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2011/02/08

「2050年」から環境をデザインする<3>

<2>よりつづく
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「『2050年』から環境をデザインする」 都市・建築・生活の再構築<3>
日本建築家協会 2007/10 彰国社 単行本 279p

 「意識を意識する」というメタコンシャスな読書を進行しようとしたところ、それを阻むかのように、あるいはバランスを取るかのように、より具象性のつよいメタアースなエコビレッジという概念がにわかに重力を持ち始めた。

糸長 コミュニティの推移や環境への関心などいろいろポイントはありますが、先の日本でのイサカ・エコビレッジのリーダーのリズの話がヒントになります。一つ大きいのは、「生活のデモンストレーション」だと思います。さきほどのロハスについてですが、問題は自分がそこでロハスとして、自己満足して閉じるのではなくて、デモンストレーションであると考えることです。「このような暮らしがある。みなさん、どうですか」という発信の場になることです。p150

 「エコビレッジ・プラン ケースX」は閉ざされた個人や仲間内の家庭菜園のようなもので終わるのか。あるいは、外側にネットワークを求めて、情報を発信するような機能をもつものとして成長していく可能性はあるのか。

 ケースXが閉じた個人的なものであったとするなら、私は早期にこのプランから離れたほうがいいようだ。そもそも、自分の居住地をいますぐ離れられるような条件にはないし、そもそもケースXに定住できるわけもない。

 さらに家庭菜園のようなもの求めるのに、なにも車で1時間もかけて遠くに出かける必要はない。都市部と田園部のちょうど境界に住んでいる私が、もし自らの閉じた個人菜園が必要だとすれば、もっと身近に、もっと農地に適した環境がいくらでも手にいれることができるからだ。

 そもそも、私は農家に生まれ、学校で農業を学んだ人間ではあるが、あるいはそれだからかもしれないが、農業の厳しい現実には、ついつい目を閉じてしまいがちになる。もし私がケースXに関わるとすれば、外にネットワークを求めて情報を発信する場でなければならない。では何を発信するのか。「このような暮らしがある。みなさん、どうですか」なんて、言えるだろうか。

 鶴川ではさまざまなことに挑戦しようとしていますが、家畜を飼うことなどは、これからの課題です。また、精神性も非常に重要だと思いますが、瞑想や、内観などもできればやりたいことです。p143中林由行「エコビレッジ鶴川の試み」

 そうそう、本当は、私にとってのエコビレッジにおいては、瞑想センター、瞑想コミューンの意味合いが強く出るものであってほしいのだった。そして、猫や犬も含めて、牛、豚、鶏、ヤギ、などの家畜は飼いたくないし、そもそも軽い気持ちでは飼うことはできないだろう。

中林 私が糸長さんにお聞きしたいのは、エコビレッジは何でうまく続いていけるのか、続いている要因には何があるのかということです。世界のエコビレッジの話を聞くと、そこには精神的な支えとなるリーダーやカリスマ的な人たちがいます。彼らのように引っ張っていく人がいるからエコビレッジが成り立っているという例も聞きます。そうしたリーダーなしに、鶴川のような場所で活動を続けながら、われわれから世界に発信できるものをつくるには、いったい何が必要なのかをお聞きしたいのです。p150

 そうそう私には、Oshoというマスターがいる。そして、まずは、そのOshoつながりで、登場してきたのがこのケースXなのだった。Oshoのビジョンに支えられたエコビレッジというものは存在しないのか。

 思えば、かのOshoマルチバーシティはどうなったのだろう。かの女性大使は今、何をしておられるのであろうか。かつて20年ほど前、彼女とともに前エコビレッジ的なケースを模索したことがある。だが、その後、明確な活動の展開があったとは聞いていない。そもそも、ここにおけるケースXにOshoマルチバーシティを融合する可能性はないのか。

糸長 もう一つは「メインストリーム・アプローチ」ということです。エコビレッジの長い歴史からいうと、ヒッピーの流れがあります。社会からドロップ会うとした少数派がいくらがんばってもだめでした。まさに今、メインストリーム、正統で行こうよというものです。先ほどから疑問に上っている、法律や制度の問題などいろいろなものを含めて、もっと国民に広く「こう変えていきましょう」と訴えるべきです。p151

 ヒッピーの流れと言えば、確かに隣県にすでに40年近い農業コミューンがある。毎年夏にお祭りがおこなわれ、一週間くらいのキャンプインが発生する。実に息の長いネットワークだ。しかし、ほんとうに力を持ち得ているのか、と言えば、不明な点もある。外に何事かを発信しているともいえない。

 私におけるケースXの場合、まずは、そのOshoつながりの可能性をもう一度見てみる必要がある。そして、それが不可能と判断したら、ここで糸長のいう「メインストリーム・アプローチ」に切り替えていく必要があるだろう。

 だが、私の場合、「メインストリーム・アプローチ」でいく、と決定した場合、敢えて「エコビレッジ」という方法論を取ることがベストなのだろうか。なにもそんな苦労しなくとも、グータラ焼酎でも飲んで、日々読書を楽しみ、ブログで憂さを発散しているだけでいいのではないか(笑)、などという怠惰な自分が全面にでてくる。 

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