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2010/10/18

ルポ現代のスピリチュアリズム<3>

<2>よりつづく

ルポ現代のスピリチュアリズム
「ルポ現代のスピリチュアリズム」 <3>
織田淳太郎 2010/03 宝島社 新書 239p
☆☆☆☆★

 先日ざっと目を通して返却したはずなのに、また配本されてきた。他の図書館へのリクエストだったので、多分、何らかのスタッフの手違いで二重に登録されてしまっていたのだろう。まぁ、しかし、それは「もう一度読みなさい」という天の配剤かもしれない。この本をもう一度読みなおすとしたら、ポイントは結構ある。

1)めるくまーる社の和田禎男・前社長のライフストーリーを追っかけてみる。日本の「精神世界」に多くの本を配本してきた有数の出版社の物語。

2)「超能力少年」清田益章のライフストーリー。その能力の真偽も含めて、再検証してみる。

3)多くの「スピリチュアル」な本の邦訳に携わってきた山川紘矢・亜希子夫妻のライフストーリー。現代においての「スピリチュアル」とはどういうことなのか、あらためて問い直してみる。

4)「星の教団」解散宣言に至ったクリシュナムルティのそれまでの人生と、それ以降のライフストーリー。19世紀~20世紀~21世紀と流れる「神智学」をとらえ直す。

5)各章に散在するOshoの言葉を玩味し、あらためてその出典などを読みなおしてみる。Oshoがどのように「現代」とともに生きてあるのか、直視する。

 その他、繋がりをみつけようとすれば、もっといろいろ見つけることができる。しかし、この本自体が散漫な風景描写に流れていることが多いので、突っ込んで行っても、はてさて、その後のイメージが湧いてこない。

 1)和田氏はOshoの理解者ではあったかもしれないが、サニヤシンとなった人ではなかった。彼が手がけた本によって、日本においてはOshoに触れた人も多い。しかし、彼は有名人でもなければ、個人的なプライバシーを他者に無遠慮に語られることは望んでいないだろう。むしろ、いずれ、ご本人の自伝的な書物として出版されてきたら、むしろ、その時にこそ多いに語られるべき内容だと思う。

 2)清田氏においては、むしろ語られすぎて、いびつな印象が残ってしまっているので、本書において、すこしでも訂正されたのはよかったのではないか。当ブログにおいては、いわゆる超能力的な本は扱っていない。語るだけの準備はない。しかし、そのような現象はない、と断言する根拠もない。いつかはもっと、この分野をおおっぴらに語られる時がくるのだろうか。

 3)山川夫妻が関わった本は、あまり好きな分野ではない。しかし、そのおびただしい量の仕事をまったく無視して読書を続けることはできなかった。当ブログでは何冊も読んだ。どこまでも残っていた違和感だったが、この本を読むことによって、すこし心が和らいだ部分もある。ここまで来ると、あとはもっと絞り込みが必要だろうと思う。

 4)クリシュナムルティについては、当ブログも遅ればせながら追っかけを始めている。ひとつのベースとなる話題としては不可欠とも言える。ただ、惜しむらくは彼を「現代」に問うことができないところだ。あるいは、当ブログはあの流れを「現代」に問う方向を探しあぐねている、と言ってもいい。それを探しにいく旅は、いずれ再開されるべきだろう。

 5)Oshoは当ブログの主テーマだ。しかしながら、こちらも歩みは順調ではない。個的な探求というよりは、ネットワークや仲間達とあることの重要性をことあるごとに感じる。この本に引用されているOshoは、ごくごく一部であり、むしろこのような形でピックアップできる立場がうらやましい、と思ったりする(笑)。

 その他、本当はこの手の本が大好き。今後も各人、各方面から、この手の本がどんどんでてきてほしいな、と思う。

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