« 超訳『資本論』(第2巻)拡大再生産のメカニズム | トップページ | スマートフォン<全方位>読本 »

2010/08/15

超訳『資本論』(第3巻(完結編)) 「資本主義」は、なぜ人々を不幸にするのか?

<第2巻>よりつづく

超訳『資本論』(第3巻(完結編))
「超訳『資本論』(第3巻(完結編))」 「資本主義」は、なぜ人々を不幸にするのか?
的場 昭弘 (著) 2009/3  祥伝社 新書: 400p
Vol.3 No.0098☆☆☆★★

 現実においては(すなわち現象界においては)事実は逆になっている。剰余価値は与えられているが、商品の費用価値を超える商品の販売価格の超過分として与えられている。そこではこの超過分がどこから出ているか、生産過程における労働の搾取からなのかは、いまだ神秘である。Marx p43

ふむ~、唯物史観の元祖たるべきマルクスから「神秘」の言葉でてくるとは思わなかった。

 最初に発明した企業家はたいてい破産し、建物、機械装置などを安く入手した、のちの企業家の代になって繁栄する。だから、人間精神の一般的労働と、結合労働によるその社会的応用との新しい発展から、最大の利潤を引き出すものは、多くはもっともくだらない、もっともだめな種類の貨幣資本家なのだ。Marx p77

 確かにつぶれたところを安く買い叩いて、次の悪徳業者が繁栄する、という図式はあちこちで見聞してきた。だが、かならずしも、安く買い叩いたから利潤がでるとも限らない。別な見方をすれば、オープンスースをもっとも活用したグーグルなどは、この類の利潤の挙げ方に近いように思うが、もっとも「だめな種類」の企業家たち、と言われることはない。

 こうして、ここで資本家たちは相互の競争では偽りの兄弟愛を示しつつ、労働者階級全体に対してはフリーメーソンを形成するのかについてはの正確な数字的証明が与えられるのである。Marx p120

 ほう、ここでFMの文字がでてくるとは思わなかった。まさかマルクスがここで陰謀史観に陥っているとは思われないが(マルクスは陰謀史観の中の最右翼に組み込まれている)、いきなりここでこの文字が飛び出してくるとは思わなかった。

 しかしまぁ、あの鳩山内閣の「友愛政治」とは何だったのだろうか。自由、平等、友愛、は、まさにFM三位一体の一角を占める言葉であるが、まんまとこのロジックにごまかされてしまったともいえる。そういえば、騎兵隊政治とか言っていた菅直人首相ではあるが、就任当初ちょっと言っただけで、あとは引っ込めてしまった。

 まさに昨今のあいつぐバブル、そしてその崩壊を見ればわかるように、崩落がまったく予測できない。それはあまりにもシステムが複雑だからです。的場 p261

 とか言われても、一般市民や市井の読者はどうしたらいいのか路頭に迷う。複雑だから予測がつかない、などと言われても、専門家が生涯かけて経済学を研究して、結論がそれかよ、と、ちょっとがっくりきますね。

 銀行団の一団は、その金融の力で、国民から利益を貪りくらい、しかも生産に携わる人々を恐怖に陥れ、あたかも彼らが生産するから社会が成り立つのではなく、金融業者がいるおかげで社会が成り立っているのだと倒錯した考えを生み出すわけです。的場 p282

 この辺はまったくいまいましくも、全く同感と言わざるを得ない。ほとんど金利ゼロでまきあげた国民の貯金を、裏口からサラ金に高利で貸し付ける。サラ金は破産者を多く生み出すことによって、オールリセットの猶予者を生みだしている。時には年間4万人に到達しようする自殺者を生みだすことによってしか成り立たない社会とは一体なにか。

 企業を助けるのか、国民を助けるのか、という政治家達の妄言も、どこまで行っても歯切れの悪いものだ。亀井静香の国民派的な言動も実にずさんな図式に基づいているし、菅直人だって、いざ実務に当たれば、企業減税を優先せざるを得ない。

 貨幣システムは本質的にカトリック的であり、信用システムは本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金を嫌う」。紙幣にとって、商品が貨幣として存在することはそれがたんに社会的な存在であることを意味している。信仰さえもてば、聖列に参加できる。商品に内在する霊魂としての貨幣価値に対する信仰。生産様式とその予定調和に対する信仰。自己自身を価値増殖する、たんなる資本の人格として、個々の生産担当者に対する信仰。しかしプロテスタントがカトリックから解放されないように、信用システムは貨幣システムから解放されない。Marx p288

 ここではあたかも「伽藍とバザール」にでてくるような対峙の図式が、カトリックとプロテスタントの対峙で語られる。しかし、この貨幣システムと信用システムの対峙を、この二つの潮流に類似させるというのも、ちょっと安直すぎる感じがするがなぁ。

 これは一種の魔術である。資本主義社会の真の意味での搾取関係が見えないのはまさに再魔術化された世界にそれがあるからです。資本主義といういわば合理的で脱魔術化した世界が、実は奇妙な神秘主義の上に覆われた再魔術化した世界であるということをマルクスは鋭い筆致で語っているわけです。的場 p363

 あちこちモザイク状に切り取った文言にコメントつけているだけでは何を言っているのかわからなくなるが、それにしても、いくら「鋭い筆致」で語られたとしても、結局「奇妙な神秘主義の上に覆われた再魔術化した世界」などという、結論では、なんともはや、とため息がでる。

 だから世界市場を前提にすれば、低い労賃と安い地価に投資し、そこでものをつくればいい。まさにグローバリゼーションの時代で行われていることですが、労賃を下げることで利潤を得る。また利子部分を下げるには利子率の低い地域で資本を調達すればよい。いわば日本のように低利率の国で資本調達し、それを利子率の高いところに貸し付けるキャリートレイドと呼ばれる投資ファンドのようなこともこれに近いといえます。的場 p373

 利は元にあり、だから、安く仕入れて高く売るのは、わらしべ長者の昔から、いまやユニクロや、ダイドーに代表される百均の台頭を許す商売の、もともともの原理である。まぁ、マルクスや資本論を持ち出すまでもなく、そんなことは当たり前で、それは資本だけでなく、ひとりひとりの労働者、農民だって分かり切っていることなのだ。

 「『資本主義』は、なぜ人々を不幸にするのか?」 このサブタイトルはセンセーショナルではあるが、センセーショナルであるだけに、この本を読み終わって見れば、このサブタイトルを、「『資本論』は、なぜ人々を不幸にするのか? 」と読み替える必要さえ感じ始める。そう読み変えることができるとすれば、そこからは、当ブログの主テーマ、ということになる。

|

« 超訳『資本論』(第2巻)拡大再生産のメカニズム | トップページ | スマートフォン<全方位>読本 »

41)No Earth No Humanity」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 超訳『資本論』(第3巻(完結編)) 「資本主義」は、なぜ人々を不幸にするのか?:

« 超訳『資本論』(第2巻)拡大再生産のメカニズム | トップページ | スマートフォン<全方位>読本 »