災害ボランティアの心構え 被災地NGO協働センター
「災害ボランティアの心構え」
村井雅清(被災地NGO協働センター代表) 2011/06 ソフトバンク 新書 206p
No.0393 ★★★★☆
1)「心構え」というタイトルから想像した観念的な内容とはうらはらに、この本は、もっと具体的な活動報告であり、特に今回の3.11東日本大震災における災害直後の貴重なレポートとなっている。
2)特に書き出しから最初の20ページあたりまでは、まさに私の生活空間のことであり、私が見ていた3.11が、実に一面的であり、他方、多くの目が、体が、あの3.11を体験していたのだとということを、あらためて確認した。
3)震災直後のことは、そしてボランティアに関することなども、突発的に内部通信的にツイッターにつぶやき続けたので、今は、ひとつひとつはふりかえらないでおこう。
4)ただ、ボランティア、というものに対しては、すこし整理しておかなくてはならない、と思う。
5)当然のことながら、遠くからのボランティアが到達する前に、さまざまな対災害チームが立ち上がっている。町内会、消防、警察、自衛隊、PTA、商工会、その他の地元ネットワークなど。
6)特に町内会、自治会などは、普段から災害に向けて、連絡網づくりや具体的な救援物資の備蓄など、毎年毎年訓練を続けているところが多い。本来、そのような地元の信頼されて構築されている機能が、まずは働き始めている、ということは忘れてはいけない。
7)ボランティアの「華々しい」活躍は取り上げられるが、震災が起こる前からの地道な活動は、あまり取り上げられることはない。基礎の部分があって、なお、それに追加して出て来るのがボランティア部隊だ。
8)町内会、自治会、などの自治組織に対して、消防や警察は、職業的集団であり、当然、任務として行わなければならない組織である。もちろん、行政も分野ごとに働きだす。
9)ただ、それは、相互扶助の関係があり、当然、今回も多くの地方自治体などが援助に駆けつけてきているが、今回被災した地域もまた、別な場合は、遠く援助に出張してきていたのである。
10)ボランティアとは、私見として言えば、他人を助ける、というよりは、自らの役割を確認することによって、自らの存在意義を再認識する、という意味合いが強い、と思っている。つまり、活動することによって感謝されたり注目されたりすることが目的ではなく、自らの人生の在り方、自分の居場所を確認する、あるいは確認させていただいて、ありがとう、と、ボランティア自らが、周囲に対して感謝する活動、と言ってもいいかもしれない。
11)つまりは、ボランティアとは、専門的なものではなく、また業務的に、なにかをあらかじめ期待されるものではない、と思う。
12)被災地に行ってみたい。それはそれでいいと思う。物見遊山と言われようと、とにかく現地に行ってみないとわからないことが多い。それがボランティアという名目であり、現地で何事もできなかったとしても、もともとが、専門的業務を達成することが目的でないのであれば、何事もできなかったとしても、自分も他人も責めるべきではない。
13)人間生きているかぎり、被災する可能性は、すべての人間にあるのであるし、自分が被災すれば、隣人に助けてもらうことをためらう必要もなく、また隣人が被災していれば、自ら率先して助けることをもまた、ためらう必要はない。
14)しかし、それは相互扶助であるべきで、向こう三軒両隣、助けられたり助けたり、という、お互い様、的感覚が必要であろう。
15)今回、警察に助けられたから、今度は警察を助けよう、というわけにはいかない。今回、自衛隊に助けられたから、次は自衛隊を助けよう、というわけにはいかない。彼らは、特殊な任務についているのであり、一般的な住民は、特殊な訓練も受けていないし、任務を命じられることもないだろう。
16)ボランティア精神を、お互いに、日常生活の中で培っておく、ということはとても大切だとは思うが、専門的「ボランティア」組織、となると、私は、一瞬、ためらうことが多い。そもそも、最初からボランティアに頼らなければならない業務があるとすれば、それは、社会インフラとして、行政なり企業なりが、普段から準備しておかなくてはならないのではないか。
17)私は何も、今回のいわゆるボランティア活動が必要なかったといおうとしているのではない。ボランティアというものの語義が多様に使われ過ぎているのではないか、ということを言おうとしている。
18)この「被災地NGO協働センター」などのような組織の実態はよく知らない。どうも、普段は普通の日常生活があり、いざ身近に災害があったとすれば、すぐ駆けつけてお手伝いする、という組織ではないようだ。さぁ、次はどこで災害があるかな、と常にあちこち見ていて、災害があったら、すぐ救援部隊を送りつける、という組織のようである。
19)これは、地域の消防団などの活動よりは、火の見やぐらに登って、地域を見詰めている消防署の活動により近いように思う。ボランティア、というより、専門家したプロ集団、と言ってもいい。それが無償で行われるとか、カンパや寄付によって支えられている、という側面はあるかも知れないが、この機能は、すでに「ボランティア」と言うネーミングからは外したほうがいいのではないか。
20)つまり、民間救援団体、とでもしておいて、いわゆるボランティアとは切り離したほうがいいように、私は思う。
21)というのも、渾然とした状況の中ではあるが、私には、ボランティアという旗印のもとに、売名行為や示威行動が行われている可能性があるのではないか、という疑念があるからだ。本来、助けられたり助けたりは、人間本来の姿であり、はっきり言って、「大したことではない」。当たり前の行動なのだ。
22)しかるに、ボランティアという美名のもとに、ホームページなどに、こういう活動をしました、などと、細かくレポートしている団体などを見ると、どこか本末転倒していないか、と思う。本来、ボランティアとは、自分が「生かされている」ことを確認する作業なのであって、匿名で、静かに行われてしかるべきである。相手のプライバシーもなにもかまわずに、「助けた、助けた」と大騒ぎするのは、もっての他であろう。偽善とも言える。
23)災害ボランティアというコンセプトが出来上がりつつあるのかどうかしらないが、ボランティアとは、自らが生かされることに感謝するという、心の在り方を言うのであって、役割としての災害ボランティアが常駐している、という図があるとしたら、私はおかしいと思う。
24)せいぜい納得できるのは、災害時において、人々はどのようなボランティア精神を発揮するか、という程度である。
25)なにか、お助けマン的に、ヒロイズムに酔いたいとするなら、ボランティア活動ではない、別な何かを探すべきだと思う。自らがやっているボランティア「活動」を評価してもらいたい、などとは考えるべきではない。ボランティア活動をやっているから、なにか発言する権利がある、という思い違いも横行しているように思う。
26)私も私なりに、いわゆるボランティア、と言う立場になったことはいろいろある。「活動」としてもいろいろな場面に遭遇した。しかし、上に書いたような理由から、敢えて、私は自分のボランティア「活動」を「誇ら」ない。多くを語る必要はないと思う。語るとすれば、自分の中での心象であろうし、他人に対しては、素直にありがとう、という言葉だけだろう。
27)今回も、「ボランティア」、「救援」という名のもとに、さまざまな風景に出くわした。それは前述したツイッターにもつぶやいたし、SNSや当ブログにも少しは書いた。あるいは、あまりにも象徴的な話題もあるが、当事者のプライバシーもあるし、個人情報の保護、守秘義務というものもある。
28)ボランティア精神は素晴らしいものである。大好きであるし、常に忘れず、常に何かの活動に参加していたい。しかし、ボランティアという名前が一人歩きし、あまりに脚光を浴びる状況を私は良しとしない。ボランティア精神は、日陰の存在でいいと思う。静かに、黙々と、人知れず、行われてしかるべき行動だと思う。
29)原発事故によって故郷を去らなくてはならなかった福島の人たちへの支援は簡単ではない。東北の他の被災地の人たちがなんとか復興に向けて動き出す中、福島の人たちは、いつ収束に向かうのかわからない原発事故の様子を見守りながら、不安な避難生活を今なお送らざるをえない。p149「震災をいかに乗り越えるか」
30)著者は還暦を超えた人であるらしい、大学の客員教授も務めているらしい。阪神淡路大震災の時の活動を元に、現在の活動に繋がってきているようである。今回の3.11における特徴は、この「原発事故」にあるだろう。みんな、避難袋リストにも、救援マニュアルにも、「原発事故」は織り込まれていなかった。
31)悲しいことではあるが、今回は、この原発事故から学んだ具体例を、今後の活動に生かしていくしかない。すべての原発が廃炉になるという運命にあるとしても、原発事故が起こる可能性は、今後、何十年と続くのだ。
32)原発事故に関しては、私などの、にわかボランティア精神の仏こころなどでは、何事もし得ないだろう。ここは、専門的知識に習熟したキチンとしたプロ集団が、組織的に、責任を持って、確実に、対処していくべきだろう。
33)この本、5月までに書かれ、6月に発行されている。
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