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2010/08/13

シュタイナー輪廻転生譚

シュタイナー輪廻転生譚
「シュタイナー輪廻転生譚」 
ルドルフ・シュタイナー/西川隆範 2009/01 風濤社 単行本 219p
Vol.3 No.0094☆☆★★★

 シュタイナーは、クリシュナムルティやウスペンスキーと同時代人でもあり、その依って立つ精神的基盤である神智学あたりをベースとして、いちどどっぷりと浸かって比較検討してみる必要があるだろう、と思ってはいる。

 しかし、いままで当ブログとしては、コリン・ウィルソン「ルドルフ・シュタイナー」や子安美知子「シュタイナーの世界」ビデオ・シリーズ、高橋巌訳「神秘学概論」「シュタイナーの宇宙進化論」などに目を通したきたきりだ。

 この「宇宙進化論」を書いた西川隆範の近刊に属するのが、こちらの「輪廻転生譚」ということになるだろう。この人1953年生れということだから、私と同年代だが、若くしてシュタイナーを自らの道と決めて生きて来た人なのだろうか。

 この本「Steiner's Reincarnation」と横文字のサブタイトルを持ってはいるけれど、このようなタイトルの欧米の本が実際に一冊として存在しているのかどうかはわからない。むしろ、あちこちの文献から、この本のテーマにふさわしい部分だけを抜き出してきた編集本なのではないだろうか、と思う。

 そもそも編集本には功罪ある。その人物の思想の中のひとつのテーマをしぼって早分かりするには編集本は適しているが、どの文脈でそれが語られたのかがぼやけてしまうことで、その部分が意味不明になることもあるというデメリットもある。

 とくにこの本のような、肯定も否定もできないようなテーマを扱う場合、前後の脈絡の中でこそ味わわれるべきものも多くあるのではないか、と思われる。その編集や翻訳に携わる者の意図いかんによっては、もともとの言葉の意味が大きく損なわれる場合があるし、場合によっては、読み手に必要以上の混乱や、予期せぬ悪効果を生むことすらある。懸念される点である。

 ある時期、私も内観の中から自らのリーンカーネーションのイメージをいくつか掴んだことがある。そればかりか、他者のそれも「見える」ようになったことがある。小説などもあまり読まない私の中の、どこからこのようなストーリーが導きさされるのか、実に不思議な想いになったものだった。

 その時期はある意味、ゲーム感覚で、他者のそれを見ていた。それを知った知人達が、「見てほしい」と言いだす始末である。お試しに、ということで、何人かを見て、そのストーリーを告げたことがある。ある意味、簡単な遊び心だった。

 ある時、ある人からやはり同じような依頼があった。私は気軽に引き受け、数日後その世界に入った。その時、私が見たものは、どうしてもその人の過去生は動物であったとしか言えないものであった。そして、だからこそ今こうしてこの世に生を受けているという美しいストーリーがあった。

 私は逡巡したが、そのストーリーをその人に告げなかった。あなたは過去生で動物でしたよ、などと、いくら遊び心でも言えない。それに、その言葉にどれほどの信ぴょう性があるだろうか。単なる私の個的なイメージでしかないのではないか。そのことは忘れようとした。

 しかし、それは忘れることができなくなった。その人の体には、その過去生がそうであった、と言わんばかりの特徴があったのである。服を着た外見からは分からないが、別な友人の証言によれば、それは私の直感を補完するものであった。私は唖然とした。

 最初は遊び心であったが、それは証明も否定もできないものではあるが、ひょっとすると、自分の直感には、かなりの「信ぴょう性」があるのではないか。あるいは、それは自分にとっては「事実」なのである、という確信さえ持つようになった。その知人についてのことは結局、自分だけのこととし、それから、その遊びは封印することとした。すくなくとも、私にとっては「輪廻転生譚」はあってしかるべき、という位置に固定された。

 この本、シュタイナーの直感による歴史的有名人たちの「輪廻転生譚」が縷々述べられている。しかし、それはシュタイナーにとっての真実であったとしても、それが文字として固定され、しかも編集されて意味づけが変わってくることによって、現代の読者としての読み手に、どれほどの「真実」が伝わるか、疑問である。

 スエデンボルグはイエズス会のイグナティウス・ロヨラと関係が深く、スピノザはアラビアでの人生があり、マルクス・エンゲルスは8~9世紀のフランスの北部での出来事と関連がある、とされている。ニーチェはかつて禁欲的なフランシスコ会修道士で、徹底的に自分を傷めつけた(p63)という。

 ヨーロッパの地理や歴史、文化の変遷をカオス的に学んでいこうとするなら、この本もまた役に立つこともあるだろう。シュタイナーという人の生真面目でありながら、突拍子もない想像性には多く学ぶところもあるし、20世紀初頭のモダニズムの中で、彼がおかれた位置で、彼なりの活動をしたということは、十分理解できる。

 しかし、一旦、自分に還り、無に還ろうとした場合、この本は、大いなる足かせになってしまう可能性がある。このシュタイナーの有象無象のイマジネーションが、読み手の瞑想を妨げてしまうことになるかもしれないと危惧する。

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