環境時代の農村整備―エコビレッジの提案
「環境時代の農村整備」 エコビレッジの提案
武内 和彦 (著), 農村生態系計画研究会 (著), 全国土地改良事業団体連合会 (編集) 1996/08ぎょうせい 単行本: 156p
Vol.3 No.0267 ★★☆☆☆
エコビレッジの提案、という言葉に惹かれてめくってみたものの、ここでいうところのエコビレッジは、現在私たちが推進しようとしている「山の椒エコビレッジ」とは趣を異にする。この本はすでに15年前に書かれた本だが、「環境時代の農村整備」というタイトルそのものが物語っているように、地域としての農村の整備や活性化を狙った提案なのである。
思うに、そもそも日本の農村なんてのは、まさにエコビレッジであったのではないか。一部の過疎地域や開拓村などは苛酷な条件にもまれているかもしれないが、大自然と調和しながら、地域住民が一体となって暮らすライフスタイルが、日本のどこにもあったはずなのである。
しかるに、それはいつの間にかお話の世界になってしまった。日本昔話なのだ。現在はインターネットが各国の政治体制に大きな変革を生み出しているが、戦後日本の大きな変革の原動力となったのはテレビの普及であっただろう。
地方の言葉が次第に姿を潜め、全国どこでも「共通語」としてNHK言語が普及するようになった。価値観が都市型に改められ、誰もが都会にあこがれるようになった。そして、都会の文化レベルを、地方や農村地域でも求められるようになった。
そしてその結果、もともとエコビレッジだった日本の農村は、自らの本来の姿を見失ってしまい、今更ながらに、エコビレッジというカタカタに依存する形で再生を図ろうとしているかのようだ。しかし、そこにはかなり無理がある。
山の椒エコビレッジは、環境時代の農村整備とエコキャンプ場の間にある。すでにある村落を活性化しようとするものではない。また、一時的な都市忌避型のレジャーでもない。あえていうなら、別荘型セカンドライフだ。農業ではないが、家庭菜園がある。レジャーはあるが、完全消費型ではない。新しいモデルの創出だ。
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