外国人が見た東日本大震災 エハン・デラヴィ
「外国人が見た東日本大震災」
エハン・デラヴィ 2011/06 武田ランダムハウスジャパン 単行本 207p
Vol.3 No.0386★☆☆☆☆
1)この本を評価するのは難しい。難解なことが書いてある、という意味ではなく、どのような表現を使えば、一番公平か、という意味においてだ。私自身の素直な気持ちを書いておけば、これは、あいも変わらずのペテン師による一冊、という表現になってしまう。
2)仙台では、被災地のような場所をほとんど見ない。ところが、女川に行ったら、これが被災地ですとしかいいようのない光景。なぜならば、大地自体が震えているわけよ。自然界がショック状態になっていることを、まず全身の細胞でキャッチする。これは人のお墓なんですよ、見えているものが。p175「講演『これからだよ、日本は!』」
3)引っ張り出せばきりがないが、卑近な例では、上のような表現がある。この人は仙台のどこを見たのだろう。青葉区か、泉区か、太白区? 宮城野区とか、若林区は見たのだろうか。若林区の荒浜地区や宮城野区の仙台新港周辺などを、見たならば、上のような表現はできない。防風林に引っ掛かった200人の死体のことなど、なんにも分かっていない。
4)ことほど左様に、この本全編に、ペテン師特有の異臭が漂う。
5)被災者の方に直接話を聞くと、「地震の被害からは必ず復興できる。でも放射能が怖い」と誰もが不安な様子でした。僕はそんな被災者の人たちの心配を取り除こうと、放射能は怖くないと説明しましたが、やはり疑っているようでした。p145「特別インタビュー『放射能の真実』」
6)この部分を読んだだけでも、自称「ジャーナリスト」の著者の言説に疑いを持たない人は少ないだろう。連綿と放射能無害説を唱えるこの本は、ぜんぜん「科学的」でないばかりか、デマの集大成でしかない。
7)ただ一点、敢えてこの著者を助けたいと思うのは、「意識」をテーマにして語っているあたり。見ている方向は間違っていないと思うが、方法論が間違っている。ウソも方便というが、これだけウソ丸見えでは、方便としてさえ役立たない。
8)著者の前著「フォトン・ベルトの真相」他、いくつかをめくってみたが、ぜんぜん感心しない。
9)著者は名前をJ・C・ガブリエルと名前を変えつつあるようだ。9.11や2011問題などに、エキセントリックかつ激情的に自説をぶちあげる著者ではあるが、この人はやはり、旧来的ペテン師、あるいは、亜流カルト・リーダー、というカテゴリに分類しておいて間違いないようだ。
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