« 最近どうもついていけないという人のためのIT入門 | トップページ | 日本のITコストはなぜ高いのか? 経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり »

2010/09/28

電子出版の構図 実体のない書物の行方

電子出版の構図
「電子出版の構図」 実体のない書物の行方
植村八潮  2010/07 印刷学会出版部 単行本 275p
Vol.3 No.0152 ☆☆☆★★

 当ブログにおいても「Kindle解体新書」とか「キンドルの衝撃 」へのアクセスは飛びぬけて多い。世は電子書籍とやらへの関心がピークに達しているようにも見える。アクセス数だけを稼ぐつもりなら、この話題をずっと引っ張っていくのは、極めて効率的であるようだ。

 ただ電子出版の歴史は、必ずしもこの数年、空から降ってきたようなテーマではない。すでに10年、20年の単位で歴史が続いており、しかも、必ずしも成功譚に満ち満ちているわけではない。ある意味では、思考錯誤の連続であったということもできる。

 この本は、株式会社印刷学会出版部が発行する「印刷雑誌」に1999年~2010年に連載された記事をまとめたものである。あまり聞かない名前の雑誌だが1918年(大正7年)創刊の90年以上の長い歴史を持つ業界誌ということになっている。

 せんだいメディアテークは市民図書館であるとともにギャラリーやスタジオなどを備えたメディア参加型施設である。伊藤豊雄設計で、チューブと呼ばれる鋼管がフロアを支えるデザイン志向の強いユニークな建物である。地階には針生(英一)さんらの働きで活版印刷機と鉛活字をそろえた「工場」がある。市民が参加できる活字組版のワークショップも開かれている。活字組版を知らない編集者も増えており、見学会のメインイベントとなった。p74「コンテンツとオンデマンド」

 編集、印刷、出版、となれば、実に長い長い歴史ストーリーが続いてくることになる。この数年、あるいは、この数カ月、一気に噴出したかのような電子出版の話題ではあるが、実は、長い長い物語の、ごく最近の目立った話題でしかない。

 キンドルだ、アイパッドだ、と、やたらと景気のよさそうなニュースにつられて、つい衝動買いしそうになるが、この本を読むと、少なくともこの10年間の出版を取り巻く状況が理解できるし、また、書籍にまつわるインターネットの世界、そして、現代人の嗜好性、あるいは、日本やアメリカを代表とする各国の出版が置かれている状況の違いが見えてくる。

 この本を読んでいると、はやる気持ちがだんだん鎮静化してきて、落ち着くのやら、意気消沈するのやら、ちょっと出鼻をくじかれるような気分になるが、やはり、ここは一歩退いて、よくよく状況を理解しておかなくてはならない。

 「電子出版元年」というように何度となく「元年」が繰り返されており、いつの間にか潮が引くようにブームは去っている。2010年における電子書籍ブームが既視感にとらわれるのは、まさに繰り返されてきた扇情的言説がまた聞こえているからである。冷静な状況判断をするためにも、この12年を振り返ることが少しでも役立てないか、それが本書を執筆順とした積極的な判断である。p270「あとがきにかえて」

 「電子出版」に対する関わり方はさまざまあろう。単に一読者でしかない人もおれば、出版会を長い間の住処として来た人もいる。IT産業の一分野としか見ないマーケッターもいるだろうし、自らの職場が奪われるかもしれないと危機感を持つ書店関係者もいることだろう。

 しかし、この本を読むと、「革命」だの「衝撃」だのとお祭り騒ぎのわりには、電子出版は地味で、難解で、簡単に解決できない問題をたくさん抱えていることが分かるだろう。長いスパンの中で、じっくり電子出版を見つめてきた人ならではの視点が、キラリと光る。

|

« 最近どうもついていけないという人のためのIT入門 | トップページ | 日本のITコストはなぜ高いのか? 経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり »

40)No Books No Blogs」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 電子出版の構図 実体のない書物の行方:

« 最近どうもついていけないという人のためのIT入門 | トップページ | 日本のITコストはなぜ高いのか? 経済復活の突破口は保守契約の見直しにあり »