.D. Ouspensky (原著), 高橋 弘泰 (翻訳) 2002/06~08 出版社: コスモスライブラリー 単行本: 406p、399p
☆☆☆☆

 当ブログで読んでいる本の90%は近くの公立図書館から借りてきて読んでいる。別にケチだけが理由でそうしているわけではなくて、自宅にあまり蔵書を増やしたくないということや、本当に近くに置きたい本はすでに購入しているので、積ん読本を先に処理しなくてはならない、ということもある。

 しかし、もともとは、世の中の人たちはどんな本を読んでいるんだろう、という野次馬根性もあった。自分が読みたい、と思うより、みんなが読んでいるなら、私も読んでみよう、という受け身の態度であった。

 だから、あまり予約が殺到して争ってまで読むような超新刊は読んでいないし、まったくレアな希少本も、だからと言って深追いはしないできた。まったりと、有体の読書ができればそれでいい。

 しかるに、どうしても読みたいとか、なんでこの本がこんな位置にあるのか、という本もある。そのような本として、このウスペンスキー「新しい宇宙像」がある。私の位置からすると、近くの図書館にないばかりか、地域の他の図書館ネットワークにも在庫もなく、2桁ある大学群の図書館にもない。

 Oshoは「私の愛した本」BIHL8-2でこの本を取り上げ、「詩的な本だが、私のヴィジョンにきわめて近い」p106とまで評価している。一般にもっと知られてしかるべき本であろう。邦訳出版も2002年と、この手の本にしては近刊の部類に属する。

 かつて、超古代の叡智がぎっしりと詰まったアレクサンドリア図書館が破壊され炎上してしまったために、多くの秘教に属する本が失われてしまった、という。どこまで史実であるか定かではないが、ただ、現代においては、そのアレクサンドリアの悲劇は起こり得ないだろう。

 もし本として残されたものであるならば、どこかの図書館に収まっているだろうし、ネットで発見され、いずれ読むことができるようになるだろう。本としてまとめられなくても、ネット上の情報として残すことができるなら、それはほとんど地球上の人類の共有財産として、誰にも破壊しえない形で保存されることになるに違いない。

 しかし、それにしても、まずは現存する本を多くの人々が目にし、多くの図書館が蔵書とする必要がある。そして、重要な本であると認識したら、近くの図書館にはたらきかけて蔵書するように依頼するべきだと思う。

 とか言っているうちに、この「新しい宇宙像」も私の手元を離れるタイミングとなった。今回もこの本は、海峡を越え、はるか1000キロに及ばんとする距離を越えて、やってきてくれた。いっぺんに読める本ではないが、簡単にメモしておく。

 上巻、第3章、「超人」は、当然のごとく、ニーチェの「ツアラトゥストラはかく語りき」のウスペンスキー理解ということになる。時代を考え、この人の経緯を考えた時、これだけの評論を残し得たということも大事だが、対峙して読もうとするこちらに、決して隙を見せていないのも、すごいと思う。

 ただ、これはウスペンスキーに限ることではないのだが、「超人」という考え方そのものに、どこか破綻が潜んでいる。スーパーマンではなく、ニューマンだ、とOshoは言うわけだが、そこのところを、原寸大に、読み手として自分流に、もうすこし読みこなす必要がある。

 下巻、第9章、「奇蹟を求めて---小品集」も、なかなかとっつきやすい部分である。パリのノートルダム大聖堂、エジプトのピラミッド、スフィンクス、サファイアの眼の仏像、タージ・マハール、ダーヴィッシュの旋回舞踊、などなど、20世紀初頭にこれだけの距離をかけて旅をしながら実際に見聞を広げてレポートを書いたウスペンスキーの観察力にも眼を見張るものがある。

 ただ、これらから全体に直接的に繋がっていくラインがいまいち見えない。つまり、それらの広大な建築物の前で、私は誰か、という究極の問いかけにいまいち辿りつかない嫌いがある。

 Oshoが「私のヴィジョンにきわめて近い」という時、ウスペンスキーの記述を少し作り替えれば、Oshoのヴィジョンになる、というものではないだろう。このままでは、いくら作り替えても「きわめて近い」状態から一歩も動かないのではないだろうか。

 それは、ウスペンスキーの姿勢にある。「きわめて近い」状態に留まるところが、ウスペンスキーのスタイルなのである。持って生まれた宿命というべきか、長い修練の中で選び取ったスタイルというべきか。科学者やジャーナリスト的なスタイルを保ちつつ、最終的に神秘な領域に入ろうとしている。

 その姿勢に多くの共感を得ることもあり得るのであるが、ウスペンスキーは、このままでは永遠に、「きわめて近い」状態に留まってしまうことになる。そして、それは、ウスペンスキーひとりの問題ではなく、この本を読む私自身の問題ともなる。

 今回はこの本をBIHL2-10の「奇蹟を求めて」や、BIHL3-2「ターシャル・オルガヌム」、BIHL10-9の「人間に可能な進化の心理学」との、4部作の一つとして手に取ってみた。またの機会には、また別な流れの中でこの本を手にしてみよう。

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ギータ・ゴーヴィンダ<2>

<1>よりつづく

ヒンドゥー教の聖典二篇
「ギータ・ゴーヴィンダ」 ヒンドゥー教の聖典二篇 <2>
ジャヤデーヴァ  小倉泰 /横地優子 2000/09 平凡社 文庫 280p
☆☆☆★★

 「エスリンとアメリカの覚醒」p297を読み進めていて、エサレン研究所の創立者の一人、リチャード・プライスが、70年代中盤にアメリカからインドのOshoアシュラムに手紙を送り、サニヤス名として受け取った名前がスワミ・ギート・ゴヴィンドであることが分かった。写真、向かって左の人物。同書口絵より引用。Photo  時おりしも、当ブログはBIHL2を再読しようとしていた矢先であり、何かピンと来たものがある。インドの言葉は、語尾がOであれば男性形、Aであれば女性形と一般に言われているが(追記 これはどうやら勘違いらしい。書込参照 6/28)、ここで言うところの「ギータ・ゴーヴィンダ」と「ギート・ゴヴィンド」は、言葉としては同じ意味を持つであろう。

 ギータは歌、ゴーヴィンダは神、ギータ・ゴーヴィンダで、神の歌を表す。アメリカ西海岸から手紙でサニヤス名の申込みがあった時、Oshoはどこまでこのエサレンの創立者のエネルギーを感じたかは計りかねるが、この男性に対して、このスワミ・ギート・ゴヴィンドという名前をつける時、当然のごとく、この書の名前である「ギータ・ゴーヴィンダ」のニュアンスを含んでいただろう。

 誰でも、プライスがそうだったように、アラン・ワッツ、ヒリッツ・パールズ、アイダ・ロルフの弟子になることができ、その他何百の教えを奉ずることもできるのだが、オレンジ色の衣裳を着て自分をギート・ゴヴィンドだと名乗るならば、それは自分の第一の師匠はバグワン・シュリー・ラジニーシだと宣言したことになるのだ。「エスリンとアメリカの覚醒」p297

 そのサニヤス名をつける側からすれば、仮に経典の意味合いを持っていなかったとしても、付けられた側から見れば、当然、その目新しい名前の周辺をいろいろ尋ね歩くのであり、経典名についても、大いに瞑想することはありうるだろう。当時のサニヤシン名は、まるで、禅における公案のようなものだった。

 ギータ・ゴヴィンダ」---神の歌だ。この本は、インド人にひどく非難されているある詩人によって書かれた。というのはその「ギータ・ゴヴィンダ」、その神の歌の中で、彼はあまりにも多く愛について語っているからだ。インド人は愛に反対するあまり、この偉大な作品を一度も評価したことがない。

 「ギータ・ゴヴィンダ」は歌われるべきものだ。それについては何も語ることができない。それはバウルの歌、狂人の歌だ。それを歌い踊れば、それが何かが分かる。他に方法はない。Osho「私が愛した本」p35

 プライスは、両親や家族との確執から精神病院に入院させられた経歴があり、そこでさまざまな薬剤を投与されたというトラウマがあった。また、必ずしもセラピストとしてリードしていたのではなく、セラピーセンターとしてのエサレンの維持管理に力をそそぐ傾向があった。

 1978年になって、インドに行ったプライスの行動から、アメリカ「タイムス」はプーナとエサレンの協同が進行中だという推測記事を書いたのに対し、プライスはその印象を訂正するように申し入れた。

 そこはエスリンの影響を受けているというよりは、ナチスの親衛隊に近い。ラジニーシが雄弁に語る共感が、彼のグループに反映されない限り、私は「ギート・ゴヴィンド」と呼ばれるよりも「リチャード・プライス」と呼ばれたい。「エスリンとアメリカの覚醒」p299

 クリシュナムルティがマイトレーヤのエネルギーを拒否し、ウスペンスキーがグルジェフのワークを離れたように、プライスもOshoの弟子であることを了解できなかった。それはそれで、そのことだけでその存在、その人格が必要以上によくもわるくも評価される必要はない。

 だが、ここで、プライスが拒否した理由は、翻訳家Yあたりが鬼の首を取ったかのように何度もいうような、「セラピスト」としての理由からだけではなかっただろう、と私は推測する。それは単に理由づけに過ぎない。プライスは必ずしもセラピストというよりも、センター・マネージャー的な傾向があった。

 下位身体を越え、表現形態を越え、コンシャスネスそのものにおいて、何事が起きているのかは、余人の関わざる領域であるし、語るべからずの世界でもあるので、これ以上、個人としての生き方に言及すべきではない。リチャード・プライスは1985年11月下旬に、ハイキングに出かけた渓谷のほとりで、落石事故とされている原因で亡くなった。

 さて、本題に入るとしよう。どうも忘れがちになるこの「ギータ・ゴーヴィンダ」だが、このようなエピソードと関連しておくと、記憶に残ってくれるかも知れない。
Gitagovinda002

 「空は雲の覆われ、森はタマーラ樹で暗い。ほら、あの者は夜に怯えている。ラーダーや。お前が家に連れて帰っておやり。」 ナンダにこう促されたラーダとマーデヴァは、途中で茂みのなかの木に向かった。ヤムナー河のほとりの、ふたりのひそかなる戯れに栄えあれ。p9

<3>につづく

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2010/06/27

エスリンとアメリカの覚醒 人間の可能性への挑戦<7>

<6>よりつづく

Photo
「エスリンとアメリカの覚醒」―人間の可能性への挑戦<7>
ウォルター・トルーエット アンダーソン (著), Walter Truett Anderson (原著), 伊藤 博 (翻訳)1998/09 誠信書房 単行本: 336p
☆☆☆☆

 コメントの書き込みで、ひさしぶりにこの本を思い出した。とにかく、もういちど、最初から最後まで、目を通してみた。

1)<1>において継続してこの本を読もうと思っていたのにもかかわらず、この本を読めなくなったのは、「ブッダ達の心理学」という当ブログのカテゴリが、どこかでその抜け道を失ってしまったところに遠因がある。

2)「ブッタ『達』」とするところと、「心理学」とするところに、なにごとかの破綻が起きている。

3)この本を通して読んでみれば、さまざまな出演者がありながら、その一本、柱の通った主人公を探すとすると、それはアラン・ワッツが担ってくれる可能性がある。思えばOsho「私が愛した本」も最終的にはアラン・ワッツに捧げられている。

4)エサレン創立者のひとり、リチャード・プライスは、のちにメイルでOshoのサニヤシンとなり、スワミ・ギート・ゴヴィンドとなったが、1977年にプーナまで行って、そのカウンター・グループの在り方から、Osho全体に批判的になったとされるが、はて、そのような理解を真に受けていいのか。

5)エサレンは1960年初半にスタートしながら、1970年頃にはほぼそのエネルギーが停滞した。1973年にアラン・ワッツが亡くなることによって、ほとんど方向性を失っていた。

6)332ページに渡る本書において、ようやくOshoが登場するのはp296になってからである。しかるに、リチャード・プライスがプーナにいく1977年までには、エサレン経由のセラピスト達は、ほとんどプーナに行ってしまっており、プライスは、かなりあとから「しかたなく」プーナ詣でをした、というイメージが否めない。

7)このプライスのプーナ印象を持って、過激にプーナ批判をする吉福某などの、一連の著述は、なんとも浮きあがった印象がますます強まる。カール・ロジャースの元におけるエンカウンター・グループの在り方だって、本書によってさえ、それは常に波乱含みであったことがわかる。

8)プライス自体が、過去に入院歴があり、そこで投薬された影響を気にしていたということであり、創立者としての立場はともかくとして、エサレンの、そこで進行していたなにごとかの中心的主役であった、という印象をもつことはできない。

9)アラン・ワッツは、イギリスにおいて神智学の影響を受けており、1929年のクリシュナムルティの「星の教団」解散宣言で、そのエネルギーの行き場を失っていた神智学が、伏流水のように、1960年になって、アメリカ西海岸のエサレンに噴出したようなイメージがある。

10)本書における著者アンダーソンは、「Gの残影」におけるオスロフのように、エサレンの60年代から70年代にかけての「視点人物」であったということは理解できるが、彼の視点からの見え方が全てである、と思ってはならない。

11)「人間の可能性」というのがキーワードになりそうだ。ウスペンスキーの「人間に可能な進化の心理学」とか、オルダス・ハクスレーの「多次元に生きる--人間の可能性を求めて」などが呼応していると思われるが、この本のサブタイトルは「人間の可能性への挑戦」であった。

12)「ブッタ達の心理学」というカテゴリ名がなんとなくダウン気味な当ブログであってみれば、「心理学」という言葉自体が意味を失いがちであった。だが、もうすこし踏ん張って、いわゆるウスペンスキーのいうところの「心理学」でもいいから、とにかく路線を修復する必要性があるのではないか、と再認識した。

13)ひとつのINDEXとしてこの本を使うことができる。登場人物たちをもうすこし細かく追うことも可能であろう。

14)単独でこの本を読むのではなく、前後、左右の、関連を考えながら、他書の力を借りながら、この本を再読することなど、この本には、まだまだ可能性がある。

15)よくも悪くもサイケデリックスの渦中にあったエサレンであるが、スタニスラフ・グロフの経緯が象徴的に表現しているように、もしドラッグスから呼吸法(とくに過呼吸)にへと、その「変性意識」を求めていったとするなら、ダイナミック瞑想の呼吸から始まったOshoの瞑想法に、なにごとかの繋がりを感じることも可能である。

16)エサレン以前、アラン・ワッツの影響を受けた神智学の以前、つまり古代神智学からの繋がりとしてエサレンを見ることができるとするならば、それ以降の、そのエネルギーの行き場を追っかけてみる価値はある。

17)エサレンが力を失ってからすでに40年が経過している。

18)ダイナミック瞑想から、「ホワイト・ローブ・ブラザーフッド」へと連なっていったOshoムーブメントであってみれば、はて、エサレンには、この「ブラザーフッド」へと連なっていく道筋の可能性はあったのだろうか。

19)米国西海岸のかつてのアメリカ・インディアンの土地としての、コンテナとしての保養地エサレン。「ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント」というコンテンツの活動拠点として活動し続けたエサレン。しかし、そこで、本当に進行していたはずの「コンシャスネス」としてのエサエンの蠢きは、いかようにあったのであろうか。

20)「あの」エサレンから、2010年の今日まで、どのような繋がりが展開されているのか。あるいは、その軌跡から類推される「未来」は奈辺にあるか。

21)・・・・・・・・うんぬんかんぬん・・・・・

 そんなことを考えながら、この本を再読した。

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2010/06/26

スーフィーの<聖典>の物語 書物の王国(15)奇跡 <2>

<1>よりつづく 

書物の王国(15)
「書物の王国」(15) 奇跡 <2>
『書物の王国』編纂委員会  2000/01 国書刊行会 全集・双書 250p

「スーフィーの<聖典>の物語」
イ-ドリース・シャー 小森健太朗訳
Vol.3 No.0062

 BIHL2-1の「スーフィーの『本』」の巻頭言はここにある。本文は二段組みの本書において4ページ弱。実に短いスーフィーのストーリーだが、物語内物語が、めくるめくイスラム密教の迷宮に誘う。英語では、Idries Shah「The Book of the Book 」としてHardcover本が存在する。

 後にスーフィーの導師になったヤサビは、200ページ以上にわたる厚い書物に、この<聖典>の内容とその歴史を記し込んだ。

 その書物のカバーには、次のような言葉が記されている。
 「本の厚みが、その内容の価値を決定するならば、この本がさらに厚くあるべきなのは確かである」。

 中央アジアの導師、アーメド・ヤサビ以来、この本にまつわる伝承は700年以上にわたって語り継がれている。p56

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 またBIHL5-8として登場する「ラビア・アル・アダビア」も、マーガレット・スミスの「イスラムの神秘家ラビア・アル=アダビア伝」1928第四章の抄訳が「ラビアの奇跡」として紹介されている。

 これらのラビアの逸話は、それ自体では取るに足らないものだが、ラビアの伝記作家たちが、彼女に奇跡を起こす力があると信じ、真のイスラム教の聖者がもつあらゆる特性を彼女に賦与していたことを証している。その上、彼女のために起こされたそういった奇跡は、神の敵味方の目に、ラビアが神の忠実な僕であることをはっきりと見せるものである。p29

 Oshoはラビアをブラバッキーと双璧をなす女性神秘家として高く評価している。

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2010/06/25

Gの残影<2>

<1>からつづく

Photo_2
「Gの残影」 <2>(本格ミステリ・マスターズ)
小森 健太朗 (著) 単行本:2003/03 文藝春秋 単行本 407p
☆☆☆☆★

 ・・・・何かがうまくいかなかったようだ。しかし何だろう? ウスペンスキーがグルジェフから離れた理由は、概して隠されていて、明かされていない面の方が大きい。しかし私にはさっぱりわからなかった。じきに私は、両者の決裂の謎よりは、その教えの豊かさと独創性の方に心を奪われるようになった。その後間もなく私は(ワーク)に加わった。その疑問は再浮上することなく、何年もの月日が流れた。しかし、その疑問は今日まで私の中に留まった。時折私は、自分自身がこう問うているのを見いだした。”そう。でも、一体なぜウスペンスキーはグルジェフから去ったのか?” (パトリック・パターソン「魔術師たちの闘争」) p283

 なぜ去ったのか、という問いかけは、その場にいて、そのワークに同時に関わっていた人々にとっては、切実な問いかけとなるだろう。しかしながら、すでにそういうものとして後々にその話を伝え聞く、当ブログのような立場では、そうなっていたんでしょ、と、あっけらかんと、まるで運命論や当然の帰結のような完結した物語として聞いてしまうことになる。

 1929年に、クリシュナムルティは、なぜ「マイトレーヤ」宣言を拒否したのか、と、問いかけられても、そういう事実だったから、そうでしかないんじゃない、としか答えようがない。キリストはなぜ十字架の上で殺されたのか、とか、ソクラテスがもし毒殺されなかったら、どうなったのか、とか。

 問い返しても、もうどうにもならない問いかけとして、ウスペンスキーは何故にグルジェフのもとを去ったのか、という問いがある。クリシュナムルティがなぜマイトレーヤ宣言を拒否したのかは、「クリシュナムルティの世界」などを読めば、その数年前からそのような原因がいくつもあったことが分かるし、「人間に可能な進化の心理学」の巻末資料を読めば、ウスペンスキーがグルジェフのもとを去った理由がかいま見える。

 しかし、立場が違って、見解も違えば、この図式の見え方もかなり多様なものとなるだろう。Oshoは自分のことを、私はグルジェフ+ウスペンスキーだ、と発言している。その意味するところは、グルジェフはエンライトしておりマスターとして稀有な存在であったが、それを表現することにかけては、不足があった。

 かたやウスペンスキーには当時有数の表現力をもつ著作家であり、稀有な表現力を持ちながら、その表現されたものは、体験せずに語ることも多かった。この二人が合体してこその「ワーク」が存在したはずだ、という推測によるものと思われる。

 1、2、3の身体を残し、クリシュナムルティの第4身体に、7、6、5のマイトレーヤ存在が、合一しようとして、それは果たさなかった。事実はそうであり、そのこと自体はごくシンプルな出来事ではあるが、その裏では、例えば、デーヴァダッタのエネルギーが動いていただの、さまざまな憶測がある。とにかくクリシュナムルティは明け渡さなかった。

 それと同じようなことが、グルジェフとウスペンスキーにもあったに違いない。身体論でいえば、やはり、ポイントは第4身体であろう。エンライトしても、第7身体に留まることなく、第4身体に戻ること。いや、それは7つのうちの1つを選ぶということではなくて、下から4番目、上から4番目の位置にいることによって、全体的であること、ということがキーポイントになるはずだ。

 この小説は、サブ主人公であるオスロフを初めとする創作された登場人物が複数いるにせよ、グルジェフ+ウスペンスキーのワークにかかわった人々が残した文献を読みこんで書かれているだけに、史実にもとづいて再構成された部分も多くあり、あらためて再認識をせまられるところも多い。

 しかし、ミステリー小説として考えた見た場合、グルジェフやウスペンスキーのエネルギーが強すぎて、謎解きとしての面白さにやや欠けるということになるだろう。一方、彼らの「ワーク」を中心としてストーリーを追いかけようとする人々にとっては、その推理小説の解決を、いわゆるエニヤグラムの運びによって図っている、というところに、ちょっと無理があるのではないか、と感じるだろう。

 それと、今回読み返して感じたこと。ひとつはロシア革命などにおける社会主義体制についてのこと。私自身は1970年を高校2年生で過ごしたから、当時の新左翼的な活動が目の前に展開されており、その活動に主体的にかかわるにはすこし若すぎたが、それでも十分に、それらの動きにはシンパシーを感じることができた。

 だから、ソビエト・ロシアのような収容所列島になってしまってはまずいが、なにか保守的な動きを打破すれば、新しい何か、新しい未来が生まれる、という思いをずっと持ってきている。その思いが、新左翼やカウンターカルチャーの鎮静や、ソビエト体制の崩壊後のあとに、その「残影」として登場したかに見える一連のマルチチュード的な動きになにごとかの期待をしてしまう。

 しかるに、この小説などにおいては、ロシア革命の時代に生きたいわゆるウスペンスキーやグルジェフなどの立場から考えると、社会主義や革命政権に対する思いには、また違った視点があるのだ、ということをあらためて痛感する。このあたりについては、まだ読み込みが足らないというか、思いが至っていない。もうすこし明確にするチャンスが来ることを願う。

 それと、この小説のなかの視点的人物のオスロフは、ウスペンスキーの「イヴァン・オソーキンの奇妙な人生」の主人公のオソーキンがモデルであるp382ということを、今回の再読の機会に知った。

 もうひとつ。もう百年も近くの昔の人々の話なのでしかたないのだが、文献がいろいろ散逸していたり、あるいは改訂されていたりする。ウスペンスキーの著書も、あとから改訂されていたりすることが多いように思う。科学者や数学者としては、新しい理論や情勢に従って、より同時代性を図ろうとするのだろうが、そのこと自体が、何か、思い切りの悪さを感じさせる。ためらい傷のように思えてしまうのだ。

 20の時に書いたものを40の時に改訂したとしても、60になれば、また書きなおしたくなるだろう。でも80になれば、また違った心境になっているに違いない。20の時に書いたものは20の時のままでいいではないか。

 なにはともあれ、Gを見るひとつの「視点」としてのウスペンスキーを、21世紀を生きる私達でも、存在感溢れる隣人として感じられるところは、この小説の優れているところである。

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2010/06/24

英文学の地下水脈<2>

<1>よりつづく  

英文学の地下水脈 
「英文学文学の地下水脈」 古典ミステリ研究~黒岩涙香翻案原典からクイーンまで <2>
小森健太朗 2009/02 東京創元社 単行本 244p
☆☆☆☆★

 この本、最近、なんとか賞とかを受賞したらしい(第63回日本推理作家協会賞〈評論その他の部門〉賞だった)。この手の研究にとんと縁のない一読者であって、さらになお、この手の賞とやらに、なにほどかの価値を見つけることがうまくできない当ブログとしては、おざなりに、おめでとうございます、とだけ言っておくしかない。

 これが国民栄誉賞やらノーベル賞だったとしても、それでもなんだかピンと来なかったりするのだろうから、ちょっと困ったもんだ。なにはともあれ、それだけの努力がなされ、それだけの多くの人の目にとまり、それだけの評価を受ける、ということだから、ここは、やっぱり素直に、おめでとうございます、と言っておこう。

 街にでてみりゃ、なるほど、あちこちでこの本が平積みにされたりしている。なにはともあれ、めでたい。

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  さて、この本自体が、過去の文学作品の数々を著者の立場から、一冊一冊再発見して再評価し、さらなる地下水脈としてその道筋をつけているものであってみれば、まったくの門外漢の通りすがりの一めくり人でしかない当ブログにとっても、まぁ、ここは無手勝流に、極私的に、気ままに、この本をめくっていくしかない。

 やっぱり、この本を再読して気になるところは、第二部第八章の「二人のM・C--神智学ムーブメントと女性主義作家の活躍」p157や、第九章「黄金期の諸作家」p175あたりであろう。

 神智学の影響は、現代にも及び、現在<精神世界>とくくられるジャンルの書物は、そのかなりが、神智学ムーブメントの影響から興ってきていることが指摘できる。

 別章で述べるグルジェフ、ウスペンスキー、オレージらのムーブメントも、神智学に多くを負っていることは否めない。特にオレージは、神智学の幹部クラスの会員で、グルジェフの信奉者になった関係で、キャサリン・マンスフィールドのような、オレージについて神智学を信奉していた作家がグルジェフのもとに流れる現象が生じている。p161

 いままで当ブログは、クリシュナムルティとグルジェフを、まったくの別の流れとして、漠然と把握してきたのであるが、ここに至っては、すくなくとも、同根、同じ地下水から汲み上げられた、ふたつの泉、くらいの認識で、このふたりの人物にあたっていかなくてはならないな、と再認識した。

 さらには、精神世界の地下水脈は、文学や美術、哲学、という形で表面化したものを古代、超古代から、中世、近世、現代、未来へとつないでいくものであろう、と、想像をたくましくするものである。

 オレージは、ロシアで神智学協会に属していたP・D・ウスペンスキーの著書に、早い段階で着目し評価し、1912年にはウスペンスキーを英国に招いてその講演を主催している。その後ロシア革命によってウスペンスキーが国を追われたときに、オレージは、イギリスに住めるように尽力した一人でもある。このウスペンスキーを介して、オレージが、アルメニア出身の神秘家G・I・グルジェフを知ることになる。

 グルジェフは、英国のヴィザを申請しても入手できなかったが、1922年に短期的にイギリスを訪れて講演をする。そのときオレージは電撃にうたれたようにグルジェフの人となりと思想に感動し、「本当の師を見つけた」との言葉を発して、編集者と批評家の仕事をやめ、以後の人生をひたすらグルジェフに仕えることに捧げるようになる。いわゆる英国文学史上でいう「オレージ・ショック」事件である。p178

 著者にはウスペンスキーを中心に描いた「Gの残影」という著書があるが、まさに、ひとりグルジェフだけに光をあてるのではなく、その周囲に広く注目している著者ならではの、こだわりの一説であろう。

つづく・・・

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2010/06/23

チャクラ リードビーター

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「チャクラ」  
C.W.リードビーター (著), 本山 博 (著), 湯浅 泰雄 (著) 1978/11 平河出版社 単行本 p190
Vol.3 No.0061☆☆☆★★

 この手の本は得手ではない。好きでもなければ、必要ともしない。しかし、一旦、現代神智学を一通り見ていこう、と決意した限り、リードビーターの一連の仕事は避けて通ることはできない。先日も、リードビーターの「心理学入門」をめくったが、われながら、素直な態度でないのが、気にかかる。

 タイトルどおり、この本にはチャクラについてのあれこれが述べられており、豊富な図が織り込まれている。ましてやカラーページもあり、見た目にはなかなかキレイだ。これはこれで貴重な資料となるのだろうが、私はあまりこのような図解を見ることは気が進まない。なにも自分の内的な体験のないままこのような図式を「見すぎる」と、刷り込み現象がおこり、瞑想の中の体験なのか、単に自分のイマジネーションなのか、わからなくなることがあるかもしれないからだ。

 Oshoの「奇跡の探究」などに見られる7つの身体論は、当然、7つのチャクラ論に対応しているわけだが、必ずしも同じことを言っているわけではない。ひとつのアナロジーとしては、限りなく有効だと思う。

 この辺のことは、あまたある文献も正確に表現されているわけでもなかろうし、そもそも表現されること自体かなり難しく、それを活用することも至難の技だ。だから、どんなに本から学ぼうと、正確に転記しようとあまり有効ではない、と感じる。

 ウスペンスキーが、我々一般人はせいぜい下位の1、2、3のセンターしか持っておらず、ワークは、せいぜい、1,2、3から4へ、4から5へ上昇していく程度が精いっぱいだ、としている。彼にとってはそうなのだろう。

 マイトレーヤとしてのブッダが5、6、7身体におり、再誕するには第4身体を残しておく必要があり、クリシュナムルティの1、2、3身体を残しながら、その第4身体に宿ろうとした、などという説は、どの文脈で、どの存在が語ったとしても、万人に一様な理解を得られるわけではない。

 当ブログは7身体論までいく前にせいぜい下位、上位、全体、の3分論で十分であろうと思っている。そして、下位、上位、何れにも偏らず、全体的であるには、その中心にいることしかないだろう、と考えている。

 現代神智学を俯瞰的に一発で理解することは難しい。アーサー・E・パウエル「神智学大要」あたりが一番手頃だ。検索してみたところ、近くの図書館にあるようなので、すこしづつ読んでみようと思う。互いの用語にはそれぞれ齟齬があるのだが、敢えて、それは統一せず、そのまま公開されている程度のおおざっぱな理解をすれば、当ブログとしての学びは十分であろう。

 

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2010/06/22

ターシャム・オルガヌム<6>

<5>よりつづく

ターシャム・オルガヌム(第三の思考規範)―世界の謎への鍵
「ターシャム・オルガヌム」(第三の思考規範)―世界の謎への鍵 <6>
P.D. ウスペンスキー , 高橋 弘泰 , 小森 健太朗 2000/06 コスモスライブラリー 単行本

 中心点から円周に向けて放射線に線が伸びている円を想像してほしい(と7世紀のアヴァ・ドロテウスは述べる)。放射線が中心から離れれば離れるほど、お互いの距離は遠くなる。その反対に、中心に近づくほどお互いの距離は近くなる。この、この円周が世界であり、中心が神であり、放射線がそれぞれの人間の歩む道であるとしてみよう。すると、聖者たちが中心に向けて(内面に向かって)進んでいくほど、彼らは神に、そしてお互いに近づいていく。p353

 これは、ウスペンスキーがロジゼンスキー「超意識」及び「フィロカリア」から引用した部分の孫引きだが、この文章を読んでいて、ふと、前日読んだOshoの本を思い出した。

 今、円を作り、中心から円周へ何本もの線を引くとすると、その中からどんな2本の線をとっても円周上での距離が最大になることに気づくだろう。それでも、その線に沿って中心に進むにつれ、2本の線の距離は何の距離もない中心に至るまで減っていく。その点ですべての線が一つになる。Osho「奇跡の探求2」p40

 上の文章は、ほぼまったく同じことを言っている。上は、現代神智学以前の神秘家達の言説であり、それを引用したのはウスペンスキーだった。そして、Oshoもほぼ同じことを語っているが、それは「超意識」や「フィロカリア」からのダイレクトな引用ではなかっただろう。1970年前後のアチャリア時代のOshoはさかんに現代神智学的文献からエピソードを拾い続けていたことは間違いない。

 ここで問題とするのは、Oshoがどこから引用してきたか、ということではなくて、いわゆる7身体論におけるその概念は、ほとんどがいわゆるブラヴァッキーをはじめとする現代神智学的文献から拾い集められてきているのではないか、ということだ。

 だから、Oshoが現代神智学的知識に依っているというより、これらの概念を使うことによって、当時の現代神智学的知識に寄りかかっていた人々を集めていた可能性がある。ここでOshoがやっていたことは、ダイナミック瞑想の指導だ。現代神智学にはどのような「瞑想法」があるか知らないが、少なくとも、Oshoはここで、人々に知識を与えようとしていたのではなく、それぞれの瞑想へと招待していたのである。

 1970年前後のいわゆるアチャリア時代のOshoの講話には、1990年に至る直前のZenシリーズなどでは決して見られない言葉使いが多い。上のようないわゆる幾何学的な表現はごく初期的なものであり、しかも、そこには神智学的風土が存在したがゆえに成り立った言葉つかいなのではないか、と思う。

 はてさて、いずれにせよ、円周上では最大の距離を持つ二本の線が、中心にいくに従って、その距離はゼロになる、という例え話は、当ブログにおける現在進行形の「No Earth No Humanity」というカテゴリ名の説明にぴったりである。全てが「一点」に集まるのではなく、「無」になるのである。それを神と呼ぶのは当ブログのセンスではないが、すべてが「無」に集まったとき、神々しさが立ち上がってくることは容易に想像できる。

<7>につづく

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新しい宇宙像<7>

<6>よりつづく 

新しい宇宙像〈上〉
「新しい宇宙像」〈上〉  <7>
[P.D. ウスペンスキー (著), P.D. Ouspensky (原著), 高橋 弘泰 (翻訳) 2002/06~08 出版社: コスモスライブラリー 単行本: 406p、399p
☆☆☆☆

 ある民族は、内的なサークルという考えに基づいた非常に重要な伝統や伝説を持っている。例えば、チベットやモンゴルに伝わる、「世界の王」の「地下の王国」、神秘都市アガルティーに関する伝説のようなものである。それらの伝説が実際にモンゴルやチベットに存在するもので、ヨーロッパの旅行家や「オカルティスト」たちの発明でなければ、の話しであるが。
 
 秘教の考え方によれば、人類の歴史において、自力で始まった文明というものはない。偶然に始まって機械的に進行する進化というものはない。機械的に進行するのは退化と堕落の過程だけである。文明は自然な成長によって始まるのではなく、人為的な養成によってのみ始まる。
上巻45p

 そういえば、当ブログにおいても、細々とながら「アガルタ探検隊」を派遣している。ここでウスペンスキーが断定するほど、進化の過程についての結論はだせないが、このあたりで、ウスペンスキーがアガルティーに触れていることはメモしておく必要がある。

 さてこれからいわゆる神智学領域へと足を踏み入れていくわけだが、一連のウスペンスキー本の中の特に前半のものを読むと、きわめてウスペンスキーは神智学的用語を多様し、まるでその別働隊のように活動しているが、はてさて、彼はなぜにその流れの中にどっぷりと浸からなかったのか、と、ちょっと疑念を持つ。

 シュタイナーの場合は、クリシュナムルティの擁立に対する反感のようなものがベースにあったとして、ウスペンスキーの場合は、そのような明確な離反理由というものがあったのだろうか。前半期の彼の著書を再読するにつけ、神智学そのものに触れているところが多くあり、なお、その思考方法を学びつつ、そこから離反していくプロセスは、のちにグルジェフのワークから離れていくことになる、ウスペンスキーがもともと持っていた、個人的な資質が関わっているのではないだろうか、と推測しはじめた。

 もちろん、神智学の流れそのものも、雑多な寄せ集めの部分が多くあっただろうから、それらからひとつの「体系」を造り出そうとするかのような衝動がもしウスペンスキーの中にあったとするならば、たしかに彼の失望はわからないでもない。しかし、そもそも彼がいうような「秘教」の中に、ウスペンスキーのようなジャーナリスティックな感性を持ち、かつ、当時のモダニズムである相対性原理などを駆使しながら、クリアな理論的を求めていたとするならば、いずれ破たんすることは目に見えていた、と言える。

 グルジェフを離れ、かつウスペンスキーの死後に出版された「人間に可能な進化の心理学」も、いまいちよくわからない。積み上げていって、最終的な解決のステージへと辿り着くようなイメージもあるのだが、どうも、どこかバベルの塔を思わせるような、足元から瓦解していくような、不安感がつきまとう。

 つまり、ウスペンスキーにおける進化には、他力による「養成」が不可欠であり、それを「スクール」に求めたが、結局、そのスクールの最大限の力を、彼は得ることができなかったのだろう。このセンスで、言っておけば、2010年の現在、一人のOshoサニヤシンとして感じるところは、必ずしも外的な「スクール」は必須条件でもなければ、むしろそれを最初に求めるのはどこか歪んでいるのではないか、ということ。少なくとも、最初に求めるものは、内的なものであり、そこに限りなく下りていった時に、何かの神秘の扉が開かれる、ということだ。そこにこそいわゆるスクール的なエネルギーが存在する可能性はある。

<8>につづく

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Books I Have Loved<80>

<79>よりつづく 

Books_i_have_loved_2
Books I Have Loved <80> 
Osho 1985/07 Rajneesh Foundation Intional  247p ペーパーバック 言語 英語

BIHLの日本語文献が見つからなさそうなタイトル達(暫定版)

 以下のリストからは、当ブログがすでに読んだ英語版は外してある。あくまでも現時点でのメモ。順不同、情報不確定。なんと、BIHLの三分の一弱が未読である。

「コメンタリー」モーリス・ニコル 

「人の子イエス」カリール・ジブラン 抄訳あり 邦訳出来

「霊の言葉」カリール・ジブラン      

「散文詩集」カリール・ジブラン   

「思想と瞑想」カリール・ジブラン   

「預言者の園」カリール・ジブラン   

「大師の声」カリール・ジブラン   

「河の島」サッチナンダ・ヴァチャヤーナ  

「ハズラット・ヴィラヤット・アリ・ハーン」   二部は邦訳あり 

「スーフィーの『本』」 序文邦訳あり(本文は白紙なので、全訳と同等)          

「タントラ美術」アジット・ムケルジー 

「タントラ絵画」アジット・ムケルジー  

「インドの心」ムーアヘッド&ラダクリシュナン   

「ピタゴラスの『金言詩』」ピタゴラス 

「倫理学原理」G・E・ムーア   邦訳あり

「精神の運命」ウィリアム・S・ハース 

「アル・ヒラジ(ハッラージュ)・マンスール」  マンスール伝、邦訳あり 

「サラハの歌」サラハ 

「ラーマクリシュナの『寓話集』」 

「バクティ・スートラ」ナラダ 

「カビールの歌」 

「ミーラの歌」  邦訳あり 

「サハジョの歌」 

「ナナクの歌」 

「ヴィヴェク・チュダマニ」シャンカラチャリア 

「ジャイナ・スートラ」マハヴィーラ 

「ファリッド」  

「サルマッド」

「サナイ」

「ジュナイド」  ジュナイド伝、邦訳あり

「バハウディンの書」 

「バール・シェム」   抄訳複数あり  

「シュリ・バシャ」ラーマーヌジャ  

「ダヤバイ歌集」  

「グル・グランダ・サヒブ」  英文全文がネットで読める

「ラーラ」

「ゴラクナート」  邦訳あり  

「シヴァ・スートラ」 

「ダドゥ」  

「シヴァ・プリ・ババ」 J・G・ベネット 

「シュンニャ・スヴァバーヴァ」タラン・タラン 

「シッディ・スヴァバーヴァ」タラン・タラン 

「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ」アディ・シャンカラチャリヤ  

「チャンディダーサ歌集」 

「神が語る」メハー・ババ 

「サマヤサーラ」クンダクンダ  英文全文がネットで読める 

「ラーマティルタ」 「ラヒム歌集」 

「ディヴァン」ミルザ・ガリブ  邦訳あり 

「グランタ」

「マルクダーサ」 

---------------------
追記2010/06/22
komori氏より書き込みがあった部分については訂正した。今後、訂正したり、読了した場合でも、この時点での記録として、このリストは残しておく。ただし、訂正により原文は随時変形していくと思われる。

<81>につづく

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2010/06/21

新しい宇宙像<6>

<5>よりつづく 

新しい宇宙像〈上〉 新しい宇宙像〈下〉
「新しい宇宙像」〈上〉 〈下〉 <6>
[P.D. ウスペンスキー (著), P.D. Ouspensky (原著), 高橋 弘泰 (翻訳) 2002/06~08 出版社: コスモスライブラリー 単行本: 406p、399p
☆☆☆☆

 BIHL「奇蹟を求めて」があり、BIHL3「ターシャム・オルガヌム」が入っているかぎり、P・D・ウスペンスキーを思い出さないわけにはいかない。ここいらへんで、グルジェフの門弟としてのウスペンスキーではなくて、単独の思想家=神秘家としてのウスペンスキーに光をあてて、もうすこし当ブログなりに把握しておく必要がある。

 ましてやBIHL8-2に、この「新しい宇宙像」があり、BIHL10-9に「人間に可能な進化の心理学」が入っているとするならば、一冊一冊の本としてではなく、ひとりの人間としてのウスペンスキーをもっと理解しておく必要がある。「BIHL登場回数の多い著者ベスト10」においても、カリール・ジブランについで、堂々の2位。かのOshoもあれこれ言いつつ、この人物には一目おいていたようだ。

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 こうしてみると、起承転結、 としてこの4タイトルを当てはめることができるかもしれない。ウスペンスキーの独自の思想哲学、インドや東洋にスクールを求めるウスペンスキー、ロシアに帰ったウスペンスキーがグルジェフと出会い、そのワークに参加する、そして、死後に発表された、未来の人間のビジョン。

 他にも著書の多いウスペンスキーであってみれば、これで十分ということはないが、これで大雑把な全体像が見えてくるはずだ。一冊一冊が重い。お気軽に、速読できるような本ではない。すくなくとも、そそっかしい当ブログのような読書では、その神秘が開かれることはない。今後も、機会をとらえては、ここに帰ってこようではないか。

 しかし、どうしても、この4タイトルだけでは、納得がいかないものがある。このウスペンスキーの同時代性としては、もちろんグルジェフのほか、クリシュナムルティ、シュタイナー、シュリ・オーロビンドなどの関連の中で読まれていく必要があるだろう。

 さらには、この4タイトルに先立つこと、マダム・ブラバッキーや、ベサント=リードビーター、などのいわゆる神智学的な流れを受け継ぐものとしてのウスペンスキーを読む必要がある。そして、その可能な進化の果てに、現在のこの時代まで引き継がれてきたものは一体なんであったのかも、おおよそ推し量っていく必要がある。そう言った意味では、うえの4冊に加えて、「シークレット・ドクトリン」や「Gの残影」などを併読していくことも有効であろうと思われる。

 さて、本探しではなくて、「真理探し」のほうが本質的であってみれば、いつまでも本の表紙ばかりを見つめていてもしかたない。あれこれ考えても、たしかにこの時代のこのポジションにおいて、ウスペンスキーはよく噛んで味わうべき位置にある。ただ「新しい宇宙像」は、もともといくつかのヴァージョンがあり、邦訳されているものは1910~20年代に、単発で発表されたり、順次手を加えられていたりするので、一様なトーンではなかなか対応できない。

 ランダムではあるが、各章立てに対する、簡単なメモを残しておく。

第1章 秘教と現代思想
 この時代にいかにウスペンスキーが生きようとしていたのか、どのような背景で、彼の評判が上がっていったのかが分かる。学者というよりジャーナリスト的な、時代を見る目が、必ずしも深くはないが、的確であると感じる。 

第2章 4次元
 次元論については、21世紀の今日、もっと物理学的に根拠のある議論があるはずであり、ウスペンスキーの説だから、というだけではなかなか説得力がない。そういえばリサ・ランドールあたりの5次元の証明などは、どうなっているだろう。

第3章 超人
 当然、ニーチェの影響もあるのだが、ナチス台頭の以前の著書であってみれば、いちど、超人がらみで、ナチスの動きも追っかけてみたいな、とは思っている。今回はそこまではいかないだろうが、始めてしまえば、いろいろ、大変なことが続いておきてくるだろう。

第4章 キリスト教と新約聖書
 この分野もなかなか興味深い。一度はどっぷりはまって、がっちり把握しておく必要がある。関連の書物や情報は山積みとなってしまっている。始めたら、切りがなくなるだろう。

第5章 タロットの象徴主義
 嫌いじゃないが、マルセイユ・タロットを初めとするシンボリズムとその宇宙観を一度眺めておくことも悪くない。しかし、それでも、ウスペンスキーとタロット、という組み合わせはすこし浮足だっている感じがする。

第6章 ヨガとは何か? 東洋の神秘
 20世紀初頭の、いわゆるオリエンタリズムや東洋趣味がウスペンスキーにも影響しているが、どこか、不似合いな感じがする。これは時代が成せる業か、時代の潮流に飲み込まれまいとするウスペンスキーの矜持か。

第7章 夢と催眠術の研究について
 夢については面白い。私もたくさん夢を見る。ただ、その夢についての研究は、限界がある、というのがすでに当ブログが出している結論である。夢は夢。しょせん夢である。それを楽しめばそれでいい。 

第8章 実験的神秘主義
 これもねぇ、私もいろいろ個人的には体験があって、いろいろ試みてみるのだが、表現するのが難しい。共通の話題にしようがないことが多い。つまり科学化できない。

第9章 奇蹟を求めて---小品集
 ここもなかなか面白い。短編であるだけに、簡潔で切りがいい。ひとつひとつは面白いが、さて、全体のウスペンスキーに、最終的にどう関わってくるのか。結局、ウスペンスキーって、誰? 

第10章 新しい宇宙像
 なるほど、この本のタイトルが生れた理由がわかる。しかし、はてさて、このような宇宙観でいいのだろうか。21世紀の現代科学の流れについては、別途、読書をすすめていかなくてはならないが、もし100年前のウスペンスキーに軍配があがるとすれば、科学は一体なにをやっていたのか、ということになる。科学としてではなく、「ウスペンスキー、かく語りき」として読んでいく必要があるだろう。

第11章 永劫回帰とマヌ法典
 この辺は、ウパニシャッドやバガヴァッド・ギータや、その他のインド文献と突き合わせしながら、もっともっと全体的で、量的にも深みのある想いを巡らしていく必要を感じている。

第12章 セックスと進化
 現代では、チベット密教におけるタントラを、いかに現代人のライフスタイルに置き換えるか、という壮大な実験が行われているので、そちらの報告待ちでいいのではないか。

 おおざっぱではあるが、各論として今後突っ込んでいくとすれば、まずは3章、9章あたりか。10章、11章あたりも面白そうだが、簡単に手をだすとやけどしそう。

<7>につづく

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2010年上半期に当ブログが読んだ新刊本ベスト10

2009年下半期よりつづく

2010年上半期に当ブログが読んだ
新刊本ベスト10 

(それぞれの本のタイトルをクリックすると、当ブログが書いたそれぞれの本の感想に飛びます)

第1位
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「精神の哲学・肉体の哲学 形而上学的思考から自然的思考へ
木田元 /計見一雄 2010/03  講談社 単行本  333p 

第2位
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「はじめてのチベット密教美術」 
正木晃 2009/12 春秋社 単行本 126p 

第3位
B3

「1Q84 BOOK3」
村上春樹 2010/4 新潮社 単行本  602p 

第4位
Rama

「ダライ・ラマ 実践の書」
ダライ・ラマ(14世) /ジェフリー・ホプキンス 宮坂宥洪 2010/01 春秋社 単行本 225p 

第5位
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「多次元に生きる」 
人間の可能性を求めて
オルダス・レナード・ハクスリー/片桐ユズル 2010/02 コスモス・ライブラリー/星雲社 単行本 192p 

第6位
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「現代瞑想論」 変性意識がひらく世界
葛西賢太 2010/03 春秋社 単行本 265p

第7位
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「随(かんながら)神」 ―意識の扉を開く鍵―
阿部敏郎 (著)  2010/5 ナチュラルスピリット 単行本: 280p 

第8位
O

「オウムを生きて」
 元信者たちの地下鉄サリン事件から15年
青木由美子 2010/03 サイゾー 単行本 319p

第9位
B2

「1Q84スタディーズ(book2)」
Murakami Haruki study books 2010/01 若草書房 全書・双書 ページ数: 275p 

第10位
Rei

「現代霊性論」
内田樹 /釈徹宗 2010年02月 講談社 単行本 300p  

次点
Kato

「加藤和彦ラスト・メッセージ」
加藤和彦 /松木直也 2009/12 文藝春秋 単行本 188p

 

2010年下半期へつづく

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2010/06/20

如是経 一名 光炎菩薩大獅子吼経 序品 つあらとうすとら

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「如是経 (一名 光炎菩薩大獅子吼経) 序品」 つあらとうすとら
にいちえ著 登張信一郎訳註及論評  (大正十年)1921/10 星文館書店 20cm / 50,253p
Vol.3 No.0060

 いやはや、探してみればあるもんだ。大正年間のツァラトゥストラ。必ずしも訳本ではないが、抄訳と解説が合体したもの。登張信一郎49歳時の書。

 訳名を「如是経」と簡単に、一名を、「光炎菩薩大獅子吼経」と命じました。この訳者については、訳名の私見で、最も大胆に、思い切って、東洋式、就中、純仏教ぶりに翻へしました。p11

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 東洋風、仏教風、というよりもさらに、ツアラトゥストラを親鸞になぞらえていたりするところが凄い。最初は、ちょっとひやかし気味に取りよせた一冊だったが、実際に頁を開いてみると、むんむんとニーチェの息遣いが聞こえてくる。あの熱さに変わるものではない。

 いやいや、むしろ、ニーチェが生きていた時代により近いだけに、むしろ、現代風に翻訳されたニーチェより、はるかに実像に近いとさえ感じられる。このニーチェ、大正年間にどのように読まれていたのだろうか。

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Books I Have Loved<79>

<78>よりつづく

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Books I Have Loved <79> 
Osho 1985/07 Rajneesh Foundation Intional  247p ペーパーバック 言語 英語

Books I Have Loved session3 (BIHL3)

1)Hsin Hsin Ming  by Sosan

2)Tertium Organum by P.D.Ouspensky

3)Geet Govinda

4)Kundkunda's Samayasar

5)The First and the Last Freedom by J. Krishnamurti

6)The Book of Huang Po

7)The Teaching of Hui hi

8)The Song of Solomon

Bihl33

1)「信心銘」僧燦。ZENについては、当ブログの主題である。いずれ最後のZENシリーズで出てこざるを得ない。ここはここ、この流れで読む。

2)「ターシャム・オルガヌム」は、ひとつの交差点。あっちから読み、こっちから読み、いろいろ読み方がある。得意ではないが、この本は、貴重な里程標。

3)「ギータ・ゴヴィンダ」のことはすっかり忘れていた。今回、あらためて、最初から読みなおす必要がある。

4)「サマヤサーラ」クンダクンダ。こちらもよくわからない。ジャイナのことは、一からやりなおし。文献さがしから再スタート。

5)「自我の終焉 最初にして最後の自由」クリシュナムルティについては、全体像をとらえることから再スタートしなければならない。とくにセオソフィー関連も含めて。

6)「黄檗の書」黄檗希運。英語の読みでHuang Poが黄檗とは連想できない。そのような単純なところから、あらたに再確認が必要。

7)「慧海の書」大珠慧海。こちらもHui hiが大珠慧海であるのかどうかでさえ、私には定かではない。禪と禅とZENのせめぎ合い。

8)「ソロモンの歌」。旧約聖書からこれ。あれだけの大冊から、抜き出されたこの部分の意味。「聖書」への足がかりとなるか、キリストその人の理解へと進むか。

 1、2に比較すれば、BIHL<3>はかなり不透明感が漂い始める。分からない、その存在さえしらない「本」が登場する。されど、no earth no humanityに向けて、Oshoが導いたその道筋をたどってみることは、実に重要なことになる。

<80>につづく

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Books I Have Loved<78>

<77>よりつづく

Books_i_have_loved_2
Books I Have Loved <78> 
OSHO 1985/07 Rajneesh Foundation Intional  247p ペーパーバック 言語 英語

BIHL1 + BIHL2 再読モードのまとめ

 さて、大雑把にBIHLのピックアップをひととおり終えて、BIHLを1から順に良い進めようとしたところ、当然のことながら、自らの読み方のいかに不十分なのかを痛感するに至り、1から2、そして3に行こうとした時、もんどりうって、1に戻らざるを得なかった。

 ここでようやく1を終えたところで、2に進むべきだが、2もまた実際には、3以下のリストに連なるタイトルが目白押しなので、どこで切る、というわけにもいかない。しかし、BIHL1~2は、偶然にも10+11=21と切りがよく、全体168タイトルのちょうど8分の1という分量になっている。

 168タイトルのうち、日本語として読めるのは120タイトル程度、残る40タイトル強は英語版に頼らざるを得ないし、さらに入手不能なタイトルも数冊含まれている。後半になれば、関連本や英語本のラッシュになることを考えてみれば、最初のこの21タイトルは、BIHLの全体像を推し量る上で、重要な21冊となる。

Bihl1221_2
 
 一気に読み進めるべきではない本もあり、関連の中でこそ読まれるべき本もある。敢えて文字面を追わず、その行間を読み進めるための本もあってみれば、ここで読了とも言えず、いずれ、三読、四読が必要になるであろう。

 しかし、ここで当ブログの「One Earth One Humanity」カテゴリも107に達し、残すは、明日の夏至に発表する「2010年上半期に当ブログが読んだ新刊本ベスト10」をアップすれば、108の定量に達することになる。この辺で、気分を切り替えて、カテゴリ名も「No Earth No Humanity」とし、Zen関連をもうすこし読み込もうと思う。

 BIHL1~2の21冊の「再読」を終えたところで(実はまだ終わってない)、ひととおりの感想をメモしておけば、ことはこの21冊で足りるのではないか、ということ。この21冊を読み切ることができれば、つまりBIHLの言わんとしていることは、十分届くのではないか。だから、今後168タイトルすべてを追うことはできなくても、この21タイトルを確認できたことだけでも、大いに喜び、大いに感謝すべきである。

<79>につづく

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2010/06/19

ミラレパの十万歌<3>

<2>よりつづく

Milarepa1
「ミラレパの十万歌」 チベット密教の至宝 <3>
ミラレパ おおえまさのり 1983/04 いちえんそう めるくまーる社 特装本 975p
☆☆☆☆☆

 チベット密教の至宝。BIHL1の尻がりを務めるのがこの本。一気に再読しようと思ったが、やっぱり無理だった。休み休み、小分けにしながら読み進めている。サラハ---ティロパ---ナロパ---マルパ---ミラレパ、というインドからチベット・タントラの系譜の中で、ミラレパの系譜はここで途切れたかのように、Osho講話の中ではあまり語られない。

 それはチベットにおいて、政教一体となったチベット密教があまりに組織化し、システマティックになってしまったことへの違和感であろうか。あくまで個人へ焦点を集めようとするOshoのレクチャーの題材としては、適さなくなっていったからでもあろう。

 当ブログも、読書ブログとしては、すでに公立図書館の一般開架図書として読めるようなチベット本にはたいがい目を通した。ごく最近の新刊本や希少本、あるいは奥伝などの、一般には入手不可能な本までは、おっかけ切れない。それでも、読書としてのチベットは、一応、ひととおり終わってしまっている、と言っていい。

 すでに、チベット本については、ターゲットを3つに絞って、再開のタイミングを待っているところだが、あの3つに加えて、当ブログの不確定要素である「アガルタ探検隊」的視点からのチベットも今だに魅力満載である。

 ミラレパについては、「チベットの偉大なヨギー ミラレパ」の普及版の発行はされているものの、こちらの「ミラレパの十万歌」のほうの普及版邦訳はまだなさそうだ。もともと蔵書として持っていたから読めるものの、一般にはなかなか読書は難しい一冊となる。ただ、この二冊はセットとして読まれてこそ意義が深まると思うのだが。

 BIHL1における「預言者」たちの前半が、ツァラトゥストラや、ゾシマ長老、大審問官、ミルダッド、ジョナサン、という、文学上のフィクションとして語られているのに対し、ミラレパは実在の存在である。歴史や伝統の中で虚飾を重ねられてきたことは推測できるにしても、老荘、キリスト、クリシュナに比べたら、はるかに近世に近い時代の存在だし、残された「預言」の数々も意義深く、数多い。

 それからミラレパはレーチェンに言った。
「おまえは弟子に教えるのが上手だ。この娘の面倒を見なさい」
 レーチェンマはレーチェンに手渡され、かれは彼女をしばらくの間、修行の同伴者とした。その後、レーチェンマは北のナムツォチュクモのセモドで瞑想するために出かけ、そこで八年の間、完全な沈黙を守った。ついに彼女は十の経験と八つの功徳を得、すべての精神的浄化の道の現成を完成した。そしてこの生涯において、ダーキニーの浄土に行ったのである。

 これはミラレパがジョロ・ディツァムの小五湖で、かれの<最も優れた>四人の女弟子の一人、レーチェンマに会う物語である。
p388

 「かもめのジョナサン」の解説で五木寛之が女性の存在が感じられないという危惧を表明し、ヘッセの「シッダルダ」の二部では「同伴者」カマラーが途上することを思い出す時、中世チベットのヨーギ達のタントラ修行とはいかなるものであったのかと、想いははるかヒマラヤ奥地へと飛翔する。

つづく・・・・・

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2010/06/18

バガヴァッド・ギーター<8>

<7>よりつづく 

バガヴァッド・ギーター
「バガヴァッド・ギーター」 <8>
鎧淳 2008/03 講談社  文庫 275p
☆☆☆☆

 BIHLにおける8冊目。バガヴァッド・ギーターとの共振はすこしづづではあるが、次第に深まっていると言える。その全景、その背景、そのストーリー、登場人物たち、言葉、コンセプト、神、人、神話群。一気になじんで、その全体を理解するというわけにはいかない。それでも、何度か読み返していくと、すこしづつ、こちらの身体となじみ始め、共振し始めるのが分かる。

 一体に、インドの物語を日本語で味わう、ということ自体、どこかお手軽すぎるのではないだろうか。日本語でインドの物語を、というと、どうしても、仏教的な背景や用語が、ごく当たり前のように連想され、あるいは登場してくる。これはこんなものだろう、というお手軽な理解が先行しているのではないか。

 「古池や 蛙飛び込む 水の音」 という、日本人にとってはごく当たり前の芭蕉の俳句だが、これを翻訳するとなると、ただごとではない。

The old mere! A frog jumping in The sound of water 正岡子規

An old pond A frog jumps in A splash of water. 新渡戸稲造

The old pond, ah! A frog jumps in: The water's sound. 鈴木大拙

Old pond Frogs jumped in Sound of water 小泉八雲(ラフカディオ=ハーン)

The old pond, Aye! and the sound of a frog leaping into the water バジル=チェンバレン

The ancient pond A frog leaps in The sound of the water. ドナルド=キーン

The old pond. A frog jumps in Plop! レジナルド=ホーラス=ブライス  「ちょんまげ英語塾」からの引用

 いずれが正しいということでもないだろうが、これらの英語に振り回される英語読者の気持ちも分からないではない。

 インド人ならざる日本人が、インドの最大の古典バガヴァッド・ギーターの、その片鱗だけでも味わうことができることを喜ぶことができれば、それでいいのか・・・もしれない。ただ、やはり気になるのは、この鎧淳訳は、どうしても中国から輸入された仏教文化の概念を多く借りているような雰囲気のところである。

 あのインドの大地にいて、あの灼熱の太陽のもとで、インドの言葉で、そしてインド人として、このバガヴァッド・ギーターを味わう、となれば、その翻訳に尽力された方々の御苦労には大いに感謝するとしても、まったく別な味わいになるのではないか、と、強い疑念を持つ。

 「バガヴァッド・ギーター」のテキストにも多くのヴァージョンがある。どのテキストを選び出すか、というのも、一読書人としての、大いなる楽しみではあるが、その前に、もっともっと大事なことは、限りなくオープンな態度で、この大いなる叙事詩の前に立ってみることである。

 

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ミルダッドの書―灯台にして港<3>

<2>よりつづく

Photo
「ミルダッドの書」―灯台にして港 <3>
ミハイル・ナイーミ (著), 小森 健太郎 (翻訳) 1992/12 壮神社 単行本: 347p
☆☆☆☆☆

 IBIHL1にリストアップされた10冊の本の存在を確認し、いくつかのヴァージョンからもっともお手頃そうな本を選び出し、一度はページをめくって見、時にはきちんと読み、それでもうまく入ってこない時は、日をおいて、もう一度、最初からめくって見る。そして、最初の行からその本に入って行けば行くほど、ますます分からなくなることが多い。

 「ミルダッドの書」も、その存在を確認し、一冊の本として読む分には何の苦もないのだが、その背景を考え、しかも、その本を、あのOshoが、なんと「ツァラトゥストラ」、「カラマーゾフ」に次ぐ、第3冊目にリストアップしていることを考えると、すわ、何事ぞ!と浮足だってしまうことになる。

 英語圏は知らず、すくなくとも日本語圏における、このミハイル・ナイーミの他のアラビア語作品の紹介は他にほとんどない。解説などで想像をたくましくするだけだが、その分だけ、この「ミルダッドの書」をためすがえす読みなおしてみることになる。

 ここまでの3冊にでてくる、ツァラトゥストラと、例えば大審問官やゾシマ長老、そしてこのミルダッド、という預言者を出された時に、BIHL読書愛好会としては、自然にその共通項を見つけ出そうとする。

 文字を中心とした「小説」という設定で、そこに「預言者」が登場し、ストーリーもそこそこに、預言者の姿を借りた作家自身の思想とも言える「箴言」が朗々と歌われる。このスタイルが存在し、このドラマツルギーの中で、作家たちがそれぞれに工夫していることもわかった。

 ジョナサン、ミラレパ、クリシュナ、老子、荘子、イエス、思えばBIHLに登場してくる「預言者」たちのスタイルにはかなりの共通項がある。だから、それらのスタイルのひとつひとつの小さな違いを比較しながら、楽しむことは、そう簡単ではなさそうだ。ひきつづくアルムスタファーや列子、ソクラテス、ボーディダルマ、などなど、彼らとて、そのスタイルの中の別ヴァージョンと理解すれば、飲み込みも速い、というものだ。

 さて、その「箴言」の内容だ。そそっかしい足早の一読者として、その文言に一度は視線を向け、その凹凸を確かめ、目立った個所に付箋を貼って、さて、お次は、と次なる本に手を出し続ける。このようなスタイルでは、「箴言」の中に並べられた、ひとつひとつの「預言」の十分な理解には至らない。

 あせらずに、時間をはかって、何度か文字列を追っているうちに、自然と全体像が見えてきて、微妙な味わいが分かってくるかもしれない。そう思い直して、立ち止まる。

 それゆえ、人間もまた、この聖なる三位一体、すなわち、意識、言葉、理解の三位一体である。人間もまた、神と同様に創造者である。人間の<私>は、人間の創造物である。それではなぜ、人間は神のようにバランスを持ちえていないのか?
 もしこの謎の解答を知りたいのならば、ミルダッドがこれから明かすことをよく聞きなさい。
p069「聖なる三位一体と完全なるバランス」

 それぞれの預言者たちの箴言がまったく同じな筈はなく、また表現方法も違う。BIHLを読み進めるにあたっては、一体、この辺をどう対処すればいいのか。いくつもの預言者たちをリストアップし、そこから、一番自分にあった預言者をピックアップして、その中のさらにお気に入りのアフォリズムをメモして壁にでも張っておけばそれでいい、のか。そんなはずはない。

 むしろここでは、それらの預言者たちの共通項を求め、さらには微妙な違いを感知し、味わい分けて行けるほどの感性を養っていくことのほうが大事だろう。そして、比較検討する、というより、それらの外在する預言者たちの言動に感応する部分としての、自らのうちなる「意識」を見続けていくことのほうが大事になってくる。

 Oshoは10万冊以上の本を読んだそうだが、そこには特に目的はなく、単に楽しみのため、と言っている。リナックスの基礎を一人で造った、リーナス・トーバルスの著書のタイトルを思い出す。「Just for Fun」それが僕には楽しかったから・・・。

 預言者たちの箴言の中に隠された思想や哲学、それを理解し、比較検討し、体系づけるなどということは土台無理な話であり、当ブログのもともとの趣旨にも大いに反している。むしろ、その読書の中で見つめられるべきものは、外在者としての預言者や箴言の数々ではない。見つめられるべきものは、内在者としての自らの意識だ。

 もし読書の過程において、そのような現象が起きたらもうけもの。今後はそのような姿勢を保つことで、よりスムーズに、そしてトータルにBIHLを楽しんでいけるのではないか、と思う。One Earth One HUmanityのカテゴリ名の元、読み進めてきたBIHLではあるが、そこに無理な「Oneness」を作り上げてしまうとしたら、当ブログの最初の趣旨に反することになる。そういう意味では「インテグラル」な方向に行こう、と思っているわけではない。

 まもなく終わるこのカテゴリ名に次いで、次なるカテゴリ名は「No Earth No Humanity」とすることにした。Onenessではなく、Nothingnessへと向かう読書路である。問われるべきは書物の在り処や、作家の人生、箴言に隠された思想や哲学ではない。問われるべきは私自身であり、「私」のNothingnessである。その道筋において、これらのBIHLの本たちが大いに役立ってくれることを、今後も期待したい。

 この地球が人間の住処であると同じくらい、明けの明星、銀河、昴星も人間の住処である。これらの星々は、光を人間の眼に投げかけるたびに、人間をおのれのところへ持ち上げている。人間はこれらの星々の下を通るたびに、これらの星々を自分のところへ引き寄せている。

 あらゆる事物が人間の中に組み込まれている。その代わり、人間はあらゆる事物の中に組み込まれている。宇宙はたった一つの体である。その最小の部分と交流すれば、すべてと交流したことになる。p167「私たちは死後どこに行くのか」

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2010/06/17

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する<5>

<4>よりつづく 
『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する
『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する <5>
亀山郁夫 2007/09 光文社 新書 277p
☆☆☆☆

 BIHL1を再読するにあたって、その二冊目に挙げられているドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は、ぜひここにおいても再読したいところである。ところが、昨年苦労して読み終わったところなので、今回また全部読みなおすという余裕は残っていない。

 「クラウドソーシング」カテゴリの「再読したいこの3+1冊」では、村上春樹本をリストアップしておいた。この4冊を再読することがあったら、かならずテーマを決めて拾い読みしたい。まずは車、特にロードスターについてのところを一通り読んでみたい。そして、もう一つは、村上自身が目標としているドストエフスキーのこの小説「カラマーゾフの兄弟」に関するくだりだ。

 あるいは、あの今東光も、「カラマーゾフの兄弟」のような小説を書きたい、と言っていた。なにをして、この小説は、このように多くの小説家をも魅了するのだろう。小説が苦手であり、ブログのテーマとしてもいまいちフィットしないのではないか、と思っている当ブログではあるが、次第に、小説の面白さに気付かされてきているところがある。

 しかるにあの「1Q84」の、book1、2、はまだしも、そのbook3には納得いかない。自分の書き込みを見ていてもbook3にはかなり期待していたのは確かである。だが、現在は、裏切られたような気分でいる。「続編」book4は出るのか、出るとすればどういう内容になるのか。

 まぁ、それはしかし、なにも一人村上春樹に期待する必要はない。その「続編」は自分が書けばいいのだ。期待が大きければ大きいほど、その存在価値を認めれば認めるほど、あとは自分が書けばいいのだ。自分でやれる範囲で続編を空想してみるのも悪くない。

 それはなにもドストエフスキーに限らず、ニーチェであったり、ウスペンスキーであったり、ジブランや、トルストイや、クリシュナムルティや、村上春樹やらであっても同じこと。あれやこれやに期待し続ける、ということ自体、ちょっとおかしい。あとは自分が書けばいいのだ。

 なにも何とか賞を取る必要もないし、世界的なポピュラリティを獲得する必要もない。自分が自分の小説、自分のアートを仕上げれば、それでいいのだ。それがエンターテイメントに徹していなくても、表現として、まったく未熟なものであっても、自らが自らに与える書としてなら、それは別に「イーシャ・ウパニシャッド」のように全体的でかつ完全というものではなくても、それはそれでいいのだ。Do It Yourself。自燈明。

 まずは、そう言ってはおくが、ボールを蹴ることができるが、誰もがサッカーをゲームとしてやれる訳ではない。サッカーをやれるとしても試合にでれる選手になれるわけではない。ましてやワールドカップに出るようなプレイヤーになることなど、一般的には夢でしかない。そして、そのプレイヤーの華麗なるプレイに見とれる、ということも、私のようなごく一般人には残されている楽しみなのだ。

 相撲でもボクシングでも、将棋でも、歌やアートでも、ずば抜けたセンス、ずば抜けた表現はある。それらを楽しむことは、大いにありうることである。誰もが世界に冠たる小説家になれるわけでもないし、何百万部の発行部数を誇るベストセラー作家になれるわけではない。優れた人々に、優れた仕事を期待するのは、ごく自然な現象だ。

 なにはともあれ、当ブログは、いつのまにか、小説を「読まされて」いる。そして、それらはどうやら「面白い」。BIHLにおいて、Oshoはドストエフスキーの作品をもうひとつ「地下室の手記」を取り上げている。トルストイは3冊。その他、数十の小説群がそのリストにアップされている。初読時にはその本の存在を確認するだけにとどまったものがほとんどである。再読モードの今回は、出来得るかぎり、少し読むスピードをペースダウンしながら、味読する方向に持っていきたい。

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イーシャ・ウパニシャッド 存在の鼓動<2>

<1>からつづく

イーシャ・ウパニシャッド
「イーシャ・ウパニシャッド」 存在の鼓動<2>
OSHO/スワミ・ボーディ・マニッシュ 1998/07 市民出版社 単行本 461p
Vol.3 No.0059☆☆☆☆

 マスターの講話録ではあるが、この本をいままであまり読んだことがない。もっと言えば、相性が良くないとさえ言える。何故なんだろう、と、あらためて考えてみる。一つには、邦訳が発行された年代。1998年7月と言えば、おおきな社会問題の方が先行しており、精神世界の本などを読んでいる余裕がなかったこと。

 二つ目には、この本の講話録がもともと70年前後のインドで行われた瞑想キャンプでの講話録が基本になっていること。1990年にOshoが肉体を離れた後は、最後のZENシリーズが自分の基本的な指向ベースになっており、インドのアチャリア時代の講話録が先行して翻訳されていくことに不満を持っていたこと。

 三つめには、自分自身は、愛と瞑想の道の二つの、どちらの道を選ぶのか、と言った場合、瞑想を選ぶ、というタイプの人間ではなかったこと。つまりは、瞑想という言葉を口に出してはみるものの、決して、瞑想がお得意の人間ではなかった。

 この三つの障害は、2010年の現在、少しづつではあるが、ゆるやかに解除されている。ひとつ目の時代的背景であるが、かのいまわしい事件から15年がたち、生々しい傷口はふさがることはないが、あれ以降、拡大傾向になく、絶体絶命なるデッドエンドに突っ込んでしまったわけではなかったこと。あの時代を見つめるのに10年以上かかったけど、振り返る余裕はできた、ということ。

 二つ目には、私自身が、もともと「瞑想」という単語には惹かれていたとは言うものの、Oshoのもとに辿り着いたのはカウンタカルチャーの正当な受け皿としてのその存在価値が大きく左右していた。だから、インドで光明をうけたOshoがジャイナな人々の支持をうけるアチャリアという存在であったことを、どうも受け入れがたかったこと。そして、それが私にも加齢現象があり、次第に視野は開かれ、インドにおける仏教ならぬ、ウパニシャッド哲学の価値観に強く惹かれ始まったこと。

 三つ目には、やはり、私自身においては、瞑想=ZEN、としてもらうことのほうが一番受け入れやすいのだが、それは、もともとが、今回の自分は日本に生れ、禅を理解するに近道な環境に生れてたからこそと言える。だから、実は、そこには、新たなる大きな落とし穴もあるということ。

 全体的であり、かつ中心にいることが、Oshoの基本であるとすれば、禅からZENへと移動することは、ある意味、安易なショートカットになるかもしれない、という危険性がある。最終地点はどこにあろうと、ここはスーフィだとか、ウパニシャッドとか、ハシディズムであるとか、グノーシスであるとか、さまざまな流れに身を浸しておくことも重要であろう。

 だから、決して得意ではないが、今「イーシャ・ウパ二シャッド」を読み始めるとしたら、それはそれで、ちょうどその時なのだろうと、ひとりで合点する。どの道をいこうと、全体的であり、完全なものであるとするならば、ウパニシャッドははずすことはできない。

 Oshoが採用しているテキストには、佐保田鶴治・訳の「イーシャ・ウパニシャッド」に出てこない二つの詩句がある。最後と最後だ。あとの18の詩句は、翻訳や解釈、表現の度合いの違いはあれど、同じ地平を指している。

 佐保田訳は、このまま読んでしまえば、それで素晴らしい世界観である。しかし、同じところをOsho採用のテキストと比較すると、また雰囲気が違ったものになる。二つ並べないと、気がつかないことがある。また、テキストを離れたところでの、Oshoの「存在の鼓動」が聞こえてくるところも、微妙な味わいとなる。

OM(オーム)

あれも全体 これも全体

全体より生ずるは 常に全体だからである

全体より全体を取り出すとも

見よ 残るは全体である

OM(オーム) 安らぎよ 安らぎよ 安らぎよ   p12

 これが、佐保田訳にはない前振りの部分。そして・・・

OM(オーム)

あれも完全 これも完全

完全なるものより生ずるは常に完全だからである

完全なるものより完全なるものを取り出すとも

見よ 残るは完全である

OM(オーム) 安らぎよ 安らぎよ 安らぎよ   p426

 と、同じ調子ではあるが、前振りでは「全体」であったものが、締めでは「完全」、あるいは「完全なるもの」となっている。もう、ここまで言われると、あとは手が出ない。ただただ、涙して、服するのみだ。

<3>につづく

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イーシャ・ウパニシャッド<3>

<2>よりつづく

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「ウパニシャッド」 <3>
佐保田 鶴治 1979/01 平河出版社 単行本: 385p
★★★★☆ 

「イーシャ・ウパニシャッド」 

 「BIHL2」の8番目。ハガキの片面に書き込めるほどの、一番小さなウパニシャッド、108あるウパニシャッドの中にあって、最大の世界を持つ、最小のウパニシャッドと言われる、インド哲学の原点。ハガキの片面には書き込めないと思うけど、レター1枚のスペースがあれば、十分書き込める。

 Osho講話「イーシャ・ウパニシャッド」に引用されている訳文と、こちらの佐保田訳には、当然のごとく違いがあるが、短いので、ひとつひとつ比較検討することは可能であろう。佐保田訳は18編の詩句から成っており、Osho引用のものは20編となっている。しかし、それも最初と最後のカバーがついて、18編+2編だから、同じものを指していっていることは間違いない。

 さて、このカバーが曲者で、むしろ佐保田訳でなぜか省略されている二枚のカバーこそがもっとも重要と言えるかもしれない。Osho講話「イーシャ・ウパニシャッド」は別途読み進めるとして、「BIHL2」の一角にしっかりとその存在位置をしめているこの小さなウパニシャッドの佐保田訳を転記しておく。

 イーシャ・ウパニシャッド(一名イーシャーヴァーシャ・ウパニシャッド)

 主への献身

<1>およそ地上に動めく万づの有生は生の宿りたもう所となるべし。一たびはこれを(有生)を遠離し、そしてこれを享受せよ。ゆめ他人の財を貪るなかれ。

 祭祀

<2>この世にありては、業(祭祀)をなしつつ、百年の寿を願うべし。かくの如く、汝にあっては他の道なきなり。業はかかる器量人には染着せず。

 自我の観照

<3>ここにそこばくの世界ありて、無日(アスーリア)と名づけられ、盲闇もて覆われてあり。すべて自我を殺せる輩はこれら盲闇の世界に赴く。

<4>この独一なるものは不動なり。されど、意よりも迅くして、前に走れば神々もこれに及ぶ能わず。自らは停りつつ、しかも他の馳せゆくものを追い過ぐ。これの中にマータリシヴァンは諸活機を置く。

<5>こは動き、しかも動かず。こは遠くに在り、しかも近くに在り。こは万有の内に在り、しかも万有の外にあり。

<6>人もし自我において万有を観じ、万有の上に自我を観せば、それより後は世に畏るるものなからん。

<7>智者にあって万物その自我に帰せし時、かかる万物一体の理を観ぜし人に如何なる迷かあらむ? 如何なる憂かあらむ?

<8>彼は純白、無体、無疵、無筋、清浄にして罪垢に汚されざるものに到達せり。彼は賢者なり、智者なり、主宰者なり、自在者なり。彼は永恒の歳時のために適宜に庶物を配置せり。

 中庸の道

<9>無明(無知)を崇信する輩はもとより盲闇に沈むも、明(知)を欣(よろこ)ぶ輩はさらに深き盲闇に沈むと見ゆ。

<10>明とも異なり、無明とも異なるものといえり。かく賢者達がわれらに説きわけしをわれらは聞けり。

<11>明と無明とを併せて同時に知る者は、無明を以て死を越え、明を以て不死に達す。

<12>無生を崇信する輩はもとより盲闇に沈むも、生を欣(よろこ)ぶ輩はさらに深き盲闇に沈むと見ゆ。

<13>生とも異なり、無生とも異なるものといえり。かく賢者達がわれらに説きわけしをわれらは聞けり。

<14>生と滅とを併せて同時に知る者は、滅を以て死を越え、生を以て不死に達す。

 臨終祈念

<15>黄金の鉢(太陽)もて真有(サティア・梵)の面は掩われたり。そを闘(ひら)け、プーシャン神(道祖神)よ。有真を奉ずるわがそを見んがため。

<16>プーシャン神よ、独一仙よ、ヤーマ(夜摩)神よ、日神よ、生主神の後胤よ、汝の光明を撒布したまえ。光炎を収めよ。汝のいとも美わしき形色を我は今ぞ見る。彼方なる神人(プルシア)は即ち我にぞありける。

<17>風(気息)は不死の風に帰し、肉体は終に灰となる。
    唵(オーム)! 意志(クラトウ)よ、憶念せよ。所為を憶念せよ。
    意志よ、憶念せよ。所為を憶念せよ。

<18>火神よ、坦路によりて、われらを福祉へ導きたまえ。
    汝はよろずの道を知りたもう神。
    歪(ま)がれる罪をわれらより攘(はら)いたまえ。
    われらは汝に至高の賛辞を呈せん。
 p211

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2010/06/16

ツァラトゥストラはこう語った<10>

<9>からつづく

ニーチェ全集 第2期第1巻 
「ツァラトゥストラはこう語った」 「ニーチェ全集 」第2期第1巻
ニーチェ (著), 薗田 宗人 (編さん) 1982/11 白水社536p 
Vol.3 No.0058☆☆☆☆☆

 白水社「ニーチェ全集」の薗田訳の「ツァラトゥストラ」が優れている点は、まず、一冊にまとまっていること。「ツァラトゥストラ」というと、いつも二冊分冊で、上下とか1、2とかに分かれているので、もう、それだけで重苦しい。大変難解な本を今から読み始めるのですよ、しかも、2冊ありますよ、と最初から宣言されているようで、なんだかうっとうしい。

 この辺は、いつも3部作だと思っていた「カラマーゾフの兄弟」が、亀山新訳では5冊分冊になったのとは対極に思える。ドストエフスキーのほうは、あの込み入ったストーリーが、小分けにされることによって、逆に読みやすくなっている。

 「ツァラトゥストラ」はもともと3部作として一気に書かれ、後に別な作品として書かれた部分が、第4部として追加された、という経過がある。だから、もともと、構成も、それぞれに反発しあうような部分があり、それをむしろ、最初からひとまとめにしてもらうと、ようやく、落ち着きがでてくるというものである。

 実際、含味熟読してからでなければ言えないが、直感的に言えば、私は第4部が一番好きかもしれない。人によっては、あの部分が余計だとか、堕落しているだとか、いう評価もあるらしい。

 「ツァラトゥストラ」の邦訳は、登張竹風の部分訳「如是経(一名 光炎菩薩大獅子吼経)序品」(大正10年)以来、すでに十種ばかりあり、そのそれぞれに個性豊かな成果は、すでにひとつの翻訳史を形づくっている。p535 「訳注」薗田

 ブふ・・・・、「如是経(一名 光炎菩薩大獅子吼経)序品」!!!! これはすごい! 「如是経」ですか。なるほど、こう言った、だ。 一名 光炎菩薩大獅子吼経・・・・・、これまたすごい、なんせ、「一名」です。「光炎菩薩」であります。「大--獅子吼--経」でありますかぁ~~。いやぁ、言えてる。その「序品」ですね。「ツァラトゥストラかく語りき」なんて軟弱な訳語がぶっ飛んでいく。

 同じ時代背景のなかで大正14年に、今武平がJ・クリシュナムルティの「大師のみ足のもとに」(At the Feet of the Master)を翻訳して、「阿羅漢道」と名付けたのも、この時代ならではのセンスである。西洋がどうしてもキリスト教風土から抜け切れないでいたのと同じように、日本もまた、仏教的風土を借りなければ、精神性を語れなかった、ということなのだろう。

 さらにこの薗田訳が優れている点としては、もちろん、やわらかい読み下し文であることでもあるが、傍点や太字体が、どうやら最小限に抑えられていること。ないこともないが、心地いい程度にしか傍点や太字体がない。小山修一訳「ツァラトゥストラ」は、出版がもっとも新しいだけに、言葉使いももっとも現代的ではあるが、太字体が特に目立って、目ざわりではあった。

 当ブログでは、これで4種の「ツァラトゥストラ」に触ったことになる。なるほど、それほど変わるまい、とタカをくくっていたのだが、ここまでくると、同じ小説を読むにしても、テキストの選び方で、大変感じの違うものになることが、よくわかった。

 どれが定番ということもないのだから、それぞれ個性があっていい。機会が許すなら、これらをずらっと並べて比較検討しながら、すこしづつ読み進めるというのも醍醐味のある読書ではあろう。

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ツァラトゥストラ<9>

<8>からつづく

ツァラトゥストラ〈1〉 (中公クラシックス) ツァラトゥストラ〈2〉 (中公クラシックス)
「ツァラトゥストラ〈1〉」  2〉」 <9>
F.W. ニーチェ (著), Friedrich Wilhelm Nietzsche (原著), 手塚 富雄 (翻訳) 2002/04 中央公論新社 (中公クラシックス) 新書: 313p 407p
Vol.3 No.0056~57☆☆☆☆☆

 確かに1953年の竹山道雄訳よりははるかに読みやすいのだけれども、2002年の小山修一訳を読んでしまえば、この手塚訳でさえ、少なからず重苦しい。解説や脚注など、当ブログのような浅い読み方をよしとする読み手には不要な部分が多い。

 小山訳は、簡単なあとがきがあるだけで、あとは何もない。超人や、末人など、訳し方にそれぞれの個性が残るものの、本質的に違っているわけではない。読みやすさ、まるまんまツァラトゥストラを読む、という意味では、私なら、小山訳に軍配を上げる。小山訳なら、「かもめのジョナサン」や、ジブランの「預言者」のように、お気軽に、お手軽に読み通すことができる。

 しかし、それでいいのか。<1>巻の巻頭で、三浦憲一が「毒に感染しないで、毒を楽しむ」という文を40ページに渡って書いている。なるほど、そうとも言える。小山訳を読んでいる、ということは、ひょっとすると、毒なしのフグを食べている素人衆ということになりかねない。

 Oshoは、ニーチェの境遇に落ちたくなかったジブランは、ニーチェと同じことを書きたかったのだが、フィクション小説として「預言者」を書いた、としている。だから、カトリックのブラック・リストにも載らず、多くの読者を獲得し得た。しかし、それは、毒が排除されて、すっかり「安全」になってしまった「ツァラトゥストラ」だったのかも知れない。

 ここで、いくつもの「ツァラトゥストラ」を読み比べて比較検討する力はない。しかし、それぞれにその違いがある、ということだけは認識しておこう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、の譬えもある。フグは悔いたし、命は惜しし、では、本当のニーチェを読んだことにはならないだろう。 

 10番目。カリール・ジブランによるもう一冊の本「狂人」だ。これを除外することはできない。もっとも、正直言うとそうしたかったのだが。これを除外したかったのは、私自身が彼が言っている狂人だからだ。だがこれを除外することはできない。カリール・ジブランは、その狂人の、まさに内奥の核について実に意味深く、真摯に語る。そしてこの狂人は、普通の狂人ではない。仏陀、臨済、カビールのような人だ。どうしてカリール・ジブランにこんなことができたのか、私はいつも不思議に思っている。彼自身は、その狂人ではなかった。彼自身は、光明を得た人ではなかった。彼はシリアに生まれたが、不幸にもアメリカで暮らした。

 だがそこには驚きに次ぐ驚き、解答のない疑問がある。どうやって彼はそれをしたのか? 多分、彼はそれを自分でしたのではない・・・・おそらく何かが、誰かが---スーフィーたちがヒジラと呼ぶ者が、神智学の徒がK・H、すなわちクート・フミと呼ぶ者が---彼に乗り移っていたに違いない。彼は乗り移られていた。だがいつでもではなかった。書いているとき以外は、彼はごく平凡な男だった。実際、いわゆる平凡な人よりももっと平凡だった。嫉妬や怒りや、あらゆる種類の激情でいっぱいだった。だがときたま彼は乗り移られる。上からの力に乗り移られる。そうすると彼を通して何かが流れ始めた。絵画が、詩が、寓話が・・・・。OSHO「私が愛した本」p133

 ニーチェとジブランを分けるもの。それは何か。ニーチェは「毒」を食らって命を落としたもの。ジブランは、ほんのちょっぴりフグの「毒」を味見したことのあるもの、そういう違いを見つけることができるかもしれない。しかも、それは自分で調理したものではなく、腕利きの免許を持った調理人に料理してもらったのだろう。ちょっとだけ舌がしびれる程度。

 初読時は、ひとつのジョーク、ひとつの例え話、として読んでいった「誰かが---スーフィーたちがヒジラと呼ぶ者が、神智学の徒がK・H、すなわちクート・フミと呼ぶ者が---彼に乗り移っていたに違いない」 という文章がにわかに信ぴょう性を帯びてくる。スーフィーやK・Hが、ジブランをメディウムとして使った、という可能性は残しておく必要がある。

 ニーチェを読んでいくにあたり、三浦がいうように「毒に感染しないで、毒を楽しむ」ということは本当にできるだろうか。

<10>につづく

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権力への意志

ニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫) ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫)
ニーチェ全集〈12〉「権力への意志 上」 〈13〉「下」 
フリードリッヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 原 佑 (翻訳) 1993/12 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 528p 612p
Vol.3 No.0054~55☆☆☆☆☆

 OshoがBIHLの中で、ニーチェを取り上げ、さらに、ツァラトゥストラに並ぶ、あるいはそれを超えるものとしてこの本を取り上げている限り、一度は、頁をめくってみる必要がある。今回は、その本の存在を確かめたにとどまる。

 バーナード・ショーやアドラーでさえ、この本から窃盗している、と断言するOshoがニーチェに賭ける想いは並々ならぬものがある。全集全部とは言わないまでも、せめてツァラトゥストラとこの「権力への意志」のタイトルだけでも記憶しておかなくてはならない。

 しかしながら、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、はて、どの道を、どう、たどっていけば、自らが設定したであろう、「ゴール」とやらに到着することになるのだろうか。時間軸の一方に「奇跡の探求」を置き、片方の端には「禅宣言」を置き、その中心に「私が愛した本」(BIHL)を置く。

 その「私が愛した本」には、第2の軸として、「ツァラトゥストラ」や「三祖信心銘」から始まり、アラン・ワッツ「本」にいたる経路がある。そして、その中心に、とりあえず、ジブランを置いて模様を眺め、「預言者」を座標軸のちょうど半分の地点においてみる。

 しかしながら、実際には当「読書ブログ」には、第3の軸として、リナックスなどを含むネット関連の情報があり、その一方には、オバマやエコ問題などのジャーナリズムのあれこれを置いてみる。その中心には、脱エンターテイメントを狙う化のごとくの文学群があり、試みとしては「1Q84」などを候補としてみる。

 そんなこんなをしているうちに、私の人生は終わるだろう。図書館の本を全部読めるわけでもなく、ネット情報を一人占めすることなど、ありえないことなのだ。すべてを網羅することなど無理なことだ。どこかに集約地点を見つけていかなければならない。

 そこで編み出されたのが、One Earth One Humanity、というカテゴリではあったが、100近くまで進んでみて、いまいち落ち着かないことに気がついた。どうしても、Oneの中からこぼれていくのである。収まりきれるものではないのだ。

 そもそも、One、という概念自体、ファナテッィクだ。強い狂気の匂いがする。むしろ、ここは「No Water No Moon」に倣って、次なるカテゴリは「No Earth No Humanity」とすることにしたらどうであろうか。

 何かを追いかけることではなく、ありのままの現状を追認していくスタイルの方が、当ブログには似合い始めているようだ。漠とした方向性はある。だが、到達地点というものはない。そもそも、それは設定しようのないものだ、という理解のもと、再スタートすることになるだろう。

「サーカス団」  

私はサーカス団の団長
今日も、客の入りを心配している
雨が降っているのに、客はくるだろうか
団員たちは、今日も元気だろうか
猛獣たちの、ご機嫌はどうだろう
テントから雨漏りしていないか
出し物は、昨日と同じでいいのか
この町で、あと何日、公演できるか
私はサーカス団の団長
客はなにを求めて、サーカスを見に来るのだろう
綱渡りか、空中ブランコか
ピエロが巻き起こす、大笑いに巻き込まれたいのか
空席ばかりが目立つ、わがサーカス団
皮肉な客もいるはずだ
私のシルクハットのボロ穴を見つけては
笑っているはずだ
猛獣たちが、今朝も餌を求めて騒ぎだした
オリの中で、象や、ライオンや、シマウマたちが
動きだした
私は冴えない、サーカス団の団長
時には、入口に立って、入場者のチケットのモギリをやる
時には、猛獣たちの餌係り
あるいは、テントの雨漏り修理だってやる
夜には、町を一回りしてポスターを張り直してくる
団員たちにも、おべっかをつかわなければならない
私は、サーカス団の団長
猛獣たちが騒ぎだした
私には、空中ブランコも、綱渡りもできない
いやいや、ピエロ役だって、もはや、不似合いだ
身のこなしがうまくいかない
せいぜい、ムチをもって、猛獣たちを使っているふりをするしかない
ドサ周りの、私はサーカス団の団長
テントはボロボロ、団員たちは逃げ出した
客とて、今日も来るもんか
空席だけが目立つ、私はサーカス団の団長
だけど、私には、ひとつの誇りがある
私のサーカス団の、猛獣たちだけは本物、一流だってこと
全部、奴らの芸を見せることができないのが残念だ
短い時間では、彼らがどんな頑張ったって
その持てる芸のちょっとだけしか見せることができない
客はそれでも満足する
猛獣たち、そのものが、すでに異界のもの
一瞬、息を飲み、ネットの外側で、さらに身を縮込める
私はサーカス団の団長
餌が足らなければ、猛獣たちは、私を食い殺すかもしれない
スキを狙っている気がする
オリだけはしっかり鍵をかけているはずだが
それとて、いつ破られるか、分かったものではない
私はサーカス団の団長
冴えないサーカス団の、冴えない団長
だけど、知っているかな、うちの猛獣たちだけは、本物なのさ
今朝も雨が降っている
テントから雨が漏れている
空席ばかりが目立つ客席
私は、入口に立って、チケットのモギリをやる
いらっしゃませ、さあさあ、どうぞ、お楽しみください
奥へ、奥へ、どうぞ、どうぞ、
と、練習ばかりを繰り返す
破れたシルクハットは私にお似合い
だけど、知っているかな、うちの猛獣たちは、本物
私は、サーカス団の団長
冴えないサーカス団の、冴えない団長
がおおおおおおおおお・・・・
ライオンがわなないた
今日も緊張の一日が始まる
ドサ回り、明日を知れないサーカス団
今日も一日がはじまる
サーカス団の一日が始まる
さぁ、さぁ、いらっしゃいませ
当地最後の大公演、今日で見おさめ、大公演
えい、お代は見てのお帰りだあ
よってらっしゃい、みてらっしゃい
私は、サーカス団の、団長さ 

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2010/06/15

Socrates Poisoned Again After 25 Centuries

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「Socrates Poisoned Again After 25 Centuries」
OSHO 1988 Publisher: Rebel Pub. House; Hardcover: 417 pages Language: English
Vol.3 No.0053☆☆☆☆☆

 質問:西洋で一番偉大な哲学者は誰だと思いますか?

 フリードリッヒ・ニーチェだ。この答えはあなたにとって驚きだろうが、フリードリッヒ・ニーチェは最も誤解されている哲学者だ・・・・・。アドルフ・ヒットラーが彼を師としているせいで余計に彼は誤解されてきた。

 ニーチェはファシストではない。西洋のいかなる哲学者も、物事に対して彼ほど深い洞察を持った者はいなかった。彼のアプローチはあまりに多面的だったので、彼は通常の哲学論文が書かれているようなやり方で書くことができなかった。彼は箴言を書いた。なぜなら彼はあまりにも多く書くことがあったので、凝縮された形でしか彼は書くことができなかったからだ。このことが彼が誤解される一因となった。

 今やニーチェに対する関心のリバイバルがある。私はリバイバルがあることを望んでいた。哲学者は偉大であればあるほど、それだけ同時代人に理解されない可能性が大きいからだ。そういった人は理解されるのには少なくとも百年はかかる。天才は常に百年時代を先駆している。今やリバイバルがある。人々は再びフリードリッヒ・ニーチェを読みつつあり、そこに新しい光、新しいヴィジョン、新しい洞察を見出しつつある。

 西洋には多くの哲学者がいたが、あなたは一人だけを挙げろと言っているので、私はフリードリッヒ・ニーチェを選ぶ他はない。Osho1986/02/22「Socrates Poisoned Again After 25 Centuries」p95 「Osho、ニーチェを語る」p16

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The Golden Future <2>

<1>からつづく

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「The Golden Future」 <2>
OSHO (著) 1988/01 出版社:Rebel Publishing House ハードカバー 390p 言語 英語,
☆☆☆☆☆

 ラビンドラナート・タゴールは、まさにこの国のハートだ

 
ラビンドラナート・タゴールは、まさにこの国(インド)のハートだ。彼は最も現代的な人物であり、それでいて最も太古の人物だ。彼の言葉は、現代人の精神と太古の聖者たちの世界とを繋ぐ橋だ。特に「ギタンジャリ」は、人類の進化と人類の意識に対する彼の最も偉大な貢献だ。それは今世紀に現れた最も稀有な書物の一つだ。この書物の稀有な点は、それがウパニシャッドの時代に属するものであるということである。----ウパニシャッドの時代とは、「ギタンジャリ」が存在するようになった時より、およそ五千年前だ。

 ラビンドラナートが通常の意味で宗教的ではなかったという点で、これは奇蹟だ。彼は最も進歩的な思想家の一人で、非伝統的、非正統的だった。しかし、彼の偉大さは、その子供の如き無垢さにあった。そしておそらくこの無垢さのおかげで、彼はウパニシャッドの古人と同じく、宇宙霊の乗物となることができたのだろう。

 彼は最高のカテゴリーに属する詩人で、また神秘家でもあった。このような組み合わせは、以前に一度か二度しか起こっていない。----カリール・ジブラーンとフリードリッヒ・ニーチェとラビンドラナート・タゴールだけだ。このカテゴリーに入るのは、この三人で全部だ。人類の長い歴史の中でこれは、極めて特別だ。偉大な詩人はいろいろいたし、偉大な神秘家もいろいろいた。ちょっとした神秘主義を持つ偉大な詩人もいたし、詩で自らを表現した偉大な神秘家もいた----しかしその詩はあまり偉大ではない。ラビンドラナートは奇妙な状況にいた。Osho1987/05/24「The Golden Future」P238 「Osho、ニーチェを語る」p52

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The Golden Future <1>

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「The Golden Future」 <1>
OSHO (著) 1988/01 出版社:Rebel Publishing House ハードカバー 390p 言語 英語,
Vol.3 No.0052☆☆☆☆☆

 ニーチェがツァラトゥストラを使ったのと同じように、私はニーチェを使う

 
私がツァラトゥストラのことを語っていた時、・・・・それは大変こみいった事態だった。なぜなら私は直接ツァラトゥストラのことを語っていたわけではないからだ。私はフリードリッヒ・ニーチェの発明したツァラトゥストラを語っていた。ツァラトゥストラの偉大な洞察は全て、ニーチェによって与えられたものだ。

 ツァラトゥストラ・・・何度も彼の原本が私のところにもたらされた。その本はあまりに凡庸なので、私は決してその本を題材に話したりはしなかった。カリール・ジブランが完全に虚構の名前であるアルムスタファを象徴的人物として使ったのとちょうど同じように、ニーチェはツァラトゥストラを単に象徴的人物として使った。ニーチェは歴史上の人物の名前を使ったが、全く虚構的なやり方でそれを使った。彼は自分の洞察をツァラトゥストラの口を通して語った。

 だからまずこのことを覚えておかねばならない。これはニーチェのツァラトゥストラであり、元のツァラトゥストラとは何の関係もないこと。そして二番目に、私がそのツァラトゥストラを語っている時、ニーチェがどう意味しようとしていたかを私は気にしていないこと。私には、彼が何を意味しようとしたかさえ知る手だてがない。ニーチェがツァラトゥストラを使ったのと同じように、私はニーチェを使っている! これは私のニーチェであり、ニーチェを通じた私のツァラトゥストラである。だからどのような高みにあなた方が飛んで行こうと、それはツァラトゥストラとは何の関係もない。

 私は幾百の神秘家を語ったが、常に私が語っていた。そして何かの折にどこかで彼らに会う機会があれば、彼らは私に怒り狂うだろうことを私は完全にわきまえている。彼らは本当に激怒して言うだろう。「私はこんなことを言ったつもりはない」。しかし私の側の問題は、「どうやってあなた方の意味したところを、私が知ることができようか?」ということだ。私はただ自分の意味しているところを言えるだけだ。だからツァラトゥストラだろうが、ブッダだろうが、イエスだろうが、荘子だろうが、私を通して語られたものには皆私のサインが入っている。あなた方は常に私を聞いているのだ。(中略)

 人々は内容よりも名前にはるかに注意を払う。もし私があなた方に「ツァラトゥストラがこう言った」と言うと、あなた方は非常な注意をもって耳を澄ます。ツァラトゥストラというまさにその名前が、非常に古代的だし、預言者めいているから、彼はなにか大事な事を言ったに違いないと思われる・・・・。そして信じてもらいたいが、私はツァラトゥストラがどういう人物か知っている。彼は貧弱な人物だ。しかしこのことは誰にも話さないようにしてほしい! これは私とあなたの間の、プライベートな会話だ。OSHO1987/04/26「The Golden Future」p87~88 「Osho、ニーチェを語る」p51

<2>につづく

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2010/06/14

The Messiah<3>

<2>よりつづく 

Themessiah1
「The Messiah」 Commentaries by Osho on Kahlil Gilbran's the Prophet, Volume 1<3>
Osho (Author) 1987/09 Publisher: Osho Intl; Paperback: 496 pages Language: English

☆☆☆☆☆

 生はバランスだ

 イエスは悔い改めという考えに取りつかれていた。彼は他の何よりもそのことを繰り返し繰り返し語った。「悔い改めよ、悔い改めよ」と。

 キリスト教は悔い改めの宗教だ。それゆえ私は、キリスト教は他の宗教と比べて最低の宗教だと言う。その責任はひとえにイエスにある。なぜなら彼は悔い改めることを強調して、人々に罪悪感を植えつけているからだ。しかし生はバランスだ・・・・・。

 ツァラトゥストラは、イエスの教えの行き過ぎにバランスを取り戻している。ツァラトゥストラは、あらゆる宗教の創始者の中で唯一人、生を深く愛していた人物だ。おそらくそのせいで、ツァラトゥストラの信者は世界で最小の人口しかないのだろう。ツァラトゥストラの信者たちの大部分はここ、ボンベイに住んでいる。ボンベイが彼らの全世界だ。一部の信者は、たぶんカンダラやロナバラにいるだろうが、プーナが限界だ。プーナより向こうには、ツァラトゥストラの信者は全く見つからない。そしてツァラトゥストラの信者たちは、宗教的だとみなされていない。彼らは生を愛し、人生を楽しんでいるからだ。

 フリードリッヒ・ニーチェが、イエスの福音書に比肩するものを書こうとした時、彼はツァラトゥストラの名前を選んだ。もっともニーチェはツァラトゥストラについて、多くは知らなかったが。ツァラトゥストラの宗教はあまりに小さいので、誰も彼の宗教を世界宗教に含めない。しかしフリードリッヒ・ニーチェはツァラトゥストラと同じくらい、生を非常に愛していた。そしてこのことが両者をつなげた。

 ニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」を書いた時、ニーチェはツァラトゥストラの名を通して語った。しかしニーチェが言っていることは何であれ、ツァラトゥストラのことを知らないのにツァラトゥストラの魂と合致していた。というのもツァラトゥストラの宗教は世界で唯一の、生を肯定する宗教だからだ。フリードリッヒ・ニーチェは、ツァラトゥストラの生まれ変わりだ。ツァラトゥストラは理解されてこなかったし、フリードリッヒ・ニーチェも理解されてこなかった。

 カリール・ジブラーンは、フリードリッヒ・ニーチェの著作「ツァラトゥストラかく語りき」に強いインパクトを受けて、この「預言者」という本を書いた。ジブラーンは「ツァラトゥストラかく語りき」に非常に感動したので、自分自身も似た系列の本を著そうとした。ニーチェはツァラトゥストラについてはその名以外何も知らなかったので、ツァラトゥストラは彼にとっては歴史上の実在する人物ではなかった。しかしニーチェは自分の哲学を語るのにふさわしい代弁者を選んだ。

 同じようにカリール・ジブラーンはアルムスタファという虚構の人物を選んで、アルムスタファを通して語った。アルムスタファは、単なる仮面だ。ジブラーンはキリスト教に反することを言うために、仮面を必要とした。しかしジブラーンの本は単なるフィクションなので、誰も腹を立てなかった。教皇でさえ、ジブラーンの本をブラック・リストに載せて、カトリックの人は読んではならないとは言わなかった。私の本はカトリックのブラック・リストに載っている。カトリックの人は読んではならない。一読するだけでも大きな罪を犯すことになる。Osho1987/02/05「The Messiah 2」p308~309 「Osho、ニーチェを語る」p23

<4>につづく

 

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The Messiah<2>

<1>よりつづく 

Themessiah1
「The Messiah」 Commentaries by Osho on Kahlil Gilbran's the Prophet, Volume 1<2>
Osho (Author) 1987/09 Publisher: Osho Intl; Paperback: 496 pages Language: English

☆☆☆☆☆

 ちょうどラオツ(以下、敬称略)から書き込みがあった。

カリール.ジブラン<預言者>も<漂泊者>も読んだとは思うのですが、この人Oshoは本気でとりあげたのだろうか? 欧米で人気なのでその読者たち向けのサーヴィスでリストアップしたんじゃないのとおもうぐらい、な~にも腑に落ちなかった記憶があります。 読み方が悪いのか? 訳が悪いのか? やっぱり顔を洗って読み返すべき本なのかなあ?(笑) ラオツ

 このテーマは当ブログの基本テーマでもある。すぐ結論はでない。しかし、今、当ブログが、敢えてカテゴリを「one earth one humanity」一本に絞っていることと無関係ではなさそうだ。問題は、Oshoでもなく、ニーチェや、ジブランでもなく、主なる部分は「私」にある。つまりは、客観的にOshoを評価したり、ニーチェや、ジブランの世界に耽読したりすることに重きがあるのではなく、あえて言えば、これらの調和、協調だ。

 「Osho,ニーチェを語る」の中には、「The Messiah」から、ふたつの文章が訳出されている。ちょっと長めだが、2回に分けて転記させてもらう。

人間は有機的な全体だ。

 人類は他のどんな理由にもまして、分裂の中に生きているという理由で苦しんできた。
 人間は有機的な全体だ。

 このことをあなた方の理解の基礎としなければならない。あなた方は、自分の中の一部分を排除したままで至福ではいられない。そういった部分部分が全て、ちょうどオーケストラのように調和する一体性へとまとめられなければならない。非常に多くの人々が、異なる楽器を演奏する際に、どうすればそれぞれの異なる楽器の演奏が全て溶け合って一体へと、一つの音楽へとなるかを知らなければ、そこには全く音楽は存在しないだろう。そこにあるのは人の魂を安める音楽ではなく、魂をかき乱す騒音だけとなる。

 人間の全歴史は、分裂の歴史だ。これを放棄しろ、あれを放棄しろ、あなたの存在のある部分にだけしがみつけ・・・・そうするとあなたは惨めなままだ。なぜなら至福はあなたの中のあらゆる部分がいなかる対立もなく、深い調和の中で一緒に踊っている時にのみ生れるものだからだ。

 なぜ人間のこのような分裂的マインドが生じたのか? それには理由がある。あなた方を支配するのを欲する人々、あなた方を搾取しようとしている人々、あなた方が永久に隷属状態でいるのを望む人々・・・・こういった人々の策略が原因だ。分裂していない人は抑圧できないし、搾取できないし、奴隷にできない。そして権力のへの野望しか頭にない非人々がいる。権力だけが彼らの唯一の生きがいなのだ。

 フリードリッヒ・ニーチェは精神病院で死んだ。これは不幸な出来事だ。医師達が彼が狂っていると宣告し、聖職者たちが彼が狂っていると宣告し、家族は友人たちが彼が狂っていると宣告している一方で、ニーチェは自分の最も偉大な著作を書き綴っていた----精神病院の中でだ。その本の題名は「力への意志」という。

 この本とこの本の偉大さを見れば誰にでも、彼を精神病院に入れるように強制した人々は皆、その一語一語が矢となって物事を射抜く人物を単に除去しようとしていたにすぎないことが明らかになる。そういった人々は彼の存在の高みには我慢できなかった。彼らはニーチェが完全に忘れ去られ無視されることを願った。ニーチェが狂っていなかったことは確かだ。そうでなければ彼の最も偉大な著作が精神病院で書かれるはずはなかったからだ。ニーチェは、その本が出版されるのを見ないで死んだ。その本は彼の死後出版された。

 私はニーチェの全著作に目を通した。「力への意志」の中で彼は、以前の多くの著作にばらまいていたことを全部寄せ集めて総合したように見える。おのおのの言表があまりに含蓄があるので、狂人にこの著作を書くのは不可能だ。この本は非常に論理的で、非常に深遠なので、もしあなたがいかなる偏見もなくこの本を読めば、世界に存在する最良の書物の一つが狂人によって精神病院で書かれたと知って驚くだろう。

 ニーチェの唯一の過ちは、彼が社会やその社会の時代遅れの規律や古めかしい規則に従わなかったことにある。彼の唯一の罪は、彼が独り立ちした個人だったことにある----そして奴隷たちは自由を知る者、自由を生きる者を許すことができない。

 彼の行為と言葉は、自由から来るものだった。しかし奴隷たちにとって彼は不愉快で忌まわしい存在だった。というのも彼らにはニーチェの言っていることを理解することさえできなかったからだ。ニーチェは丘の頂から、いわゆる慰安と呼ばれる暗い谷間をよろめき歩いている人々に叫んでいた。そういう人々が多数を占めているが、この男は多数の人々が知恵として寄りすがっているところにいちいちみんな反論を与えた。彼はそういった知恵が全くの愚かしさであることを証明してみせた。

 カリール・ジブラーンはフリードリッヒ・ニーチェに強く印象づけられた。ニーチェは、その著作「力への意志」で人類のハートを開いてみせた。どうして人々のハートに音楽がなく、惨めさしかないのか?

 その原因はあらゆる宗教の聖職者、あらゆる種類の政治家が、権力を熱望するあまり、協調、内的調和、非分裂、全一性を語る人に人類が耳を傾けるのを望まないことにある。

 そう、そこに変化がもたらされるだろう。なぜならあなた方の中で物事は、あなた方が混乱するように社会によって配置されているからだ。あなた方の中では召使いが主人となり、主人が召使いとして扱われている。

 ハートは叫ぶことができない。ハートはささやくだけだ。声高にさけぶマインドは、ハートのメッセージがあなたに届くのを完全に不可能にする。

 こういった重要な言明をカリール・ジブラーンは、神秘家の詩人にして哲学者であるアルムスタファという実在しない人物の口から語っている。私は常々、なぜカリール・ジブラーンが、直接自分の口から語るのを選ばなかったのか不思議に思ってきた。そして私の感じでは、次のことが完全に明白だ。すなわちカリール・ジブラーンは、フリードリッヒ・ニーチェが被ったのと同じ苦難を被りたくなかったのだ。誰も詩は真面目に取らない。フリードリッヒ・ニーチェは詩ではなく、散文を書いた。もっとも彼の散文はあまりに美しいので、それを詩と呼ぶこともできるが。しかしニーチェは直接人類に語った。

 アルムスタファは虚構を作り上げている。カリール・ジブラーンは決して狂人とは宣告されなかったし、精神病院に強制的に入れられることもなかった。それは単に彼がただのフィクションの書き手であり、せいぜい詩人に過ぎなかったからだ。アルムスタファの背後に隠れて自分を守った。だからこのことを銘記してもらいたい。アルムスタファの言っていることは何であれ、カリール・ジブランの言葉だということを。(中略)

 ニーチェは直接人々に語って、そのせいで苦難を受けた。ニーチェは権力に飢えた人々のせいで、犠牲にされた最も偉大な存在の一人だ。しかしそういった人々はカリール・ジブラーンのことは気にしなかった。彼の本は詩として読まれ、美しいエンターテイメントとして読まれたが、それ以上の読まれ方はされなかった。Osho1987/1/21「The Messiah vol2」p66~69 

<3>につづく

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Zarathustra: A God That Can Dance<1>

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「Zarathustra: A God That Can Dance」 Talks on Friedrich Nietzsche's "Thus Spake Zarathustra" <1>
OSHO 1987/12  Rebel Publishing House  ハードカバー: 12p 言語 英語,
Vol.3 No.0051☆☆☆☆☆

 この際だから、この本をエントリーしておこう。いつまで待っていてもチャンスがなければ積ん読本になってしまうだけだ。たまには虫干ししなくてはならない。シリーズとなる「Zarathustra: The Laughing Prophet」はまだしも、ジブランを語ったThe Messiah  Commentaries by Osho on Kahlil Gilbran's the Prophetは、このツァラトゥストラの直前に語っているので、どちらを先にするか迷ったが、まぁ、どちらでもいいだろう。進む方から進めていこう。

 つづく

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2010/06/13

ツァラトゥストラ〈下〉<8>

<7>からつづく

ツァラトゥストラ〈下〉
「ツァラトゥストラ〈下〉」 <8>
フリードリッヒ ニーチェ (著), 小山 修一 (翻訳) 2003/05 鳥影社 ロゴス企画部 単行本: 325p

 気がついてみれば、この小説には殆ど人名や地名が出てこない。「まだら牛」という名の町、とか、セラ、ドゥドゥ、ズライカなどの娘の名前が断片的にほとんど調子を取るかのように出てくる以外、でてくるのはツァラトゥストラだけだ。このことが、この小説の雰囲気を難解にもし、やさしいものにもしている。

 なにかのシンボルや登場人物に象徴されるものが強すぎると、例えば「カラマゾフの兄弟」のように、一人で二つも三つも名前を持ったりするものだが、「ツァラトゥストラ」においては、ほとんどがツァラトゥストラひとりのこころの動きとさえ思えるほど、実にシンプルだ。まさにオリジン。何ものの説明を必要としないような、実に完結した宇宙のただなかに誘導される。

---ちがうのだ! ちがうのだ! 何度言っても、ちがうのだ! わたしがこの山の中で待っているのは、おまえたちとは異なる者たちなのだ。その者たちとの絆を確かめることなしに、わたしは足をあげてここから踏み出していくつもりはない。
---もっと気高い者たち、もっと逞しい者たち、もっと勝利を確信した者たち、もっと快活な者たち、肉体も魂も健やかな者たち、すなわち、笑う獅子たちが来なくてはならぬのだ!
p239

 歩き方を見れば、その人物が自らの軌道を進んでいるかどうかがわかる。わたしの歩き方を見るがいい! 目標に近づいている者は、踊るのだ!p260、

 まさにOsho講話「Zarathustra: The Laughing Prophet」やZarathustra : A God That Can Danceに連なってくる部分だ。「ツァラトゥストラ」にはいくつもヴァージョンがあるが、この本はその中でも実にシンプルで、余計な脚注や解説がない。最小限のルビと必要な個所が太字になっている以外に、淡々とツァラトゥストラの述懐(あるいは咆哮)が続くので、小説のストーリーそのものに集中することができる。

<9>につづく 

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ツァラトゥストラ〈上〉<7>

<6> よりつづく

Koyama
「ツァラトゥストラ」〈上〉<7>
フリードリッヒ ニーチェ (著), 小山 修一 (翻訳) 2002/11鳥影社 ロゴス企画部 単行本: 252p

 こちらは発行が2002/11と発行新しいだけに読みやすく、まるで「かもめのジョナサン」やジブランの「預言者」のような軽い感覚に読み始めることができる。

 一条の光明がわたしの中に差してきた。同志がわたしには必要なのだ。それも生きている同志が。---わたしが行きたいとこに運んでいける感情のない道連れや亡骸が必要なのではない。
 そうではなくて、自らに従おうとするからこそ、わたしに従い、---わたしのめざすところについてくる同志が必要なのだ。
 一条の光明がわたしの中に差してきた。ツァラトゥストラは群衆にむかって語るのではなく、同志に向かって語るべきなのだ。ツァラトゥストラを家畜の群れを操る牧人や番犬にしてはならない。
 家畜の群れからその多くをおびき出す---そのためにわたしはやって来た。縄張りを脅かされた群衆や家畜たちを怒らせるのもやむを得ない。牧人たちから強盗と悪口されてこそ、ツァラトゥストラの道は拓けてくるのだ。
p32

 翻訳者は必ずしも多くの翻訳書を持っている作家ではない。このツァラトゥストラに魅かれて、自らの人生そのものの中での翻訳活動があったのだろう。そのような情熱がひしひしと伝わってくる。

 この本は読みやすい。読みやすいが。その分だけ、多少軽さがあり、後半になると、抽象的な概念になってくると、平易な言葉群では、むしろわかりにくくなる、という現象が出てくる。微妙なバランスが必要だ。

<8>につづく

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2010/06/12

ツァラトストラかく語りき (下巻)<6>

<5>からつづく

ツァラトストラかく語りき (下巻) (新潮文庫)
「ツァラトストラかく語りき」 (下巻) <6>
ニーチェ (著), 竹山 道雄 (翻訳) 文庫: 1953/04 新潮社 文庫 641p 
☆☆☆★★

 この1953年版のツァラトゥストラを読みながら、半ばあきらめ、半ばおののきながら、次第に物語の中に呑みこまれていく自分がわかる。旧漢字体が醸し出す古色な感じは、古典を読んでいるという自覚を与えてくれるが、実際には読みにくく、いちいち調べなければ、意味を取り違えたり、意味そのものをつかむことさえできないことがある。そのことがストーリーを追いかけることに疲労感を与える。

Photo_9  思えば、この小説にはいくつもヴァージョンがある。口語体、文語体、古典的な雰囲気を踏襲しているもの、あるいは超現代的に読めてしまう新訳など。いずれを貴しとするかは、それぞれを読み比べたことがないので分からないが、「ツァラトウストラはこう言った」とか、ただ単に「ツァラトウストラ」だと、なんだか物足りない感じがする。やはり、ここは、Thus Spake Zarathustra、「ツァラトゥストラかく語りき」と来ると、おおニーチェを読んでいる、という感じになる。

 ツァラトゥストラに限らず、BIHLにすでに登場した本の中にも、さまざまなヴァージョンがあるものがある。「ソクラテスの弁明」だって、かなりの数があるはずだ。老子や荘子、列子なども、いずれのテキストを使うかによって、そのイメージは大きく違ってくる。読んでもまったく意味がない、あるいは意味が違ってしまうものだってあるはずだ。

 先日読んだドストエフスキーの「カラーマゾフの兄弟」も、21世紀になってでた新訳だからこそ読了したとも言える。その証拠に、以前から持っているものは何十年と積ん読になっているだけで、完読した記憶がない。やはり、ここは、BIHLそれぞれに、これがお勧め!というヴァージョンをメモしておくのも悪くないかもしれない。

ニーチェの「ツァラトウストラ」には、次のようなヴァージョンがあるようだ。

0)「如是経 一名 光炎菩薩大獅子吼経 序品 つあらとうすとら」登張信一郎・訳注1921/10   

1)新潮文庫「ツァラトストラかく語りき」竹山道雄・翻訳 1953/04 

2)岩波文庫「ツァラトゥストラはこう言った」 氷上英広・翻訳 1967/01

3)中公文庫「ツァラトゥストラ」 手塚富雄・翻訳 1973

4)理想社「ニーチェ全集第9巻ツァラトゥストラ」吉沢伝三郎・翻訳 1977

5)白水社「ニーチェ全集第2期第1巻」薗田宗人・翻訳 1982/11 

6)ちくま文庫「ツァラトゥストラ」ニーチェ全集9・10  吉沢伝三郎・翻訳 1993/06

7)中公クラシックス「ツァラトゥストラ」中央公論新社 手塚 富雄・翻訳 2002/04

8)島影社「ツァラトゥストラ」小川修一・翻訳 2002/11

9)光文社古典新訳文庫「ツァラトゥストラ」丘沢 静也・翻訳 2010/11 

 ざっと見た限りだが、K氏によれば、3)中公文庫・手塚富雄翻訳と、5)理想社「ニーチェ全集」吉沢伝三郎翻訳あたりがお勧めということである。8)島影社・小川修一翻訳も新しいだけに読みやすかった。全部読み比べる、というわけにもいかないが、読んだ人の意見を集めてみるのも面白そうだ。

<7>につづく  

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多次元に生きる 人間の可能性を求めて

多次元に生きる
「多次元に生きる」 人間の可能性を求めて
オルダス・レナード・ハクスリー/片桐ユズル 2010/02 コスモス・ライブラリー/星雲社 単行本 192p
Vol.3 No.0050☆☆☆☆★

 V氏のブログでこの本を知って図書館にリクエストしておいた。旧本ばかりめくっている当ブログであるが、珍しくこの本は新刊に属しているので、最寄りの図書館が購入してくれた。「多次元に生きる 人間の可能性を求めて」。どことなくウスペンスキーの「人間に可能な進化の心理学」のタイトルを連想した。

 この本を評価するのはむずかしい。コンテナ、コンテンツ、コンシャスネスの三つのレベルで考えてみる。コンテナとしてのこの本は、いま、この時期に、ハクスリー? と、ちょっと不思議な気分にもなる。必ずしもこの本はオリジナルな旧本の翻訳ではなさそうだ。つまり、訳者である片桐ユズルによる編集あっての一冊、ということになる。

 コンテンツとしては、だから、この本からハクスリーを読むというより、片桐ユズルを読む、という楽しみを見つけることができないと、本当の価値を見つけることができない。当ブログでいうなら、ライヒの「きけ小人物よ!」、「愛のヨガ」の翻訳者、Osho「狂人ノート」の腰巻カバーのコメント者、その他、20世紀後半のカウンターカルチャーの旗手のひとりとしての、片桐ユズルの最近の消息、と読むことの方が価値あるのではないか。

 コンシャスネスとしては、サイケデリックの大家ハクスリーの再評価と、歴史的にその業績を振り返る意味は大きい。ハクスリーはクリシュナムルティーの実質的な処女作「自我の終焉」の巻頭言を書いている。エサレンの出発点においても大きな影響を与えている。これらの表象的ネーミングの多様さにまどわされず、一皮、二皮、剥いたところにある本質に目が届けば、20世紀を挟んだ、あしかけ3世紀の間に行われてきた、意識の一大統合と、一大集約の、ひとつの結論として読むことができる。

 余談とはなるが、巻末のコスモス・ライブラリー社の刊行物「心理学・カウンセリング関連書」の広告は面白い。なるほど、これだけの関連の書がでているのだ、とあらためて食指が動いたのだった。いつか新たなるリストを探す時には、この「関連書」群に手を伸ばすのも面白そうだ。

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2010/06/11

謎のギャラリー 謎の部屋

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「謎のギャラリー」 謎の部屋 
北村 薫 (編集) 2002/01 新潮社 文庫 470p
Vol.3 No.0049☆☆☆★★

 こちらもまたジブラン追っかけの最中でのお立ち寄り。宮部みゆきとの対談の中で北村薫が、ジブランに触れている。

北村 カーリル・ギブランって、寡聞にして知らなかったんですけど、「八十全集」の解説だと、とにかく中近東の詩人というふうなことが書いてあったから、これはもう調べたって駄目だなと、ギブアップしてしまったんです。とにかく西條八十はいろんなものを読んでいて、家の書庫には何千冊もの詩集があって、「日本でいちばん詩を読んでいるのは、私だ」と言っていたらしい。娘さんが見ると、ちゃんと読んだところに線が引いてあったりして、そういう人だからこそ、見つけられたものだと思ったんです。

 ところがその角川文庫を出したら、小森健太郎さんから電話がかかってきて、「カーりル・ギブランというのは、ほんとうは、カリール・ジブランと読む方が正しい」とおっしゃり、「実は私が訳書を出しています」というんです。「えーっ」と驚きました。小森さんによると、わりと有名な、英米ではよく出ている人だっていうんです。昔は丸善にいってみると、棚にいっぱいぐらいの本が出ていたそうです。

宮部 創作活動は欧米でなさっているんですか。

北村 小森さんによると、アメリカではベストセラーも出しているらしい。カリール・ジブラン、アラビア語では、ジブラン・ハリル・ジブラーニ、レバノン。p445

 この対談は2001年11月のものだから、現在はもっと認知度はあがっているだろうけれど、当時はこの程度だったのだろう。最近では、あの著名な経営コンサルタントとやらまで、別途訳書を出しているくらいだ。カリール・ジブラン、ブレーク寸前。

 最近、ジブラン関連のこんなホームページを見つけた。一連のart worksがきれい、かつ、貴重。今夜のお気に入りは、これ。

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西條八十全集〈第5巻〉訳詩

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「西條八十全集〈第5巻〉訳詩」 
西條八十 1995/10/30 国書刊行会 単行本 449p
Vol.3 No.0048☆☆☆☆★ 

 西條八十で検索してみれば、なるほど、あれこれ知っている歌がたくさんでてくる。「青い山脈」、「王将」、「蘇州夜曲」、「娘船頭さん」、「侍ニッポン」や「芸者ワルツ」なども、西條八十の作詞だった。あのセンスだ。

 明治25年生れのまさに大正ロマンを代表するかのような西條八十が、カリール・ジブランを翻訳していた。教えてもらって探してみればあるもんだ。なるほど、one earth one humanityを標榜する当ブログとしては、グローバルな地球全体だけではなく、時代や年齢、性別も超えたなかでのone earth one humanityを追及していく必要がある。

 西條八十が訳しているジブランは、小森訳「漂泊者」の中に、新訳として収容されている。

「西條八十全集5訳詩」 → 「漂泊者」小森訳 

「より大きな海」p228 → 「より大きな海」p70

「神」p230 → 「神」p13

「狐」p231 → 「狐」p37

「戦争」p232 → 「戦争」p34

「夢遊病者」p232 → 「夢遊病者たち」p22

 ワールドカップもまもなく開催。がんばれ、サムライ・ニッポン!

 フジヤマ、サムライ、ハラキリとともに、「ゲイシャ」も世界に冠たる日本文化の代表であった。

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夢遊病者 ジブラン

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「北村薫の本格ミステリ・ライブラリー」
北村 薫 (編集) 2001/08 角川書店 文庫: 392p
Vol.3 No.0047☆☆☆☆★

 この本をめくり始めたら、向かいの席に座る奥さんがなにやら興味深そうにこちらを見る。「誰に勧められたの?」 まずはお見通しだ。すくなくとも、この本は私がいつも読んでいるジャンルとはかなり離れている。むしろ、お向かいに座る奥さんの方のお得意のジャンルと言える。少なくとも、私が進んでこの本を読んだのではないことが、奥さんにはすぐバレる。

 私がこの本に用事があったのは、ほんの数ページだけだ。なのにも関わらず、奥さんのレクチャーが始まる。近年、なんとか賞を取った有名作家で、確か中年の男性で、好きな人は好きだろうと。こちらは作家の性別も分からずにめくっているのだが、なんとなく少し分かってきた。

 淡々としたストーリーが多いので、本屋大賞などにはなりにくいかも知れないと。「サギとなんとか」は、ある貴族階級(っていったかな)のちょっとした事件が書かれていて、留学した女性が恩を受けたある家族の運転手になって、そこの娘を送り迎えする。ところがその娘が好奇心旺盛で、云々。

 なるほどね。こちらが興味あったのは、208pと209pだけ。この見開きページにジブランの詩が載っているよ、と教えてもらったのだ。しかも、翻訳は、西条八十(さいじょうやそ)。あれ~、そういえば、西条八十って誰だっけ。たしか、童謡や流行歌の作詞家としてなら、何曲か聞いたことがあるはず。

 このジブランの「夢遊病者」は、小森健太朗訳「漂泊者」p22の中に「夢遊病者たち」として、納められている。一般的には、「カリール・ジブラン」で統一傾向のある作者の名前だが、もともとアラビア語の名前で、しかも、のちに学校の先生の勧めもあって英語風の表記にしたとかで、しかも発音が微妙なので、日本語表記はまだ統一されていない。ここで西条八十は「カーリル・ギブラン」としている。

 ほんの十数行のコンパクトな詩ではあるが、上の北村さんとかの例の小説とどこか言葉使いが繋がっているようでもあり、なんだか不気味さが湧きあがってこないわけでもない。しかし、ここから、この「売れっ子作家」(だと推測する)に耽溺するには、当ブログには、まだまだ片づけなくてはならない仕事が山積みされているのであった。

 まずは、ここで、たしか大正時代を代表するような大作詞家である西条八十が、すでにカリール・ジブランの翻訳を手掛けていた、ということを確認すれば、それで足りるだろう。

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2010/06/10

ツァラトストラかく語りき (下巻)<5>

<4>からつづく

ツァラトストラかく語りき (下巻) (新潮文庫)
「ツァラトストラかく語りき」 (下巻) <5>
ニーチェ (著), 竹山 道雄 (翻訳) 文庫: 1953/04 新潮社 文庫 641p 
Vol.3 No.0046☆☆☆☆☆

 ニーチェを読んでいた。ニーチェを読みながら、当ブログ<3.0>はどうあるべきかを考えていた。<3.0>はどうあるべきかを考えながら、ニーチェをめくっていた、と言ったほうが正しいか。あるいは、ここは、考えた、ではなく、瞑想していた、としたほうが、カッコいいだろうか。

 この本、翻訳されたのは私が生れる前、Oshoがエンライトした直後の出版となる。名訳であるからこそ現在でも発行されているのだろうが、まだ15~6の高校生だった自分が、この本を読んでいたのか、と思うと、涙がでる。こんな七面倒くさいニーチェなんてくそくらえ。もっと簡単でいいではないか。そう思って、下巻も半分まで来て、一休み。

 OshoがBIHLのトップにニーチェを飾る限り、最大限に評価されるべき位置にあり、BIHL読書愛好会としては、この一冊を逃すわけにはいかない。ここを正面突破せずにはBIHLの本丸は攻め切ることはできない。こここそ集中攻撃だ。

 とは意気込むものの、難解かつ、鈍重、かつ、旧漢字体がよくわからない。ニーチェかぁ、と思って、図書館へ、目の前に広がるニーチェ全集を見ていて、目がくらくらし、デジカメ画像までボケてしまった。

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 これを一冊一冊読み始めたら、これはキリがないぞ。いつかは越えなくてはならない山ではあろうが、<3.0>の入り口の一冊とするには、ちょっと難がある。やはり、ここは、ニーチェのツァラトウストラの反映とされるジブランの「預言者」にその席を譲ってもらうのが妥当であろう、と結論づけた。あまり難しすぎるのは、おっとり刀の当読書ブログ向きではない。

 それともうひとつ、K氏推薦の「ターシャム・オルガヌム」であるが、今後も精読に向けて地盤固めをしていくとしても、こちらも、「新しい宇宙像」と合わせて、玄人受けするのは分かるのだがやや難解で、必ずしも適格とは言いにくい。あえてウスペンスキーから持ってくるなら、「人間に可能な進化の心理学」くらいの分量が、当ブログにはちょうどいい。せっかく読みかけているところだし、まぁ、この辺でしょう。

 さて、ブログサイトを変えるべきかどうかで、かつて登録しておいたブログサイトをいくつかいじってみた。どれもイマイチである。慣れたせいか、今のところはここココログが一番だと思う。だが、あえてここは、その「慣れ」を嫌って、もう一歩、足を踏み出すべきかもしれない、と思った。

 さらに、<3.0>は、「読書」ブログとなるべきかどうか、も考えた。結論としては、そうならざるを得ないだろう。しかし、本を追うのではなく、内容を追わなければならない。しかも、内容を批判的に追うのではなく、受容的に、調和的に、統合的に読んでいく必要がある。そのためには、これからはその意味において、厳選された新鮮かつ高級な食材を選んでいく必要がある。

 そのためには何をなすべきなのか。それとバランスをとるための<1.0>や<2.0>はどうあるべきなのか、をも考えていた。いや、今夜は、そこに照準をあわせて瞑想していた、ということにしておこう。

<6>につづく 

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2010/06/09

奇跡の探求(2)七身体の神秘<7>

<6>からつづく 

奇跡の探求(2)
「奇跡の探求(2)」 <7> 七身体の神秘
OSHO/OSHOサクシン瞑想センター 1998/03 市民出版社単行本 483p
☆☆☆☆☆

  この本は、一つのテーマで語られたひと区切りの講話録ではなく、1970年当時の講話を編集したものだから、さまざまなスペクトルの話が入っている。しかし、当時のOshoのベクトルが実によくわかるようにできている。部分的に抜き書きをせず、必要なら、全体を再読するのが一番いいのだけけれど、当ブログの進行上、関連のありそうなところだけ、すこし転記しておく。

 だから、世界は無秩序でも、乱れてもいない。そこには無限の計らいがある---秩序の中の秩序が存在している。ありとあらゆる類の努力が、何度となくなされている。クリシュナムルティの場合のように、時には計画がうまくいかないこともある。杭につなぎとめるための、彼への力の注がれような並大抵のものではなかったが、失敗に終わった。

 彼の第4身体の杭を守るため探求者の全スクールが計り知れない努力をしたが、すべての努力は失敗に帰した。他の人もこの努力に手を貸した。その背後には、高次の魂の手もあった---つまり、第6、第5の次元にいる人、そして第4の次元の目覚めたる人の手だ。それには、何千という人々が参加していた。

 クリシュナムルティは、ティルタンカーラになる兆候を示した、他の数名の子供とともに選ばれた。しかし、機会は実を結ぶことなく流れてしまった。杭は固定できず、世界はクリシュナムルティから受けられたであろう、ティルタンカーラの恩恵を失った。しかしそれはまた別の話しだが・・・・・。p373「クンダリーニ--超越の法則」

 ここにおける何次の次元とは、物理学でいうところの4次元などの話ではなく、7つのチャクラに対応した、7つの身体の次元の話である。

 グルジェフの生涯には、そういう実例がたくさんある。人々は、彼を一風変わった人間だと思っていた。ふたりの人間が彼の前に座っていたとすると、彼は最大限の怒りを持ってひとりの方を、最大限の愛を持って、もうひとりの方を向く。彼はあまりにもめまぐるしく、その雰囲気を変えるので、二人は彼について異なる話を伝えた。

 一緒に彼と会ったにも関わらず、ひとりは「彼は危険な男のようだ」と言い、ひとりは「何と愛に満ちた人なんだ」と言ったものだ。これは第5の次元ではとても簡単なことだ。グルジェフは、彼のまわりの人々の理解を超えていた。彼は即座に、あらゆる種類の表情を表現できた。彼にとって、このくらいのことはまったく難しくはなかったが、他の人々には難しかった。

 その背後には、第5の次元における人は自分自身の主になる、というからくりがあったからだ。あなたは、自分の好きな感情を引き起こせる。怒り、愛、憎しみ、寛大さといったあらゆる思考は、単なるおもちゃになる。あなたはリラックスできる。遊びの後にほっと一息するのは簡単だが、生そのものから気を抜くのは難しい。p407「タントラの技法的側面」

 この時代から、Oshoのこの二人の覚醒者にたいする姿勢は一貫している。この時代のOshoは、プネ1やアメリカ、プネ2時代になると積極的には触れようとしなかった秘教的な話を、集中して話しているようにも思える。しかも、それらは英語ではなく、ヒンディー語で語られていることも多いようなので、一読書人としての当ブログには、その全体像は見えていない。

 しかしながら、今まで漠然と読んできたこの時代の一連のOsho講話を、一度、場所と時期を特定して並べてみる価値はありそうだ。そして、もし、その中に時間や内容の上からのミッシング・リンクがあるとするならば、そこには、Oshoが語っていたのに、まだ、知らされていなかった智慧が隠されている可能性も大きい。

 ニティヤナンダの第2、第3の、第4身体を切り離し、マイトレーヤのそれと置き換える努力がなされたが、ニティヤナンダは死んだ。次に、クリシュナムルティに対して同じ実験が行わたが、これもまた成功しなかった。その後もそれは、数人に試みられた---ジョージ・アルンダルも、この秘密を知る者によって、実験台とされた人々のうちのひとりだ。

 この秘密を知る者たちのうち、マダム・ブラヴァッキーは、神秘学の知識について、今世紀でもっとも造詣の深い女性だった。アニー・ベサントもしかり。リードピーターもまた、神秘的な事柄について、様々な理解があった。こうした理解を持つ人は、非常に少ない。p474「クンダリーニと霊性の深淵なる神秘」

 ニティヤナンダをクリシュナムルティの「兄」とし、1970年のOshoが1891年に亡くなったブラヴァッキーを「今世紀」の人として語るあたり、その矛盾が気になる。これは言葉化され、翻訳を繰り返される中で、誤訳されてきたのか。あるいは、Oshoが言っていることのほうが真実なのか。ゆっくり確認していく必要はある。しかし、当然のことながら、重要なポイントは、もっと別な角度から見られる必要がある。

 クリシュナムルティは、自分の第2、第3、第4身体を手放し、仏陀に三つの身体に代えることを拒否した。これは私たちの時代の神秘学にとって、大きな打撃だった。かくも遠大な広がりをもつ複雑な実験は、チベットをのぞく世界のどこにおいても、行われたことがなかった。この一連の過程は、チベットで長いこと行われてきており、他の体を媒体として、多くの魂が働いている。p476「クンダリーニと霊性の深淵なる神秘」

 ブッタがマイトレーヤーとして再臨するため、第5、第6、第7の身体を未だ保持しているとするなら、そこから五六七と書いて「みろく」と読ませているのだとすれば、なるほどと思わずにはいられない。

つづく・・・

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奇跡の探求(2)七身体の神秘<6>

<5>からつづく

奇跡の探求(2)
「奇跡の探求(2)」 <6> 七身体の神秘
OSHO/OSHOサクシン瞑想センター 1998/03 市民出版社単行本 483p
☆☆☆☆

 下巻のちょうど中間あたりまで読んできて、さかんに睡魔に襲われる。ちょっと鼻がぐずつき気味だったので、飲んだ風邪薬が効いてきたのか、あるいは、この本の内容が、やたらと、黄泉の世界へ誘うのか、定かではない。

 読みかけたこの本を胸においたまま、ウトウトしていると、あらぬ世界に入り込んでいる自分に気がつく。上巻はまぁいいだろう。問題は下巻だ。そして、本番はこれから。そして、ここだけを読みたいがために、この本の人気があることも知っている。

 7つの身体については、A・E・パウエル「神智学大要」全5巻と突き合わせて見たいと思っていた。あるいは、そのために、この「奇蹟の探求」を引っ張りだしてきたのだった。そして、そこから一気に「シークレット・ドクトリン」にも手をかけようではないか。

 7つの身体については、本文には何度も説明がある。それをリストアップすることも可能だが、敢えてそれはやめてきた。ひとつの文字列として風化してしまうことを怖れる。文字化することによって、さもそれを認知し、理解したかのような気分になってしまってはまずい。

 さらに言えば、正直言って、この本の邦訳には、若干の翻訳としての甘さがある。誤字脱字のオンパレードの当ブログが、自分のことを棚に上げて言うべきことではないが、本書には多少の誤字脱字とともに、文脈がよく読みとれない部分がある。つまり、日本語としてよくこなれていない。

 そして、さらにその上に、英語をカタカナにし、さらにはそれを漢字化している。とくに、この7つの身体に対する「漢字」化は、十分に注意したい。もちろん、それはOshoの意図したものではなく、英語ですら、もともと英語にない概念を、アバウトに当てはめてしまっているところがある。

 もともとは古代インドから伝わってきた概念であろうし、さらに言えば、もともと言語化することさえもはばかれる次元のことなのである。それは語られるべきものではなく、体験されるもの、あるいはそうあるべきものとして、あるものなのである。

 昼寝半分の読書ブログとして、当ブログは、不用意にそのような世界について、うっかりコメントを多く残すべきではないだろう。現代のインターネットにおける検索機能は素晴らしいものがある。情報だったり、知識だったり、とにかく文字化したり、具象化したりすることができるものについては、どこへでも飛んでいけるし、どこからでも飛んでくる。

 しかしながら、ここからは、秘されてしかるべき世界、黙されてしかるべき世界、というものがある。あるいは秘され、黙されてこそ、ありうる世界、というものがある。だから、居眠りしながらの、のんびり読書は続けながらも、メモを残すのはほどほどにしていこうと思う。

 ただ、今回、不本意ながらこの本を思い出したのは、どうしても神智学的流れを一度把握しておきたかったことと、これらの身体論とうまくバランスをとらないことには、当ブログでいうところのZENにも深みがでてこないのではないか、という懸念からであった。

 神智学と言えど、別にその体系を「発明」したのではなく、ひとつの体系が「神智学」として表現され、表面化しただけなのであり、過去から未来への流れの中での、ひとつの表象として見て行くならば、意識の大海原を見渡す役には立ってくれるだろう。

 うとうとしながら、そんなことを考えていた。

<7>につづく

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2010/06/08

Books I Have Loved<77>

<76>よりつづく 

Books_i_have_loved_2
Books I Have Loved <77> 
Osho 1985/07 Rajneesh Foundation Intional  247p ペーパーバック 言語 英語

Books I Have Loved 
登場回数の多い著者ベスト10(暫定版)

第1位 カリール・ジブラン
「預言者」
「人の子イエス」
「大師の声」
「漂泊者」
「狂人」
「思想と瞑想」  
「散文詩集」 
「霊の言葉」 
「預言者の園」 

第2位 P・D・ウスペンスキー

「テルティウム・オルガヌム」
「奇蹟を求めて」
「宇宙の新モデル」
「人間の未来の心理学」


第3位 J・クリシュナムルティ
「大師の御足のもとに」
「最初にして最後の自由」 
「生と覚醒のコメンタリー」

   
 

同3位 トルストイ
「復活」
「戦争と平和」 
「アンナ・カレーニナ」

 
     

同3位 ウィットゲンシュタイン
「論理哲学論考」
「哲学的考察」 
「哲学探究」 

 

同3位アラン・ワッツ
「タブーの書」
「禅の道」 
「This is It」

 と、ここまでが三冊以上の方々。ジブラン、ウスペンスキーは気がついていたが、ワッツなど、意外に健闘している。

 以下、二冊以上の人々であるが、共著や解説など、必ずしも同列に考えることができない部分もある。
  

第7位 J・I・グルジェフ
「森羅万象」  
「注目すべき人々との出会い」 

 

同7位 フリードリッヒ・ニーチェ 
「ツァラトゥストラはかく語りき」  
「権力への意志」

   
 

同7位 F・ドストエフスキー
「地下室の手記」
「カラマゾーフの兄弟」
 
同7位 アジット・ムケルジー
「タントラ美術」
「タントラ絵画」 
 
同7位 ルイス・キャロル  
「不思議の国のアリス」
「鏡の国のアリス」 
 
同7位 ユベール・ブノア
「手放し」
「至高の教義」 
 
同7位 アーヴィング・ストーン
「生への渇望」
「苦悶と歓喜」 
 
同7位 カール・マルクス
「資本論」カール・マルクス
「共産党宣言」エンゲルスと共著 
 
同7位 D・H・ロレンス
「精神分析と無意識」
「不死鳥」 
 
同7位 バートランド・ラッセル
「西洋哲学史」
「プリンキビア・マテマティカ」ホワイトヘッドと共著 
 
同7位 マルティン・ブーバー
「ハシディズムの話」
「我と汝」 
 
同7位 アディ・シャンカラチャリア
「ヴィヴェク・チュダマニ」
「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ」 
 
同7位 タラン・タラン  
「シュンニャ・スヴァバーヴァ」 
「シッディ・スヴァバーヴァ」

 と、ここまでで、すでに50冊を超えている。多ければいい、というものでもなく、ひとつのタイトルで何冊にも渡っている本もあるので、タイトル数だけでは判断できない。他、見逃しているものがあるかもしれないし、本当は年代順に著書も並べるべきだったが、それが出来ていないので、暫定版としてアップしておく。

<78>につづく 

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Books I Have Loved<76>

<75>よりつづく

Books_i_have_loved_2
Books I Have Loved <76> 
Osho 1985/07 Rajneesh Foundation Intional  247p ペーパーバック 言語 英語

Books I Have Loved session2 (BIHL2)再読感想

1)The Book of the Sufis

2)Prophet by Kahlil Gibran

3)The Book of Lieh Tzu

4)Plato's Dialogue on Socrates

5)The Notes of the Disciples of Bodhidarma

6)The Rubaiyat

7)Masnavi of Jalauddin Rumi

8)The Isa Upanishad

9)All and Everything by Gurjieff

10)In Search of the Miraculous by Ouspensky

11)Leaves of Grass by Walt Whitman

Bihl02

1)ここまで来ると、はっきり言って、私のマインドはヘトヘトじゃ。もう十分と言いたい。そもそも「ベルゼバブ」一冊でさえ、この三脳動物をぶち壊してやろうとやってきているのに、さらにこの11冊を一挙に眺めると、もうそれだけで、グロッキー、というのが本音のところ。

2)BIHL1の10冊と合わせて、これら21冊をかかえていれば、十分、一回の人生は楽しめるんじゃないか、というくらい、ヘトヘト。しかるに、これらはその21冊ワールドに収まっていることをよしとしない。いますぐにでもBIHL3以下に飛びかからんと準備を始めている。凶暴な猛獣たちだ。サーカス団の冴えない団長になったような気分。

3)BIHL2の中においても、もっと精読したいものがある。例えば禅語録、例えばグルジェフ、例えばアラビア・ペルシャ。老荘そして列子。ホイットマンからエマソンやソローへ、と浮気心も騒ぎ出す。

4)しかし、なにはともあれ、ここで一息入れようではないか。ここからBIHL1に戻って、ニーチェをやりたい。そしてミルダッドももう一回読みなおしたい。リチャード・バックもジョナサンばかりではないだろう。ミラレパも途中までだった。

5)BIHL1では、かなりの高みが平均化されていたのに、BIHL2では、ZEN、グルジェフ、神智学が騒ぎ出す。いや、外から騒いでいるのが聞こえる。

6)これだけのエネルギーを仕事に費やせばいいのにね、と、傍らの奥方は言う。私もそう思う。そうすることができるのなら、そっちのほうがいい。

7)だがしかし、とも思う。いままでそうして、ずっと後回ししてきたではないか。今回、この乗りかかった船、もうすこし、呉越同舟、やってみようじゃないか。むしろ、遅くなりすぎる直前だから、今こそ、やろう。

8)これだけの詩を読むと、自分でも詩を書きたくなったのかな。詩を書くというより、詩のほうがやってくるような自分になりたい。

9)BIHL3以下、ざっとリストを見てみると、最後のBIHL16までは行けそうにない。だいたいにおいて、存在しない本も多く、ひとつひとつが銀河系を形成している。それでも君はマルチ・ユニバースを行こうというのか。

10)てなところで、とにかくヘトヘトでござります、ということをメモ。

<77>につづく 

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ベルゼバブの孫への話<3>

<2>よりつづく

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「ベルゼバブの孫への話」 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判<3>
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ /浅井雅志 1990/08 平河出版社 単行本 787p
☆☆☆☆☆

 これだけの分量であり、これだけの内容である。この本が手元にある間に、簡単に読了というわけにはいかない。かと言って、この本を手元にずっと置いておいたら、いつまでも積ん読本となってしまい、後回しに次ぐ後回しになってしまうだろう。二週間程度手元にある、というのは、私にはちょうどいいサイクルだ。

 今回もまた、この本を読んだ、ということにはならない。前回は、この本が図書館ネットワークで読める、ということを確認しただけだったが、今回はこの本の意義と、大体の構成が少し分かった、と言うことで、よしとしよう。

 もともと、3回は読め、と言われる本であるが、今回も、初読、とまでもいかない。まるでジベリッシュのようなこの厖大な文字列の山の前では、溜息がでてくるだけだ。だが、巻末の用語集を見ると、必ずしも意味のない文字列ではないのだ。少なくともグルジェフなりの意図が隠されている。

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 この「ベルゼバブ」の内部は三部構成になっている。そして、この本自体もまた、「注目すべき人々の出会い」「生は〈私が存在し〉て初めて真実となる」との三冊で、三冊一体構造になっているのである。そのような位置関係の中でこの本の意義を考えてみる。

 グルジェフはこの「ベルゼバブ」を3回読んだあとに「注目すべき人々」を読むべきだと、ワークに参加する者たちに言っていた。そして、最後に「私が存在し」を読むべきだと。もちろん、そのワークへの参加者でもなく、また時代がすでに経過したあとの読者である私は、それほど厳密に考える必要はないだろうが、グルジェフワークの意味を考えるときには、グルジェフの意図を十分汲み取る必要がある。

 この三部構成を、いわゆる「序・破・急」になぞらえて考えてみるのはいかがなものだろうか。あるいは、神智学の三層構造、Oshoの三時代、などと突き合わせて考えてみるのも面白い。

 序。「ベルゼバブ」。ブラヴァッキーであり、Osho「奇跡の探求」である。

 破。「注目すべき人々」。ベサント=リードビーターであり、Osho「私が愛した本」である。

 急。「私が存在し」。クリシュナムルティであり、Osho「禅宣言」である。

 なかなか分かりやすい。このような構造として、この「ベルゼバブ」を読んでみる、というのも一考だ。当ブログは、このようなものとして、今後読んでいくことにしよう。

 さて、そうしてみると、短絡的な当ブログは、急いで「急」の結論だけを知りたくなるのだが、ここは順序を踏まえて、まずは「序」から始めるべきだろう、と考えをあらためる。ベルゼバブもブラヴァッキーも「奇跡の探求」も、たしかに苦手な分野ではある。

 しかし、ここは逃げ出すわけにはいかない。毒食らわば皿まで。「ベルゼバブ」。あらためて、真の意味での「初読」の機会がくることを待つことにしよう。そして、まずは「三読」。

つづく・・・

 

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2010/06/07

The Messiah<1>

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「The Messiah」 Commentaries by Osho on Kahlil Gilbran's the Prophet, Volume 1<1>
Osho (Author) 1987/09 Publisher: Osho Intl; Paperback: 496 pages Language: English

Vol.3 No.0045☆☆☆☆☆

 ようやくこの本をめくる順番が巡ってきただろうか。Oshoがニーチェについて語った二冊と、こちらのジブランを語った二冊については、なかなかそのタイミングをつかめないでいた。興に乗れば乗るほど、どこか遠まわりしてしまう当ブログではある。

 現在は、「ミラレパの十万歌」とグルジェフ「ベルゼバブの孫への話」を併読中。それに、「ツアラトゥストラ」の一連のボリュームがあり、さらには、無謀にも「カラマゾフ」を再読しようと試みているのだ。いくらなんでも、張り切りすぎ。どこかで破綻する。

 切れてしまう前に、この本のメモだけは登場させておこう。いつ読みだしたくなるかわからない。もう準備は万端整っている。あとは私の船が到着するのを待つばかりだ。

Messiah

<2>につづく

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プロフェット(予言者)<2>

<1>よりつづく

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「プロフェット(予言者)」<2>
ジブラーン (著)小林薫(翻訳) 1972/06 ごま書房 単行本 228p
☆☆☆☆☆ 

 当ブログ<3.0>は、どうなるのであろう、と想いを巡らしていた。意図しない経過ではあったが、ブログを書きだすことになり、本を読むことになってしまった。図書館通いをし、ブログの機能も学んだ。それらについてはまだまだ十分ではないが、どの方向に力を入れればいいのか、少しはわかるようになった。

 しかし、その二つを重ねて「意識をめぐる読書ブログ」を意識し始めた<2.0>において、主なるテーマは「意識」であることが、いよいよ明確になってきた。意識についての本を探し出し、興味あるところを転記してみる。他の本とリンクを張ってみる。カテゴライズしてもみる。再読してみる。再々読してみる。いろいろやってみた。

 そしておぼろげながら<3.0>の必要性を感じる様になってきた。当ブログにおける「身体論」は主に<1.0>に集約され、同じく「表現論」は<2.0>に集約されていくだろう。しかし、やはり「意識論」が集約されるべき<3.0>も、あってしかるべきだろう。

 こうなるのは必然の結果だったとも言える。<1.0>において早々とそれは気付いていて、記事を書くのに、常時3つのカテゴリーを同時進行させていた。自分の関心は、ほぼつねに3つの方向性が働いているのだ。つまり、3つのポケットはどうしても必要だった。

 しかるに、<2.0>において、しかも今年の春の一カ月の<In Scilence>のあとは、カテゴリを<one earth on humanity>一本に絞ってきた。そうせざるを得ない衝動があった。インテグラル、シンセシス、統合、ひとつになろうとする力はそうとうに強いものがある。カテゴリを絞ったことに間違いはない。

 しかるに絞れば絞るほど、<one earth on humanity>というカテゴリ名でいいのか、という想いが逡巡するようになってきた。one earth on humanityでいいのか。ここになにかの限界はないのか。<2.0>におけるカテゴリ名としては、これはこれでいいだろう。しかし、<3.0>においてはどうなのか。

 Oshoの本のタイトルにNo Water No Moonがある。この前例に倣うとするならば、<2.0>においてはともかくも、<3.0>においては、「no earth no humanity」となるべきではないのか。ゲシュタルトを転換する必要がある。

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 思えば、当ブログ<1.0>は結果として「ウェブ 進化論」一冊に集約し象徴させることができる。そして、もし、当ブログ<2.0>を集約し、一冊に象徴させるとしたら、Osho「私が愛した本」になることに異論はない。そして、今、この文脈で考えるとするならば、<3.0>はどのようなものになるのだろうか。

 今、スタート準備段階において、あまり細かく決めすぎるのもいかがなものかとは思うが、イメージだけでもつかんでおきたい。そしてそれは「読書ブログ」となるのだろうか。一冊、一冊、コメントを加えるようなものになるのだろうか。それはちょっと違うようだ。

 まずはブログ機能ありきで「ウェブ進化論」に出会い、「ウェブ進化論」を読み進めるなかで図書館ネットワーク機能に出会い、「私が愛した本」に戻ってきた。<2.0>において、「私が愛した本」をナビゲーションとして、派生する書籍を追っかけながら、結局、最後のテーマは<意識>だろう、というところまできた。

 <意識>を<表現>し<身体>化する必要はあるのだろうか。<意識>は<意識>のままでいいではないか。それを<表現>する必要があるのか。そう問いかけてみる。結論は、ある、だ。<身体>を離れて<私>はなく、<表現>を離れて<魂>はない。<魂>を得ずして自らの<死>を体験することはない。

 「私が愛した本」の中の、さらに一冊を抜きだせ、となれば、現在のところ「預言者」しかない。ジブランは十分紹介され、理解されている、とは言えない。現在の自分の思いをこの一冊に託することに、大いなる不満はある。しかし、まだ見ぬ<3.0>に向けて、そのイメージを借りるとすれば、この本が最適だろう、と、思う。この本にでてくる24のテーマについて、まずは瞑想してみることが必要だろう、と思った。

「話すことについて」

つぎに、ひとりの学者が、話すことについてお話しくださいと言った。
アル=ムスタファーは、こう答えた。

あなたが話すのは、あなたが、あなたの考えと、和し安んじていられなくなったとき。
心の孤独の中に、もはや住みえないとき、あなたは唇の中に住み、その発する音で、気慰みや気晴らしをする。
そして、あなたが話すとき、ほとんどいつも思索は半ば殺される。
なぜなら、思考は空を飛ぶ鳥であり、言葉の檻の中では、その翼をひろげることはあっても、舞い立つことはできないのだから。
あなたがたの中には、孤りいることを怖れて、おしゃべりを求める人もいる。
孤りいる沈黙の中では、自分のありのままの姿が、自分の目に明らかになり、また裸の姿が捕えにくくなる。
また、話す者の中には、知識も深い慮んばかりがなくとも、自らは理解できない真理を、話の中で現す者もいる。
さらに、自らの中に真理を抱いていながら、それを言葉では語らない人もいる。
このような人の胸の底で、精神は、沈黙の中で律動しながら存在しているのである。
道や市場で友と会ったとき、あなたは内なる精神によって、あなたの唇を動かし、舌を動かすがよい。
声の中のまことの声によって、友の耳のまことの耳に語りかけるようにせよ。
なぜなら、葡萄酒の色は移り、樽はなくなっても、その味は忘れられないように、友の魂は、あなたの心情の真実を忘れないものなのだから。
p135 ---話すことについて---

<3>につづく

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2010/06/06

漂泊者(さすらいびと)<2>

<1>よりつづく

漂泊者(さすらいびと)
「漂泊者(さすらいびと)」<2>
カリール・ジブラン (著), 長井 香里 (翻訳), 小森 健太郎 (翻訳) 1993/05 単行本 315p

 成甲書房発行カリール・ジブラン「預言者」の挿画があまりに印象的だったので、たしかこちらにもあったはずだと、めくってみた。あった。以前は、作家、詩人としての印象が強かったジブランだが、実は画家でもあったのだ。こちらの「漂泊者」の中にも10数枚のジブラン本人の手による挿画が収められている。

 画集もあるとのことだったので、図書館を検索してみると、残念ながら画集はなかったが、近くのいくつかの大学には英語版の詩や小説が収められていることが分かった。そのうち借り出してこよう。

 そう思いつつ、Kahlil Gibran の名前での検索では、ネット上にもたくさんの情報があり、Youtubeでも彼の足跡をたどることができることがわかった。少なくとも、これを見ると、ジブランの絵は決してモノトーンのクロッキーばかりではないようだ。

画集 
1919年 Twenty Drawings, Alfred A Knopf

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みろくの世 出口王仁三郎の世界

「みろくの世」―出口王仁三郎の世界
「みろくの世」出口王仁三郎の世界
出口王仁三郎言行録刊行委員会 (編集), 上田 正昭 2005/08 天声社 単行本: 319p
Vol.3 No.0044☆☆☆☆

 今東光が「巨人出口王仁三郎」で王仁三郎について語ったのと同じ文章が、こちらにも採集されている。同じ文章がここでも再掲されている、ということは、逆に言うと、もうこれ以上まとまったものとしては存在していないのかもしれない。

 ここに来て、王仁三郎に関心持つのは、同じ時代に生きていた存在として、いわゆる神智学とどのように関わっていたのか、ということ。

梅棹 当時の日本は、それまで極端な国際主義から脱皮して、ようやく国際主義が顔を出すようになった時代でした。しかし大本は、すでに戦前からたいへん熱心に国際運動をやってこられた。これが驚きでした。しかも、ただ単にエスペラントご学習するというだけではなく、1925年にはパリに人類愛善会欧州本部を設け、そこから「オオモト・インテルナツィーア」(国際大本)という堂々たるエスペラント雑誌を刊行しておられた。欧州本部の活動によって生れたオオモターノ(大本信徒)が、ヨーロッパにたくさんおられることに気がつき、これは本当に驚きました。戦争に向かっていた時代に、海外でそういう活動をしていた一群の日本人がいたということに感動しました。p250梅棹忠雄「新世紀と王仁魂」

 ジブランやナイーミがいた1910年代後半のパリより、時代はくだるものの、「星の教団」などの動きとともに、神智学の流れは、無視できない国際主義として活動していたはずである。しかるに、この本の中では、その名前はでてこない。

 例えばドイツには「白旗団」が、ブリガリアには「白色連盟」が、ベトナムには「カオダイ教」がある。中国には道院・紅卍字会。またブラジルにはアラン・カルデックという、一種の預言者が率いる心霊主義の教団があり、やはり世界主義運動を行っています。そしてこれらはなぜかすべて、1920年代から30年代にかけて生れています。おそらく第一次世界大戦を経験した後の、世界的な平和思想の流れの中から生れ出てきたものだと思います。そして大本は、戦前すでにこれらの団体と提携をしておられる。実に早い時期のことで、驚くべき話です。p251 梅棹忠雄「新世紀と王仁魂」

 ここにもそれらしい団体名は出てこない。さて、大逆事件(1911~2)の首謀者とされる幸徳秋水らは神智学の影響下にあり、さらにその系列の北一輝などは、王仁三郎に資金提供を強要したというような情報がネット上にちらほらある。まともに読んだことはないのだが、20世紀前半における、日本と世界の動きのなかで、神智学がどのように動いていたのかを追っかけるには、興味深いチェックポイントではある。

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奇蹟を求めて―グルジェフの神秘宇宙論 <3>

<2>よりつづく

奇蹟を求めて―グルジェフの神秘宇宙論 (mind books)
「奇蹟を求めて」グルジェフの神秘宇宙論<3>
P.D.ウスペンスキー (著), 浅井 雅志 (翻訳) 平河出版社 単行本: 606p
☆☆☆★★

 Oshoの中から一冊だけ抜き出すとしたら、「意識をめぐる読書ブログ」としての当ブログは、Books I Have Lovedを選び出す。ここにはひとつの宇宙観があり、Oshoの全体像がある。補助するものとしては、歯科椅子シリーズとして、前後に語られた「Note of a Madman」「Glimpses of a Golden Childhood」を読めば万全だろう。これで、全体像を見渡せる中心点にいることになる。

B3

 しかし、もちろん隅々まで目を凝らす、というところまでははるかに及ばない。そのためには、もうすこし細かく気を配ってみる必要がでてくる。この「Books I Have Loved」が1980年頃に語られたものだとするなら、前後する時代の二冊、つまり1970年頃のIn Search of the Miraculousと、1990年を直前にして語られた晩年のZen Manifestでバランスをとる、ということが可能だろう。

 だが、In Search of the Miraculousだけ、とか、Zen Manifestだけ、とか、となると、またまた、なんだかバランスが悪いようだ。読むなら、この二つはセットで読まれるべきであろう。そしてセンターを失ったら、またBooks I Have Lovedにもどればいい。・・・・と、少なくとも当ブログはそのように読もうとしている。

A3

 さてこちらのウスペンスキーの「In Search of the Miraculous 」だが、当然のごとく当ブログとしてはOshoのIn Search of the Miraculousとの関連の中で読もうとしている。特にVol.2にでてくるOshoの「7つの身体論」とからみ合せながら読み進めることが必要だ。

 さらに、現在ウスペンスキーを読み進めながら、いわゆるセオソフィー(神智学)との関連もすこしづつ解き明かしていかなければならない。そのためには避け続けてきたセオソフィー関連の本にも触れていかなければならないし、今まで読んできた本のなかに、その形跡があるかないかについても、注意深くなりながら再読していく必要がある。

 (ウスペンスキーは)1913年、旅の印象を寄稿するという約束で働いていた新聞社から資金援助を受け、東方旅行へ発つ。途中ロンドンで、同じく神智学協会の会員で、後でやはりグルジェフの高弟となるA・R・オレージに会う。その後、パリ、ジェノバ、カイロ、セイロンを経てインドへ渡り、マドラス近郊の神智学協会本部の所在地アディヤールに6週間滞在するが、この滞在からはあまり大きな収穫はなかったようである。p595訳者「あとがき」

 神智学会員だからと言って、なにか特殊なレッテルを張って、峻別する必要もなかろうが、当時の精神世界の流行もあっただろうし、すくなくとも、世相にも敏感で、一流のインテリでもあったウスペンスキーは高くアンテナを張り、そこに神智学的情報や知識が反応していたことは間違いない。

 前後すること、1911年には神智学協会の会長であったアニー・ベザントは、クリシュナムルティを長とする「星の教団」を設立していた。だから、もし、ここでウスペンスキーがより神智学的立場をとるとするならば、クリシュナムルティの流れの中に入っていっても不思議はなかったのである。

 しかるに、ウスペンスキーは、数年内に発表されていたクリシュナムルティのAt the Feet of the Master があることを知らなかったのか、あるいは知っていて、それを受け入れなかったのか、その流れの中には入っていかない。すくなくとも、インドから、空っぽの手で帰っていく。

 このような文脈で読んでいくと、ウスペンスキーは神智学の中に求めて得られなかった「奇蹟」を、グルジェフの中に求めようとした、ということになる。ウスペンスキーは当時の一流のインテリだから、彼流の理解の仕方と、彼流の「予感」があったはずである。そして、彼流の理解の仕方で「神智学」を見て、そして、「グルジェフ」を見た。

 このウスペンスキーの「奇蹟を求めて」がなかったら、永遠に失われてしまったグルジェフの「システム」があったに違いない。その体系、そのアルファベット、その存在。ひょっとすると、ウスペンスキーがいなかったら、私たちがグルジェフの名前を聞くことさえなかったのかもしれない。

 しかし、この本を読む進める限りにおいては、決してグルジェフの世界は分かりやすいものではない。むしろ混乱のきわみであり、乱調につぐ乱調で、理屈と膏薬はどこにでも着く、というような「超」がつくような論理体系である。これを一読して理解しろ、と言われても無理で、理解したからと言って、私たち現代人が自分に役立てることができるのかどうかは、さだかではない。

 なぜそういうことが起きていたか、と言えば、いくつかの理由があるだろうが、一番は、グルジェフの世界とウスペンスキーの表現にギャップがあるからだ。つまり、球体の地球を、平面の世界地図に書こうとしているとこに無理があるの、とやや似ている。ミニチュアの地球儀を作るならまだしも、赤道と極付近の表現にかなりの差がでてしまう世界地図では、似て非なるものがある。

 そう感じるのはこちらの書とともにグルジェフの「ベルゼバブの孫への話」を併読していて、むしろ「ろくでなし」グルジェフのまったくのスッ飛び話のほうが好感が持てるからだ。むしろ、最初から「物語」ですよ、と言われれば、こちらの想像力が刺激され、ストーリーを取捨択一しながら、自らのものとして再構成するチャンスを与えられているからかもしれない。

 そういった意味において、小説という表現形態のほうが、より真実を伝えるに適しているかもしれない、と考え始めた。もともと小説嫌いを標榜している当ブログではあるが、Oshoのリストにそって読書を進めると、どうしてもドストエフスキーやトルストイ、あるいはナイーミやらニーチェやらと、小説の大作に取り組まざるを得なくなる。

 OshoBIHLの初日において、小説や経典類を挙げながら、Zenやクリシュナムルティやグルジェフを取り上げなかったのは興味深い。理論や首尾一貫した偏った理性に、一定程度の歯止めをかけているかのようにさえ見える。

 ウスペンスキーのこの「奇蹟を求めて」も、なにかの理論書のように読まれるべきではないだろう。ここからなにごとかの想像力がかきたてられ、自らのなかにあるなにかと共鳴することによって、生みだされてくる何か、それを注意深く見詰めていることのほうが大事だ。

 3とか7とかにまつわる話は面白く、我が意を得たりと共鳴する部分も多くある。しかし、たとえばエニヤグラムから、9つの性格判断をひねり出したりするのも、すこし軽率な感じがする。これだけOshoはグルジェフのことを高く評価しているのだから、その取り組みのなかで、もうすこしゆとりを持って、そのワークを理解したい。

 すくなくとも、このウスペンスキーを理解するには、神智学とクロスしてくるし、そうなると、クリシュナムルティどころか、いよいよ、あのロシア出身の19世紀に活躍したご婦人のことも眼中に入れていかなくてはならない。そして、いよいよ、それにバランスさせて、ZENは不可欠になるのである。

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2010/06/05

In Search of the Miraculous <5>

<4>からつづく

Insearchofthemiraculous1
「In Search of the Miraculous」 volume1
OSHO (著) 1984/09 出版社: Sardis Pr ペーパーバック: 336p 言語 英語,
Vol.3 No.0043☆☆☆☆

 実は最近のOshoの英語版書籍をあまり持っていない。過去に購入したのに積ん読になってしまっているものがかなりあり、それを整理するほうが先決だからだ。だからこれもまた1984年にアメリカ時代に発行されたペーパーバック版だ。当時の標準的なスタイルで、表紙には大きくOshoの写真が掲げられている。

 しかし、現在のOsho書籍は、その画像が消えていることが多い。たとえば1997年に発行されたヴァージョンのカバーはこうだ。

In_search_of_the_miraculous_osho__2  
 同じ時代の邦訳「奇跡の探求」1996年版と比較すると、かなりの雰囲気の違いがあることがすぐ分かる。ましてや、1984年に発行されたアメリカ時代のOshoより遡ること、1970年代の初め頃のOshoの画像が使われている。これはもちろん出版にたずさわる立場の人々の創意工夫によるところが多いので、一概に言えないが、読者に混乱を与えるのではないか、と危惧する。

 一般に、どの時代のどこで語られた講話なのかは、Osho講話録の場合、明確に記録されていることが多いのだが、邦訳の場合、えてして、それが不明な場合がある。Osho講話録に慣れ親しんできた読者においてはあまり問題ではないかもしれないが、初めてその書籍を手にする人や、なじみにない人々においては、その内容も相まって混乱することがあるのではないだろうか、といつも思う。

 いや、私自身がそうなのだ。いつ、どこで、どのような形で語られたのか、によって、表現方法も違うだろうし、いわゆる論理一貫せず矛盾しているかのように見られている場合でも、その文章を、ある位置関係においた場合、あらためて輝きが増す、ということが往々にしてある。

 すでに印刷されてしまったものはしかたないにしても、今後は、読者にわかりやすいようにクレジットをつけてもらうとありがたいと思う。また、最近の傾向である、Osho画像を外したブックデザインなどは、私はおおいに歓迎している。大海に解け去ったOshoの肉体の素晴らしさとともに、それに縛られずにさらに前に進んでいくことに、なんの矛盾もない。

<6>につづく

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奇跡の探求〈1〉覚醒の炎<4>

<3>からつづく

奇跡の探求〈1〉覚醒の炎―和尚初期瞑想キャンプの講話
「奇跡の探求〈1〉」覚醒の炎―和尚初期瞑想キャンプの講話 <4>
OSHO OSHOサクシン瞑想センター (翻訳) 市民出版社 単行本: 479p
☆☆☆☆

 P・D・ウスペンスキーの「奇蹟を求めて(グルジェフの神秘宇宙論)」を読み進めるにあたって、併読したい本がいくつかある。ウスペンスキーの本の原題は「In Search of the Miraculous」であるが、それとまったく同じ英語タイトルのOshoの本がある。それがこの「奇跡の探求1,2」である。こちらもまったく同じ「In Search of the Miraculous」というタイトルを持つ。

 もっとも、1970年前後のOsho講話がいくつかまとめられて合本として出版されたものだから、もともとのタイトルはこのままではなかった可能性がある。しかし、語られいる内容や、出版された当時のことを考えれば、ウスペンスキーの「探求」に対する、Oshoの応答、と読むことも可能だ。

 日本語においては「奇跡」と「奇蹟」の違いがある。こまかく言えば違いがあるが、ここではそれほど大きな問題にはならないだろう。単に邦訳に携わった翻訳者たちのセンスの問題だ。

 前回、この本をめくった時、「道場」という言葉は、ひょっとすると英語では「スクール」になっているかもしれないし、元のヒンディー語では「アシュラム」や他の言葉になっている可能性は高い、と、逡巡していた。あの時、自分はこの本の英語本を持っていないと思っていたのだが、実は以前から手元にあった。

Men like Gurdjieff and Krishnamurti have been victims of such incongruity. The incogruity is that they could not have systematic knowledge of the secrets  that lie behind terms and energies like the kundalini. In fact, such knowledge is very difficult to obtain. It is simply not possible in one lifetime.

It happens only in the case of some rare individuals who learn and grow among some dozens of schools in the course of dozens of lives; otherwise it is impossible. If someone grows among dozens of schools--which will obviously take dozens of lives-- only then it is possible that in his last life he will find a synthesis among the diverse spiritual disciplines. Otherwise it is not possible to find a synthesis. OshoIn Search of the Miraculousvolume1 p284

 翻訳という仕事は多大なエネルギーがそそがれるべき大変なワークだが、それでもなお、万全、ということはないだろう。読み手において、その真意を受け取るためには、そのことを自らの体験の中で受け取る必要があろう。

 いずれにせよ、日本語で「道場」とされているところはschools」であった。ここではグルジェフやウスペンスキーが語られているのだから、敢えて現代語としての日本語では「スクール」とされるべきだろう。「道場」では、なんだか柔道場や剣道場を連想する。ここにおけるスクールは、必ずしも建物を意味しない。

 今武平が「阿羅漢道」と翻訳したクリシュナムルティのAt the feet of the Masterに対して、Oshoは同じタイトルでサニヤス・イニシエーション日記を対応させているし、おなじクリシュナムルティのThe First and Last Freedomに対しては、瞑想法ガイドブックを対応させている。ウスペンスキーの「奇蹟を求めて」に対しては、Oshoはこの「奇跡の探求」を対応させているのである。

<5>につづく 

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2010/06/04

預言者 The Prophet

預言者 The Prophet
「預言者」 The Prophet
カリール・ジブラン (著), 船井 幸雄 (監修, 翻訳)  2009/8 成甲書房 単行本: 160p
Vol.3 No.0042☆☆☆★

 船井幸雄とジブラン、はっきり言って、これほど似つかわないコンビネーションもない、と思った。加藤諦三が「ネイティブ・アメリカン 聖なる言葉」を翻訳しているのを知った時と同じような衝撃が走った。ほへ~~。

 しかし、モノは考えようだ。別にお気に入りの作家を一人占めすることはできないのだし、それだけ多くの人に愛されているということは素晴らしいことではないか。むしろ、これらの特定の翻訳者を通じて、それだけ読者層が増えるということはいいことだ。

 そう思い直して、この本を虚心坦懐に読んでみる。またまた正直に言えば、翻訳は堅い。あのジブランの独特のふくらみとやわらかさが、少しくかけている。文字の大きさとか、ページの作り方とか、なにかもう一つ工夫が必要だったのではないか。

 逆にこの本の一番すごいと思うことは、10枚以上のジブラン本人の手になる白黒の裸体図が挿画として挟まれていること。これはすごい。いままで読んだ8冊の中にこれほどのジブランの絵はなかったのではないか。パリのロダンのもとで学んだ時の作品群であろうか。とくに136pの画などは、神智学というよりもっとオカルテッィクな神秘主義の影響を感じる。

 巻末に船井幸雄の解説があるが、相変わらずのトーンで、私はあの部分はないほうがよいと思うが、ここがあるからこそ読む、という人もいるんだろうなぁ。

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出口王仁三郎の霊界からの警告

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「出口王仁三郎の霊界からの警告」 発禁予言書に示された、破局と再生の大真相
武田 崇元 (著) 1983/12  光文社 カッパ・ホームス 237p
Vol.3 No.0042☆☆☆☆

 脱線次いでにこれもメモしておこう。

 王仁三郎自身、奇妙なことをいっている。自分は「偽者」だというのである。それは、彼が政治家・床次竹二郎の弟、真広に渡した遺書である。

 「いま、大本にあらはれし、変性女子はニセモノじゃ、誠の女子があらはれて、やがて尻尾が見えるだろ。女子の身魂を立て直し、根本改造しなくては、誠の道は何時までもひらくによしなし。さればとて此れにまさりし候補者を、物色しても見当たらぬ。時節を待ちていたならば、何れあらはれ来るだろう。美濃か尾張の国の中、まことの女子が知れたなら、もう大本も駄目だろう。前途を見越して尻からげ、一足お先に参りましょ。皆さんあとからゆっくりと、目がさめたなら出てきなよ。盲千人その中の、一人の目明きが気をつける。ああかむながら、かむながら、かなはんからたまらない、一人お先へ左様なら」
1983年版 p201~2

 この部分は、1993年光文社発行・文庫「究極版」からは削除されているようだ。

 ところで、当ブログ、ここいらで少し画面の色調を変えていこうと思う。いままでは、チベットの密教僧たちとの波動の調和を意識して、マルーン色に統一していたが、これからは、大白色同胞団にチューニングするため、読みにくいが、限りなく「」へ向かおうと思う。

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随(かんながら)神―意識の扉を開く鍵―

随(かんながら)神―意識の扉を開く鍵―
「随(かんながら)神」 ―意識の扉を開く鍵―
阿部敏郎 (著)  2010/5 ナチュラルスピリット 単行本: 280p
Vol.3 No.0041☆☆☆★★

 このタイミングなら、こちらの本についてもメモしておくことも悪くないだろう。当ブログは、いつも半年に一度づつ、その期間に読んだ「新刊」のベスト10を作ってきた。あとから読み返してみると、当ブログとしての必ずしもベスト本でなかったりするのだが、その期間にどんな本を読んでいたのかを記録しておくのも悪くない。

 しかるに、本年も前期が終わろうとしているのに、あまり「新刊本」を読んでいない。もともと旧本や不人気本を読み進めている当ブログではあるが、特に今年前期は、再読モードや再々読モードとなり、あるいは「in Scilence」モードとなり、新刊本と呼ばれるものは、ほんの数えるくらいしか読んでいない。

 以前は、そのリストを作るために、積極的に新刊本を読んだりしたものだが、現在はそのような必要を感じなくなった。だから、今年度は、前半期にわけずに、年間を通してベスト本をリストアップしてみようかな、と思ったりしているが、まだ未決定である。

 さて、この本、必ずしも「新刊」ではない。これはブログとして発表されていたものであり、それが一冊の本の姿に結実したものである。ブログを覗いていた時には、もっと自由な表現があったように思うが、こうして一冊の本になってみると、わりと落ち着いた表現に変わっている部分が多いのではないか、と思う。

 内容については、特段に特筆すべき部分はない。奈良県・天河神社や、プーナのコミューンなどが登場してくるが、フィクションでふくらました小説であり、例えば柿坂宮司とか、シャンタンなどという人物、あるいは喜納昌吉というミュージッシャンが登場するが、もともとは「実話をもとにしたフィクションである」p277ということである。

 はっきり言って、天河もすごいところだ。体験やビジョンという意味では、この小説を上回るストーリーを持っているが、それをブログに書くとすれば、やはり「小説」という形で「実話をもとにしたフィクション」という形にしなければならないだろう。

 最後のほうの結末は、まぁ、ありうることでもあり、このような方向に行かなければならんだろう、という、ある意味、ありふれた結論である。小説であるかぎり、ネタばれにも注意しなければならないので、それは遠慮しておこう。いつか、続編を書こう。

 ネットをググれば、著者の講演などの、いくつかの動画もあるようだ。なかほどね、Oshoやチョギャム・トゥルンパなどについての簡単な発言があるが、直接のつながりはなさそうだ。

 こういう話しを聴くだけにこれだけの人が集まるとは驚き。もともとシンガーということで知っている人も多いのかな。

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続 極道辻説法

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「続 極道辻説法」
今 東光 (著) 1977/07  集英社 単行本 258p
Vol.3 No.0040☆☆☆☆

 神智学と今武平のつながりを追っかける意味で、この本をもういちどパラパラめくってみた。そうしたら、やっぱり、今までそういう関心を持っていなかったので見落としていたが、ここにきて大事だなぁ、と思われる部分がでてきたので、メモしておく。

 いつか芥川(龍之介)さんの家へ行った時、「君のお父さんは単なるキャプテンでなくて変わっているんだね」って言うんだ。オレは一度もオヤジの話なんかしてないんで驚いたが「そうですか、変わっていますか。なにしろうちのオヤジはtheosophist(セオソフィスト・見神論者)ですよ」って言ったら、「じゃぁブラヴァッキーのThe Secret Doctorineなんか読んでいるんだな」。

 これ聞いて、オレ、腰抜かしたよ。ブラヴァッキーと言っても知らんだろうが、これはエレーナ・ペトローヴナ・ブラヴァッキーというロシア生まれの婦人で、19世紀最大のオカルティストなんだ。彼女が書いた「ザ・シークレット・ドクトリン」という1888年に出版された本を読んでオヤジはセオソフィストになったんだから。どうしてこんな本まで読んでいらっしゃるのかって、もうびっくりしたもんだ。今 東光p101

 芥川龍之介が没したのは1927年(昭和2年)7月24日。当然、このエピソードはそれ以前のこととなる。この話題を週刊誌「プレイボーイ」に掲載したのは1976年前後のことだろう。常に今東光はこの周辺あたりにも関心を持ちつづけていたことがわかる。

 「最後の辻説法」「巨人 出口王仁三郎」、あるいは「クリシュナムルティの世界」などと関連付けて読むと面白い。「シークレット・ドクトリン」は「BIHL5」の5冊目に登場するが、まだ、当ブログとしては精読という段階にはない。

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巨人 出口王仁三郎

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「巨人 出口王仁三郎」
出口 京太郎 (著)1967/09 講談社 単行本 462p
Vol.3 No.0039☆☆☆☆☆(今回から白を得点とし、マイナスは黒とする。したがって、この評価は☆5となる。)

 先日からどうも気になっていたのは、クリシュナムルティと神智学、そして神智学と日本のつながり、とりわけ、今武平、今東光あたり。さらには彼らから王仁三郎へのつながりもあったはずだと、文献さがしをしていた。いままでは、そのような視点でみたこともなく、あえてつなげて考えたこともなかった。

 しかし、どうもこの数日気になってしかたない。Googleで見てみると今東光「毒舌日本史」講談社1972に「出口王仁三郎との交流を描いている」とある。しめた、と思いさっそく借り出してはみたが、どうも見つからない。いくどかパラパラめくったが、ない。さらにググってみると、かのWikipediaをコピーペーストしただけの頁がぞろぞろとでてきた。

 おいおい、お前ら、ほんとに確認して書いているのかよ、と、大学の教授ならずとも、最近の若い連中の風潮には疑問をもつ。どうも腑におちない。我家のなかでもあちこちに分散してしまっている関連の何冊かをめくってみた。だが見つからない。

 今東光の本は、それほど多く蔵書しておらずほんの数冊だ。全頁みてみたが、思っていた個所が見つからない。それではと、王仁三郎関連を広げ始めたが、こちらはいろいろ取りそろっているので、全部確認する、というわけにはいかない。

 いや、それほど奥まったところにあるわけではない。思い直したがなかなかでてこない。しかたがないので、後日を期待する、ということで、とりあえず、コーナーを作って、関連の本を集め始めた。最後の最後、この本に手がかかった。この本はたしか文庫本もあったはずだが、今朝のところはでてこない。

 ふと、ぱら、と指を突っ込んだところに、なんと、今東光の写真p281があったではないか。なんだ、ここだったか、と、ひと安心。そうそう、この記事だったよね。でも不思議なものだ、一発でこの頁がでてくるなんて、と、そのことにも驚いた。

 いや、なに、本当は、何回もこの頁を開いていて、指が入りやすくなっていたのと、しおりの紐が挟まっていたので、あたりまえのことだった(笑)。もう、何度も何度もこの頁を観ていたのだが、その都度すぐ忘れてしまうのだ。

 さて、この本を当ブログにメモしておくべきか否か。悩んで、結局やめることにした。今はその時ではない。いずれ機会をみつけよう。しまいかけて、一番最初の頁を開いたら、な~~んだ、巻頭言は今東光が書いていた。

 「出口王仁三郎さんのお使いですが、既成仏教などにいるのは駄目だからこちらへいらっしゃいというのだ。最高顧問として迎えたいと仰せになる。これは知己の言だと思う。どうですか」といって、お土産として現金で5万円さしだされたのには肝をつぶした。

 貧乏のどん底にいたぼくとしては、この際の5万円は50万円、百万円に値したが、さりとて、天台宗に帰属してまだ何年も経過していないぼくが、5万円でころりと参ったといわれるのは心外だし、天台教学についても知ることすくないぼくとしては、いまただちに天台宗を捨てて大本教に飛び込むことはとうていできなかったのだ。しかしながら大本教に対する魅力は大いにあったので、一度、本部を訪ねたいという気は山々あったが、おそらく本部に行ったら、ぼくは帰る気がしなくなるのではあるまいか、とも思われたのである。

 謂うところの縁がなかったのであろうか。残念ながら王仁三郎尊師にお目にかかる機会もなく、本部へ参拝する折りもないうちに、例の大本教弾圧の事件がおこった。ぼくは新聞で大本教の大手入れがあったことを知って、はっとした。こういう受難をあらかじめ察知していた王仁三郎さんは、こんなときにぼくが必要だったので招いてくれたのではなかったか。ぼくはこのときほど、権力に抵抗を感じたことはなかった。p5今東光「序にかえて --出口王仁三郎師の思い出--」

 当時2000円で家がりっぱに建つ時代だった(p283)ということだから、現在の私たちの感覚でいえば、5億円、ということになるだろうか。王仁三郎が東光にかけた期待、それを敢えて断った東光の気概。もし、ここに「縁」があったとしたら、どうなっていたのだろう。歴史にやり直しはできない、としても、胸躍るシーンではある。

 さて、東光が天台宗に出家したのは1930年10月1日。第二次大本弾圧事件勃発は1935年(昭和10年)12月8日だから、上のエピソードはこの間のこととなる。1932~4年あたりのことだろうか。当ブログの別なところでは、今東光、出家前に王仁三郎本人に会っているかのごとく書いたところもあったので、ここで訂正しておく。そのためにも、この書き込みは必要だった。

 さて、このようなゴシップではあるが、当ブログとしては、牽強付会といわれようと、なんとか、さして大きくない胃袋のなかに放りこんで消化していかなければならない。二・三、関連の書き込みが必要となるだろう。

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2010/06/03

Meditation, the First and Last Freedom

Meditation Meditation, the First and Last Freedom
OSHO (著) 1988/07 Rebel Publishing House ハードカバー: 304p 言語 英語,
Vol.3 No.0038☆☆☆☆

 脱線ついでに、もう一冊。クリシュナムルティ「自我の終焉」の英語原題は「The First and Last Freedom」だが、おなじタイトルで、Oshoの瞑想ガイドがまとめられている。これは日本語訳として「新瞑想法入門」となっている。

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自我の終焉―絶対自由への道 <2>

<1>からつづく

Jk
「自我の終焉」―絶対自由への道 <2>
J.クリシュナムーティ (著), 根本 宏 (翻訳), 山口 圭三郎 (翻訳) 1980/08 篠崎書林 単行本: 446p
★★★★☆

 こちらもまた「BIHL3」の5番目に「The First and the Last Freedom by J. Krishnamurti」として登場してくる一冊である。ようやく「BIHL1~2」の準備が整ったところなのに、3まで手を伸ばそうとするのは、当ブログの何時もの悪い癖だが、気になるものはしかたない。

 本来はここに大野純一著「クリシュナムルティの世界」1997/08 と一緒に登場させたかったが、敢えてそれは避けた。そもそも当ブログのクリシュナムルティに対する好奇心は、ちょっと不純なところがある。彼がせっかくあれだけ純粋でピュアな意識=コンシャスネスについて語っているのに、どうしても彼の背景にある転び石の部分があまりに面白すぎるので、話題がどうしてもそちらに傾きがちになってしまうのだ。

 「自我の終焉」はいずれ「BIHL3」や一連のクリシュナムルティの著書の中で再読される必要があるが、であったとしても、彼はより純粋に彼の「悟境」と共鳴する、という形で読み進める必要があるだろう。

 しかるに、当ブログはどうしても、キューリアスな部分が刺激されてしまい、本質に辿り着かなくなってしまう可能性が高い。やれ、この本がでた1980年には、まだ他の精神世界の本は多くなかっただの、今日出海はこの本を店頭で見つけただの、この本では鈴木大拙とクリシュナムルティの接触をつかんでいないようだが、それは違うだろう、とかとか・・・。いつまで経っても、ゴシップのネタは切れない。

 ここで敢えて言っておけば、ブラバッキーと、ベサント=リードビーター、クリシュナムルティは、三層のものとして、明確にとらえなおされる必要があるだろう。「神智学」と「星の教団」も、より明確に峻別されるべきだ。神智学は、神知学、心智学、接神学、接心学、あるいは霊智学などなど、さまざまな邦訳がされており、それぞれが勝手に理解しつづけてきたという側面がある。

 皮肉っぽく言えば、クリシュナムルティは「苦労知らずの三代目」だ。初代が山師的な働きをして身上を築きあげ、その苦労を知っている二代目が真面目に発展させた事業を、三代目は、あっさりと捨ててしまって、僕は「一人になりたい」などとぬかしやがる。まるで、「<売り家>と唐様で書く三代目」丸出しではないか。

 ああ、まずいまずい、こういう話に展開していくのが怖いから、あの本については当ブログ<1.0>に避難的に書いておいたのだった。確かに気にはなる。そして面白い。一度はゆっくりそのあたりもとらえておきたい。

 しかし、当ブログの現在の流れはそちらに流れていない。あるいは流してはいけない、と感じる。ここはちょっと踏ん張って、クリシュナムルティのピュアなコンシャスネスのシャワーを浴びる必要があるのだ。

 つまり、「BIHL3」においてはこの本が中心テーマのひとつになるのだが、読み方は、キューリアスな読み方ではなく、もっとおちついたものであるべきだろう。そういうことを、現在の段階では感じている。と、そういうことをメモしておけば、今日の、この書き込みの目的は達せられたことになる。

<3>につづく

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ターシャム・オルガヌム<5>

<4>よりつづく

ターシャム・オルガヌム(第三の思考規範)―世界の謎への鍵
「ターシャム・オルガヌム」(第三の思考規範)―世界の謎への鍵 <5>
P.D. ウスペンスキー , 高橋 弘泰 , 小森 健太朗 2000/06 コスモスライブラリー 単行本

 「BIHL3」の2冊目にこの本は登場する。ようやくのところ「BIHL2」のアップの第一段階が終わって、BIHL1~2の21冊についての再読・再々読がスタートするわけだが、どういうわけか、その前に何冊かのリスト外の本が気になる。そのトップがこの本。

 学生時代にOshoが部屋代一カ月分を出して買ったというこの本、そのために、部屋代が払えず、街灯の下でこの本を読んだという。学生時代の頭脳がピカピカに働く時代にはこの本の論理性と割り切りの良さが魅力ではあるだろう。あるいは、1950年代という時代の中で、第二次大戦後のインドにおいても、ウスペンスキーの魅力は限りないものであったのだろうか。

 さて、2010年現在の、この本が置かれている状況はいかがなものであろうか。前半3分の1、中ごろ3分の1、後半3分の1は、ある意味、当ブログ言うところの「コンテナ」、「コンテンツ」、「コンシャスネス」の3C論に対応しているかに思える。

 当ブログはなんの目的もなく、ただ「公立図書館」借りた本を読んで、「ブログ」に書こう、という作業を繰り返してきただけなのだが、流通している本にも定量があり、読み手としての当ブログの力量の限界もある。足掛け5年、都合2100冊に及ぼうとするその図書群において、次第に、ジャンル分けされ、嗜好性が判断されてくることはやむをえないことではある。

 全体性を失わない程度に、現在はターゲットを絞りつつあるところであり、ほぼ飽和状態に見えるインターネットやIT関連の科学=コンテナ関係は、ほとんど無視しつつある。また、このところ全然面白くない政治や経済=コンテンツ類も、よっぽどでない限り、敢えて読もうとはしていない。

 敢えていうなら、残るところのCであるコンシャスネス=意識に、より集中しつつあるのであるが、それはまた、こちらが重要である、という認識よりかは、いままであまりに飛ばし読みしてきたので、この分野、よく分かっていないでしょう、という認識がベースになっている。

 さて、別な三位一体でいうと、「私」、「魂」、「死」というテーマもある。「私は誰か」、「魂はどこにあるか」、「いかに死ぬか」というテーマの中で、次第に当ブログは「死」に絞りつつあるのであるが、それは必ずしも無限の暗黒の意味での死ではない。

 意識---コンシャスネス---死。より無や空にちかい形での意識をさらに深めたいテーマとしている当ブログとしては、いままでの本たちを再読するうえでも、よりそのあたりを重視しながら読み進めていきたいと思う。

 さて、この「ターシャム・オルガヌム」、すでにこのブログにも抜き書きしているが、残り後半3分の1程度のところは「意識」について集中して書いてある。もちろん、この本の性格上、最初から「意識」について触れているのだが、特に後半部分は、一度では飲み込めない図式などがゴロゴロと転がっているので、次なる「BIHL3」の再読=精読モードにおいては、もういちど、より正確に読み進めたいと思う。

 しかし、それにしても思うことは、「意識」を「意識」する、という次元に比較すれば、「意識」を「表現」する、という意味において巧みなウスペンスキーではあるが、「意識」を「意識」するがゆえに、その「表現」が現れた、という点が、どうも少くなさそうに思うのである。

 この本、何度も改訂されたようであるが、その「改訂」自体、「意識」を「意識」するではなく、「意識」を「表現」するでもなく、「表現」を「表現」する、という次元に下降してきてしまっているのではないか、と感じられる。

 論理性、文献を大事にする検証性、ストーリーを維持するための一貫性、統一性、かなわぬとも、そのように装う完全性。そのあたりに、どこか表現至上主義的な落とし穴が隠れているように思われるのだ。

 当ブログがこれからより「意識」にテーマを絞り込むにしても、それは「肉体」や「魂」を排撃した地平を開くということではなく、それらを含めた全体性の中心にいたいからこそ、いままで、散漫にちらかしてきた「意識」について、よりクリアに見てみようとするだけなのだが、そのピュアに感覚に行き着く上において、ウスペンスキーの一連の仕事に対する評価が、今後どのように当ブログにおいて変化していくのか、自分なりに興味深い。

 まぁ、いずれ再読する時のために、簡単にそんなことをメモしておく。

<6>につづく

  

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奇蹟を求めて―グルジェフの神秘宇宙論 <2>

<1>よりつづく 

奇蹟を求めて―グルジェフの神秘宇宙論 (mind books)
「奇蹟を求めて」グルジェフの神秘宇宙論<2>
P.D.ウスペンスキー (著), 浅井 雅志 (翻訳) 平河出版社 単行本: 606p

 「BIHL2」の10冊目にして、これを今回ここでアップすれば、再読モードとしてのBIHL1~2の全21冊をアップしたことになる。ここから一気にBIHL3以降、BIHL16まで下っていくことも可能ではあるが、今回はそれは目的ではない。むしろ、ここで足踏みをして、この全21冊の中に小宇宙を観る、という試みをする。

 思えば、全168冊のBIHLの中の21冊と言えば、ちょうど8分の1、キリがいいと言えばキリがいい。今後はこのように上手い具合に21冊づつという風にはならないだろうから、8つの小宇宙、というわけにはいかないが、少なくとも、トップの21冊が、かなりの色彩を決定づけるのはまちがいない。いわゆる20-80の原理だ。20%の部分が、全体の80%を決定づける。

3  この「奇蹟を求めて」を読み進めるにあたっては、一連の「グルジェフ+ウスペンスキー」全体の中で再読されなくてはならないが、とくにすでにBIHLにでてきた「ベルゼバブの孫への話」、そして、まもなくBIHL3に登場する「ターシャム・オルガヌム」との関連をにらみながら、読んでいく必要があろう。

<3>につづく

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ホイットマン詩集<3>

<2>よりつづく

Photo_3 「ホイットマン詩集」<3>世界の詩集〈第10〉
ウォルト・ホイットマン 長沼重孝・訳 1967/12 角川書店 全集・箱入 270p
Vol.3 No.0037★☆

 「BIHL2」の11冊目。「草の葉」として知られるホイットマンの詩集。

 こちらは、本自体は古いけれど、先日近くの古書店から求めたもの。ワゴンセールになっていたので、他の詩集とともに手にいれた。この本の特徴は、それぞれの詩集を吹き込んだソノシートがついていること。

 ソノシートなどと言ったって、もう若い人には通じないだろう。薄いプラスティックのペラペラなレコードと言ったらいいだろうか。懐かしい人には懐かしい。当時としては画期的な本であったはず。

 もっとも、私とて、現在、このソノシートを再生する術がない。このホイットマン版のソノシートには「開拓者よ! おお、開拓者よ!」が吹きこまれており、解説を芥川比呂志が担当している。ぜひ聞いてみたいが、後日ということになる。

さあ、俺の黒く陽にやけた子供たちよ、
整然と、しっかりついておいで、
お前たちの獲物を用意しろよ、
ピストルはもったか、鋭い刃のついた斧はもったか。
開拓者よ! おお、開拓者よ!
 p116

 考えてみれば、ホイットマンは、ネイティブ・アメリカンと対峙していたこともあったのではなかろうか。そのような観点から見直す必要もあるかも知れない。エマーソンとか「ウォールデン森の生活」のソローなどと一緒に読んでみるのもいいだろう。

 どこかで指摘されているが、この意気揚々としたハイテンションは、どこか「バガヴァッド・ギータ」に通じるところがある。フロンティア・スピリットが刺激される。

Waltwhitmanportrait

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ソークラテースの弁明<2>

<1>よりつづく

Photo
「ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン 」<2>
プラトーン (著), 田中 美知太郎 (翻訳), 池田 美恵 (翻訳) 新潮社 1968/06 文庫: 256p
Vol.3 No.0036★☆

 こちらには講談社版「ソクラテスの弁明」には収録されていない「パイドーン」がある。よくよく見れば、このパイドンはかなりの長編で、この文庫の半分を占めている。それだけに各論にもかなり触れており、魂であると、死であるとか、私であるとか、突っ込みどころ満載である。

「ところで、われわれ自身は肉体と魂とからなるのではないか」
「そうです」
「そして肉体は、どちらの種類にいっそうよく似ており、種族的に近いと言おうか」
「可視的なものにであることは、誰にも明らかです。
「では魂? 可視的かね? それとも不可視か」
「少なくとも人間の目には見えません、ソークラテース」
「しかしわれわれが見えるとか見えないとか言っていたのは、人間にとってという意見ではなかったのか。それてとも君は、何かほかのものを考えていたのかね?」
「人間にとってです」
「それなら魂についてどう言う? それは可視的か、不可視的か」
p153

 この問答、2500年前のものだが、新しくも古くもない、普遍的なテーマだ。

「ではどうだろうか。1に1が加えられるとき、この加えるということが2の生じた原因であるとか、あるいは1が分けられるとき、この分割が原因であるとか言うのも、君は躊躇しないだろうか。君は声を大にしてこう叫ぶだろうね。個々のものが生じるのは、個々のものがそれを分かち持っている固有の本質にあずかることによってであって、それ以外の仕方を自分は知らないと。いまの例でいえば、2になることの原因は2にあずかること以外にはなく、2になろうとするものは、2にあずからねばならないし、1になろうとするもの、1にあずからねばならないと。」p197

 ソークラテースが、今でもすぐ私たちの議論のグループに加わって、ああでもない、こうでもないと、ワイワイおしゃべりしている雰囲気。ソークラテース、ありふれた友人にして、時代を超越した探求者。 

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ソクラテスの弁明<1>

ソクラテスの弁明・クリトン (講談社学術文庫)
「ソクラテスの弁明・クリトン」 <1>
プラトン (著), 三嶋 輝夫 (翻訳), 田中 享英 (翻訳) 1998/2 講談社 学術文庫 236p
Vol.3 No.0035 ★☆

 当ブログとして「ソクラテスの弁明」を読んでいると思っていたら、まだだった。Oshoのコメントは転記しておいたし、まとまった形での一冊は読んでいる。しかし、単独としてはこれが初めてだ。「BIHL2」の4冊目。「Plato's Dialogue on Socrates.」。

 思えば、Osho「私が愛した本・西洋哲学編」は、リストアップし、Oshoのコメントをリンクしただけで、一冊一冊にはあたってこなかった。いつかはやろうと思ってはいたが、まだだった。今、このタイミングでこれらの「哲学書」に突入することは無理だが、いつかはやらなければならないホームワークとして残されてしまっている。

 ソクラテスの弁明についても、さまざまなヴァージョンがある。こちらの訳本は割と荒らしく文字も大きいのだが、プラトン「ソクラテスの弁明」、「クリトン」と並び称される「パイドーン」が入っていない。そのかわりクセノポンの「ソクラテスの弁明」が所蔵されている。

 ギリシャは現在経済危機にあるとのことで、グローバルな経済の陥穽として危機が叫ばれている。かつてのソクラテスの生きた時代のギリシャ、遡ることの神話時代のギリシャ、そして、ゾルバが生きていた時代のギリシャを考える、良い機会ではある。

 Oshoにはワールドツアー中の一連の講話録「Socrates Poisoned Again Aftrer 25 Centuries」がある。これらといずれ合わせ読むのもいいだろう。

 アテナイ人諸君、みなさんが私の告発者たちの言葉によってどのような心持ちになられたか、私には分かりません。しかしいずれにしても、この私自身でさえ、かれらの言葉によって、すんでのところで自分がどういう人間なのか忘れてしまいそうになるくらい、それほど説得的にかれらは語ったのです。とは言うものの、本当のことは、いわば何一つとして語らなかったのです。p9

<2>につづく

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2010/06/02

列子<3>

<2>よりつづく 

老子・列子 (中国の思想)
「老子・列子」<3>中国の思想Ⅳ
奥平 卓 (翻訳), 大村 益夫 (翻訳) 1996/05 徳間書店 単行本: 280p
Vol.3 No.0034 ★☆

「BIHL2」の3番は列子。

 「列子」の中の孔子は、否定的に嘲笑されるか、また、孔子に名をかりて「列子」編纂者の道家的思想を述べるかのどちらかである。この話は後者の場合である。実在の孔子とは何の関係もない。P139

 老子、荘子に比べれば、第3ジェネレーションの「列子」は、どこか世慣れている。老荘においては、どちらかというと分裂的関係にある孔子を、「列子」においては、うまく、まんまと自らの中に取り入れることができているようである。

 それが便宜的なものであったとしても、「列子」の中で、孔子が老荘的な指向性をもつことは、なんとなく落ち着きがいい。

 死んでもともと
 魏に東門呉という男がいた。子供が死んだが、悲しまない。奥さんがたずねた。
「あなた、あんなに子ぼんのうだったのに、あの子が死んでも悲しくないの」
「なに、もとは子供がいなかった。その時も悲しくなかったよ。今子供が死んでも前に戻っただけさ。別に悲しいことなどない。」
p238

 それもどうだな。もともと子供もいなかったし、奥さんもいなかった。ましてや自分だっていなかったじゃないか。悲しいことなんかなにもない。

 でも、本当に、そうかな・・・・。

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イーシャ・ウパニシャッド<2>

<1>よりつづく

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「ウパニシャッド」
佐保田 鶴治 1979/01 平河出版社 単行本: 385p
★★★★☆ 

「イーシャ・ウパニシャッド」

 「BIHL2」の8番目。ほんのちいさなウパニシャッド。いっそのこと、このまんま、まるまる転記しようなかな、と思った。いや、後日やるかもしれない。だけど、それって、結局、なんの役にもたたないのではないかな。単にアリバイ証明でしかない。

 このちいさなウパニシャッドに、あの膨大なウパニシャッド全体が入っているという。一滴の水のなかに、あの海全体がぜんぶ入ってしまった、とさえ表現される。これは今回もまた、まだまだ背伸びしても手には負えない感じがする。

 Oshoの同名タイトルの講話録もある。それらを使いながら、いずれ、再読、再々読が必要でしょう。

<3>につづく

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精神的マスナヴィー<2>

<1>からつづく

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「アラビア・ペルシア集」世界文学大系〈第68〉
1964/08 筑摩書房 全集 442p

「精神的マスナヴィー」<2> ルーミー 蒲生礼一・訳

 「BIHL2」の7番目。そそっかしい私は、この寓話集を何かの長編のように読んでいた。途中まで読んでしまってから、それは可笑しいだろう、とようやく気がついた。これはショート・ショートなのだ。星新一なのに、小松左京の長編を読もうとしたようなことになって、なんだかヘンテコなことになってしまった。

 ことほど左様に、そもそも、この書の意味がよくわかっていなかった。どこにあって、どんな風に書いてあって、何がどうしたのか、ということをすこし、ゆっくり味わいながらでなければ、目を通したとしても、よく消化できないでしょう。

 全集の中にある三段組の印刷なので、文字も小さい。イラストもない。もし、これだけ抜き出して一冊の詩集のようなものになったなら、もっと、この書の持っている意味が生きてくるだろう。それは、ジブランの「預言者」とか、リチャード・バックの「かもめのジョナサン」のように、「親切」に盛り付けられた、とても素敵なご馳走になるに違いない。

 翻訳や語彙についても、アラビア・ペルシア文学については、すこしづつ慣れていく必要がある。グルジェフの「ベルゼバブの孫への話」にもよくでてくるムラ・ナスルディンも、「ナスレッディン・ホジャ物語」として一冊になっていると、私のようなせっかちな読み方では、せっかくの山海の珍味の妙が、分かるはずがない、というものである。

 「本」があるから「読書」が成り立つわけではない。そこには読む「人」がいなくてはならない。「人」とは、つまり私なのだ。本は本としてあっても、それをどのように読んで、褒めたたえるかは、こちらに掛かっている。世界各地のご馳走にありついたとしても、せっかちにテーブルについたのでは、一気に飲み込むことすらする前に、テーブルをひっくり返してしまい、皿はこわれ、せっかくのご馳走は地面に落ちて、泥棒ネコにでも持っていかれてしまうに違いない。

 すこしはテーブルマナーならぬ、読書マナーも学ばないといけない。そしてそれから、また、一個一個、このルーミーのマスナビー=寓話を味わうことにしよう。

つづく・・・・・

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ルバイヤート<4>

<3>からつづく

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「アラビア・ペルシア集」世界文学大系〈第68〉
1964/08 筑摩書房 全集 442p

「ルバイヤート」<4> 黒柳恒男・訳

 「精神的マスナビー」を読もうと思って開いたのだが、こちらにも「ルバイヤート」があって、ついつい読みふけってしまった。こちらには1~296編が収録されている。

酌人よ、わが心が手から離れたら、
大海原のように拡がろう。
愚かさに満ちた狭い器の神秘主義者は
一杯の酒を飲んで溺れよう。
<11>p321

美女がもし紅玉の唇をわれによせ、
生命の水が葡萄液のかわりにあり、
ヴィーナスが楽を奏で、イエスを友にしても、
心に憂いがあれば、どうして愉しかろう。
<39>p324

酒を飲むなら、賢者と飲むか、
チューリップの頬した美少年と飲むがよい。
度を過ごし、たびたび飲んで知られるな、
少し飲め、ときおり人目忍んで飲むがよい。
<47>p325

早春に天女のような美女がもし、
野のふちで、一杯の酒を酌いでくれたら、
この言葉いかに耳に障ろうとも、
わしが天国を思うなら、犬にも劣る。
<121>p331

みごとに仕上げたこの酒盃、
砕いて道端に投げ捨てられた。
心せよ、さげすんでそれを踏むな、
この酒盃、かつては人の頭だよ。
<166>p335

神よ、生きているのにあきあきた。
悲哀や空虚はもうたくさんだ。
無より有を生みだす神よ。
有の聖域に無のわしを運んでくれ。
<213>p339

ハイヤームよ、酒に酔うなら喜べ、
一瞬でも美女とおれるなら喜べ、
万物の終りはすべて無だ、
無と有を思って喜べ。
<241>p341

おお、心よ、おまえは謎の神秘に達しない、
賢者の域にも達しえない。
酒と盃でここに天国を築こう。
天国に行けるかどうかわからない。
<290>p346

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ベルゼバブの孫への話<2>

<1>よりつづく

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「ベルゼバブの孫への話」 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判<2>
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ /浅井雅志 1990/08 平河出版社 単行本 787p
★★★★★

 BIHL2における9番目。「All and Everything」 by Gurjieff。なんとも分厚く、めんどくさそう。いつも単独でこの本を読もうとは思わなかった。なにかの本のついで、ちょろっと目を通しておこう、とそう思っていただけだ。めんどくさそう。前回も、図書館から借りてきた何冊もの中の一冊としてめくっただけだ。それにあれは、年末の超忙しい時期だった。

 今回も、BIHLのリストにさえ載っていなければ、目を通すことはなかっただろう。と、やや諦め気分でめくり始めた。

 私はこの著作において、誰もがいわば<否応なしに>、全身全霊で真実だと感じざるをえないようなタイプの主人公を生み出し、すべての読者が、この主人公たちは単なる<どこにでもいる誰かさん>ではなく、本当の<人物>であることを納得するに足るだけのデータを彼らの中で必然的に結晶化させるようにしたいと考えています。p036

 やられたね。私はこのグルジェフ・ワークのイントロにすっかりはまってしまった。

私の書いたものは3回読みなさい。
1回目は、少なくともあなた方が現代の本や新聞を読むのと同じように機械的に、
2回目は、誰かに声を出して読んであげるようなつもりで、
そして3回目に初めて、私の書いたもののお要点を把握するつもりで読みなさい。
巻頭「親切な助言」

 今回はこの本のほんの最初のほうを開いたところだが、今回はすこしゆっくり読もう。回数としては2回目だが、読むということでは、まだ読んではいない。これが第1回の読書になるだろう。あるいはなってほしい。そう願いながら、前に進めようと思う。

 と、同時に考えた。すでに「私が愛した本」1読目は全168冊に関しては、その存在のあるなしを含めて、いちどは触れてみた。そして今「BIHL」として2読目の再読を行っている最中だ。前回は、一冊一冊の存在が気になっていたが、今回はそれを気にすることはないだろう。今回はペースダウンさせよう。

 そして、今回一度は「BIHL1」としてスルーしてしまった10冊についてだが、まだ完読していないものもあり、また、そこからの発展形についても考えが及んでいる。今回は、それらを含めて、すこし熟読しようではないか。

 だから、ここでスタートしてしまった「BIHL2」ではあるが、一応、11冊を確認したあと、まずはBIHL1~2の21冊で、ひとつの宇宙を体験してみようと思う。それに、「BIHL3」のクリシュナムルティ「自我の終焉」やウスペンスキーの「ターシャム・オルガヌム」には触れざるを得ないし、ほかの本も、実は、これら21冊との関連に含まれてしまっている。

 だから、あまりあちこち気を散らさずに、はまってみよう。本の冊数を追っかけるのは、一旦、休止だ。

<3>につづく

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菩提達磨の弟子達の記録

<六祖壇経>よりつづく

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「禅語録」 世界の名著 18 <3>
1978/08 中央公論新社588p 
「禅家語録 1」世界古典文学全集 36A <5>
西谷 啓治, 柳田 聖山 1972/12 : 筑摩書房 単行本 519p
★★★★★

「菩提達磨無心論」 「達磨二入四行論」

 BIHL2の5番目は「菩提達磨の弟子達の記録」は、この二冊の中に入っている。それほど長文ではない。さらに、「達磨二入四行論」については、Oshoの講話録「ボーディダルマ」で、徹底的に検証されている。

 こちらについては、最後のZENシリーズでゆっくりやる予定。これらの参考資料2冊(都合3冊)は必需品である。

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2010/06/01

ルバイヤート<3>

<2>よりつづく 

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)
「ルバイヤート 」 <3>
オマル・ハイヤーム (著), 小川 亮作 (翻訳) 1949/01 文庫: 173p
Vol.3 No.0033 ★☆

 BIHL2の6番目は「ルバイヤート」。オマル・ハイヤームだ。

愛しい友よ、いつかまた相会うことがあってくれ、
酌み交わす酒におれを偲んでくれ。
おれのいた座にもし盃がめぐって来たら、
地に傾けてその酒をおれに注いでくれ。
p69

酒姫の心づくしでとりとめたおれの命、
今はむなしく創生の論議も解けず、
昨夜の酒も余すところわずかに一杯、
さてあとはいつまでつづく? おれの命!
p79

お前の名がこの世から消えないうちに
酒をのめ、酒が胸に入れば悲しみは去る。
女神の鬢の束また束を解きほぐせ、
お前の身が節々解けて散らないうちに。
p99

酒をのめ、それこそ永遠の命だ、
また青春の唯一の効果だ。
花と酒、君も浮かれる春の季節に、
たのしめ一瞬を、それこそ真の人生だ!
p101

 ルバイヤート、オマル・ハイヤーム・・・・・。いずれ、イスラム圏の、スーフィーとか、ムラ・ナスルディンとか、サルマッドとか、もちろん、多少はコーランをかじりながら、じっくりと中東の世界に漂ってみたいものだ。

<4>につづく

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クリシュナムルティの世界<3>

<2>よりつづく 

「クリシュナムルティの世界」<3>
大野純一 1997/08 コスモス・ライブラリ-/星雲社 単行本  434p
★★★★★

 この本、面白いのだが、<2.0>において、なかなか書くチャンスが訪れない。なかなか他の本の隙間をみつけられないまま数日が過ぎた。なぜなのだろう、と考えた。結局分かったこと。この本は<2.0>向きではない、ということだ。クリシュナムルティは<2.0>向きだ。だが、この本の性格が、どうも<2.0>向きではない。

 本来、好奇心の強い当ブログの鼻先をくすぐる。スキャンダルに満ちている。おいおい、どこまでいくか、という昼間のワイドショーか、タブロイド版の三面記事的な面白さがある。これはつっこみどころ満載だ。

 たとえば、神智学は、ブラヴァッキーと、ベサント=リードビーターと、クリシュナムルティと、三代に分けて考えるべきだ。クリシュナムルティは、三代目だ。「売り家と唐様で書く三代目」だ。

 せっかく、初代が山師的な働きをして財をなし、二代目が真面目に受け継いだのに、三代目はその財を投げ捨てて、ひとりになりたい、とか、抜かしてやがる、とか・・・・・・。

 鈴木大拙は、神智学の日本の責任者であった時期があったが、「星の教団」とは一線を引いていた。「星の教団」の唯一の日本の会員は今武平で、彼が翻訳したクリシュナムルティの「大使のみ足のもとに」は、「阿羅漢道」として出版されて、その出版をしたのが、息子の今東光であったとか、とか・・・・。

 出口王仁三郎がみろく大祭を開いたのが1928年で、クリシュナムルティが「星の教団」を解散したのが1929年で、今東光が天台宗に出家したのが1930年だとか・・・・。他人にはなんのつながりもないことなのに、当ブログにとっては、すわ大事件!

 って、これって、本当は<2.0>でやるべきことではない。これって、かなりコンテナ論だ。コンテンツ、コンシャスネスから、離れている。こういう話題は<1.0>のこちらに集積しておくのがいいのでないか、と思って、避難的にこちらにメモすることに。

 そして、考えた。つまり、意識における、コンテナ、コンテンツ、コンシャスネスの3つのステージがあるとするならば、今後、当ブログにおいては、より純化した形で、コンシャスネスのコンシャスネス(ってのも変だが)に特化した<3.0>が必要になるのではないか、ということ。

 1があって、2があって、3で完結。つまり、楽天ブログ、ニフティブログに継ぐ、第三のブログ作成の準備にとりかかる時ではないか、ということ。まぁ、そういう直感があったということだけ、ここにメモしておく。

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The OSHO Nothing Book<00>

<0>よりつづく

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「The OSHO Nothing Book」<00>
OSHO 1982/04  Rajneesh Foundation International,U.S. 言語 英語,

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預言者アルムスタファは語る

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「預言者アルムスタファは語る」 
カリール ジブラン (著), Kahlil Gibran (原著), 堀内 利美 (翻訳) 単行本 1993/03 近代文芸社 単行本: 131p
Vol.3 No.0032 ★☆

 しかし、丘を下りて行くと、悲しみが湧き、アルムスタファは、心密かに思った---
 私は、悲しむことなく、穏やかに、この町を去れるだろうか。いや、心を傷めずに、この町を去ることは、できないだろう。
 私が、城壁の中で過ごした辛い日々は、長かった。孤独の夜も、長かった。私は、名残りを惜しまずに、自分の苦しみと、孤独から、訣別することはできないだろう。
p12「別れの日」

 ジブランの無二の親友ミハイル・ナイーミの「ミルダッドの書」に比べれば、物語は一気に核心へと突き進む。極めてシンプルな物語の構成だ。

 当ブログが確認したジブランの「預言者」の二桁に及ぶ翻訳群を、ひとつひとつ比較するまでもなく、どれも読みやすく、いずれも甲乙つけがたい。であるのに関わらず、これだけの翻訳が存在するところに、いかにジブランが広く、多くの人に愛されているかがわかる。

 それでもなお、BIHL2に居並ぶ他の名著とともに眺めてみれば、他の書たちがそうであるように、この書も単なるエンターテイメントとして読まれるべきではない、ということは明確なことだ。この訳者には、個人的に親近感を感じる。一度お会いしてみたいな、と思ったほどだった。

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プロフェット(予言者)<1>

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「プロフェット(予言者)」
ジブラーン (著)小林薫(翻訳) 1972/06 ごま書房 単行本 228p 
Vol.3 No.0031 ★☆

 さてBIHL2のリストをみながら、またまた溜息がでる。さてどこから始めるかなぁ、と思いをめぐらしたが、結局は、読みやすいところからスタートするしかない。BIHL1では結局「かもめのジョナサン」が一番最初だったが、こちらではやっぱり似たような傾向でジブラーンの「プロフェット」ということになった。

 この本の邦訳はすでに二桁に達しているだろう。ひとつひとつ味わいが違うが、私個人としては、永い間、手元にあったこの本が一番なじみがある。翻訳されたのも一番古いのではないだろうか。

 悩めるアメリカの若者に半世紀にわたって もっとも広く もっとも深く読まれた”現代の聖書” 表紙コピー

 このコピーが生きる。1972年という年代の世の中の空気が感じられる。

 アル=ムスタファー---この選ばれ、愛られる者---自らの時代への曙光---は、オルファリースの町で、12年ものあいだ、おのれが生れた島に連れ戻してくれる船を待っていた。
 そして、その12年目の刈り入れの月、9月の7日に、町の城壁の背後にある丘に登り、はるか海の彼方を眺めやった。と、霧に包まれて、近づいてくる船が見えた。
 そのとき、彼の心の奥のもろもろの扉は、さわやかに開け放たれ、彼の喜びは、海上はるかに飛び上がり始めた。彼は、目を閉じ、魂の静寂の中に祈った。

 しかし、丘を下りていくや、忽然として、悲しみが訪れてきた。p14「序章 船来る」

 ジブランは、「漂泊者」を初めとして、次第に翻訳されているようだ。神谷美恵子「ハリール・ジブラーンの詩」においてわずかに全体像が垣間見えるようでもあるが、まだまだ知られてはいないようだ。今後の訳業に携わる人々の活躍に期待したい。

<2>につづく

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