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2011/01/31

臨死体験 立花 隆

臨死体験〈上〉 (文春文庫) 臨死体験〈下〉 (文春文庫)
「臨死体験〈上〉」 「〈下〉」 
立花 隆 (著) 1994/09 文芸春秋社 単行本 p441 p467
No.0232~3 ★★★☆☆

 いつかは読もうと思っていた本、このタイミングでめくってみることになった。

 42歳のときに、モンローは突然体外離脱を体験した。ある日の午後、長椅子の上で横になっていると、強烈な光に照らされたような感じがした。それとともに自分の全身が激しく振動するのを感じた。驚いてその振動から逃れようと必死でもがくうちに、もとにもどった。これと同じような現象が、その後何度も起こるようになった。やがて、振動とともに、直径60センチばかりの電気スパークの輪のようなものが出現した。はじめそれは、自分のまわりにあったが、やがてゆっくりと下に降り、足の先まで下りるとまた上にあがってきた。それが何度も繰り返され、その動きとともに全身も上下動した。立花 下巻 p186

 現在の当ブログは、ヘミシンク、あるいは、ロバート・モンローについてのアトランダムな記事の追っかけだから、その全体についてはよく見えていないばかりか、細かいディティールにも、あまりこだわってはいない。むしろ、立花隆あたりのレポートによる、客観的な見地からの言及がほしいと思っていた。

 立花隆の本は、最近、古書に属する「宇宙からの帰還」を再読した。彼については、「立花隆先生、かなりヘンですよ」などという学生からの反論があったりする。彼はジャーナリズムの世界に生息する存在で、この上下本も、1991年8月から1994年4月にかけて「文芸春秋」に連載された記事をまとめた読み物として作られており、必ずしも、趣旨一貫する「意識の探究」本ではない。

 だから、ヘミシンクへの言及も、大量の読書から始まって、いくつかのインタビューを交えながら、大衆受けする文体に並べ直す、という作業の中で行われているので、いずれが事実であり、いずれがイマジネーションか、という判断材料とするには、根拠が乏しい。

 ただ、いわゆるジャーナリスト・タイプの文筆家として、未知の分野に分け入る勇気、実際に可能な範囲で自ら体験してみようとする姿勢、そして最終的に、ものごとを鵜呑みにせず、「眉唾」的に距離を置いてものごとを見つめようとする態度は、ことヘミシンクなどの「神秘」な世界においては、通りがかりの一読者としてみれば、なかなか好感が持てる。そして、その姿勢は、時には大きな欠陥ともなる。

 この下巻の後半には、スタニスラフ・グロフのホロトロピック・セラピーについての言及もある。その他、興味深いことが連続して書かれているが、物事がどうも横断的で、興味本位で終わっている気がする。

 そもそもジャーナリズムとはそういう立場なのであろうが、頂上を目指す「道」についてだけ取材し、「頂上」そのものには登ろうとしないような、徒労感を感じる。達成感がないのである。多少は知識深くなるかもしれないし、物知りになるかも知れない。だが、決定的な最深なものを敢えて見ようとしないで、通り過ぎようとするところが、もの足りない。

つづく・・・・・かも

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