グーグルが描く未来
「グーグルが描く未来」二人の天才経営者は何を目指しているのか?
リチャード・L.ブラント/土方奈美 2010/07 武田ランダムハウスジャパン 単行本 297p
Vol.3 No.0096☆☆☆★★
グーグルに関するこの類の本がキリなく、次から次へと出版されるのは、それだけ、グーグルが注目されており、人々の関心が常に集まっているからだろう。それはそれで仕方ないのだが、手を変え、品を変え、同じメニューを繰り返し出されているようで、ちょっと興ざめする部分が多い。
この本、原書は2009年、「INSIDE LARRY AND SERGEY'S BRAIN」というタイトルで出版された。さしずめ「内気なラリーとサーゲイの頭脳」、とでも直訳されるところであろうか。日本語では「二人の天才経営者」となってしまうが、たしかに天才経営者と呼ばれるにふさわしいであろうが、天才経営者たちであったがゆえにグーグルを生んだのではなく、グーグルを生んだからこそ天才経営者と呼ばれるにふさわしくなった、と言える。
携帯電話はグーグルの今後に極めて重要な事業だ。スマートフォンは様々な意味で、新たなパソコンといえる。そして着実に、世界的なインターネット・デバイス(機器)になりつつある。グーグルの幹部はスマートフォン上の検索や広告の事業規模が、いずれコンピュータ上のそれを上回るのは確実だと口をそろえる。p258「グーグルが電話会社になる?」
今日もケータイショップを覗いてきた。狙い目はアンドロイドOSの搭載されたスマートフォン。私にはあまりに先進過ぎて、ちょっととっかかりにくいものになっている。どうかすると敬遠して避けて通りたい、とさえ願う。
しかし、と思う。ポケットベルができた時だって、すごい、と思った。あのままポケットベルだけでも十分満足していたが、技術はそこでとまらなかった。文字が送ることができるようになり、PHSができた。多少、回線の繋がりは悪かったが十分な音声伝達マシンだった。しかし、時代はそこに満足せず、ケータイへと突進した。
そしていまや、メールやデジカメ搭載、あるいはi-modeと言った機能は中途半端なケータイの象徴でしかなくなりつつある。時代はスマートフォンだ。ポケットにはいるコンピュータ。そこには世界の情報が「全部」入ってしまう可能性さえ、でてきた。
なにもこの二人の「天才経営者」たちが登場しなくても、いずれ人類は、このようなイノベーションを到達しないではいられないのだろう。この情報革命の技術革新はどこまでいくのだろうか。かつての音速旅客機コンコルドや核兵器のように、技術としてはモンスター化してしまうものも多々あったが、さて、この情報革命はどこまで行けば、満足するのだろう。
最近のグーグルにまつわる話題と言えば、中国におけるグーグル事業の、香港への引き上げがニュースになった。まさに「伽藍とバザール」を連想させるような、極めて鮮やかな対比が引き出されている。でも、よくよく考えてみると、どちらが伽藍で、どちらがバザールだろうか。
オープンソフトをベースとした巨大ネットワークを構築したグーグルは一見バザール派のように思えるが、中央集権的な経営システムや秘密主義などから考えれば、伽藍派である、と断じられても、いかしかたない面もたくさんある。
かたや、中国共産党だが、今やコチコチの伽藍派と目されているとしても、もともとは、労働者階級の人民をベースとしているバザール派であったはずではなかったのか。今や、巨大潮流となった、中国共産党とグーグルだが、ここでの角の突き立てあいは、次の時代の東の横綱と西の横綱、というがっぷり四つの状態になっている。
もうここまでくると、あとは、どちらが東でどちらが西、なんてことは分からない。赤コーナーと青コーナーとでも言いなおすべきか。地球上の5人にひとりは中国人だ。圧倒的な「シェア」を持っている。かたやグーグルはたしかにわずか創業10年ちょっとの新入りではあるが、それを支える大きな流れの象徴的な位置を確保しているに過ぎないとも言える。
しかしまぁ、遅かれ早かれ、進化の過程というものは、いずれ行き着く先に行き着くのであろうから、ここはおちついて、その潮流をみておくことが大切だろう。あまり回りにばかり目を奪われて、自分自身を失ってしまうのもどうかと思う。
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コメント
☆simplelifeさん
書込みありがとうございました。
なるほどinsideは、そういう意味かもしれませんね。
グーグルはもうすでになくてはならないライフラインになっていますので、短期的にこれまでの機能を作った人々は確かに天才的ではあります。
グーグルに関してはいろいろは本がありますが、あちこち読んでも、私などは、情報がオーバーフローしてしまいますw。
個人的には、適当に、いい加減に読み飛ばしています。
投稿: Bhavesh | 2010/09/22 19:04
原題のInsideは、「内気な」ではなく、彼らの頭の中という意味でしょう。Inside Intelという有名な本を連想させます。この本の感想ということでは、おそらく読んだ人ごとに違いそうですね。私も感想を書いてみましたので、お暇な時にご覧ください。
投稿: simplelife | 2010/09/22 12:50
☆setu
どちらかと言えば、イメージでは私は、当然のごとく(かどうかは不明だが)バザール派が好きなわけです。
1980年の「第三の波」において、アルビン・トフラーはそれを、交響楽団とジャズ・バンドに例えた。どうもコンダクターの振る指揮棒のままに動かされるって奴が得意ではない。じゃぁ、それなら、ジャズプレイヤーのように独創的で創造的なセンスを育ててきたか、と言われると、ちょっと忸怩たる思いはある。
ただこの年になってくると、オーケストラ演奏に感動したり、宗教的伽藍に圧倒されていたりもするわけだから、どちらが可で、どちらが否、という分け方は、あまりに単純だったんだなぁ、と思います。
ここはやっぱりリーナス・トーバルスの言うように、Just for Fun が一番すっきりした態度なのだと思うようになった。
投稿: Bhavesh | 2010/08/14 09:00
グーグルは、オープンソース伽藍派に近いんじゃないかな?
Linux以前もオープンソースのコミュニティ開発はあったんですが、伽藍的開発だったんです。Linuxの開発ではじめて大掛かりなバザール的開発が起きた感じ。
伽藍:
- 開発中の過程は非公開で、結果のみ公開。
- 開発に関わることが出来るのは、選ばれたメンバーのみ。
- 公開されるのは、一通りの開発が終わった後の出来上がったソース。
- 長期の開発後に公開、数ヶ月から数年。
バザール:
- 開発中のプロセスが全部公開されている
- ソースや議論などの開発プロセスが公開されているので、誰でもが開発に参加することができる。
- 参加した結果を取り込んでもられるかは、中心的なメンバーが決めるので、品質は保たれる。
- 数日から、数時間の単位で結果が公開される。
Chromeブラウザーの核部分のChromiumブラウザーはバザールかもしれない(未確認)。
Androidや、ChromeOSは、まったく伽藍的なオープンソース開発になっている。
ただい、グーグルの社内では、外部へ非公開のバザール開発が行われてるって話もある。
オープンソースのバザール開発をしていた開発者がグーグルに就職した後、ソースコードが出てこなくなったって例もあるらしい。
でも、なにはともあれ、マイクロソフトを含めた一般企業は非オープンソースがほとんどです。エンジニアが表に出てくることも少ない。表に出てくるのは営業マンです。
投稿: setu | 2010/08/14 03:19