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2011/07/13

山に暮らす海に生きる 東北むら紀行 結城登美雄

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「山に暮らす海に生きる」 東北むら紀行
結城登美雄 1998/10 無明舎出版 単行本 251p
Vol.3 No.0357★★★★☆

1)東北の沿岸部のレポート、ということで、この人のことを思い出した。1945年生まれ、すでに66歳になられている。

2)この人と出会ったのは10代の終わり。1973年の頃だ。ということは私が19歳で、彼はそれでも30歳手前であったのか。あれから随分とガンジス河の水が流れてしまったということだ。

3)当時、三省たちがいうところの「部族」に影響されたわけでもないのだが、やたらと廃村や廃校になった物件を探していた。目的も手段もまったく不明なまま、情報があれば飛び付いていた頃、この人を通じて、山形県の朝日連峰の、とある廃屋を紹介されたのだった。

4)あれは、多分、彼の生家か本家だったのだ。すでに住人を失っていた大きくて頑丈な農家だったが、一見して雪深い地方であるということはすぐ分かった。その二階建ての茅葺の古い農家は、冬になると二階から出入りするという。一階以下は雪に埋もれてしまうのだ。

5)冬でも、年に2~3回くらいしか、長靴を必要とする雪を体験しない街に暮らしていた自分たちには、イメージできないほどの寒村であった。家の中を拝見したものの、そこからの展開の方法を見つけることはできなかった。

6)当時、彼はまだ学生か広告代理店に勤めていたはず。それから、友人の友人である彼のことはそれとなく耳にはしていたが、ことさらその関係の距離が縮まることなく、今日まで来ている。

7)今回、東日本大震災を体験して、私自身の意識はようやく、沿岸部の、具体的な人々の暮らしにフォーカシングをしようかな、と思い始まったばかりだ。これまでは具体的な自分の身の回りやネットワークだけでせいいっぱいだった。

8)この本は1995年8月から約3年の新聞連載を、一本にまとめたものである。「好きなだけ歩いてこい」と肩を押してくれた朝日新聞と河北新報の担当のご配慮に感謝したい。p252「あとがき」

9)このような記事があったことなど全然知らなかったし、当時の私は、このような関心は多少は持ってはいたが、第一義的な関心ごとになることはなかった。

10)今、こうして見てみると、新聞記事らしく、ひとつひとつが簡潔な読み切りになっていて、しかも大きな写真がそれぞれの小さなコラムに二枚づつついている。なんともぜいたくな本だ。

11)震災後の今となっては、非常に貴重な本となってしまった。ここに取りあげられている風景は15年ほど前のことではあるが、ごくごく最近まで、連綿と続いてきた東北の人々の暮らしぶりだ。

12)まだ夜明け前だというのに、海辺のカキむき工場にはあかりがともっていた。宮城県唐桑町鮪立。真っ暗な冬の海から水揚げされたカキ殻が作業場へ運ばれる。寒風の中で黙々とそれをむく十数人の人々。鮮度維持のため暖房もない。聞けばすでに午前1時から立ちずくめ。これから昼過ぎまで食事時間を惜しんでの作業が続くという。p114「カキ養殖 宮城県唐桑町」

13)畠山重篤 「森は海の恋人」の風景に直接つながっていくシーンだ。このままなら、単なる感傷と、情景描写で終わってしまいそう。

14)しかし、震災後の今となっては、ひとつひとつの記録が重い。「早く、以前のように復興したい。昔に戻りたい。戻してあげたい」という風潮がなくはない。しかし、震災以前の東北の沿岸部風景は決して、理想郷でもなければ、問題のない地域でもなかった。あの時点から、様々な矛盾点を抱えていたのだ。

15)食糧を初めとする救援物資、瓦礫撤去を初めとするボランティア活動。ひとつひとつは、限りなく美しい風景で、感謝もするし、学ばなければならない人間としての生き方だ。だが、もし震災が起こる前に、もっと、この沿岸部や、山間の過疎地帯に対して、本格的な想いを広く集めることができたなら、この日本という国は、もっと別な存在に成長していたのではないだろうか、と思う。

16)この人、何冊か本を出している。手元で読める範囲で、もうすこしおっかけてみよう。スナイダーや三省のように「再定住」したわけではなく、敢えていうなら精神性としては「ロングヘアー」につながるようなジャーナル活動だが、その視点や、人々に共感する感性は、完全に地元のものであり、東北の定住者の感覚だ。

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