« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月の35件の記事

2011/01/31

臨死体験 立花 隆

臨死体験〈上〉 (文春文庫) 臨死体験〈下〉 (文春文庫)
「臨死体験〈上〉」 「〈下〉」 
立花 隆 (著) 1994/09 文芸春秋社 単行本 p441 p467
No.0232~3 ★★★☆☆

 いつかは読もうと思っていた本、このタイミングでめくってみることになった。

 42歳のときに、モンローは突然体外離脱を体験した。ある日の午後、長椅子の上で横になっていると、強烈な光に照らされたような感じがした。それとともに自分の全身が激しく振動するのを感じた。驚いてその振動から逃れようと必死でもがくうちに、もとにもどった。これと同じような現象が、その後何度も起こるようになった。やがて、振動とともに、直径60センチばかりの電気スパークの輪のようなものが出現した。はじめそれは、自分のまわりにあったが、やがてゆっくりと下に降り、足の先まで下りるとまた上にあがってきた。それが何度も繰り返され、その動きとともに全身も上下動した。立花 下巻 p186

 現在の当ブログは、ヘミシンク、あるいは、ロバート・モンローについてのアトランダムな記事の追っかけだから、その全体についてはよく見えていないばかりか、細かいディティールにも、あまりこだわってはいない。むしろ、立花隆あたりのレポートによる、客観的な見地からの言及がほしいと思っていた。

 立花隆の本は、最近、古書に属する「宇宙からの帰還」を再読した。彼については、「立花隆先生、かなりヘンですよ」などという学生からの反論があったりする。彼はジャーナリズムの世界に生息する存在で、この上下本も、1991年8月から1994年4月にかけて「文芸春秋」に連載された記事をまとめた読み物として作られており、必ずしも、趣旨一貫する「意識の探究」本ではない。

 だから、ヘミシンクへの言及も、大量の読書から始まって、いくつかのインタビューを交えながら、大衆受けする文体に並べ直す、という作業の中で行われているので、いずれが事実であり、いずれがイマジネーションか、という判断材料とするには、根拠が乏しい。

 ただ、いわゆるジャーナリスト・タイプの文筆家として、未知の分野に分け入る勇気、実際に可能な範囲で自ら体験してみようとする姿勢、そして最終的に、ものごとを鵜呑みにせず、「眉唾」的に距離を置いてものごとを見つめようとする態度は、ことヘミシンクなどの「神秘」な世界においては、通りがかりの一読者としてみれば、なかなか好感が持てる。そして、その姿勢は、時には大きな欠陥ともなる。

 この下巻の後半には、スタニスラフ・グロフのホロトロピック・セラピーについての言及もある。その他、興味深いことが連続して書かれているが、物事がどうも横断的で、興味本位で終わっている気がする。

 そもそもジャーナリズムとはそういう立場なのであろうが、頂上を目指す「道」についてだけ取材し、「頂上」そのものには登ろうとしないような、徒労感を感じる。達成感がないのである。多少は知識深くなるかもしれないし、物知りになるかも知れない。だが、決定的な最深なものを敢えて見ようとしないで、通り過ぎようとするところが、もの足りない。

つづく・・・・・かも

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/30

The Osho Upanishad<3>

<2>よりつづく 

Upanishad
The Osho Upanishad <3>
[Osho (著) 1986/11 出版社: Rajneesh Foundation Intl ペーパーバック: 1032p 言語 英語,
★★★★★

Long forgotten, one of the most beautiful words in any language, a very living word, `upanishad' means sitting at the feet of the master. It says nothing more: just to be in the presence of the master, just to allow him to take you in, in his own light, in his own blissfulness, in his own world. And that's exactly the work of a mystery school. Osho P2

 さまざまな道があり、様々な言語体系、あらゆるアルファベットが使われてきた。ひとつひとつを比較調整していったら、延々と尽きるところのない迷路が待っている。たまの道草は楽しいものだが、ついつい興にこうじてしまい、ついぞ、目的地を見失ってしまう時さえある。

 例えば、ニーチェの「ツァラトゥストラ」を読み比べてみても、ジブラーンの「預言者」を読み比べてみても、各人各様の解釈があり、各人各様の受け取り方がある。結局は、それを読み、メッセージを受け取ったものが、いかに自らの実存として、いかに自らのライフスタイルとして、それを生きていくかにかかってくるわけだ。

 Oshoの講話を、どのように受け取るかは、受け取る側に全面的に任されているわけだから、百人百様の受け取り方があるに違いない。例えば、Oshoの語るツァラトゥストラを、他の「解説者」たちの文献と比較しながら読み進めることもできるだろうし、Oshoのカリール・ジブランを、他の本と並べて語ることも、可能ではあるだろう。

 しかし、それでは、全面的に何かが失われてしまうような気がする。OshoにはOshoのアルファベットがある。同じ様な言語体系を使いながら、OshoはOsho独自の、まったく別次元の世界を指差していることがある。その表面の言語ではなく、その指し示そうとしていることに留意していないと、ポイントを見失うことも多々ある。

 この時、Oshoは、アメリカを離れ、ワールドツアーで21カ国を訪れたあと、ようやくと言っていいのか、インドへと戻ってきたタイミングだった。ようやく「神秘家の道」を語ったウルグアイに逗留できたものの、永住の地ではなかった。ボンベイの地をふたたび踏んだOshoを、待ちわびていた人々がいた。その前でOshoは再び講話を始めた。

 ここにおいてのキーワードは、ウパニシャッド、そして「at the feet of the master」だ。字義については、さまざまな解釈が横行しているが、それらを横並びして解釈しても、Oshoの場合は、どうにもならない。Oshoにおけるウパニシャッドは、Osho独自のものだ。Oshoを抜きにはあり得ない。タイトルも「Osho Upanishad」となる以外にないのだ。

 at the feet of the master、このタイトルは、クリシュナムルティが13歳のときに、アルシオンの名前で出したとされる「大師のみ足のもとに」と同じものだ。ミステリー・スクールとは一体なにか。神秘の神秘たることとはどういうものか。

 すべてが円環しており、すべてがここからここへの旅だったとすれば、時間を区切って表現することなどほとんど意味をなさない。インドを旅立って、インドに戻ったOshoにしてみれば、ここはひとつの円環のタイミングではあった。しかし、それは単なる7年とか、インドからインドへ、というスケールではなく、ゼロからゼロへ、ここからここへの円環でしかなかっただろう。

 ミステリー・スクール。その名も魅惑的ではあるが、OshoはOshoの独自の世界を指差していた。道は長く、道は多い。しかし、いつかは円環のサークルを閉じることになる。その時、その接点はゼロとなる以外にない。さまざまな道がある。さまざまな潮の満ち引きがある。そして、今ここに立ち戻る時、すべてのことはゼロへと、あるいは無へと、空へと、導かれる。

<4>につづく

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/29

究極の旅―体外離脱者モンロー氏の最後の冒険

究極の旅―体外離脱者モンロー氏の最後の冒険
「究極の旅」―体外離脱者モンロー氏の最後の冒険
ロバート A. モンロー (著), Robert A. Monroe (原著), 塩崎 麻彩子 (翻訳) 1995/07 日本教文社単行本: 336p
Vol.3 No.0231 ★★★☆☆

 ヘミシンク創設者のヘンリー・モンロー、3冊目にして完結編。出版されたのが1994年で、邦訳が1995年にでた。このタイミングが必ずしもヘミシンクにとっては最適とは言えなかったであろう。当時の日本の世相を考えると、むしろ逆風が荒れていた、というべきだ。

 モンロー研究所が1971年に誕生し、1976年にはカリフォルニア州ビックサーのエサレン研究所でその方法論を実証するワークショップを開催p306したということだから、ひょっとすると、「エスリンとアメリカの覚醒」にも、その記録が残っているかもしれない。

 そう思って、かの本をペラペラめくってみたが、もっと丁寧に読まないとその痕跡は見つけられないだろう。1976年と言えば、エサレンのセラピスト達が大挙してプーナに移動した時期であり、その「方法論」に何事かの妥当性があれば、Oshoアシュラムにおいてもヘミシンクは展開されたであろうが、その痕跡も今のところ見つけてはいない。

 この本、「究極の旅」と名づけられている。もともとのタイトルが「Ultimate Journey」だから、まさに究極の旅と翻訳される以外にないだろうと思われる。そう言えば、Oshoにも「究極の旅」という日本語訳があったが、あちらの原題は「The Search」である。

 ブルース・モーエン「死後探索1」、坂本政道「『臨死体験』を超える死後体験」、に続いて、アトランダムにヘミシンク関係の書籍を手にとったわけだが、興味深いところがないわけではないが、ほとんどを飛ばし読みすることになった。

 たしかにその「方法論」には新しい何かが存在しているような気もするが、個人的な過去生体験をいくつも聞かされても、脈絡なく出版される個人史を聞かされるようなもので、あまり心地のよい体験ではない。

 そもそも50年だろうが、80年だろうが、ひとりの人間が一生を生きていけば、それなりのストーリーが出来上がる。最終的に、死に際して、すべてをうまくまとめることができるかどうかはともかくとして、もし関心があるのなら、物語として一冊の本にすることはできるだろう。

 この人生しかなくて、過去も未来もない、と思っていた人にとって、過去生があったことを発見したことは慶賀に堪えないが、かと言って、その過去生が、第三者にとって、どれほどの重みがあるものだろうか。

 さらに言えば、たしかに私個人ひとりにおいても、過去生の重みはあるだろうが、そのことを思い出すことにやっきになること自体、この生をおろそかにすることにすらなりかねない。この生を一生懸命生きていた中で、適時、思い出され、作り出された過去生なら、それはそれなりに存在の妥当性があるように思う。

 体外離脱も過去生や転生も、ないとは誰にも言えない。しかし、ある、とも実証はされていない。いくら、右と左のイヤホンから違った音を聞いてイメージを湧かせたからと言って、そのイメージに意味を込めすぎるのはいかがなものか。

 もし当ブログが現在関心をもとうとしているものを問われたら、「意識を意識する」ということだから、そのイメージを浮かべている、そのイメージの外側の問題なのだ。つまり、図地反転して、その雑念や魔境とさえ思えるイメージではなく、それらさえも浮かべることのできる大きな意識についてなのだ。

 この本の巻末には「用語解説」などの「付録」がついている。ことほど左様に、ヘミシンクの世界は、それなりに造語や新語が、独自の意味付けで使われている。これらひとつひとつのアルファベットに慣れるまで多少の時間が必要だ。ただ、あまりに造語して独自の世界を創ることに執着するよりも、もっと誠実に、過去の人類の功績を受けとって、「伝統」の中に類似点を見つける作業も必要なのではないだろうか。

 かつて、音ではないが、サングラスのような器具の裏側にパターン化された光源をしかけた、たしかシンクロナイザーとか呼ばれたシステムがあった。あれはあれで「効果」はあったと思われるが、ヘミシンクほどにはその効果は「意味付け」されていなかった。

 過去生や体外離脱に紐付けされているシステムであるがゆえに、「効果」があるのかもしれないし、また、その世界を狭めているかもしれない。もう少し、つかず離れずの距離感で行ってみようか。 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/28

The Osho Upanishad <2>

<1>よりつづく

Upanishad
The Osho Upanishad <2>
[Osho (著) 1986/11 出版社: Rajneesh Foundation Intl ペーパーバック: 1032p 言語 英語,
★★★★★

Today, this moment: 7:00 pm, Saturday, the sixteenth of August of the year 1986 -- one day this moment will be remembered as a historical moment, and you are blessed because you are participating in it. You are creating it; without you it cannot happen. Books can be written, can be dictated to a machine, but what I am going to start is totally different. It is an UPANISHAD. Osho p2

 この本、かなり厚い。いざ読もうと思ってカバンに入れて持ち歩くには、ちょっとかさばり過ぎるし、なにか仰々しい。そこで考えたのが、ネットからスマートフォンにダウンロードして、ワード文書PDFとして持ち歩くこと。これが簡単にできた。わが愛機IS01はアンドロイド端末でバージョンの1.6止まりが決定しているのだが、どうしてどうして、機能としては十分だ。5インチ横広画面がかなり便利だ。

Osho_upanishad_2

 Oshoにはたくさんの講話録があり、さまざまなことが語られているけど、こういう形で、月日を限って発言されることは、珍しいのではないだろうか。それだけ、Oshoの、この講話にかける意気込みが伝わってくる。

 

 1986年8月16日土曜日、午後7時。人々は、この日時にどれだけの注意を払っているだろうか。数ある月日の、単なる一瞬でしかないのではないだろうか。私自身も、この日時に特別の想いは特になかった。少なくとも、この本を読もうと、思い立つまでは。

 

 インド時間は日本より3時間半遅れになるので、日本のリアルタイムでは午後10時半以降のことだ。この日、陰暦で言えば、7月11日。月はどんどん大きくなる段階だ。この年のこの直前、私は、奈良県の天河神社にいた。前年、シャンタンやヨシローに連れられて、天川神社の七夕祭りに参加した。天の川を祭る天河神社にとって、七夕祭りは、特別な意味がある。

 

 前年参加した時も、8月のちょうどお盆休み前後のことではあるが、陰暦でいうところの7月7日だった。そして、86年の夏休みにも、天河神社を参拝したところ、別にスケジュールを調整したわけじゃないのに、その七夕祭りの前日に到着することになったのだから、不思議というしかない。

 

 河原にテントを張ってキャンプインし、祭りに参加した。いろいろな体験をした。具体的には、いくつかの予知夢をみたりした。これはたわいのないものであったが、一緒に言った友人との共同体験となったのだから、私自身は、予知夢というものはあり得るのだし、証明さえできるのだ、という実感を持った。

 

 最近だと、阿部敏郎の「神随(かんながら)--意識の扉を開く鍵」という「小説」に、天河やシャンタンがでてくる。小説だから、事実関係とは異なるだろうが、この小説においては時代設定は1989年ということになっているから、それを遡ること3年前のことである。

 

 私はメモ魔でもないし、こまかく日記をつけておくようなタイプの人間でもない。だから過去の日時についてはあまり記録が残っていない。しかし、なぜか毎年使っている手帳はこの30年間ほど、全部ひとまとめにして保存してある。

 

 全部、と言いたいのだが、違った。今回、この日時が気になって、さて、ホントウにそうなのかどうか調べようと思った。ああ、それなのに、それなのに、1985年の手帳も残っているし、1987年の手帳も残っているのに、「なぜか」1986年だけが見当たらないのである。

 

 もしあの年の手帳がでてきたら、この日時を特定できたであろうに。まぁ、いいか。出るべき時に、出るべきタイミングで発見されることであろう。そもそも、アガータが、アガルタに関連するのではないか、と、ようやく気付いたは1993年になってからであった。あの時点から7年が経過していたのである。

 

 そして、そのことを明確に口にするようになったのはそれからさらに14年後。つまり1986年の21年後になって、ようやくあの体験は実体を帯び始めたといえる。さらに言えば、1990年の1月19日に肉体を離れたOsho。あれからちょうど21年が経過したのが、現在の、この2011年1月、というタイミングなのである。

 

 とりあえず、もっとこまかいディティールは、ことの進行とともに、より明確になってくるだろう。とにかく、あの時、Oshoのミステリー・スクールはボンベイでスタートした。そして、遠く離れた日本でうろちょろしていた私にも、キチンとメッセージは届いていたのである。

<3>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/27

未来型サバイバル音楽論

【送料無料】未来型サバイバル音楽論
「未来型サバイバル音楽論」 USTREAM、twitterは何を変えたのか
津田大介/牧村憲一 2010/11 中央公論新社 新書 253p
Vol.3 No.0230 ★★★☆☆

 そもそも歌に値段をつけること自体がおかしいんじゃないかな。新宿フォークゲリラ以来、歌はもっと本質的な何か、もっと別なものとしてわが心には存在する。著作権なんて糞食らえ。ギター一本四畳半フォーク。だいたいよしだたくろうが出たあたりから音楽業界とやらがおかしくなった、などと言ってみる。

 若い時に花屋さんになろうと思ったことがある。だけど、花屋さんにならなくてよかった。花屋さんになったら、花を見る度、その花の価値を値段で決めてしまいそうだ。花はナンボだっていいじゃないか。きれいだと思えば、絶対にきれいなんだもの。大根の花だろうが、野の道の花だろうが、きれいなものはきれいだ。バラだの、蓮だの、ランだのと言う花だけがきれいなわけじゃない。

 だいたいにおいて、歌に値段があること自体おかしい。生まれたばかりの初孫を抱っこして、ジジバカ2号はなにかの童謡を思い出しては、歌う。聞いているのか、いないのか、だけど、じさまは一生懸命歌うぞ。歌に値段なんてあってたまるか。替え歌、うそ歌、めちゃくくちゃな歌、大歓迎。生まれたばかりの孫と発声練習。

 津田大介。ツイッターとやらとともに売り出し中。この本で二冊目か。「ツイッター社会論」。当ブログにおいては、決して得点は高くない。ただ、直接話したこともあるし、講演も聞いたし、この本も宣伝していたので、すこしは義理堅く、この本には目を通しておかなくてはならないだろう。

 著作権とやら、いろいろありそうだが、なんだかな~。自分は自分で好きな歌を歌うぞ。人に聞かせる歌なぞ、ホントの歌じゃない。歌は自然にでてくるもの。自然の中に溶けていくもの。風の中に消えてしまうもの、それが歌でしょう。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/26

The Osho Upanishad <1>

Upanishad
The Osho Upanishad <1>
[Osho (著) 1986/11 出版社: Rajneesh Foundation Intl ペーパーバック: 1032p 言語 英語,Vol.3
No.0229 ★★★★★

 まずは、ここから再開しよう。 この本、初版は1986年11月だ。1986年8月16日からボンベイで語られた講話だ。 この本に当ブログがこだわった理由、あるいは戻ってきた理由は、この日付にある。読まれるべきOshoの本は膨大だ。読んでも読みつくせないし、読むべきタイミングというものもある。

 この本の初版はいつの間にか私の蔵書の一冊となっているが、通して読んだことはない。もともと英語は得意ではないし、それでなくても他の日本語訳も全部読んでいないのに、相当の必要性がなければ英語本は読まず、ほとんど翻訳グループにお世話になっている。

 しかるに、この本に今回、焦点を合わせようというのは、この日付にある。あの時の私と、あの時のOshoは、どういう位置関係にあったのか。私の側からはOshoは見失われていた。私の側からはOshoの不在としか見えなかった。あの時、Oshoはどこにいたのか。

 正確にこの日付ではないかもしれない。さまざまな記録を突き合わせていけば、日付は特定できる。ただ、そのような検証は、もうすこし後でいい。「神秘家の道」「ニューマン」の狭間にあって、私に強い光を照射つづけていたもの。それが今、解き明かされるかもしれない。

 無意識層の中に降りていこうと思った。それはそれで面白そうなのだ。実際、すでにあれから四半世紀というもの、ただただ漂ってきたではないか。更にもう四半世紀、漂うこともできるだろう。でも、その時、私の今回の生も限界にきているだろう。今回の生でやらなければならないことは、あまりに多い。そして、残された日々は次第に少なくなりつつある。

 どこまでも遠回りしつづけることもできるだろう。後回し、道草、怠惰、忘却、無意識、眠り、闇、暗黒・・・・・。それはそれでいい。その楽しみ、被虐的ではあるが、その楽しみもないではない。ああ、それはそれで面白いのだ。しかし・・・・・。

 いつまで経っても糸口は見つからない。いや、見つけても、見ないふりをし続けている。分からないふりをする。そうではあるまい。どこかで、ひとつのきっかけをつくらないといけない。切り開くような鋭利な洞察が必要だ。まるでナイフのような。

 この本、すでにオンラインで全文が読めるようだ。そして部分的にではあるが、日本語訳もネット上にある。あるいは進行の途上で、もっと何かが飛び出して来そうだ。まずは、ゆっくり離陸だ。本を読むことは、本当は目的ではない。むしろ、それは邪魔になるかもしれない。ここでの目的は、焦点を合わすことだ。フォーカシングだ。

 ある中心に望遠レンスの焦点を合わせれば、そのポイントだけではなく、周囲も見えてくるはずだ。そしてその前後にある物事も、位置関係として見えて来るに違いない。そして、いずれは全体が見えるだろう。遠くのものは見えない。近くすぎても見えない。適度な距離が必要だ。どこまで合わせられるのか。

<2>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/25

「臨死体験」を超える死後体験 ヘミシンク モンロー研究所

【送料無料】「臨死体験」を超える死後体験
「『臨死体験』を超える死後体験」 米国モンロー研究所のヘミシンク技術が、死後の世界探訪を可能にした!
坂本政道 2003/04 ハート出版 単行本 252p
Vol.3 No.0228 ★★☆☆☆

 ヘミシンクとやらのテクノロジー並びに瞑想法になにごとかの可能性があるのだろうか、とブルース・モーエンの「死後探索」 をめくってみたのだが、簡単になじめるような内容ではなかった。そこで方向性を変えて、日本人の体験者の本を読んでみることにした。前書の翻訳者でもある著者は、なかなかのエリートでもあり、IT産業にかかわりヘッド・ハンティングによってアメリカ・カナダに10年以上滞在していた人である。

 1954年生まれという、私と同世代という親近感もあったのか、この本、読み出しはとても読みやすかった。その表現方法、物事に対する態度、勇気、好奇心。なかなかの好漢だと思える。彼が初めてヘミシンクを体験していく中で、読者も一緒になって、そのセッションを疑似体験していくような気分になる。

 しかし、好感はそこまでだった。後半になると、個人的なトリップが全面にでてきて、読者としては邪魔はしないまでも、どうぞ御勝手にと、限りなくつきあいをしていく気には全然なれなかった。むしろ、そのような他人の無意識層に引きずり込まれたら困るな、という直感さえ働いた。だから、こまかいディティールは一切読み飛ばした。危ない。

 著者は、もともと死後に強い関心を持っていて、ヘミシンクのセッションをやる前から体外離脱体験があったようで、それをもっと知りたいという衝動をヘミシンクにぶつけたわけだから、それはそれとして妥当性があったのだろう。だが、この本だけでは、ヘミシンクの「臨死体験」を超える死後体験を理解せよ、というのは無理である。むしろ危険であると思う。

 仮にヘミシンクに実際そのような効能があるとしても、万人にそのセッションが活用できるとは限らないし、その効能でさえ、個人的なトリップであって、客観的に共同認識できるものではない。また、他人とっては、実はどうでもいいトリップなのである。周囲にいる人々にとっては多少は縁もあるかも知れないが、むしろ、この程度のことなら、今生の縁をもっと大切にした方が妥当性がある。

 体外離脱現象がないとは言わないし、過去生について知ることも悪いとは思わない。チャネリング現象についても、それはそれでいいでしょう。しかし、そこからもっと大きなビジョンが広がってこない。例えば、科学者にしてさらに神秘の目をもつ「月面上の思索」のエドガー・ミッチェルのような地平が開けてこない。きわめて矮小な個人トリップの殻の中に逃げ込んでしまったようなイメージを持った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/24

ニューマン 未来への唯一の希望 <6>

<5>よりつづく

New_man
「新人類」 ― 未来への唯一の希望 <6>
Osho スワミ・パリト-ショ訳 瞑想社 1989/02 出版:めるくま-る 153p

 小さなこの本は「Osho、人類は生き残れますか?」というQ&Aで終わっている。他の部分はほとんどが1987年5月の「Golden Future」からの抜粋だが、この部分だけは、1986年5月のウルグアイでの講話「神秘家の道」から抜粋されている。

 同じ講話のテープを元にして同じ翻訳家によって翻訳されたものだが、翻訳された時期が20年近くも違えば、ニュアンスも微妙に異なっている。ここは、この本の紹介でありながら、新訳をの方を転記させてもらうことにしよう。

 今日の人類に必要な最も重要なことは、人類が過去に裏切られたという自覚だ。過去を継続することに意味はない。継続すれば人類は自滅へと向かうだろう。

 確実に、早急に、新たな人類が必要とされている。

 新たな人類は従来の意味の社会にはならない。それは個人が部分でしかない社会にはならない。新しい人類は個人の集まりとなる。新たな人類では個人が主人となり、社会が個人に仕えることとなる。それは多様性を持ったものとなる。新たな人類にはたくさんの宗教はない。あるのは宗教的な意識だけだ。創造主として崇められる独裁的な神はいない。そうした神がいるということは、人類が奴隷であるという意味を含んでいるからだ。新たな人類には究極の達成の質、光明の質としての神性さがある。神は至る所に、あらゆるものに、あらゆる存在に広がる。

 個人への方向付けは初めてなくなる。個人は自分自身であるように促され、どんな理想もどんな規律もどんな特定のパターンも、与えられなくなる。個人は自由への多大な愛のみを与えられる。そうした個人はすべてを、自分の命さえも投げ出すことができる。しかし自由を犠牲にすることはできない。新しい個人は抑圧しない。新しい個人は自然で抑圧せず、自分にあるものをすべて表現する。植物が様々な色や香りで自らを表しているように、ひとりひとりが自らを様々に表現するようになる。

 新しい個人は、人間はみな平等だという間違った考えを抱かない。人間は平等ではない。人間はひとりひとり異なる。これは平等よりも、もっと高度な考え方だ。新しい個人は平等ではないが、彼らは自らの潜在する力を、それがどんな素質でも、それを育むための平等な機会を与えられるようになる。Osho「神秘家の道」p686「言葉は磔にはできない」

 さっきまで、なんとかアガルタ探検隊の無意識層へと下降しようとしていた。この四半世紀、胸の奥につっかえていた滞りに対して、なんとか手を打って終了しようと思っていた。そして、実際に何冊かを手にとり、一冊一冊論破するなり批判的に読むなりしようとしていた。

 しかし、急に理解が起こった。それはもう必要ない。当ブログにおける「アガータ 彼以降やってくる人々」は、暗闇の地下社会の「アガルタ 来るべき民族」へとシンクロしていくべきではないのである。むしろそれは、「ニューマン Oshoと、やってくる人々」に昇華していくべきなのである。そしてまた、そこからさらにもっと純化されて、単に「ニューマン 新しい人間」というコンセプトに置き換えられるべきなのだ。

 本来、ニューマンとか、新しい人間、とかの表現され要らないのだろう。ラベルを打つことによって、さもそれが存在したり、独自の意味があるかのような錯覚に陥る。それではミイラ取りがミイラになってしまったと揶揄されてもしかたない。そして、それは言葉ではなく、自らの実存の中で、生きられるべきなにかなのである。

 夢枕獏「上弦の月を喰べる獅子」におけるアーガタなど、まだ未処理のテーマは残っているが、とにかくこのテーマはそろそろ店じまいだ。人生は短い。時間はタイトである。なにか、もっと有効な時間の使い方が見えてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/23

宇宙からの帰還

宇宙からの帰還 (中公文庫)
「宇宙からの帰還」
立花 隆 (著) 1983/01 中央公論社 ハードカバー 331p  
Vol.3 No.0227 ★★★★★

 エドガー・ミッチェルの「月面上の思索」2010/07を読みながら、強くこちらの本を思い出していた。当時、相当に話題になったし、自分も深い感動を覚えながら読んだ記憶が強く残っている。宇宙飛行士たちの宇宙での体験が元となったインタビュー記事が中心だけに、やや科学的記述が多く、また、ほとんどが軍の飛行士たちであってみれば、おのずと表現力や、思考の枠組みが偏っていたことは否めなかった。

 それでも、いつかは宇宙ロケットに詩人を乗せたい、という表現がどこかにあったことが強く残っていた。しかし、今回、エドガー・ミッチェルやラッセル・シュワイカートのインタビュー部分を再読して、いや、宇宙船にも、詩人は載っていたのだ、と痛感した。いや、彼らは詩人であり、なおかつ神秘家でさえあった。もちろん、バリバリの現代トップの科学者たちであることは当然のことだ。

 超能力を扱うには、まず、それにふさわしい精神の安定と感性の安定を得ることが必要だ。心の中からあらゆる日常的世俗的雑念を払いのけ、さざ波1つない森の中の静かな沼の水面のように、心を静寂に保ち、透明な安らぎを得なければならない。

 精神を完全に浄化するのだ。精神を浄化すれば、とぎすまされた鋭敏な感受性を保ちながら、それが外界からいささかも乱されることがないという状態に入ることができる。仏教でいうニルヴァーナだ。そこまでいけば、人間が物質的存在ではなく精神的存在であるkとが自然にわかる。エドガー・ミッチェル p297「宇宙人への進化」

 この25ページ程のインタビュー記事に表現されている彼の思索と、400ページ以上に渡る「月面上の思索」に展開されている思索は、まったく同じ方向性を向いている。そして、その四半世紀に渡る年月の間に、彼の思索はさらに研ぎ澄まされ、深く、広く、説得力をさらに加えたものになったことを確かめることができる。

 ティヤール(ド・シャルダン)はキリスト教の枠組みの中にいた。私も進化の方向は、神との同一性に無限に近づいていく方向にあると思っているが、私の考える神は、キリスト教の神ではない。ちなみに、ユングからも私は影響を受けている。人間が集団的無意識を共有しているという彼の考えは正しいと思う。しかし、その集団的無意識の根拠が原始時代から蓄積した経験の集積に求められるべきではなく、エゴから離れた意識の面においては、すべての人間がそれぞれに神につらなっているのだということに求められるべきだろうと思う。エドガー・ミッチェル p307「宇宙人への進化」

 シャルダンから大きな影響を受けたことを認めつつ、ミッチェルは、神概念をキリスト教の枠外に置く。一体に、私を始め、非キリスト教的人間は、西欧におけるキリスト教的基盤のあまりに頑迷なことに気づいていないかもしれない。いずれ、ニコス・カザンザキス「キリスト最後のこころみ」や「再び十字架にかけられたキリスト」、あるいはバチカン発行の「ニューエイジについてのキリスト教的考察」を読み進めることによって、このテーマにも触れていかなければならない。

 より深い認識に進むと、プリミティブな認識では有効であったイメージが有効でなくなる。神についても同じことだ。プリミティブな認識にはそのイメージがあっただろうが、より高次の認識ではイメージが成り立たなくなる。(中略)

 「はじめ」はわからないというほかない。誰にもわからないだろう。神秘体験によって神との合一体験を得た人にすら、ほんとのところは、「はじめ」はわからないだろう。あるいは、「はじめ」というのは、そもそもなかったのかもしれない。「はじめ」があるはずだ、というのは、誤れる前提かもしれない。エドガー・ミッチェルp309 「宇宙人への進化」

 現代科学者のトップグループに位置する立場にして、その表現しようとする意欲は詩人にも匹敵し、その思索はまさに神秘家と同じ地平を闊歩する。きわめてバランスのとれた人物の言葉には強い説得力がある。そしてそのような実存こそ、当ブログが、自己のものとして探究すべきものである、と痛感する。

 神秘体験というものは、なにも宇宙飛行船に乗らなければ体験できないものではないことを、ミッチェルも シュワイカートも他の飛行士たちも同意している。そして、宇宙に行ったからと言って、だれもが神秘体験をするものでもないことを彼らは証明している。

 それはひとつのきっかけであったにすぎない。21世紀に生きる地球人たちは、もうひとつの科学技術の先端であるコンピュータ・ネットワークを自家薬籠中のものとして使いこなしている。外的な地球を、宇宙に飛び出して目撃することもひとつの大きなきっかけとなるのなら、インターネットで地球を内的なものとしてとらえることができるなら、それもまた、ひとつの大きな体験になるに違いない。いや、むしろ、意識にとって、そして集合意識にとっては、はるかにこちらのほうが現実的になっている昨今である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニューマン 未来への唯一の希望 <5>

<4>よりつづく

New_man
「新人類」 ― 未来への唯一の希望 <5>
Osho スワミ・パリト-ショ訳 瞑想社 1989/02 出版:めるくま-る 153p

 Oshoにおける、ニューマン、サニヤシン、ゾルバ・ザ・ブッダ、という名称は、それぞれの角度の違いはあれ、本質的には同じことを言おうとしている。ニューマンは一般名詞的に使われていて、日本語で言えば「新しい人間」そのものだろう。何か他の言葉に置き換えられても、特段にネーミング・ライツのあるようなものではない。人間、そのものでもいいのだろうが、かつて言われてきた、人間、というコンセプトには大きな誤謬が生じてきている、ということを、強い言葉で言えば、こうなる、ということだろう。

 サニヤシンもまた、もともとOshoは、ネオ・サニヤシン、と言っていた。インドにおいては一般的な修行者、という意味合いだが、そもそも、出家をして路上や山奥で暮らすようなイメージのある修行者ではなくて、町の中で、市場の中で、通常の、精神も物質も豊かに暮らす探究者というイメージで、ネオ・サニヤシン、というネーミングを創りだした。しかし、いつの間にか、Oshoのサニヤシンが多数となり、「ネオ」は落ちていた。

 ゾルバ・ザ・ブッダもまた、Oshoの造語だが、極めて構造的かつ意図的なネーミングであり、それは、あたかもネオ・サニヤシンの究極の集約点であるかのようだ。ブッダであり、かつ、ゾルバである、ひとつの実存。それは、Oshoが自らを表現した形容詞でもあっただろう。ここにこそ、仏陀の教えや禅の伝統を最大限に評価しつつも、なお、新しい時代の「新しい人間」に向けて、ブッダを超えていくべきところ、を指し示した姿があると言える。

 はてさて、今さらながらではあるが、何故に当ブログは「アガータ」という名詞(たぶん)にこだわってきたのか、ということを整理しておかなくてはならない。

1)それは86年8月に、私の夢うつつに飛び込んできた。

2)86年8月、当時ワールドツアーにあったOshoは、私のサイドからはほとんど不可視になっていて、何処にいて、何を語っているか、想像で考えるしかなかった時代であった。

3)この年、社会的には大きな事件がいくつか発生している。1月にアメリカのスペースシャトル、チャレンジャーが爆発炎上、4月にはロシア・チェルノブイリ原発の爆発、などは大きな問題を引き起こしていた。

4)個人的には、義父が胃がんで死のベッドにおり、余命いくばくもなかった。また個人的には、タントリック・ワークに携っていた。

5)大学に戻り心理学を学び直し、民営のカウンセリング研究所に通い、また電話相談のカウンセラーを務めるようになっていた。

6)当時、この言葉はまったく意味をなしておらず、その言葉の解釈について、いくらかの足がかりをつかむまで7年の時間(1993年)が経過した。

7)つまり、「アガータ」は、Oshoを見失った時点での、私個人の想像性から生み出された「穴埋め」だったのである。

 と、まぁ、いくつか書きだしてみたが、いかにも7)は唐突の感が否めない。ここでいちいち説明するのは遠まわしにして、とにかく、現在のところ、この7)は、個人的には妥当性が極めて高い。

 つまり、アガータは、私個人にとっての、ニューマンという単語の身代わりであり、何時かの時点においては、意味的にも、表現的にも、より明確になった上で、置換されるべきものだったのである(と、最近、強く感じるようになった)。

 ゾルバ・ザ・ブッダにちなんで、アガタ・ザ・テラン、と称するときもある。地球人アガータ、の意味だ。テランが地球人という意味を持っているのか、一般的に英語でテランはそのような使われ方をしているのかどうか詳しくはないが、意味的には地球人としてのアガータが理想だ。当ブログにおいては、宇宙人にもなりたくないし、地底人としての自己に目覚めることも目標ではない。

 Osho言うところのニューマンの一人としてのアガータであり、それはニックネームである。時には、いくつかの過去生に連なる転生魂・多火手のひとつの生を表わしてもいる。極めて個人性の強いレベルの思い込みであるが、この「無意識」層から、キーワードをアガルタとして、より深く、広そうな集合無意識へと、降りていくことが可能ではないか、と予想する。

 それには、自燈明、自らの瞑想によるところが絶対だが、Oshoにおける「ニューマン」という概念が、大きくヘルプしてくれるに違いない。意識の7つのステージにあって、中心はその真ん中の「意識」にあるわけだが、「集合」から「宇宙」へと拡大していくことが、とりあえずの現在の当ブログの方向性である。ルーツ&ウィング。根を伸ばしつつ、羽ばたくことができるだろうか。

<6>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/22

月面上の思索 The Way of the Explorer <2>

<1>からつづく 

月面上の思索
「月面上の思索」The Way of the Explorer <2>
エドガー・ミッチェル/前田樹子 2010/07 めるくまーる 単行本 413p

 西欧では東洋の考え方の影響により、ここ2,30年間で意識という言葉は広範な使い方をされるよう進化してきた。今日、意識は広範にわたる精神現象という意味を含んでいる。そこには知覚、意図性、問題解決力、そして覚醒意識の厳密な意味、つまり、気づくことに気づくということもまた含まれる。p292「表裏一体モデル」

 ここにおける「気づくことに気づく」という表現こそ、当ブログが現在、自分のテーマとして選んで進行しているプロセスである。この本、随所に示唆に富んだ文章が満載されている。特に後半における「意識」についての思索には、目を見張るものがある。

 だが、思索、という意味においては、必ずしも飛び抜けた、他に追随を許さない一冊、ということはできない。このレベルに到達している現代の書は、探してみれば、多分、もっともっとあるはずである。

 それでもなお、この本が実に特筆に値する一冊だとするならば、まずは著者がアメリカの宇宙飛行士であった、という過去の経歴から来るだろう。もっというなら、人類史上、月面を歩いた12人のうちの一人であり、しかも、その宇宙空間において、なにごとかの経験をしたことが、彼の人生の後半を決定づけた。

 カプセルの小さな窓に空と地球が交互に出入りしているのが見えたために、回転する環境が引き起こす方向感覚の喪失、正確には方向転換が起こったのかもしれない。あるいは苛酷な環境への二日間の進出の後に手にした安全と、隠れ家の雰囲気のせいだったかもしれない。

 しかし、私にはそうとは思えない。あの知的印象(センセイション)はどの点から見ても異質だった。私よりずっと大きい何か、窓外の惑星よりずっと大きい何かに、どうしたわけか私は同調してしまったのだ。理解を超えるほど巨大な何かであった。今日でさえその知覚は、いまだに私を当惑させている。p113「真空の中へ」

 この本は、1930年生まれのエドガー・ミッチェルが2007年に出した本だ。時に77歳。宇宙飛行をしたのは1971年、41歳の時。月面着陸ミッションのあと、彼はNASAを離れ、独自の「意識」探究のライフスタイルを持つことになる。そもそも宇宙船のなかでプライベートなESP実験などをするような、お茶目なタイプではあったのだろう。

 1982年の「宇宙からの帰還」において、立花隆はミッチェルに触れて、インタビューしている。

 そのミッチェルに会って話を聞いてみると、日本のESP研究家にしばしば見られるような、あらゆる非科学的なことを止めどなく信じて狐つきになったようなタイプの人間とはまるで対極にいるような人物である。宇宙飛行士時代、彼は最も思索的でインテレクチャルな宇宙飛行士といわれていたそうだが、なるほど、陽気なヤンキー・タイプが多い宇宙飛行士の中ではいかにも目立っただろうと思われるほど、重厚な学者タイプの人物である。立花隆「宇宙からの帰還」p292「宇宙人への進化」

 インタビューからさらに四半世紀が経過し、ミッチェルの思索はさらに広範かつ落ち着いたものになっている。

 シャーマンの世界を発見するジャーニーは本質的に終わった。科学の新しい実験と宇宙探索が人類と宇宙の中のわれわれの場所について新しい理解を供給している現在、発見したものの意味をもっと広く、もっと深く、よりよく理解することが目下の課題である。ミッチェルp378「総合体」

 この本は有意義である。再読、熟読を要す。

 「ニュー・エイジ」文化と週末の自己啓発訓練では、<前向き思考だけを考えよ><何について祈るのか気をつけよ><あなた自身の現実はあなたが作る><物質はまさに濃密な思考である>等々の警句を採り入れるのが流行している。こうした概念は何らかの妥当性を持っているのだろうか? 私の考えでは、これらの警句は的に近いところにある。だが、もっと綿密に調査される必要がある。ミッチェルp382「総合体」

 当ブログにおいては、いわゆる「アガルタ探検隊」の「集合無意識」に、「超意識」の光を照射しようという試みを始めたところである。「的に近いところ」にあるようにも思うが、「もっと綿密に調査される必要がある」ということは、まさに共感できる。

 神秘主義者と神学者に私の示唆できる一切は、われわれの神々は小さすぎた、彼らは宇宙を満たす、ということだけである。科学者に対して私の言える一切は、神々は本当に存在しており、彼らは永遠不滅の、繋がった、知能を持つすべての存在によって経験される、意識した「真我」である、ということに尽きる。ミッチェルp402「未来へ向けて」

 エドガー・ミッチェルを、月面を歩いた宇宙飛行士として注目することは、妥当性はあるとしても、第一義ではないと思える。むしろ、ごく普通のライフスタイルを愛する、偉大な現代の思索家としてこそ、注目すべきであろう。彼の辿り着いた人生は、宇宙競争ミッションに忠実なラクダ、NASAを離れて困難な探究に向かうライオン、そして、ごく一般の地上の人間としての子供へと回帰しつつある。地球人スピリットのひとつの典型を、この人に見る。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/21

ニューマン 未来への唯一の希望 <4>

<3>よりつづく

New_man
「新人類」 ― 未来への唯一の希望 <4>
Osho スワミ・パリト-ショ訳 瞑想社 1989/02 出版:めるくま-る 153p

 このブックレット・シリーズ、実際には、1987年5月のOsho「Golden Future」で語られた内容がほとんどだ。だから、もっと正確にニュアンスをつかむためには、その一冊を読めばいい。この時代、Oshoはワールド・ツアーから帰ってきたばかり。日々の講話を聞きたいと思っても、世界に散らばったサニヤシンには届かなかった。そこで、最近の近況を伝えようとするメッセージのピックアップ集の一冊がこの本だったと言える。

 しかしまた、私があのメッセージを受けた86年8月は、もっともOshoが失われていた時代であった。Oshoはウルグアイにいるらしい、という情報は、どこからか伝わってくるものの、正確には何もつかむことはできなかった。2011年の現在のようにインターネットが発達した時代であれば、ひとつひとつが正確に伝わってきただろうに、あの当時は、その前時代であったのである。

 つまり、あの時代は、もっともOshoを見失った時代であった。どこにいて、何を語っているのか、知る由もなかった時代、と言っても過言ではない。この時代にあって、私の想像力は最大限に働いた、と言えるだろう。

 「神秘家の道」は1986年の5月、「ニューマン」は、1987年の5月。だが、実際には、本当にシンクロナイズすべきなのは、1986年の8月の「Osho Upanishad」なのではないか、と私はずっと感じてきている。日本語訳本はまだないし、英語を縦横に使うことのできない私にとっては、長い間放置してきた問題ではある。

つまり、あの「アガルタ」問題の無意識に光を当てるとすれば、「Osho Upanishad」しか、手はない、というのが、まずもっての結論なのだ。「神秘家の道」も、「ニューマン」も、あるいは「Golden Future」も、近似値でしかない。直感としては、「Osho Upanishad」こそ、あの時代を照射する光となり得るのである。

<5>へつづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

死後探索1 未知への旅立ち ヘミシンク

「死後探索」シリーズ 1 未知への旅立ち
「死後探索1」 未知への旅立ち
ブルース・モーエン (著) 坂本 政道 (翻訳), 塩崎 麻彩子 (翻訳) 2005/12ハート出版  単行本 397p
Vol.3 No.0226 ★★☆☆☆

 ヘミシンク。どこかで聞いたようでもあるし、誰かがこのセッションをしている、と聞いた気もする。「モンロー研究所のヘミシンク技術が可能にした死後探索」のコピーが表紙に踊る。まぁ、それでもすでに閉架図書として書庫にしまわれているのだから、通常なら目にもとまらなかったのだが・・・・。

 なにげなく、「神秘家の道」の照校者でもあるパルヴァの個人ページを見ていたら、「モンロー研究所訪問記」2010.04.21 という文章にぶち当たった。まだ一年も経過していない最近のことだ。読むともなく目を通していると、なるほど、「ホンマかいな」という感じのお話の連続。通常ならここで別のページに行くのだが、ここからがパルヴァ氏の行動力の見せどころ。

 好奇心においては当ブログも人後に落ちないと自負するものではあるが、パルヴァの行動力には目を見張るものがある。時間と経費をおしむ風情もなく、それらを潤沢に行使して、世界を闊歩する氏ではある。

 さっそく、ググッてみると、関連の情報もあり、Youtubeでも有用なお話が聞ける。「ヘミシンクの使い方」「α波を超えるθ波を活用できるHemi-sync とは一体?」、などを聞くと大体のことが分かった気がする。

 さて、それではどんな音が流れるのか、というと、これもまたヘミシンクHemi-syncのキーワードで検索すると、いろいろ出て来る。ほとんどが短いものであるし、そもそも元のものかどうか分からない。だが、決して高価なヘッドフォンは必要ない、とのことだから、パソコンやスマートフォンにステレオイヤホンをつなげば、そこそこの効果は得られるのではないか、と、まずは思う。

 本当は、キチンとしたルートでCDを入手し、相応のセラピストの元でセッションを受けるのが基本であろうが、当ブログの予算ではそれは無理だし、もともと、クリス・アンダーソンの「FREE」思想に共鳴している手前、できるだけ経費はゼロに抑えたい(なんちゃって)。

 ちなみに近くの図書館を検索してみると、何冊かのヘミシンク関連の本があった。なにはとりあえず、リストの一番上の一冊を借り出してみることにした。そう言えば、上のYoutubeにもでていたが、寺山心一翁という人、当ブログでも「フィンドホーンへのいざない」と言う本で登場済みであった「フィンドホーン」関連の書籍については、当ブログでも一通り目を通したが、得手ではない。

 さて、ブルース・モーエン、という人、そして監訳の坂本政道という人たち、どういう立場の人たちなのかはさておいて、これらの本をあまり真面目に読みたくない自分がいる。

 私はこれまで常に、「三つの大問題」について非常な好奇心を抱いてきた。
「私は生まれる前はどこから来たのか?」
「ここで生きている間、何をすべきなのか?」
「死んだらどこへ行くのか?」
 という三つの問題だ。その答えを見つける旅を、私は過去のどこかで始めた。だが、その旅がいつどこで始まったのか、厳密に特定できたためしがない。私の人生の出来事はすべて密接に絡みあい、関連しあっているので、旅の道中に見かけた道しるべとなるものを思い出すのが精一杯なのだ。
 そうした道しるべのひとつといえるのが、子どもの頃に繰り返し見た白昼夢だ。
 1953年、当時5歳か6歳だった私はアラスカに住んでいたが、何ケ月にもわたって、週に1、2回、必ずその白昼夢を見ていた。
ブルース・モーエンp32 「旅の始まり 子どもの頃の白昼夢」

 実は私にも、似たような経験がある。白昼夢ではなく、夢なのだが、自分の中ではもっとも古い時代に記憶している夢で、子ども時代に、繰り返し繰り返しみた。そのビジョンについては「1999年 地球壊滅」のところにちょっと書いておいた。

 「その旅がいつどこで始まったのか、厳密に特定できたためしがない」とするあたりが、私には気になるのである。自分の中に深く潜められているイメージ。それは一体、どこから来たのか、何故、潜められているのか。これはとても重要で、微妙なことだと、私は思う。

 だからというわけでもないのだが、私はあまり小説をすすんで読まないし、他人の「トリップ」を自分の中にためないようにしている。どこからやって来たのか、どこかで刷り込まれたのか、判然としなくなることを避けたい。

 現在、当ブログは意識→無意識→集合無意識に下降していこうとする旅の途上にある。海岸の岸壁で瞑想するヴィジョンは、私の無意識層に潜むものではあるが、集合無意識に関わるもであろう、と密かに心に留め続けている。

 自分の個的な無意識に関しては、いくら個人ブログとは言え、ここにプライバシー丸出しで書き続けることに、私はあまり意味を見い出さない。しかし、もし、ことが集合性に関わるものであれば、ここに何事かをメモし、また類似の物事を外側に探求する意義はあるのではないか、と思っている。

 そして、さらにまた、「アガータ 彼以降やってくる人々」というメッセージは、私個人の無意識層に関わるものではあるが、きわめて集合性が高いのではないか、と予測している。それが無意識に留まるのか、超意識の光のもとで、何事かの新たなる意味を持ちだすのか。このあたりは、割と神経質に臆病なくらいにデリケートに臨んでいる。

 そんなわけで、あまり他人の「トリップ」に深入りしたくないと思いつつ、また「集合性」に関心がある、というダブルバインドの状態ではある。しかしながら、当ブログの現在は、かのメッセージを「ニューマン Oshoと、やってくる人々」と読み替え始まっているところである。つまり、「アガルタ探検隊」はそろそろ卒業しようと思う。そのためにも、最終的な結論に向けて、「超意識」の光を必要とし始めているのである。

Photo
 「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」は、ゴーギャンが絵に表現するまでもなく、人生の大問題である。そんなに簡単に答えがでるはずがないと思っている。その答えを見いだした、という者があれば、まずは眉唾でかかってみるのが、まずは現代人としての科学的な態度であろう。

 しかしながら、どこにどんな形でその大問題の解決の糸口がぶら下がっているかは分からない。つねに注意深く、まずは先入観なしで、見つめている必要は感じる。それを探究する糸口は、瞑想にあるだろう。そして、ヘミシンクとやらが、その瞑想に値するのかどうかは、もうすこし近づいてみないことには判断できない。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、となるか、ミイラ取りがミイラとなるか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/20

ニューマン 未来への唯一の希望 <3>

<2>よりつづく

New_man
「新人類」 ― 未来への唯一の希望 <3>
Osho スワミ・パリト-ショ訳 瞑想社 1989/02 出版:めるくま-る 153p

 出版グループは、巻末の編集後記に書いている。

 本書において、Oshoは、the new manという語を new humanity、new human beingなどと同じような文脈で用いています。これら一連の語をありのままに訳すれば、<新しい人間><新しい人類><新人類>ということになるでしょう。Oshoは、この the new man という概念をはるか十数年以上前から提唱しており、私たちもそれに対応して、かねてから<新人類>という表現を採用してきました。流行語にとらわれることなく、the new man というOsho独自の、新しい概念をご理解いただければと思います。p153

 まさに、そのとおりだと思う。本書においての翻訳チームの苦労も分かる。しかしながら、「Osho独自の新しい概念」であってみれば、当ブログでは、「ニューマン」あるいは、「Oshoいうところのニューマン」という表現で統一していきたい。翻訳本とはやや違った引用の仕方をしていくことをご容赦願いたい。詳しくは英語原書等にあたられたい。

 ニューマンとは、古い人間の改良ではない。それは連続的な現象ではない。その洗練ではない。ニューマンとは、古い人間の死の、そしてまったく新しいニューマンの誕生の宣言だ。

 どんな条件付けもない、どんな国家も持たない、どんな宗教も持たない、男性と女性とか、黒人と白人とか、東と西とか、あるいは北と南とかのどんな差別もない新しいニューマンの誕生の宣言だ。ニューマンとは、ひとつの人類の宣言だ。それはかつて世界が出会った最大の革命だ。

 あなた方は、モーゼが海をふたつに分けたという奇跡について聞いたことがあるはずだ。あんな奇跡はなんでもない。私は人類を分けようと思う。人類という大海をふたつの部分---古い人間とニューマンのふたつに分けたい。Osho p12 「ニューマン」

 当ブログは、「メタコンシャス 意識を意識する」というカテゴリを進行中だ。「神秘家の道」においても、最初はあまり気にしていなかったのだが、いざそれを拾い出すと、たくさん見つけることができた。この「ニューマン」においても、どちらかというと外側の社会的な面ばかりが注目されていたが、「意識」を拾い出すといろいろでてくる。

 私について言うなら、そしてニューマンに対する私のヴィジョンについて言うなら、私は科学にはふたつの領域があるものと見ている。物を研究する下意の領域と、意識を研究する上位の領域だ。その下部領域は、上部領域に対して召使いとして働かなければならない。そうすれば、ほかになにも宗教の必要などない。そうすれば、科学が人間の要求のすべてを充足する。

 だが今のところ、それはなにひとつ変容することがない。それが意識に接近し、人間のなかにより一層の意識を発展させるにはどうすればいいのか、人間の無意識を意識に転化するにはどうすればいいのか、どうすればその闇を真昼に変容することができるのかを研究しないかぎり、それは為しえない。Osho p83 「政治を超える科学」

 無意識を意識に転化する、そして超意識へと橋渡しをする、というのが、当面の当ブログの課題だ。

 現在までのところは確かに、人間の意識に関するかぎり、科学はさしたる変容に貢献してはいない。だが、科学にはその潜在能力がある。科学者は、自分がほとんど神になtってしまったということを、すなわち創造することもできるし、破壊することもできるという自分の責任を、認識しなければならない。

 科学者はもはや自分が、何本かの試験管やフラスコを使って自分の家のなかで、ただ化学物質を混ぜたり実験したりしていたガリレオの時代の科学者でないことを自覚しなければならない。そういう時代は終わった。いまや科学者は、この惑星の全生命を破壊できる力を持っている。あるいはまた、人間がこれまで天国にしか想像したこともないような、美しい、至福に満ちた<生>を創りだせるような力だ。Osho P86 「政治を超える科学」

 とはいうものの、やはり、内面だけで完結するものではなく、このあたりでは常にOshoは外側との関連を強調している。

 人間は、世界で自分だけが意識があり、知性がある動物だと考えるべきではない。また人間は、これが存在する唯一の意識だと考えるべきではない。研究者たちは、動物が人間とは別の種類の意識、別の種類の感受性をもっていると考えている。

 何種類かの鳥と、特に蜂は、ある種の言語をもっていることがわかっている。そして木は、この上もなく感受性が高いこともわかっている。庭師がそれらの木に水をやるために、また栄養物を与えるためにやって来ると、彼らにとりつけられた心電図のグラフは、よろこびに踊りはじめる----歓喜に満ちた歓迎を示しているのだ。おそらくそのうち、私たちは、樹木には樹木の、私たちには理解できない独自の言語があることを発見できるかもしれない。Osho p91 「チャールズ皇太子」

 語られた時代、そして編集され、緊急出版のような形でピックアップされたこの小冊子「ニューマン」には、人々の集合的無意識を打つような、火のような言葉が多い。

<4>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/19

iPhone/iPad&Androidプログラミング入門

【送料無料】iPhone/iPad&Androidプログラミング入門
「iPhone/iPad&Androidプログラミング入門」
日経ソフトウエア編集部 2010/09 日経BP社/日経BPマーケティング 178p
Vol.3 No.0225 ★★★☆☆

 どちらかと言えば、私はアップル社のiOSよりはグーグル社のアンドロイドOSのほうに関心があるようだが、それはたまたまの贔屓にすぎない。巨人か阪神か、大鵬か柏戸か(古い!)という程度で、野球や大相撲の半分だけが好きなわけではない。ただ、ガジェットとしてシャープ+AUの端末IS01を入手した限り(しかも3台も!)、一般的には、アンドロイド贔屓と思われてもしかたない。

 なぜ3台も入手したか、と言えば、理由はいろいろあるが、結局は「安い!」と思ったからだ。最初の2千数百円の登録料を払えば、あとは2年間、月々8円の運用ができる。6年落ちのムーバ端末を使ってきた身としては、一挙にスマートフォンに進出したわけだから、大進歩、と自負するものであるw

 まぁ、一台は家族にあげたものの、二台はどうしても確保しておきたかった。一台は正当な形で使用するためのもの。そして、もう一台は「改造」したかったのだ。アンドロイドOSは、「進化するOS」である。いろいろいじくって、「進化」させたかった。徹底的にカスタマイズするチャンスを、うかがっているのである。

 しかるに、このIS01は、ヴァージョン1.6を最後に「進化」しないことになってしまった。端末の機能の限界やメーカーやキャリアの方針にもよるのだが、かなり残念なことではある。ネットでも話題になったし、いまだにその余韻は残る。総統閣下もIS01の扱いにお怒りのようだ。

 ところがどっこい、某巨大掲示板あたりを中心に、がぜん話題が沸騰した。goroh_kun達、名だたるハッカー達が、自前でヴァージョンを2.2にアップしようという動きを見せ始めたのだ。その後、作業は続行しており、いまでも続いているはずだ。どこまで行ったのか、どこまで広がっているのか、ドシロートでしかない私には、知る由もない。

 ネット社会においては、プログラムの世界を自由に闊歩できるハッカー達は憧憬のまなざしで見られている。goroh_kunを「神」とまで呼ぶ声さえ聞こえてくる。もちろんジョークだが、それでも、営利活動を抜きに、ひとつのアートとしてプログラムを自由に操つれる人々はヒーローだ。今後も活躍に期待したい。

 はてさて、自分に振り返ってみれば、プログラミングの世界には憧れるのだが、「入門」などを読んでも、もはや何のことか分からない。ひとつひとつを追いかけていくことも可能だろうが、ここはもう、その世界の達人たちに任せるに限る。私は、その世界の「成果」に期待することとして、ファンの人ごみにまぎれて息をひそめていることにしよう。

 IS01を使うようになって、私のネットライフは激変した。一番の変化は、寝モバするようになったこと。インターネットはパソコン、というお決まりのスタイルが変わった。枕元にスマートフォンが1つあれば、あとはWi-Fiで簡単にネットにアクセスできるのだ。寝床に寝たまま、世界と会話することができる。

 私のネットライフのほぼ80%はこれで完結する。見たり、簡単なメッセージを送ったりする分には、この8円運用機で十分だ。残るは、長文を書いたり、HPを更新したり、あるいは業務用の専用ソフトを使わなければならない場合だが、これらだって、将来的には改善されるかもしれないのだ。このガジェットと、回線としてFONの併用により、我がFREEライフは拡大の一途をたどっている。どこまでいくのか「未来」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニューマン 未来への唯一の希望<2>

<1>よりつづく

New_man
「新人類」 ― 未来への唯一の希望 <2>
Osho スワミ・パリト-ショ訳 瞑想社 1989/02 出版:めるくま-る 153p

 Osho言うところのニューマン(New Man)は、1986年度に流行語大賞となった「新人類」とは何の関係もない。Wikipediaによれば「新人類」という流行語は、1984年、マーケティング情報誌の『アクロス』(パルコ刊)が最初に提唱し、同年に筑紫哲也が10代から20代の若者との対談を行う企画「新人類の旗手たち」を『朝日ジャーナル』に連載した、とされている。

 だが、先に見たように、Oshoは70年代からニューマンの単語を使っており、その翻訳として、ブックレットやニューズレターの日本語訳が「新人類」という訳語を使用していた可能性がある。その先端性を、広告業界のコピーライターたちが拾い上げ、後に日本独自の意味付けがされた、と私は思っているのだが、確証はない。

 いずれにせよ、Osho自身はNew Manを使っており、時にはホモ・ノヴァス(ラテン語で新しい人間)とも言ったが、新人類とは言っていない。当時の日本のモダニズムから「新人類」と翻訳されたのは、話題性から見て妥当性があったかとも思われるが、2011年の現在、当時を振り返ってみると、この訳語には、大きな問題があったと言わざるを得ない。

 古い人間は、群衆だった。車輪のひとつの歯車だった。古い人間は、個人としての人格を持っていなかった。自分が人間であるという、自分が長い長い進化の道における最高の創造物であるという、自分こそがその頂点としての栄光であるというあなた方の自敬の念を、尊厳を、喜びと感謝を破壊するために、支配者たちはあらゆる配慮をしてきた。Osho p10「ニューマン」

 新人類という言葉には、「群衆」のニュアンスがある。ある時代以降に生まれた世代とか、多数が束になって登場してくるようなイメージが付きまとう。しかし、それは違う。Oshoの言うニューマンは、自らが個人であることに目覚めたものを言う。だから、結果的に多数を占める未来があるとしても、それは群衆にはならない。意識に目覚めた全体的な個人としての人間、ひとりひとりの存在こそが優先される。

 当ブログでも、読書生活の途上、実に気になる言葉に出会った。それはマルチチュード、という。ネグリ&ハートの「マルチチュード」という本の発行とともに21世紀の初頭の読書界をにぎわした概念だが、ここに来て、いまいち新しい発展がない。

 マルチチュードのもとの意味は「群衆」だ。そもそも、ソビエト連邦や東欧社会の社会主義政権の終焉に遭遇し、ネグリ&ハートたちが、現代の新しいネットワーク社会を受けて、新たなるコミュニズムを提唱しているかに見える。彼らのマルチチュードは、たしかに自らが「ラクダ」であることを拒否し、「ライオン」であろうとする。その獅子吼は見事ではあるのだが、そこから、新たなる「子供」への糸口が見えていない。

 ニューマンとは、すべての過去に対する謀反だ。それは、私たちが新しい生き方、新しい<生>の価値を創造してゆこうとしているという宣言だ。自分たちは新しい目的地に向けて運命づけられているのだという、はるかかなたの星が私たちの目標なのだという宣言だ。

 そして私たちは誰にも、どんな美名のもとにも、自分たちを犠牲にすることを許すつもりはない。私たちは理想に従うのではなく、自分自身のあこがれ、自分自身の強烈な直感に従って、自分の生命を生きるつもりだ。私たちは一瞬一瞬を生きる。私たちはもはや「明日」に、明日に対する約束によってだまされるつもりはない。Osho p11「ニューマン」

 当ブログのマルチチュードへの想いは、この辺あたりで、ニューマンへの想いへ、とスライドしていく必要がある。

 ニューマンとは、別の惑星からやって来るものではない。ニューマンとはあなただ。その若々しさのなかの、その沈黙するハートのなかの、その瞑想の深みのなかの、その愛の美しい空間のなかの、この地球に対する愛のなかの、あなただ。どんな宗教もあなたに、この世を、この大地を愛するようにとは教えない。そして、この大地こそがあなたの母親、そしてこの樹々こそがあなたの兄弟、そしてこれらの星々こそがあなたの友人だ。Osho p13「ニューマン」

 ニーチェの超人と、Oshoのニューマンが同じことを意味しながら、まったく異なる、とは、ニーチェはそのモデルを書きあげたが、Oshoは、自らがその実存モデルを生きた、というところにある。これらのコメントは、Osho「The Golden Future 32」1987/05/27から抜粋されている。

 思えば、本日、2011年1月19日は、Oshoが肉体を離れてから、ちょうど21年目にあたる。あの時のあの「夢」は、21年後の今日、ここで、ニューマン、として生きている。

<3>につづく

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2011/01/18

FREE フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
「FREE」フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略
クリス・アンダーソン(著) 小林弘人 (監修), 高橋則明 (翻訳) 2009/11/21  日本放送出版協会 ハードカバー: 350p
Vol.3 No.0225 ★★★★☆

 この本はだいぶ人気らしい。リクエストしてからかなり経過して、忘れた頃に私の番になって到着した。タイミングを外したかな、とも思ったが、一周遅れのトップランナー的な位置に躍り出た、と言えるかもしれない。著者には前著「The Long Tail  ロングテール 『売れない商品』を宝の山に変える新戦略」2006/09がある。

 FREEとはいうものの、なんでも無料というわけではない。コンテナで言えば、回線料金とかプロバイダ課金は必要となる。コンテンツでいえば、やっぱりお気に入りの作品は最上の状態で入手したいだろうし、保存もしたい。さて、それではコンシャス・レベルにおいてや。

 当ブログも、ネット社会のFREEの波がなければ存在しなかっただろう。ウェブの発達で、図書館ネットワークが極端に利用しやすくなった。そして、ブログと言う機能ができて、ほぼ無料で情報を発信できる。まさに当ブログは、読書ブログとしてはこのFREEの波があったればこそ存在していると言える。

 ましてや、ごくわずかとは言え、アフェリエイトまで発生しているので、月に一つの本やDVDを購入する程度の利益が発生している。さて、ここで喜んでいてはいられない。ここからが当ブログの本番なのである。

 コンシャス・レベルにおけるFREEとは何か。自由度が高まり、容易に触れることができるようになったコンシャス・ネットワークにおいて、仮に基本的な負担があっても、最低限確保しておきたいこととはなにか。

 どうして英語では「free」というひとつの単語になったのだろうか。驚くことに、その古い英語のルーツは「friend(友人)」と同じだという。語源学者のダグラス・ハーパーは次のように言っている。

 (両方の単語は)古英語のfreon(自由、愛)に由来する。元の意味は、「最愛の、友人」だったと思われるが、ドイツ語やケルト語をはじめ、いくつかの言語でfree(自由)の意味が発達したのは、「親愛の」や「友人」の言葉が、同じ氏族の自由な一員(奴隷に対して)に使われるようになったからだろう。p27「『フリー』入門」

 ギリシャ人とは違ってインド人は数字が現実の物事だけを表わすものだとは見ずに、概念としてもとらえた。東洋の神秘主義は陰と陽の二重性を通して、有形と無形のものを両方ともとりこんだ。シヴァ神は世界の創造者であると同時に破壊者だ。ニシュカラ・シヴァ神の一側面は、「何もない」、つまり空(くう)のシヴァだった。

 数字を現実の物質と切り離すことで、インド人は代数学を考えだせたのだ。その結果、数学を発展させていき、9世紀までには、マイナスの数字とゼロなどを論理的に導きだしていた。

 「zero」の語源はインドにある。インドではゼロは「空(くう)」を意味する「sunya」であり、それがアラビア語の「sitr」に転じて、西洋の学者がラテン語化し「zerophirus」として、それから現在の「zero」になったのだ。p51「フリーの歴史」

 なるほど、ネットワーク・コンシャスネスにおける「FREE」の譲れない基本条件とは、LOVEであり、友人であり、空(くう)である、というのは名言ではないか。とりあえず、ここを基準としよう。ネット上に、愛と瞑想の存在=マイトレーヤを探索する、あるいは創造する作業が、当面の当ブログのコンシャス路線のミッションとなるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NO BOOK; OSHO

No_book
「NO BOOK」
Osho 1989/03 The Rebel Publishing , Hard Cover
Vol.3 No.0224

No

 この「本」については多言を要すまい。「The OSHO Nothing Book」に連なる、空白の一冊。スーフィーの「本」とも共鳴する。もっとも、この「No Book」は、マハカーシャップの拈華微笑のイメージにも連なっている。

 ここでこの本を思い出したのは、「Nothing Book」1982/04から「No Book」1989/03までの、Oshoにおける80年代は、そして、それを時代を挟む以前も以後も、ずっと、Oshoにおいては、その意識においては、まるで空白であった、ということだ。

 70年代の徒花、雑誌「メディテーション」や、80年代的「精神世界の本 メディテーション・カタログ」「世界神秘学事典 荒俣宏編」などに象徴される狂騒劇の中にあって、台風の目たる、最もセンターたるセンターにおいては、常に沈黙の音が奏でられていた。

 当ブログにおいても、雑多なマーケット・プレイスにいながら、常にこの無を意識し続けることこそが肝要、と痛感する。この本の制作スタッフである、BhavenやDeva Yoshhiroの名が見えるのがうれしい。この本においても、一連のZenシリーズと同じくMeeraの絵が表紙を飾っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/17

現代宗教意識論

現代宗教意識論
「現代宗教意識論」
大澤 真幸 (著) 2010/11 弘文堂 単行本: 328p
Vol.3 No.0223 ★☆☆☆☆

 「意識」あるいは「宗教意識」に惹かれて、図書館の検索にひっかかった本書だったが、最初パラパラめくってみたものの、いまいちアクセスポイントがわからず、著者の著名な一冊である「虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争」1996/06の方を先に目を通してみることになった。しかし、いずれにしても感心しない。もう少し立体的に感じることができるかな、と思ったが、果たせなかった。

 そもそも、本書を手に取ったのは「宗教意識」という言葉に何事かのインパクトを感じてのことであった。しかし、本書を通読したかぎり、このタイトル以外には、「宗教意識」という単語はでてこなかった。目次にも、序にも、「あとがき」にも、一切なかった。唖然とするほどであった。

 ここで、本書を閉じておけばよかったのだが、持ち前の野次馬根性で、「意識を意識する」というカテゴリの進行上、実際にこの本の何処に「意識」という言葉がでてくるのだろうか、と本文を一通り目を通してみることにした。その結果、いくつかの手掛かりはあったが、それは、ごくごくわずかではあった。

●無意識 p147,p165,p238,p259,p292

●意識 p179,

●虚偽意識 p181,

●時間意識 p204,

●自己意識 p299.

 登場した単語は上記のとおりだが、これらは引用であったり、文章上の味付けであったりするだけで、なんの規定もなしにわずかに使われているだけで、深い意味はない。実に驚くべき結果であった。思えば、第1部「宗教原理論」、第2部「現代宗教論」、第3部「事件から」、というタイトルからして、「宗教意識」へと飛び立つようなアクセスポイントが一切ない。

 この本のタイトルは、敢えていうなら、「現代宗教もどき無意識論」とでも名付けられるべきものであったのではないだろうか。第3部の「事件から」は、さまざまな猟奇的ともいえる事件の数々を取り上げ、事件に関わった人物達を精神分析よろしく解体し、再統合してみせようとするだけで、そこから「超意識」や「集合超意識」へと飛翔する何か、光り輝く「宗教意識」への糸口となる何か、等は、一切見つけることができなかった。

 むしろ、ひとつひとつの「無意識」をこねくりまわし、「集合的無意識」へと降りていこうとしているようでもあるが、ほとんど無意味な探査を繰り返しているだけだ。そこからさらに「宇宙無意識」へと下降して行きたいという希望はわかるが、その闇はあまりにも深い。

 この本がタイトル通り「宗教意識」についての良質な研究書とみなされるには、ここに乱雑に投げ出された「無意識」に対置できるくらいの「超意識」への言及が必要である。あるいは、せめて「意識」へのもう少し深い洞察があれば、これらの「無意識」領域の闇は、それこそ、一本のろうそくの光によって、消え去るであろう。闇自体は不在なのである。光の存在があれば、闇は消える。

 1980年代の中盤に、当時登場してきた若者(20歳代前半程度)たちの世代は、その新しさや不可解さのゆえに「新人類」と呼ばれた。この語は、1985年末頃より頻繁に使用されるようになり、1986年の新語・流行語大賞(自由国民社主催)の流行語部門の金賞に選ばれている。

 新人類と呼ばれた層の特徴は、感受性が繊細で、自らの美的感覚が与える好悪の感情に非常に素直に従っていること、それゆえ特定の規範が課す価値に深く拘泥しないこと等に見ることができよう。

 こうした特徴を有する新人類は、さまざまな「現実(リアリティ)」を恣意的な約定(規範)に支配された虚構(仮想現実)と見なし、そのいずれにも深くコミットしない、シニカルな相対化の態度において際立っていた。こうした現象は「高尚な」文化や思想と無縁ではない。たとえば、新人類は、ポストモダンの脱構築派(ディスコンストラクショニスト)の風俗的な対応物であったということもできるだろう。

 この「新人類」という語の出現とほぼ同じ頃---あるいはいくぶん遅れて---、やはり若者のサブカルチャーを特徴づける現象として「オタク」と呼ばれる集団が注目された。若者のある特定の層が「オタク」という語で最初に名指しされるようになったのは、1983年のことであったと言われるが、この語が広く知られるようになったのは、1980年代の最後の年に連続幼女殺人事件の容疑者が逮捕されてから後のことである。

 オタクとは、アニメーション、SF、テレビ・ゲーム、コンピュータ、アイドル歌手等々のいずれかの分野に、熱狂的なまでに没頭し、その細部に拘泥していう若者たちのことである。p184「仮想現実の顕在性」

 「宗教意識」のことはとりあえず脇に置いて、上記の文章が気になったのは、Oshoに「新人類---未来への唯一の希望」1989/02というブックレットがあったからである。もっとも原書の英語版The New Man : The Only Hope for the Future は1987年9月に出ているし、編集された講話の内容は一部を除いて1986年4月~1987年5月に語られており、ウルグアイでの講話が半分を占めている。

 日本における流行語「新人類」とOshoの言う「ニューマン」は、意味はまったく異にしながらも、同じ単語で語られることになった。これは、ある意味ファニーなことだったし、ある意味、不幸なことであった。

 Osho「英知の事典」1996/05において、ニューマンは「新しい人間」として紹介されている。もっとも、こちらも元の英語版原本は、Osho「The Book 2」1984/03であり、さらに言えば、その元となる講話は、1982/07発行の「Zorba the Buddha」にある。そして、更に更に言えば、その講話は1979年の1月1日されたものとされている。

 その言葉の出自になぜにこだわるのか、ということについて、多少メモしておかなくてはならない。当ブログにおいては、裏テーマとして「アガータ:彼以降やってくる人々」というキーワードがある。それは1986年夏に、個人的に、私の意識の中に飛び込んできた言葉ということになっている。

 そこから、必然的にというか、成り行き的にというか「アガルタ探検隊」としての、派生的読書群も生まれてきた。当ブログとしては、そろそろ、この辺の「無意識」あるいは「集合無意識」に「意識」の光を当てていきたいと思う。あるいはそこから「超意識」、「集合超意識」の道筋が見え、あるいは「宇宙超意識」への離陸地点になりえるのではないか、という期待がある。

 大雑把に言えば、そろそろ「アガータ:彼以降やってくる人々」というメッセージは、「ニューマン:Osho以降やってくる人々」と言い換えてもいいのではないか、と思っている。あるいは、それを超意識への足がかりとしながら、「アガルタ探検隊」の闇へ、光をあてよう、というものである。

 「Osho以降」という言葉に、やや卑屈なものを感じないわけではない。「Oshoとともに」でもいいではないか、と思う。しかし、もし、「マスター」としてのOshoを認識するなら、「以降」でも決しておかしくはないと思う。あるいは、友人=マイトレーヤとしてのOshoを意識するなら、「ともに」でも当然いいわけである。この辺は、言葉の遊びだから、あまりこだわりすぎる必要はないだろう。

 なんにせよ、ここで言いたかったのは、Oshoの言うニューマンは、いわゆる1986年度の流行語大賞となったような意味での「新人類」ではない。むしろ、ニーチェが、「ツァラトゥストラかく語りき」でいうところの「超人」に対応した言葉なのである、ということだ。

 ニューマンの考え方は超人の考えに似ているどころか、まるで正反対だ。
 超人は古い人々とつながっている。
 ニューマンは古い人々と断絶している。
 超人は優れた、より高い存在だが、まだ古い人々と同じ世界に属したままだ。超人はより良い、より強い、より美しい、より力強い、より知性のある存在だが、古い人々との違いは多い少ないという程度の差に過ぎない。

 ニューマンはまったく古い人々とつながりがない。優れた人間、超人というのは古い人々の洗練された形だ。ニューマンは古い人々の死だ。古い人々が死んで初めてニューマンが存在するようになる。それゆえ、超人とニューマンは似ても似つかない。知的に考えるだけの人にとっては、両者は似ているように見えるかもしれない。Osho「Osho Bible 3」 p506 1985/1/14小森訳「Osho、ニーチェを語る」より

 超人という言葉でツァラトゥストラは何を意味しているのか? それは、私がニューマンという言葉で意味するのと正確に同じ意味をしている。私はある理由から、「超」という言葉を落とした。その言葉は誤解されうる。この言葉は、あなた方の後を継ぐ者があなた方より優れているという考えをあなた方に抱かせる。それではあなた方は侮辱されたように思う。そしてたぶんそのせいで、超人は出現していないのだ。なぜなら誰が劣った存在でいたいと思う? あなた方が超人にとってもの笑いの種になるならば、たぶんそのせいで人間は自分自身を超克しようとしなかったばかりか、己を超克しようとする者を可能な限り妨げてきたのだ。Osho「Zarathustra: A God That Can Dance」p56 1987/3/27 小森訳「Osho、ニーチェを語る」より

 非論理的な存在であるOshoは、ニューマンと超人との関係について、まったく異なった表現を用いている。「まるで正反対」でありつつ、「正確に同じ意味」、とはどういうことであろうか。こまかい話はここではしないでおこう。ただ、はっきり言えることは、Oshoは、ニューマン、という単語を話す時、ニーチェの超人をかなり意識している、ということである。

 つまり、ニューマンは、流行語大賞の「新人類」とは無関係である、ということだ。すくなくとも、世代を区切ったジェネレーションとしての「新人類」など意味していない。「人類」ではなく、「人間」なのだ。世代として、集団として登場してくる、という存在ではなく、ひとりひとりの意識が問題なのだ。もし人がニューマンとなるのなら、それは個的な、実に内面的な、現象なのである、ということだ。

 なにはともあれ、当ブログにおける、現代宗教意識の探索は、これからまた、あらたに再出発する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/16

神秘家の道<19>

<18>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <19> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 これは奇跡だ、マジックだ。無意識が空っぽになれば、意識と無意識の間にある壁は崩壊する。それはすべて意識となる。最初は十分の一しかなかった意識的なマインドが、すべて同時に、すべて意識的になっている。十倍あなたは意識的になっている。そしてこの一連の変化は、もっと深く浸透していく可能性がある。集合的無意識が解き放たれるかもしれない。宇宙の無意識が解き放たれるかもしれない。

 もし、意識下にある無意識の部分をすべてきれいにできれば、あなたの気づきは最高に美しくなる。そうすれば超意識に入っていくことは、飛び立つ鳥のように簡単になる。

 それはあなたの自由な空だ。あなたはまさに荷物を積むに積まれ・・・散々重荷を積まれ、あなたは飛べなかった。もうそうした重荷はない。あなたは非常に軽くなり、重力はマインドの力を失っている。あなたは超意識に飛んでいける----集合意識に、宇宙意識に飛んでいける。

 神性はあなたの手の届くところにある。あなたはただ、これまで意識にしまってきた、無意識に押し込んできた悪魔を解放すればいいだけだ。こうした悪魔を解放すれば、神性は手の届くところにある。下部がきれいになれば、上の世界もあなたのものになる。これは両方同時に起こる。もう一度いおう、これはシンプルな一連の作業だ。これを覚えておきなさい。Osho p716「何も失うものはない」

 寝ても起きても、あなたの無意識は生のあらゆる瞬間にごみを集めている。あまりに量が多すぎて、残る人生も自由になれないほどだ。古いガラクタから自由になろうとする間でさえ、毎日新しいガラクタを集めている。それだけではない。無意識の深みに触れたことすらない集合無意識が横たわっているのだから、無意識が抱え込むものをみた、意識的なマインドで開放するには何生もかかるだろう。

 その背後には宇宙的無意識がある。だから精神分析によって、無意識の三階層がすべての重荷と緊張を、意識の元で解放して空っぽになるには、永遠の時が必要だろう。

 そして空っぽになった瞬間に、闇を生むガラクタという意識になってしまう。
 精神分析は成功しそうにない、確実に失敗する----まず間違いない。
Oshop727「トラもまたゲストだ」

 瞑想はあなたを、より意識的な領域に連れて行く。あなたの全存在が目覚めたとき、そのまさに臨在が、幾千もの生で溜め込んできた闇を消し去る。

 私は精神分析でなく瞑想を教える。精神分析は自分自身を欺く技法だ。自己欺瞞だ。何かをし続けるだけだ。精神分析医にお金を支払うと、あなたの夢を専門家に分析させるが、終わりのない小道につれて行かれる。どこまでも、どこまでも、どこまでもだ。だから精神分析医は、ただ一人の光明を得た人も生まなかったが、瞑想は何千もの光明を得た人を生んできた。

 単純な事実だ。部屋が暗いなら、闇と戦うのをやめて明りを持ち込みなさい。たった一本のろうそくで闇は消え去るだろう。もし闇と争い闘い始めたら、複雑骨折で勝利すらおぼつかない。

 最も簡単で知的な方法は、超意識への道を見い出すことだ。それはより高いドアを開く鍵を、あなたに与えるだろう。

 意識のまさに頂点に達したら、心配はいらない。したいと思うことは何でもすることだ。それはあなたの暗い実存を、純粋な光に変容するだろう。Osho p728 「トラもまだゲストだ」

 サニヤスは学びに、ミステリースクールになるだろう。成長と変容を望む人だけが参加する。より意識的でありたい人たちは、何百万人もいる。自分は眠っており、無意識だと自覚している人々だ。少数の人たちを気に病むのはやめなさい。古いサニヤシンは姿を消すが、新しく新鮮な血流が入ってくるのだから。そして今、トータルに異なる現象となるだろう。私は少しずつ、世界中の色を変えていく。ただ一緒に生きるだけでなく、共に成長するために。Osho p751「沈黙の均衡」

 「言葉を広めなさい」と言うとき、私が意図しているのは、何であれ私があなた方に語ってきたことを、できるだけ多くの方法で、広め続けなさいということだ。すべてのニュースメディアを利用し、科学技術の提供するものをすべて利用して、言葉が地球の隅々までくまなく届くようにしなさい。そして覚えておいてほしいのは、それはどんな核兵器よりも、はるかに威力があるということだ。なぜなら核兵器は死をもたらすだけだが----それは力とはいえない。しかし、光明を得た意識からの言葉は、あなたに新しい生を、再生を、復活をもたらせる----これこそが力だ。Osho p762「死はあなたへの評価だ」

 私たちがここにいるのは、誰かを殺すためでもなければ、何かを壊すためでもない。何かを創りだすためにここにいる。そして最も本質的で、最も重要なのは人間の意識だ。そうだ、意識の生じるとき、多くの事はひとりでに消えていくだろう。それらを壊す必要はないだろう。

 これが仕事(ワーク)全体のすばらしいところだ。壊されたものは何もないのに、何千もの問題が消えていく。そして最後にたった一つ残されるのは----永遠の経験だ。あなたでさえ、その中に消えていく。しかしそれを「経験」と呼ぶことさえ正しくない。それはただ「在る」だけだ。私が説いているのは、存在に関する革命だ。Osho p764「死はあなたへの評価だ」

 意識がマインドを同一化する時、脳は助けにならない。脳は単純に機械的だ。マインドが欲することは何でも脳は行なう。しかしもしあなたが隔たっていれば、その時マインドは力を失う。でなければ、マインドは死は支配者だ。そのため、あなたは瞑想を恐れる。

 しかし私は生きている----瞑想によって誰も死にはしない! 実際、マスターはあなたを池へ連れて行き、鏡に映る二つの顔をあなたに見せる以外に何もできない。私は生きている。そして私はどんな条件付けも備えていない。私はどんな宗教にも属していない。どんな政治的思想にも傾倒していないし、どんな国家にも属してはいない。私は「聖なる経典」と呼ばれるすべてのナンセンスに、埋もれてはいない。私はただ、マインドを傍らへ追いやるだけだ。私は直接脳を使う。どんな条件付けも必要ではない、どんな仲介者も必要ない。Osho P803 「沈黙という考えには誰も興奮しない」

 私は、宗教的な人々には世間の中にあってほしい、世間になるのではなく----世間の中だ。何故なら市場は毎瞬、あなたを試す場所だからだ。あなたは市場に感謝すべきだ。なぜならそれは常に、あなたがどこにいるか気づかせてくれるだからだ。何もあなたを邪魔しなくなった日、何もあなたの沈黙に違いをもたらさない日・・・・これは市場の中でのみわかる、ヒマラヤの中ではない。Osho p830 「生の秘密は非常に単純だ」

 サニヤシンは、人に、木に、鳥に、川に心を開く人になろうと決めた者だ。サニヤシンは、恐れを持たずに生きる人となる。恐怖心のないことがサニヤシンの特色となる。死はやって来る・・・・死はあらゆる人に訪れる。死が訪れるのは絶対確実だ。だから死への恐れは無用だ。生では死を除くあらゆるものが不確実で、何事が起こるか起こらないかはわからないが、死に関しては確信できる。

 死が絶対確実なら、死について悩むことは全く不要だ。歴史上いまだかつて誰一人、死から逃れられた者はいない。機が熟せば死は訪れる。死を防ぐことは不可能だ。だから死のことなど、きれいに忘れたらいい。あなたには関係のないことだ。身体をいつ変え、身体を、形をいつ新しくするかは、存在が決めることだ。できるだけ今に生きること、死に関わるのではなく、余すことなく生に恋をすること、これがあなたの関心事だ。Osho p834 「政治は病だ」

 光明に達した意識に答えはない。質問がないというのが、その意識の美しいところだ。

 質問はすべて解消している。すべてなくなっている。だが人はそうは思わない。光明を得た人は、きっと何でも答えられると思っている。現実には光明を得た人には、答えなど全くない。光明を得た人に問いはない。質問なしに答えはあり得ない。Osho p867 「無用な諍い」

 あなたが私の言葉を覚えていようとするなら・・・・私は何百万語もの言葉を話したので、それを全部覚えてるのはほとんど不可能だ。それに目的は、あなたに教義、哲学を与えることでは決してなく、ビジョンを与えることだ・・・・・そしてビジョンはまったく異なるものだ。それがあなたのハートを開くなら、それがあなたの知性を浄化するなら、それは望む以上だ。

 言葉を覚えていて、ほかに何も自分に起こらない人々は不幸だ。彼らはオウム、学者、専門家になるだろうが、決してサニヤシンにはならない。サニヤシンであることは、ユニークなことだ。ハートは、未知なるものへの憧れ、全体への愛、言葉にできない歌で燃えている。サニヤシン自身が、神聖なる聖典だ----言葉を覚えているからではなく、言葉を通して変容するからだ。彼は生まれ変わる。Osho p884「私はあなたのハートを変容するために話している」

<20>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/15

ツァラトゥストラ〈上〉光文社古典新訳文庫

ツァラトゥストラ〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
「ツァラトゥストラ」〈上〉 
フリードリヒ・ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 丘沢 静也 (翻訳) 2010/11 光文社古典新訳文庫: 325p
Vol.3 No.0222 ★★★★★

 「Osho、ニーチェを語る」を再読しながら、こちらも併読中。「ツラトゥストラかく語りき」は、すでにあれだけでているのに、さらに「新訳」がでてくるという状況に、うれしいのやら、懸念するのやら、さまざまな感情が湧く。すでに定本はあるのに、さらに現代文に移し替えられて、この本は「超訳」ではないが、19世紀のドイツ語が、本当に21世紀の日本語と、同じものなのかどうか、疑わしくさえなる。

 登張竹風(信一郎)訳「如是経 一名 光炎菩薩大獅子吼経 序品 つあらとうすとら」 (大正十年)1921/1には度肝を抜かれたが、この「新訳」も悪くない。すらすら現代日本語として読めてしまう。何度か別ヴァージョンで通読しているものだから、大体の概略は分かっていて、わりとスンナリ読める。

 この本、下巻は2011年1月発行だから、店頭にはあるが、図書館にはまだ入っていない。下巻を読むのはもうすこし後になる。しかし、考えてみれば、この書は、一気に読んでしまえるような本ではない。休み休み、飛ばし飛ばし、戻りつ、行きつ、忘れつ、再び燃える、という経過をたどりながら、たどたどしく読み進めている。

 精神は自分のそれまでの主人をこの砂漠で探す。それまでの主人、最後の主人に敵対するつもりなのだ。その大きな龍と戦って勝利をもぎとるつもりなのだ。

 精神が主人とも神とも呼ぼうとしなくなった大きな龍とは、何者だ? 「汝なすべし」というのが大きな龍の名前だ。だがライオンは精神は「われ欲す」と言う。

 「汝なすべし」が、ライオンの精神の行く手をさえぎっている。金色にきらきら光っている鱗の動物。どの鱗にも「汝なすべし!」が金色に輝いている。

 千年つづいてきた、いろいろな価値が、それらの鱗に輝いている。すべての龍のなかでもっとも力のあるこの龍が、こう言う。「ものごとのすべての価値----それが、吾輩のからだで輝いておる」 p47「3つの変化について」

 ニーチェの使うシンボルやアレゴリーは、必ずしも一般的ではないし、私好みでないところも多い。もともとニーチェは、西洋キリスト教社会に対するアンチテーゼとしてこの本を書いたわけだし、また、まったく人類未踏の領域に足を踏み入れようとしていたのだから、共通のシンボルやアレゴリーを敢えて拒否しているところもあるのだろう。

 「生きるということは、悩むことにほかなりません」----と、ほかの連中が説いている。たしかに嘘ではない。だったら、そんなことを説いている君たちが、人生をやめてみたらどうだ! 生きることが、悩むことにほかならないなら、生きることをやめてみたらどうだ!

 だから君たちの徳の教えは、こんなふうになるべきだ。「汝、汝自身を殺すべし! この地上からこっそり姿を消すべく、汝、汝自身を盗むべし!」--- p89 「死を説く者について」

 ニーチェは熱い。まさに登張竹風(信一郎)言うごとく「光炎菩薩大獅子吼」の大活劇だ。

 俺の海の底は静かだ。この海底にふざけた怪物たちが隠れているとは、誰も思わないだろう!

 俺の深さは、揺らぐことがない。だが輝いている。謎を笑いが泳いでいるのだ。

 おごそかなやつに、きょう会った。精神の苦行僧みたいで、大げさな態度だった。それが醜くて、俺の魂が笑ってしまった!

 息をいっぱい吸いこんだときみたいに、胸をはっていた。そんな姿勢で、おごそかなやつが黙って立っていた。p241「おごそかな人間について」

 ゆっくりゆっくり、ニーチェの言葉に寄り添っていくと、思いがけなく宇宙の真っただ中に立たされている自分に気づく。

 超人には超人の龍、つまり超人にふさわしい超龍がいなくてはならないのだから、そのためには、はるかに熱い太陽たちが湿った原生林に照りつけなければならない!

 それにはまず君たちの山猫が虎になっていなければならない。君たちの毒ヒキガエルがワニになっていなければならない。よい狩人にはよい狩りをさせるべきなのだ。p302「処世知について」

 ツァラトゥストラはこう言った。

<下>につづく・・・・だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神秘家の道<18>

<17>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <18> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 私は全く異なるアナーキストだ。私は政府があってはならないとは言わない。私は常に根に働きかける。私は葉を切りつめたりはしない。規律があるべきではないとは言わないし、法廷や法律があってはならないとは言わない。そんなことをしても、馬鹿馬鹿しいだけだ。

 個人は人格を落とし、正真正銘の自分で、正直であるべきだというのが私の意見だ。個人は、野心や欲望を落とし、得られるものは何でも祝いはじめるべきだ。個人は常に、月への憧れがある。個人には常に、月への憧れがある。地球があるのに、月に憧れる人はここで踊れず、月で踊る。Osho 669p 「核兵器より危険だ」 

 新たな人類は従来の意味の社会にはならない。それは個人が部分でしかない社会にはならない。新しい人類は個人の集まりとなる。新たな人類では個人が主人公となり、社会が個人に仕えることとなる。それは多様性を持ったものとなる。新たな人類にはたくさんの宗教はない。あるのは宗教的な意識だけだ。創造主として崇められる独裁的な神はいない。

 そうした神がいるということは、人間が奴隷であるという意味を含んでいるからだ。新たな人類には究極の達成の質、光明の質としての神性さがある。神は至る所に、あらゆるものに、あらゆる存在に広がる。Osho 686p 「言葉は磔にはできない」

 新たな人類は、自然は征服するものではなく、生きるもの、愛するものだとする生態系を持つようになる。私たちは自然の一部だ。それを制服するなど、とんでもないことだ。新たな人類には、人種も民族間の区別も皮膚の色やカーストの区別もなく、国も一切なくなる。機能上の国際政府があるのみとなる。Osho 687p 「言葉は磔にはできない」

 光明は、何かを知ることとは無関係だ。それは純粋な知(knowing)だ。純粋な知には対象がない。それは純粋な愛だ。純粋な愛には愛する対象はない。それは純粋な喜びだ。

 覚えておきなさい。光明は二元性からの自由だ。他者からの自由、状況がどうあれ自由であることだ。それははっきりとした理解だ。あなたが何かを知ろうとしているのではなく、単に眼鏡を拭いているだけ、視力を完璧にしようとしているだけだ。途中で多くのことを知るかもしれないが、それは決してゴールではない。Osho p695「言葉は磔にはできない」

 それは死ぬ時、あらゆる人に起こる。だがほとんどの人は無意識に死んでいく。意識は永遠の巡礼を続けるために、肉体から完全に分離する。肉体の旅は短い、だが、死はすべて無意識に起こる。これは自然な外科手術だ。Osho p706「何も失うものはない」

 後のカテゴリー、気づきとしてのエネルギーが、存在の中心に最も近い。その次は少し離れたところに思考があり、その次は少し離れたところに表現がある。表現から思考に逆行し、思考から無思考、純粋な気づきに戻る時、あなたは自分自身、存在そのものに最も近い。

 エネルギーは感情にあるときも、思考にあるときも、表現にあるときもエネルギーに変わりはない。だがそれは周辺部に、周囲に向かって動いている。周囲に近くなれば、自分からはさらに遠くなる。

 一歩ずつ、逆に降りていきなさい。それは源泉への旅だ。その源泉こそが、体験すべきすべてだ。それはあなただけの源泉ではない。星の源泉であり、月の源泉であり、太陽の源泉、あらゆるものの源泉だ。

 周囲に向かうことはできる。それが人々のしていることだ。エネルギーは同じで、方向が違うだけだ。エネルギーは外側へ行き、自己より遠ざかっている。それは同じエネルギーだ。私はそのエネルギーは、異なるものだと言っているのではない、これを憶えておきなさい。だがそれは、あなた自身から遠ざかっている。それで色々なことがわかるようにはなっても、自分自身のことは、いつまでたってもわからない。

 自分に近づく、これは同じエネルギーだ。そしてこの自分を知ることこそ、この世の知性豊かなあらゆる人にとっての、唯一のゴールでなくてはならない。でないと全世界を知ることはできても、自分自身については無知のままだ。あなたの知識は、一切役に立たない。何も知らなくても自分自身を知っていれば、あなたの生は平安で、温かく、静かで、大いなるエクスタシーに満たされる。それはあなた次第だ。Osho p712「何も失うものはない」

<19>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争

Oosawa_2 
「虚構の時代の果て」 オウムと世界最終戦争
大澤 真幸 (著) 1996/06 筑摩書房 新書: 302p
Vol.3 No.0221 ★★☆☆☆

 当ブログの現在進行中の唯一のカテゴリは「メタコンシャス 意識を意識する」である。今まで読み飛ばしてきたところの再読モードなのだが、時には新刊本も入れないと、時代の流れとギャップが生じることがある。そこで最寄りの図書館を検索してみると、大澤の近刊「現代宗教意識論」2010/11が引っかかった。

 内田樹「現代霊性論」2010/02といい、葛西賢太「現代瞑想論」2010/03といい、このようなタイトルを付けるのは、現代の流行りなのかもしれない。必ずしも三書に相互の繋がりはないだろうが、当ブログとしては、同じ傾向のものとして読むのは差し支えないだろう。

 ところが、ちょっと「現代宗教意識論」をめくり始めてから、この著者は1995年以降当時、どちらかと言えば麻原集団「寄り」の発言をしていた人ではないか、と気付いた。そしてこの本の存在を思い出したのだが、当ブログ「麻原集団関連リスト」としても未読であった。まずはこちらに目を通すのが先であろう。

 本書は2009/01に「増補」版として文庫化されている。増補版においては巻末の「補論 オウム事件を反復すること」が加えられたようだが、後日、この部分だけでも読む必要はあるかもしれない。

 オウムは、少なくとも80年代末期以降の社会を席巻した思想やサブ・カルチャーのパロディである。p298 「あとがき」

 私にはそうは思えない。あの現象は、80年代末から興ったのではなく、70年代から興っていた「思想やサブ・カルチャー」と関連があるとは思う。高山文彦「麻原彰晃の誕生」 2006/2を読むまでもなく、70年代から熟成されていたのは、松本智津夫ひとりばかりではなく、巻き込まれた周辺の者たち、もてはやしたり、糾弾したりした人々、具体的に事件に被害に遭われ方々を含めての、多くの人々である。

 そして、少なくとも「パロディ」とは思えない。むしろ「具現化」だったのではないか。パロディと称するなら、もとの芸術作品なり思想なりが、確固たる存在であってしかるべきだ。しかるに、70年代、80年代、あるいは90年代において、パロディ化するほどの、確固たる「本物」はあったのだろうか。

 そもそもこの本のタイトルの「虚構の時代の果て」というのも気に喰わない。ここでいうなら、むしろ、「虚構」ではなく、「無意識」とすべきではないだろうか。そして「果て」ではなく、「必然」だったのではないか。「無意識の時代の必然」とするのが、最もこの本のタイトルにふさわしい、と思うのだが。

 無意識が無意識を呼び、集団無意識がどんどん進化した。それは松本ひとりのものではなく、それを支えた集団性、時代性、そして同時代に生きていた人間たちへと拡大して行ってしまったのだ。

 著者は1958年生まれ。1996年当時37歳の社会学者であってみれば、外在する好奇な事件を取り上げて、あとづけで云々することは楽しいことであったに違いない。しかし、それは、カラスはなぜカ~と鳴くか、スズメはなぜチュンと鳴くか、という考察に似て、少々空しい作業のように、私なら思う。

 オウムが、あるいはオム的なものが、私自身もそうでありうる可能性を示している、という自覚なしには、このようなものを書くことはなかっただろう。p298「あとがき」

 なにを持って「オウム的」というかが問題だが、少なくとも、好奇心をそそるような外在的な所業を持って、「私自身もそうでありうる可能性」は、私自身にはない。空中浮遊とか、最終解脱とか、終末論とか、外在する「社会学的」対象になり得るような可能性はない。これらについては、最初から最後まで徹底して批判すべきである。

 もし「~的」と表現されるうちの、内面的なもの、意識的なもの、あるいは「無意識」的なものについては、「私自身もそうでありうる可能性」はある。ないとは断じて言えない。しかし、それに対する否定もまたさらに強いがゆえに、私自身は、決して、いつまで経っても、彼ら「寄り」にはならない。

 無意識を切り開くには、意識、さらには超意識しか解決方法はない、というのが、現在の当ブログの結論である。闇の中をいくら手さぐりしても、闇は消えない。闇を消すには、ただただ光を灯すしかないのだ。

 現在のところ、Oshoの宇宙無意識←集合無意識←無意識←意識→超意識→集合超意識→宇宙超意識、という7つのステージを借りて進行中の当ブログではあるが、超意識や集合超意識への足がかりをつけるためにも、あの時代性や集合無意識性について、しっかりと捉えておく必要を感じる。

 大澤においては「現代宗教意識論」においても、この本の延長線上に何事かを捉えようとしているようでもあり、社会学者という商売上、それもやむを得ないのかと思いつつ、それでもやっぱり「意識論」を期待するのは、無理なのかと、今から興ざめしてはいる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011/01/14

神秘家の道<17>

<16>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <17> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 ブッダム・シャラナム・ガッチャミはいつも、宣言されないがそこにあった。それは起こっていた。それを言う必要がなかった。

 マスターと共にあることは、「ブッダム・シャラナム・ガッチャミ」以外に道はない。私は目覚めたる人の足元にひれ伏します。このような謙虚さのなかでのみ、あなたはマスターの経験と彼の人生の一部となる。「サンガム・シャラナム・ガッチャミ」は、アメリカのコミューンでは破壊されなかった。コミューンは破壊されるが、スートラを破壊することはできない。

 あなたがマスターを愛したら、あなたのマスターを愛する人たちのすべてを愛さないわけにはいかない。そうせずにはいられない。あなたはマスターを選んだ、他の誰かもマスターを選んだ。突然あなたは、あなた方が二人とも同じ道にあり、同じマスター、同じエネルギーでつながっていることに気づく。コミューンは物理的なものとしては破壊し得るが、精神的な内容としては破壊できない。Osho p625 「その名は愛、しかしそのゲームは政治」

 だから何も破壊されてはいない。そして概念が破壊されることは不可能だ。あなた方が数人ここにいるだけで、それはサンガになる。それは同じ道を行く仲間の集まりになる。同じマスターへのあなた方の愛は、不思議な種類の結束を作り出す。あなた方は直接お互いに関係していないが、互いに私を通して関係している。あなた方はときどき直接には衝突するが、私を通してはあなた方は衝突できない。私はあなた方の衝突を中和するだろう。

 ダンマム・シャラナム・ガッチャミ----これはこのスートラの最後の部分だ。これは私たちの探究、私たちを捜すものだ。ダンマムとは真理、究極の真理という意味だ。最初の二つのステップは、ただあなたを三つ目へと助けるためのものだ。Osho p626「その名は愛、しかしそのゲームは政治」

 そのワークは誰が行っても同じだ。それがダンマム・シャラナム・ガッチャミ、真実を知りたい、真実になりたいという渇望だ。

 人間はもし彼の存在の中にこの渇望がなければ、正真正銘の人間ではない。Osho p627 「その名は愛、しかしそのゲームは政治」

 私は全世界が豊かになって欲しい。
 私はこれを最後に、東洋と西洋についての考えを取り除きたい。
 私のヴィジョンでは、世界は一つだ。

 私たちはこの振り子を止めるべきだ。そしてこの振り子を止める唯一の方法は、瞑想を西洋に広めることだ----だが東洋を忘れないように。東洋にも瞑想を広めなさい。それが唯一の、東西を結びつける要因であり、霊的な成長だから。さもなければ、彼らは日に夜をついで、永遠に動き続けるだろう。

 私の見るところでは、世界の半分は何らかの点で人類の半分を表わす。もし、古いやり方に従うなら、同じ分裂が続くだろう。そして同じ変化があるだろう。しかし私は、ゾルバ・ザ・ブッダについて話している。

 私は瞑想的だが、富に反対ではない、霊的な成長には賛成だが、貧困が霊性であるとは思わない世界、人間について話している。貧困は単に貧困だ。そして、二つの世界が一緒に存在できるなら、なぜ一緒に両方の世界を持たないのかね? なぜ選ぶのかね?

 私は快適に暮らしてきた---私は人生で何もしたことがない---しかし、それは私の瞑想を妨げていない。私は権威を持って語ろう。あなたは、快適さと瞑想に生きることができる。

 瞑想は内側の快適さだ。そして、快適さは外側の瞑想だ。それらを一つにしなさい。外側で完全に自己実現し、内側で完全に満ち足りている人は、完全な人間だ。完全な人下以下では、人類の更なる進化のための助けにはならないだろう。 Osho p661 「私のヴィジョンは全体だ」

<18>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/13

「ザ・メディテーション」 メンタル・アドベンチャー・マガジン 1977/10 - 1979/04 <1>

Meditation7
「ザ・メディテーション」 The Meditation メンタル・アドベンチャー・マガジン<1>
創刊1977/10 - 1979/04 全7冊 平河出版社 季刊雑誌 p150程度
Vol.3 No.0214~0220 ★★★★☆

 「精神世界の本 メディテーション・カタログ」(1981)や荒俣宏編集「世界神秘学事典」1981)などをめくりながら、70年代末に「ザ・メディテーション」という雑誌があったことを思い出した。77年秋に創刊。インド行きを準備していた自分は、この雑誌の創刊号を見て、いよいよ、この時代が来たな、と感無量だった。

 しかし、実際には創刊号を見ただけでインドに行ってしまったので、2号以下はリアルタイムとしては読んでいない。季刊であったし、当時、類のない雑誌だったので、インドに旅行者が持ってきたものは読ませてもらったが、熟読できるような環境ではなかった。

 それに、季刊とは言え、わずか7号で休刊したため、77年の秋から、79年の春までという短期間だったので、私のちょうど最初のインド旅行の期間に対応し、当時の雰囲気が色濃く残っているこの雑誌は、見るのもちょっとはばかれるが、それでもやっぱり見ずにはおれない魅力を持っている。

 当時から30年以上も経過するのに、いくらか欠号があったが、今回、ネット検索してみて、あらためて7号で休刊したことを知り、全7冊をそろえておくことにした。こうして全部そろえてみれば、当時のいわゆる「精神世界」と言われたものが、色濃く反映しており、そのカオス、その混乱ぶりは半端ではない。

創刊号1977/10
 この雑誌を店頭で発見した時の自分の驚きは大きかった。こういう時代が来たのだ、と思った。ひとりひとりの執筆陣についてはあまり細かく考えなかった。ただ、この雑誌に広告を出していた旅行会社が「横尾忠則と行くインド・プーナ」という企画を出しており、私はてっきり、彼といっしょにプーナに行くものだと思っていた。

 プラブッダが「存在の詩」を紹介している。その他、玉石混交ではあるが、なにせ「メディテーション」という響きがよかった。出版社は気にいらなかったが、さりとて、他にどこから出ればよかったのだろうか。

創刊2号1978/01
 前年の11月に日本を出発した私は、この本はリアルタイムでは、読んでいないことになる。山尾三省や松岡正剛、チョギャム・トゥルンパなど、実に多彩な人々が執筆陣に顔をそろえている。巻末の「精神世界の本ベスト100」などが、後の精神世界の本のルーツとなるか。
 夢枕獏が見開きの短文を書いている。彼が70年代から書きだしたという「上弦の月を喰べる獅子」の構想は、この辺に根っこがあるだろう。

3号1978/04
 
「横尾忠則とともにインドへ翔ぶ」という企画が載っている。主催は「ザ・メディテーション」編集部だ。

 メディテーション旅行団第1団!1978年8月7日発
 「未知のものへの憧れを秘め、この夏に横尾忠則さんとインドへ翔んでみませんか。バグワン・シュリ・ラジネーシの「存在の詩」を生んだデカン高原の緑の都市プーナを訪れ、インドの悠久の刻の流れに浸りゆく。バラ色に輝やく朝の光のなかで・・・神秘の山々に沈む黄金の夕陽に染まれば目覚めへの歩みがはじまる」
p22

 私はプーナでこの雑誌のこの広告コピーを読んだ可能性がある。だが、結局は横尾は来なかった。高校を出てすぐ、彼のアトリエを訪問し、後に、彼に直接話したり、サインをもらったり、現在では、twitterで、リアルタイムでフォローしているが、彼は彼なりにこの当時、かなりアンテナを張っていたものと思われる。この時、彼がプーナを訪れたら、サニヤシンになっていただろうか。彼はこの年の3月にでた「究極の旅」の帯に推薦文を書いている。

4号1978/07
 この号にも同じ旅行企画の広告がでている。むしろこの号で特筆すべきは吉福伸逸がプーナ訪問記を書いていることだろう。彼が訪れたのは3/08~3/17あたり。「OSHO講話タイトル:年代順」でいえば「The Book of Wisdom, Vol 2 」あたり。もっとも、この時期は、私はビザの関係で一カ月インドを離れ、スリランカ仏足山の藤井日達上人のもとで南無妙法蓮華経のお太鼓を叩いていたので、会うことはなかった。

5号1978/11
 特集「瞑想の科学」の文字が躍る。巻頭の横尾の一連のイラストレーションが美しい。喜納昌吉も書いている。今となってみれば、「瞑想の科学---21世紀へのメタ・サイエンス」のコピーが美しい。でも、コピーではなく、本当に「メタ」サイエンスになっているかどうかは、未確認。「仏陀と物理学」でフリチョフ・カプラの文が吉福訳で紹介されている。

6号1979/01
 もう、この辺にくるとネタ切れか。「精神世界の本ベスト800」、という企画で乗り切っている。曼荼羅ポスターなどの付録もついている。このポスターをトイレに張っていて、友人に叱られた頃が懐かしい。

7号1979/04
 「総特集---カリフォルニア精神文化論」。この頃は、インドに行くか、カリフォルニアに行くか、どちらかだった。1970年の頃、ちょうど高校の修学旅行の時期だったが、大阪万博か、北海道コースのどちらかを選べた。あの時、私は北海道を選んだ。それと同じような選択が、1977年当時はあった。私はインドを選んだのであったが、少し傾向性が分かる気がする。
 いずれにせよ、この号で、「ザ・メディテーション」は休刊となる。このあとは「瞑想」とか「アーガマ」などに引きつがれたようでもあるが、個人的には、すでに感情移入はできない。

 一号、一号、いずれは玩味してメモする時がくるかも知れないが、なにはともあれ、77年~79年当時の時代性を見る上では欠くことできない雑誌シリーズだと、私には思える。

Photo

<2>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/12

神秘家の道<16>

<15>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <16> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 今は非常に貴重な時期だ。本当に進化したいと望む者は、これ以上に貴重な時を見つけることはできない。もっともっと意識に向かって進化しなさい。もし目覚めることができたら、あなたにはもうこの地球に生まれて来る必要はなくなる。

 目覚めることができないとしても、やはりあなたはより高い段階へ向かう途上にあるということだ。そしてもし生まれて来るとしても、意識のより高い段階が既に存在し、それが一般的になっているような惑星に生まれてくることになる。Osho p430「感謝の涙」

 光明を得るとは認識だ。「私は単なる死すべき者ではない。私はただの物質ではない。私は神性なるものだ。私のハートの中のハートには神が生きている。そして私の中で起こっていることは、他のみんなの中に起こっていることだ」とわかることだ。

 私たちが光明を得ていると呼ぶ人たちと、他の人たちの唯一の違いは、光明を得ている者は知っているということだ。その人は自分の内なる実存を認識しているが、他の者たちはぐっすり眠りこけているということだ。だが質的な違いはない。眠っている者も、明日には目覚めるかもしれない。

 そしてこの永遠の中で、今日目覚めようが、明日目覚めようが、そんなことが問題になるだろうか? そんなことは問題にならない。朝早く目覚められるし、朝遅くにも目覚められる----永遠が手に入るのだ。何時目覚めるかを選ぶ自由があなたにはある。

 もう少し眠っていたければ、それを選ぶ自由がある。そのときは寝返りを打ち、毛布を引っ張り上げて、もう少し眠りを楽しめばいい・・・・それを楽しんでいるのは神なのだから。心配することはない。神がもう少し眠りたがっているならば、なぜ神の邪魔をすることがある? それに遅かれ早かれ、あなたは目が醒める。どれほど眠り続けられると言うのか?Osho p447 「愛があるときにのみ」

 これは、人間の全歴史においてまったく新しい実験だ。ここでは自由とは本当に自由を意味している----自分自身であるための自由だ----というのも、あなた方が自分自身でない限り、私を信頼できる方法があるとは、私には思えないからだ。

 もし、私があなた方が自分自身であることを妨げているなら、私は自分とあなた方の間に、壁を創りだしていることになる。私はあなた方に自分自身であってほしい。自分の意識で正しいと感じることを、何でもやってほしい。あなたの意識以外の誰も、それを決めるべきではない。Osho p590 「行くべき処などない」

 私はただ、彼らの眼を覚まさせたい。「あなた方が眠りの中でしていることが危険なのだ」と。私たちは特別な時がある。人間が死ぬか、もしくは新しい人類が生まれるかだ。

 私にドアを閉ざす人々は、古い人間の味方だ。そして古い人間は死のうとしている。それは充分に生きた。それは死後の生を生きている。それはすでに死に、ただ古いはずみの力で歩いているだけだ。

 私は、異なった種類の特徴、異なった質を持った新人類を支持する。彼らは若い人々----若く冒険したい人々、発見したい人々、新しい存在のスペースへ旅立ちたい人々----を怖れる。私に感銘を受けるだろう人々だ。Osho p603 「飛ぶための新しい空」

 私の中には新人類のヴィジョンがある。自分自身以外、他の誰になることも強要されない人、従うべき理想ではなく、自分自身の可能性を実現するための自由を与えられる人だ。

 彼は野望を与えられないだろう。彼は野望を作り出す教育も与えられないだろう。それは全く有害だ。彼には何か他のものが与えられるだろう。喜び、歌い、踊り、彼の生を祝祭にする能力だ・・・・・誰とも競争するのではなく、彼自身が成長しながら。Osho p605「飛ぶための新しい空」

 私がやってもやらなくても、それは起ころうとしている。進化を止めることはできない。おそらく多少遅れ、延期されるかもしれない。しかしそれを止めることはできない。前兆を読めないのは盲目の人だけだ。進化を止めることはできない。

 だから誰が媒体になるかは問題ではない。しかし真実は勝ち、新人類が現れるはずだ。これは唯一の希望だ。この地球のためだけではなく、全宇宙のために。Osho p606 「飛ぶための新しい空」

<17>につづく 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/11

Osho、ニーチェを語る<2>

<1>からつづく 

Osho
「Osho、ニーチェを語る」<2>
Osho 小森 健太郎・訳編 1990/03 出版:全国エルピー・プル狂連 印刷:同人誌印刷 簡易冊子 p60

 映画「2001年 宇宙の旅」で効果的に使われているシュトラウスの「ツラトゥストラかく語りき」に触発されて、またニーチェを読もうと思った。手元には何故か、竹内道雄訳の新潮文庫上下巻が2セットある。高校時代に読んだものと、しばらくして、手元にあるのを忘れて、ふたたび購入して読んだものが残っているのだ。

 この文語体的「かく語りき」調のツラトゥストラもなかなかいい。いまだに読めない漢字もたくさんあるのだが、なんせ120年も前に発表された作品だけに、その時代性を感じるためには、この古文体的文章がなかなかいいのである。

 しかしながら、だんだんスピードが落ちてくる。そもそもツラトゥストラはストーリーを追いかけるような「小説」ではない。たくさんの、ある意味、脈絡さえ、とぎれとぎれのこの本は、たくさんのアフォリズムの塊であり、ちょっと読んでは、一休み、ということがだんだん増えてきて、やがては途中でとん挫ということがたびたびあった。

 今回もその例にもれず、すこしスピードが落ちてきたところで、図書館の新刊コーナーの、新訳「ツァラトゥストラ」(上)が目にとまった。光文社文庫、丘沢静也訳、2010年の11月に出たばかりの新刊ほやほやである。それに、現代文、というのを通り越して、極めて読みやすい言葉で綴られている。

 これはいい。先日も、「カラマーゾフの兄弟」の新訳で読み始めたところ、実に快適に読破できたので、今回も、新訳はいいなぁ、と読み始めた。しかし、たしかに読みやすくはあるのだが、やっぱり、こちらも、だんだん読むスピードは落ちてくる。そもそも、やはり「ツァラトゥストラ」は、物語として読まれるべきものではないのだ。ひとつひとつが、深い思索を誘ってくる誘惑者のような存在だ。

 すでに何種類かの「ツラトゥストラ」が世に出ており、すこしづつそのヴァージョンに触ってはみるのだが、それぞれに味わいがあり、すこしづつニュアンスが違う。それぞれによって好みがあるだろうし、比較して読み比べてみるのも楽しかろうと思っている。

 それでもなお、やはり、「ツラトゥストラ」は簡単に読める本ではない。理由はいろいろある。ニーチェの思索が深いこと。言葉に統一性がなく、ニーチェのアルファベットに慣れる必要があること。ニーチェが語ろうとしたことと、ニーチェの実存に、ギャップが存在していたこと。その他、いくつかのことが考えられる。

 ここは、誰かの「解説」が必要となる。誰か、と言っても、この書を読みこなすには、実存的にその内容を理解しきった存在でなければならない。そしてそのような存在は多くない。ましてや、私のような、あまり哲学書などに慣れていない読者の場合は、誰でもいい、というわけではない。

 そこでやっぱり登場したのが、「Osho、ニーチェを語る」である。あちこちに散らばったOshoの言葉を翻訳し、一冊のパンフレットにまとめた私家版であるが、私には実に面白い。「Zarathustra: A God That Can Dance」や「Zarathustra: The Laughing Prophet」から抄訳されたものだから、そちらを読んだほうがいいのだが、英語が得意ではない私には、せっかくある翻訳は、大変ありがたく、そちらを読むようにしている。

 最近、ニーチェはある意味ブームで、「ニーチェ入門 悦ばしき哲学」「超訳ニーチェの言葉」をめくってはみたが、それほど面白くはない。ニーチェを「解説」するには、その文章や小説を説明するのではなく、その説かれている「超人」を体現している存在が必要なのである。

 「Osho、ニーチェを語る」は面白い。それはなぜかというと、面白いところだけを抜き書きしてあるからである。全体像、深さ、という意味においては、やはりそれぞれの元本によらなければならい。

 それでもなお、思うこと。それは、Oshoはニーチェを語りながら、決してニーチェを語っているのではない、ということ。ニーチェを語りながら、実はOshoは自分を語っている。ニーチェの言葉は、実は入れ物の役割を果たしており、私たちはまんまと、Oshoを読まされているのである。私は、ニーチェに関心があるようでいながら、やはり、Oshoの方にさらに多くの磁力を感じているのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/10

神秘家の道<15>

<14>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <15> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 光明を得るとは、深い眠りから目覚めるということ、無意識の状態から意識に到ることだ。何も、自分の外の神など要らない。

 自分の外側の神は極めて危険だ。その意味するところは醜い。外側にある神とは、紙を礼拝すること、褒め称えること、神に祈ること、モスクに行くこと、教会に行くこと、シナゴークに行くことを意味するからだ。外側の神は決して、自分の内側に入ることを許さない。あなたの目の焦点は外側に合わせられる---ところが外側に神はいない。あなたは空っぽの空を覗き込んでいる。

 生の本当のジュースは自分の中にある。

 まさにこの瞬間にも、あなたは自分の内面を振り向くこと、自分自身を覗き込むことができる。礼拝など要らない。祈りは必要ない。必要なのはただ、自分自身の実存への静かな旅だ。私はそれを瞑想と呼ぶ---自分自身の実存への静かな巡礼の旅だ。そして自分の中心を見つけた瞬間、あなたは全存在の中心を見つけたのだ。Osho p447「愛があるときのみ」

 私の生き方はすべて単純だ。それにはたいそうな哲学など要らない。単純なことだ。静かになることを学び、自分の思考を見ていることを学ぶことだ---なぜなら、自分の思考を見ているようになればなるほど、思考は消え始まるからだ。すると、無心の状態がやってくる---全面的に覚めて、全面的に気付いて、完全に意識しているのだが、意識している対象は何もない、気付くことのその対象は、何もないというような時が。ただ気付いていて、ただ意識しているだけだ。

 これこそ、生における最も価値ある瞬間だ。なぜなら生においては、そして存在においては、あらゆるエネルギーは輪を描いて動くからだ。意識が、意識すべき対象を見いだせなければ---そしてこの「対象(オブジェクト)」という言葉の意味を覚えておきなさい。それは妨害物、反対するもの、妨げるものを意味する。だから、意識がどこにも、何の妨害物も持たずにただどこまでも進むなら、そのときそれは自分自身に戻ってくる。存在の中で、ものごとは輪になって動くからだ。円は、あらゆるエネルギーが動くやり方だ。そして意識がそれ自身を意識するようになるとき、それが私の呼ぶ光明だ。それは単純なことだ。Osho p458 「愛があるときにのみ」

 禅には神はいない。禅には、あなたとあなたの意識しか存在しない。あなたの意識こそが、今に到るまで存在の中での最高の開花だ。それはまだ高く行くことができる。そしてそれをより高める方法は、自分の全生活が神聖なるものになるように、あなたの人生を想像することだ。Osho p464 「見張りは、面白がってはいない」

<16>につづく  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大師のみ足のもとに<2> J・クリシュナムルティ

<1>よりつづく

大師のみ足のもとに
「大師のみ足のもとに」 <2>
J・クリシュナムルティ 1998/06 竜王文庫 単行本 p93

 この本もまた、微妙な境界線上にある一冊と言える。この本をコンテンツとして、フィクションとして読んでしまえば、たんなる噴飯物のお笑い草にしかならない。このコンテンツ、このフィクションを、コンシャスネスへの動機づけとして読むなら、1910年にアルシオーネ(アルシオン)の著者名で出されて以来、100年を経過してなお読者を獲得している意味合いが、少しは見えてくる。

 発行された時点では、まるで現在のある閉鎖国家の第三代当主の登場の仕方のように、神秘のうえにも神秘が演出されていて、どんな存在が書いているのか、いくつものベールをかぶせられていた。素顔が発表された青年期以降のクリシュナムルティは、この書籍の方向性とはまったく別な道を歩み始めたし、彼自身、この本の著者であることを、否定せずとも、曖昧な表現で濁わしている。

 もっとも、10歳とも、13歳とも、15歳とも言われる執筆当時の年齢であるが、仮にその年齢でこの内容を書いたとしても、それを「天才」ともてはやすのもどうかと思われる。その仕掛け、そのトリックは、21世紀の現代的科学の視点で見れば、明らかだ。

 しかし、自らの内面を意識する時、どこかに、それは無意識層を超えて、集合的無意識層へと降りて行く時、どこかにこの神智学的流れが底触してくることは明らかなのだ。それは、ある一定程度の真理を帯びているとも言えるだろうし、自分の過去生におけるなにかと関連づけられている、と言うこともできる。

 集合的無意識から、さらに宇宙無意識に繋がっているかどうかはさだかではないが、いずれにせよ、それを解明するには、光が必要だ。無意識は、そのままでは、ついに無意識のままだ。そこには光が必要だ。光があれば、無意識は超意識へ、あるいは集合的超意識へと、その領域を拡大する。

 遅々として進まない当ブログのクリシュナムルティ読書であるが、まずはこの「大師のみ足のもとに」はチェックしておかなければならない、と思う。そして、それに先立つこと、マダム・ブラヴァッキーの「シークレット・ドクトリン」。こちらもまったく手つかずに近い状態だが、必読であることには変わりない。そして、「自我の終焉」

 救世主として見いだされながら、その座を蹴って、ひとり自由の境地を歩いたクリシュナムルティの本質は、のちの「生と覚醒のコメンタリー」にも十分表現されているが、まずはこの辺を抑えておけば、神智学→クリシュナムルティの概略はほぼ分かる。さらには、大野純一「クリシュナムルティの世界」あたりに手を出すと、面白すぎ、可笑しすぎて、しばらくは他の読書に戻れなくなるから、要注意ではある。

 下手すりゃ、コンテンツ三昧のごろ寝の世界に突入となってしまっては、元も子もないのである。ここは、すみやかに「メタコンシャス 意識を意識する」路線にシフトしていく必要がある。

 今、この段に及んでこの辺あたりに着手しようと思い立ったのは、必ずしも、クリシュナムルティや神智学の流れに興味が湧いてきたからばかりではない。むしろ、その後継にあたる現代のチャネリングや神秘傾向のあるグループの読み解きに役に立つのではないか、と思ったからである。

 敢えていうなら、当ブログにおける「アガルタ探検隊」と称する事共に、なんらかの光を当てて行く必要を、今更ながらに感じているからである。外側におけるコンテンツとしては、はっきり言って、あまり楽しめない。私には、これらをフィクションとして、読み物や、空想のネタ、として楽しむ才能はなさそうだ。

 だが、一旦、自分の内面に入り始める時に、これらの事共がわんさかと押し寄せてくる。それは、つまり無意識→集合無意識へ降りて行く時の、避け得ざる魑魅にして魍魎たる、暗闇の世界でもあるようだ。

 すべてが円構造であり、螺旋状であるのなら、ここに瞑想の光のもと、集合無意識は集合超意識へと、変換しないこともない。いや、むしろ、そのために不可欠な道筋なのだと、ここに諦めた、というのが本当のところか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/09

神秘家の道<14>

<13>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <14> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 人は意識的に、より意識的にならなければならない。私のプロセスが、まず意識の最高の高みに到達し、それから後ろに戻ってくるのはそのためだ。そうなれば自分が持っている光と共に、その洞察と共に自分の存在のより深い暗い部分に降りて行くことになる。今度はその人は光とともに行く。そして何処に行こうとも、そこに光があることになる。

 あなたたちの無意識には宝物がある。あなたたちの集合無意識には宝物のがある。あなたたちの宇宙無意識には宝物がある。だがあなたには光が必要だ、油断なく目覚めていることが必要だ。自分自身が無意識だったら、その深い無意識のマインドの三つの層の中で、どうやって宝など見つけられるだろう。Osho p281「惨めさとは、選択にすぎない」

 くつろいで非常に鋭く目覚めている状態は、その人を超意識の近くへと連れていく。そしてくつろいでいるが、安らかな眠りに落ちていく時の状態は、人を無意識のマインドのほうへ導く。第一の状態が第二の状態よりも遥かに勝っていることは確かだが、あなた達には二番目の状態も必要だ。そうでないならそれは起こらなかったに違いない。Osho p306「本当の豊かさ」

 古いタントラ文献には、ある非常に不思議な考えがある。これは神智学運動が、再び現代世界に紹介することになったものだ。それはアーカーシャの記録という考えだ。アーカーシャとは空を意味する。

 タントラの考えというのは、光明を得た者は誰でもある波動を生み出し、それは空自体によって記録される、なぜならその波動こそが存在の宝物だからだ、というものだ。そしてタントラ文献は、その記録を聞くことのできる方法があると示している。だが大きな惨禍があった。人々はその経典を滅ぼしたのだ・・・・・。Osho p355 「存在は急がない」

 集団としての人間は進化していない。
 集団としての大衆に対して、どんなわずかな慈愛でも起こったなら、それはすべてこの光明を得た僅かな求道者たちのおかげだ。だがその比率を理解するすることだ。それは大海を甘くしようとして投げ込まれた、一匙の砂糖のようなものだ。それは海にとっては取るに足りないことだ。海はあまりにも広大だ。一匙の砂糖は一杯のお茶のためならまったく申し分ないが、海が相手ではそれでは足りない。

 光明を得た人とは、一杯のお茶だ。彼のグループ---彼に同調した人々---でさえまたあまりにも小さく、集団としての大衆の中、その広大な闇、無意識の中に、さしたる変化を創り出すことはできない。Osho p357「存在は急がない」

 私の努力が、あまりたくさんの人々に働きかけるのではなく、ごく限られた数の人たちに、その人たち全員がこの生涯で光明を得られるほどに、強烈に働きかけることに集中しているのはそのためだ。おそらく200人ほどの人間が同時に光明を得れば、人類の進化に大いなる後押しをするかもしれない。私たちはやってみることができるだけだ。そしてそれを試してみることは、この上もない喜び、実にわくわくすることだ。Osho p361「存在は急がない」

 私たちにはわからないが・・・・・、この500万の惑星の中には、人間が超意識まで到達した、超意識が一般的な現象になったような星が少しは存在するのかもしれない。あるいは集団超意識が普通のことになったような惑星が、一つは存在するのかもしれない。そして究極に達した、誰もが光明を得ているいくつかの惑星、あるいは一つの惑星が存在する可能性だって、否定はできない。

 だからもしこの地球が消えれば、人々はそれぞれの成長に応じて、それ以上の成長のために、その人にとって何が必要なのかに応じて、人々は別々の惑星に移動するだろう。そしてこういうことはすべて自律的に起こる
。Osho p420「感謝の涙」

<15>につづく

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011/01/08

世界神秘学事典 荒俣宏編

Photo
「世界神秘学事典」
荒俣 宏 (編集) 1981/11 平河出版社 574p
Vol.3 No.0213 ★★★★☆

1981年に同じ出版社から出た「精神世界の本 メディテーション・カタログ」と双璧をなすような、時代を象徴するような一冊というべきだろう。この出版社は桐山靖雄が自らの著書を出版するために70年代初半につくった会社だが、80年前後から実に広範な形でさまざまな本を世に送り、実に懐が広かったというべきか、その足がかりを利用した者たちがいた、というべきか、実に雑多な本が出された。

 その中において、荒俣宏編集のこの事典も、内容はかなり整合性の取れていない部分も多々あるが、30年経過してみて、ついぞ、この領域ではこれを超えた本が出ることはなかったのではないか、と思われる。今読んでもなかなか為になる。古書市場で高値を呼ぶ理由も分かる。

 高橋巌の門弟にして、博学の士であれば、数多くの類書を読みこなし、ほとんどこの事典の7割を荒俣本人が書いたということだから、まさに驚異的な知の使い手とも言えるだろう。荒俣宏、当時34歳。実に集中して仕事をこなしていたことになる。

 1995年の事件において、さまざまな形で多くの人々が巻き込まれた。島田裕巳のようなおっちょこちょいもいれば、中沢新一のような確信犯もいた。桐山靖雄のように三十六計逃げるにしかずと逃走する輩もおれば、吉本隆明のように呼ばれもしないのに、でてくる人物も現れた。

 その中にあって、荒俣宏もまた、糾弾の矛先に立たされたはずなのだが、当ブログにおいてこれまでめくって来た本の中では、まったくひっかかってこなかった。彼の本をめくりもしなかったし、関連で登場することはなかった。何故なのか、ちょっと不思議に思う時もある。

 別にあの事件に関わりを持つことに重きをおくものではないが、これだけ「神秘学」に関わりながら、彼とて、無関心であの時代を過ごしていたわけではなかろう。もっと積極的な発言や、態度表明があってもよかったのではないか、と思う。

 はやばやと80年代末にはハワイに逃亡していた吉福伸逸のような狡猾な人物さえコメントを遺しているのだから、東京のど真ん中に残った荒俣のなんらかのコメントなりがあってもよさそうなのだが、今のところ見つけていない。あるいは、あるかどうかも、あまり関心が高まらない。なぜなのだろう。

 この本、神秘「学」とある。神秘「主義」とか、神秘「思想」、神秘「哲学」、神秘「家」という言い方もある。翻訳のされ方や、著者各人の使い方があるので、一概には言えないが、さて、荒俣本人は、神秘「家」であろうか。神秘「主義者」であろうか。

 ざっと思いをめぐらすに、彼は「家」でもなければ「主義者」でもなさそうだ。まさに神秘「学」者、の呼び名がふさわしいように思える。ただし、ここにおいては、やや批判的に「ふさわしい」と言わざるを得ない。

 そもそも神秘の世界に入るのに、これだけの「学」は不要なのだ。一歩ゆずって「主義者」ならこれだけの知識で自らの領域を防御することもあるかもしれないが、少なくとも、「家」にとっては、これだけの博学の知識は必ずしも必要ない。場合によっては、邪魔になる。

 極言すれば、荒俣は、「学」の人であって、行や実存の人ではない。よくも悪くも、本の人であり、図書館の人である。だから、島田や中沢のような巻き込まれ方はしなかった。島田でさえ、フィールドワークの一環として、実際の集団性のなかに足を踏み入れていた。

 だから、この「世界神秘学事典」は、80年代的なカオスを生みだす手助けはしているが、そこからコスモスを生みだす手助けをしていないことになる。無造作に投げ出された知的断片に、不用意に近づいた者たちが、転んだり、滑ったりしたりしても、提供者たちは責任を持ち得ないのである。

 70年代と90年代に挟まれた80年代を象徴するような一冊であり、いまなお存在力のある名著ではあるが、これを読みこなし、自らの、人間としての、生きる力に変えるには、もう一段、別なアプローチが必要となる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011/01/07

神秘家の道<13>

<12>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <13> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 霊的な体験は、どんなものも無意識ではあり得ない。それはまさに、その本性において超意識の一部でなければならない。ちょうど無意識がすべての醜いもの、悪夢的なもの、自分自身も知ることを望まず、また他の人たちにも知って欲しくないようなものすべてを集めるのと同じく、超意識も美しいもの、素晴らしいもの、霊的なものをすべて集める。

 一つの人生から別な人生へと通過するとき、人は無意識も覚えておらず、また超意識も覚えていない。ただマインドの意識的な部分だけをもってやって来て、再び体が始まる---もっとも、以前経験したことは残っており、役に立つ。人の無意識があまりにも重荷を負わせられると、その人の意識に影響して、その人が避けたいと思う同じような醜い経験を繰り返させる。だがもし、その人の超意識が美しい経験の財宝を持っていたら、それは意識を魅惑して、意識がごく容易に超意識の方に動けるようにするのだ。

 だから、催眠の中でそれが起こることがある。あなたの無意識があなたの超意識ほど強力でない場合、催眠の中であなたは超意識の方に向かうことになる。そういう宝物の中に入って行くことになる。だがそういうものは、無意識に属しているのではない。初めてそういうものに出会えば、自分はそういうものに無意識だったのだと思うだろう。それは本当だ。確かにあなたはそれについては無意識だった。だがそういうものは、無意識のマインドの一部ではない。それは超意識の一部だったのだが、あなたは気がついていなかった。

 こういうマインドの異なる六つの---毎日使っている意識的なマインドは別として---部分はすべて、それ独自の記憶システムを持っている。それぞれの生涯において、その人が達成したもの、あるいは失ったものはすべて、そのどれかの記憶機構の一部になる。暗い側にあれば、それは無意識の方に行く。もしそれがあまりにも暗くて無意識でさえも重すぎると感じたら、それはもっと深く集団無意識の方に滑り落ちる。だが、もし集団無意識までが、それは起こり得るまったく最悪のことだと感じるようだったら、そのときそれは宇宙無意識の中へと滑り落ちる。そこはまさに岩盤のようなもので、どんなものでも取り込む用意がある。何であろうと気にしない。

 同じことが明るい側にも起こるのだが、大抵の人は超意識までは到達しない。ほんの時たま、ただ年を取るのではなく、成長に向かって自分の存在を発達させるように働きかけている者があれば、いくつかのことが超意識によって貯蔵される。だが、もしその人が進み続けていれば、超意識以上のもっと高いレベルでしか貯蔵できないようなものが生まれて来る時が来る。すると、それが集団超意識の記憶体系になる。、

 だが、わずかではあるが宇宙意識でしか進められないような経験がある。しかも、あらゆる生涯において、上昇する道はますます狭くなる。おそらく何千人もの中で、超意識で何かを集めるのは一人しかいないだろう。おそらく何百万人もの中で、集団超意識の中に何かを貯蔵する者は一人しかいないだろう。おそらく何十億人もの中で、宇宙超意識で何かを集める者は、一人しかいないかもしれない。Osho p326 「財宝あるいは龍」

<14>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/06

精神世界の本 メディテーション・カタログ

Photo
「精神世界の本」メディテーション・カタログ
平河出版社カタログ刊行会・編集 1981/08 単行本 273p
Vol.3 No.0212 ★★★★☆

 1970年代の徒花とされる雑誌「ザ・メディテーション」のバックナンバーを探していて、この本を見つけてしまった。オークションで、極めてゼロに近い値付けがされていて、ついつい衝動落札。1981年とは、こういう時代だった、というシンボリックな一冊。読むともなくパラパラめくると、2千数百冊と、百数十のLPの世界が待ち受けている。

 当時のいわゆる精神世界関連と思われる本類を一挙にカタログ化している。もちろん、この本を全部読んだ人はそう多くはあるまい。あるいは皆無だろう。また、仮に読んだとしても、むしろセンタリングを失い、卒倒してしまうかも知れない。

 2千数百冊という数字は決して脅威的なものではない。ちょっとした本好きならこの程度の本は所蔵しているだろうし、当ブログとて、この4~5年で、それだけの本に目を通し、ここにメモは残してきた。物理的には不可能ではない。

 しかし1981年という時代性を考える時、この本に全部目を通すことばかりか、これらの本を探したり、あるいは、これらの本の存在を知ることさえ、なかなか難しかったに違いない。インターネットもなかったし、せいぜい20代から30代にかかろうとしていた世代には、これらの本を一冊一冊購入することはむずかしかったはずだ。

 図書館ネットワークも発達していなかったし、いわゆる「精神世界の本」というジャンルも目新しく、決して確立したものにはなっていなかった。関わった執筆陣や編集陣も若い。あるいは、かなり牽強付会にリストに並べられてしまった本も多数ある。内容も玉石混交。

 夢枕獏は、1970年代から書き始めたという小説「上弦の月を喰べる獅子」を1986年に「SFマガジン」に掲載を始め、1989年に完結させた。この時代の雑多なシンボルや潮流を、彼なりにアーガタ=タターガタへの昇華として、時代に一つの螺旋上昇を試みた。

 桐山靖雄は、この本の出版社の実施的オーナーであるが、アーガマ経典から、阿含宗なる、あらたなるキャリア・ロンダリングを試みていた。当時その教団に在籍していた松本智津夫は1986年に宗教法人を取得している。1981~1986年、というのはそういう時代だった。

 6~70年代に勃興した学際的なネットワークは、混沌とした80年代を生みだした。その揺籃期の中で、90年代の悲劇的なドラマのシナリオがほとんど書かれてしまっていたともいえる。95年は、阪神淡路大震災や麻原集団事件とともにインターネットが一般化した年として、人々に記憶の中に残った。

2011年の私たちにとって、インターネットは当たり前のものであり、ものごとすべてがインターネットありきで存在していると言っても過言ではない。今から30年前にでたこのカタログの果たした役割は、現在ではこの数十倍、数百倍以上の機能を持って、インターネットが果たしていると言えるだろう。

 しかし、その情報を集積する力は発揮されているとしても、それらをインテグラルし、さらに実存化する能力は一体、どれだけ機能しているのだろうか。混沌は混沌を呼び、新たなるカオスや災害を孕んではいないだろうなぁ、と危惧する面もある。

 精神世界。すでに遠い過去の象徴となってしまったかに見える古い言葉だが、その標章は変わっても、何事かを求めようとする人間たちの営みに、大きな違いはない。2011年。今年はどんな年になるか。更なるカオスのただなかに落ちていくのか。新たなる宇宙の中心にたどり着くことになるのか。地球の上に生きる一人の人間として、一日一日の生活が始まる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/02

神秘家の道<12>

<11>よりつづく
神秘家の道
「神秘家の道」 <12> 珠玉の質疑応答録
OSHO/スワミ・パリトーショ 2009/03 市民出版社 単行本 884p

 何度も何度も生まれて来るだけでは、人は必ずしも成長しているわけではない。どんな霊的な強さも獲得せず、どんな意識の進化に到達することもなく、同じ輪の中を動き続けることもあり得る。

 だがもしあなたたちが、この生涯でより意識的になろうと心がけるなら、そこで得られたものは何であれ、次の生涯に持ち越され、決して失われることはない。すると次の生涯では、自分の過去生で立ち去ったまさにその同じ場所から始めることができる。

 なぜなら、その人は肉体を変えたに過ぎず、その人自身は同じままだからだ。だから自分の中で何かが意識的になったら、それは新しい生涯でも自分の中で意識されることになる。何もかもが新しく始まる。

 自分の上をおおっているものは何もなく、人は意識の中で成長して行くための、より大きな自由を持つことになる。あらゆる生涯の中で、その人は成長のより大きな可能性を、より多くの機会を持つだろう。それはすべて本人次第だ。Osho p225「エゴこそ最大の束縛」

 意識、超意識、集合超意識、宇宙超意識、など、用語としては各方面でそれぞれの意味合いで使われている。単語としては同じであったとしても、意味しているところが同じである、とは言えない。Oshoにおける過去生という用語も、他で使われている使われ方とニュアンスが違っていることも多いので、読み方に留意しなければならない。

 なんにせよ、超意識←意識→無意識、という二つの方向性があるとすれば、なにはともあれ、超意識のほうへ、より意識を高めていく必要がある。そのことによってのみ、無意識にも、集合無意識にも、宇宙無意識にも光があたってくる。はてさて、それでは意識とは、何か。どのようにすれば意識的である、といえるのか。

 そしていいかね、見るということはテクニックではない。それはあなたたちの本質だ。見ているというのはテクニックではない。何一つ押し付けているわけではないからだ。だから、幻覚を生む可能性はない。あなたは、ただ見ているだけだ。たとえ目の前に神がやって来ても、地面にひれ伏して、その神の足に触れる必要はない。あなたは、ただ見ていなければならないだけだ。見ていることは、テクニックではない。Osho p240「マインドこそ問題のすべて」

 Oshoのリズムのいい言葉に、ふむふむ、と分かった気になってしまうが、以前にも似たようなことを聴いているからであり、ふと気付くと、こんなに大変なことはない。それがテクニックではないにせよ、見ていること、見ているだけのこと、は、言われるほど、私にとっては容易ではない。意識的であり続けることは、至難の業だ。

 だから、おのずと、オーバーフローしたエネルギーは、その流出先を求めて、夢や無意識の中へと押し込まれていく。ここは踏ん張り所だ。意識を意識し続ける。目を見張っていることこそ、意識、超意識、集合超意識、宇宙超意識、への足がかりなのである。

 マインドの死と、この見ているということの誕生こそが、あなたの進化の始まりだ。そうすれば、光は遠くはない---それそのものが光なのだ。暗闇は消え去る。あなたが光であれば、その周りに暗闇はあり得ないからだ。私が、見ていることはテクニックではない。それはあなたの本性だ、と言うのはそのためだ。それを覚えていなさい。Osho 260p 「マインドこそ問題のすべて」

<13>につづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/01

意識のターニングポイント

Photo
「意識のターニングポイント」ーメタ・パラダイムの転換とニューエイジ・ムーヴメントの今後
吉福 伸逸, 松沢 正博 1987/03 泰流社 単行本 p306
Vol.3 No.0210 ★★☆☆☆

吉福--最初は物理学という物質に関するパラダイムの転換、そのつぎは、人文科学とか生命を扱う科学全般を巻き込んだパラダイムの転換、そして、最後に、日常生活とか人生観や人間観に関連した意識に関するパラダイムの転換が要求されている。という風にとらえることができる。その三つが三乗波のような感じで同時に押し寄せてきているのが、今の80年代の状況かもしれない。そういう三つの層におけるパラダイムの転換をメタ・パラダイムの転換と呼ぶ、というふうに理解すれば、だいたい全体の姿がとらえられるとおもう。p275「メタ・パラダイムの転換」

 当ブログ最新のカテゴリを「メタ・コンシャス 意識を意識する」と定めた今、図書館めぐりするというより、自宅蔵書の古い本を読み返すサイクルになりつつある。つい背表紙が気になり、この本をめくる。前半は、外的な状況や社会的な評価などが続くので、いわゆる「意識」そのものに話題が集中しないが、この辺あたりで、「メタ」という言葉使いが気になる。

メタ--広義に、何かを取り込んだ何か、何かについての何か、といったものがメタと呼ばれる場合がある。たとえば、Wikipediaの記事一覧の一覧などはメタ的なものの一つだろう。情報理論では、情報に付加されるそれ自身に関する情報がメタデータ(メタ情報)と呼ばれる。 Wikipediaより

 そう言えば、小説の技法として、メタフィクション、というものが気になった時があったな。フィクションの中のフィクション。「物質」、「人文科学」、「意識」も、コンテナ、コンテンツ、コンシャスネス、に対応している。当ブログの現在の文脈では、メタ・コンシャスだから、より絞った形になる。

吉福--さっき神秘主義という言葉を使ったんだけど、その神秘主義という言葉の使われ方もひじょうに曖昧だから、ほんとうはニューエイジ・サイエンスとの絡みで使われる神秘主義が何を意味するかよくわらないんだよね。おそらく、一般的にはカプラが「タオ自然学」の中で言及した東洋思想、つまり東洋神秘主義なんかを意味しているとおもうんだけど、そうなると今松澤さんが説明してきた西洋社会の流れの中における神秘主義とはちょっと質が違うような気がする。

 仏教思想にしろ、ヒンドゥー教、道教思想にしろ、根本的にはアジア側からすると、神秘思想というより、やっぱりひとつの考え方とか人生観だからね。それを神秘思想と呼ぶのは西洋的な理性主義から外れていて、特定の意識状態における洞察とか直感が反映されているために、非理性的といいう意味で使われているんだと思う。p238「ニューエイジ・サイエンスの地平」

 既知、未知、不可知、でいえば、不可知に対応しているのが神秘、ということになろう。この対談が行われたのは84~86年の間であり、統合して編集されたのが86年後半であってみれば、Osho「神秘家の道」がウルグアイで語られた時代とほぼ同じと言える。

松澤--神秘思想、神秘哲学、神秘学と神秘主義とは違っていて、神秘主義とは、神秘体験を重視し、その神秘体験を自覚的に発展させた神秘思想、神秘哲学をもつとともに、神秘体験にいたる修行形態をもその中に持つ、ひとつの実存様式をさしているわけでしょう。通常の自己を超えた絶対者との神秘的合一。その神秘体験により脱我的に絶対者が真の自己の根拠となり、内面に向かって無限の深まりが開かれる。p239「ニューエイジ・サイエンスの地平」

 語ろうとすれば、語ろうとするほど、するりと逃げていく世界がある。語りえないものを語ろうとする努力や試みもあってしかるべきだが、最初から語りえないと断定もできない。しかし、語る、という行為と、いわゆる神秘は、まったく別ものだ。思想や哲学ではなく、また体験というカッコつきの限定ではなく、「神秘家」とはいかなる者をいうのであろうか。

 一連の吉福伸逸関連の中の一冊だが、当初は批判的以外には読めなかったこの本も、時代背景を理解する上では、貴重な資料となりつつある。あるいは、当時のアメリカなどの状況をレポートしている前半はともかくとして、より話題を内面世界にしぼりつつある後半においては、素直におちついて読んでみれば、話題になるきっかけもたくさんある。とくにカプラやウィルバー、ライアル・ワトソン、グロフなど、一連の翻訳本の再読の必要を感じたりする。なぜか、ドンファン・シリーズも含めて。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »