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2010/07/10

From Sex to Super Consciousness <2>

<1>よりつづく

Superconsciousness
From Sex to Super Consciousness <2>
Osho (Author) March 1, 2003 Publisher: Full Circle Publishing Ltd  Paperback Language: English
Vol.3 No.0072☆☆☆☆★

 偶然の組み合わせとは言え、「コンドームの歴史」「シークレット・ドクトリン」をまぜこぜに読み進めながら、漠然とこちらのこの本を思い出していた。すでにいくつかの増版や改訂が行われているらしく、私の手元にあるのはかなり古めかしく思えてくる。1976年発行ということになっている。日本語訳も1982年にでているが、実際の講話は1968年の6月から10月に行われている。現在ではネット上で全文が読めるようだ。

 現代神智学でいうところの1から7までの階梯とは、まさにこの本のタイトルの意味するところではあるが、いささか誤解を生みそうなタイトルでもあり、1から7までのプロセスが一方向的にイメージされてしまそうなのがちょっと気にかかる。

 もっとも現代神智学では、1については、もろにこのように表現することはないだろうが、7についても、はて、この単語一つで表現することに不足はないだろうか、と、ちょっと疑問になる。このタイトルでは、むしろ2~6あたりを意味していて、根源の根源たる1と、究極の究極である7が、円環している、というイメージをうまく表現できているとは思えない。

 ただ、この講話が行われた1968年という時代性、そして講話者たるOshoがまだ36歳の少壮の一青年であったことを考えると、かなり思い切ったタイトルであったことに違いない。そして、しかもそれがあのインドの大地で行われていた、ということに素直に驚かざるを得ないのである。

 当ブログは、バックボーンにOshoの本を読み続けているわけだが、その著書を便宜上、1970年前後、1980年前後、1990年前後、という風に、前期、中期、後期として、三分類に区分けしている。中心は中期の「私が愛した本」であり、後期は「禅宣言」に代表させ、前期は「奇跡の探究」が適当であろう、と考えている。

 「奇跡の探究」は1970年の講話だが、この「From Sex to Super Consciousness」は、それに先立つこと1968年の講話だから、現在の私たちが読めるOsho講話の中でも、最も初期のものとなるだろう。混沌たるメソッドを多用したマスターであるがゆえに、その著書をかならずしも体系化せずに、混沌のまま読み続けていくことも、一方法ではあるのだが、しかし、一応、その書がどの位置にあるのかを把握しながら、読み進めれば、より全体として把握しやすくなるだろう。

 1990年にOshoが肉体を離れて以降、一出版社の意向もあったのだろうが、当ブログでいうところに前期の分類に属するOsho講話が多く邦訳された。中期にOshoを知り、後期までマスターとして仰ぎ見た一読者、一サニヤシンとしての私には、むしろ、後期で語られたものをもっともっと早く読み進めたいと思っていた。だから、執拗に前期の講話がリバイバルのように邦訳されることに、いささか戸惑いを感じていたのも事実である。

 もっとも、前期の一連の講話には、ヒンディー語で語られたものも多くあり、英語のニュアンスでは決して語り得ないニュアンスが、一連のヒンディー講話の中に隠されているので、その貴重さは、現在の段階になってようやく分かり始めている、ということもできる。

 まぁ、それはともかくとして、とにかく当ブログが現在、読み慣れない現代神智学の領域へと足を踏み入れんとしているのは、この前期のOshoに、どれほどの現代神智学的「影響」があっただろうか、ということを把握しておきたい、という関心が、その理由のひとつとなっている。

 かつてはセックス・グルとまで揶揄されたOshoのことである。この本に書かれた、その教説はなんども目を通しているので、敢えてここで再読しなくても、内容についてはあらかた記憶に残ってはいる。だが、ここでは「指を見ずに、月を見る」ことを心がけていかなくてはならない。

 人間という存在のなかに含まれる、この二つの大きなシンボル的な、ある意味、まったく相反するとさえ思われる概念。これらが一つになる、サークルになる、根源的なものに帰す、という「指」に、現代を生きる私たちは、みずからのなかに、どれほどの「月」を見ることができるのか。時間と空間を超えた旅はまだ続いている。

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コメント

Oshoの記念碑的1968年のレクチャー。当時彼は37歳。彼のスタイルを決定づけた一冊。挑発的なタイトルの割には 極めて新プランな内容。歯に衣着せぬとはこのことか。おもえば、これから彼の人生は21年しかなかった。疾走したブッタだった。

投稿: Bhavesh | 2018/08/27 22:33

最近 、この本のことが、ちょっと気になっている。再読してみようと思うのだが、最近は読書そのものが億劫だ。読書は人生の中の大きな楽しみではあるが、また、苦痛に なる時もある。そんな時は、自分の過去の書き込みを見るだけで済ます事も多くなった。これもまた、読書の形の一つであろう。これもよし。

投稿: Bhavesh | 2018/08/11 05:02

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