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2010/09/29

日本のITコストはなぜ高いのか? 経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり

日本のITコストはなぜ高いのか?
「日本のITコストはなぜ高いのか?」 経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり
森和昭 2009/09 日経BP企画/日経BPマーケティン 単行本 207p
Vol.3 No.0153 ☆☆☆★★

 1940年生まれの70歳。その名も「日本サード・パーティ株式会社」の代表取締役というお人。なかなか元気がいいし、妥当性がありそうでもあり、自らの社員を鼓舞するためのPR本のようでもある。

 かつては国内の損害保険会社が市場を独占していたために、供給サイドの思惑で保険料が設定されていた時代がありました。その後、1996年から始まった金融ビッグバンに伴う規制緩和によって、海外損害保険会社が次々と参入し、年間の走行距離に応じた保険料の設定や、多種多様な無料付帯サービスの提供など、保険契約者が納得のいく、安価な保険商品を日本市場に提供し始めました。

 これにより必然的に、それまで無風状態だった日本の自動車保険市場にも競争原理が働くようになり、ユーザーに選らばれるための保険の開発と価格の適正化が進み、今日に見られるような健全な競争市場が確立したのです。p33

 この方、最初から最後まで、ITサポートのコストと損害保険を比較しながら、その違いを述べ、いかにITサポートのコストを下げるかに論旨を展開する。内部のことをよく知っている人だから語れる部分と、内部のことを知っているからこそ、言いくるめてしまうことができる部分がありそうで、なんだか眉唾の部分もある。

 そもそも日本の損害保険の状態が「健全な競争市場」になっている、という認識は正しいであろうか。当時30社以上あった損害保険会社は、合併につぐ合併により、10年後には結局はメガ損保三社に絞られてしまったではないか。つまり、競争するためには、それだけの食欲のある強者しか生き残れないのだ。

 一人はみんなのために、みんなは一人のために、というそもそもの相互扶助の思想に支えられていた損害保険は、一社一社さまざまな歴史を持っており、それぞれが個性的な歴史を持っていた。それを一緒くたにしてしまったのは、ある意味では金融ビックバンの悪弊なのである。

 ましてや、「次々と参入した」とされる海外の損保会社などもともとチェリー・ピッキングで美味しいところ取りしただけで、全体を考えるような公共性の高いサービスを開発したことなどなかった。「多種多様な無料付帯サービス」など提供したことなどなく、もともとの保険料の中に含まれているのである。無料でなどであるはずがない。

 むしろ、いろいろ特約や差別化によって、市場の原理が混乱し、結局はコストが高まり、保険料は相対的に上昇しているはずである。それを圧縮するためにリストラをくりかえし、販売ルートをいじくりまわすことによって、顧客も混乱しはじめている。

 「年間の走行距離に応じた保険料の設定」など、むしろモラル・リスクを生みやすく、そもそもそれを性格に測定することなどできない。結局は、各社、その特約の名残りはあったとしても、単なるデコレーションのひとつにすぎない。

 つまりは、海外損保の参入など、牧場に飛び込んできたネズミ一匹に、牛たちが大騒ぎして、お互いに角を突き合わせて、パニックに陥ってしまっている状況によく似ている。あれだけあった特約も結局はシンプル化の方向に戻っているし、保険料の個別化とはいうものの、結局は「大数の原理」が保険料の基礎であれば、各社にそれほどの違いがあるわけはない。

 結局は、崩壊した損保会社などは、本業の失敗ではなく、慌てた上層部が、本業以外で儲けようとして投機筋に走り、つぶれたのだ。9.11で崩壊した日本の保険会社など、本業に専念していれば、何の問題もなかったのではないか。すくなくとも、金融ビックバンで、日本の損害保険におけるサードバーティ勢力は一掃されてしまった。

 しかし残念ながら、日本のIT保守市場には、欧米のIT保守市場のような健全な市場形成はありません。ある省庁では、国内大手ITメーカー6社によって、約100のシステムが分担されていて、各社とも他者のシステムへの競合参入を行わず、暗黙のうちに「既得権」として自社が導入したシステムを守り続け、当然のことながら運用・保守業務も競争にさらされることなく受託し続けていると言われています。先に挙げた自治体の例と同様に、必要以上に多額の運用・保守費が支払われている恐れもあるということです。p33

 本書は企業や公共団体、事業所におけるITコストについて書かれているわけなので、個人ユーザーの立場とは違うが、本当に公共団体のITコストをカットすることを考えるなら、オープンソースを活用したボランティア活動などを組み合わせたスタイルを推進するほうが妥当性があるように思う。本書は、結局は、大手サービス会社を渡り歩いたその道の猛者が、大手から飛び出してサードパーティな会社を立ち上げ、大手からから仕事を隙間産業的に奪い取ってこようとしているだけなのではないか、と、うがった見方をしてしまう。

 なぜ日本のITコストは高いのか、を理解するには、本書はすこしは役に立つ。なるほどそういう見方もあるのか、そうだったのか、とその道のプロに話しをうかがうことは大切なことだ。しかし、「コスト高」=悪、と決めつける姿勢は正しいだろうか。デフレ・マーケットは行き着くところまで行きついている。むしろインフレに市場を導こうとする案さえ真面目に検討されている。

 著者が絶賛した損害保険業界は、むしろこの何年かは保険料の値上げに向かっている。今の状況が続けば、まだまだ値上がりしていくだろう。それはリストラが不足しているとか、努力が足りないという問題ではない。むしろ健全に成長するには値上げさせるしかない、という状況に至っているのである。

 この本一冊においては、いわゆるITサポートコストについて書かれているのであり、その業界について詳しい著者のさまざまなリポートは興味深いことがたくさん書かれている。しかしながら、「経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり」と、一点突破する姿勢には眉唾にならざるを得ない。それは自らの「サード・パーティ」勢力に仕事を運んでくることになるかもしれないが、全体のことを本当に考えた結果だとは私には思えない。

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