美しい村に放射能が降った 飯舘村長・決断と覚悟の120日 菅野典雄
「美しい村に放射能が降った」 飯舘村長・決断と覚悟の120日
菅野典雄 2011/08 ワニブックス 新書 205p
Vol.3 No.0440 ★★★★★
1)東電原発事故から放出された放射性物質による汚染で、全域が計画的避難指示区域に指定された飯館村。近隣の地域に住む私たちは、何か手助けができることはないのか、と考えたりするが、少なくともこの本を読む限り、手助けをされるべきなのは私たちのほうなのではないか、と痛感する。
2)果たして「クオリティライフいいたて」をさらに本質的に進めるに、ふさわしい表現とは何か。それが「スローライフ」だった。過剰な都市化とは異なる「地産地消や心の豊かさ」を目指す生き方。私は、この言葉にこそ、飯館村が次に目指す道が表現されていると思った。
ところが、「五次総」のスローガンとして「スローライフ」を提唱したところ、たいへんな反対にあった。多くの村民が「スロー」という言葉の響きに嫌悪感を抱いたのだ。私は「スローライフ」の本当の意味を説明したが、「スロー」を「怠ける」と誤解した住民から理解を得るのは、なかなか難しい。p116「合併か、村独自の道を歩むか」
3)村民6100人の、東北福島の小さな村であり、断片的に報道される放射性物質による汚染で、「全村避難」の飯館村のイメージはあまりにも悲惨である。あまりにひどい過疎にさらに危険が舞い降りた・・・という印象ではあったが、いやいや、それはかなり違った先入観だった。
4)そんなとき、村民の一人がふと口にした言葉があった。
「そのスローライフって、までい、ってごどなんじゃねーべか」
これには私も驚いた。までい----左右に揃った手を意味する真手(まて)の方言。「丁重に」、「大事に」、「思いやりをもって」という意味で昔から飯館村の暮らしの中で使われてきた言葉に「スローライフ」と同じ、あるいは、それ以上の意味が含まれていたとは。p116「同上」
5)までい、は私の地域でも使われている。丁寧なとか、十分なとかいう意味がある。あの人はまでいな人だ、とか、これはまでな仕事だなぁ、とか言う。
6)この本、当ブログでいうところの「原発」分類や「放射線」分類の本ではなく、「エコビレッジ」分類の一冊だ。
7)飯館村でもっとも放射線量の高かった地区、長泥で住民に向けて説明会を行っているとき、村民の一人から電話があったのだ。そこで伝えられたのが、菅総理の発言。
「(汚染された地域には)今後、10年住めないのか、20年住めないのか、ということになってくると、そういう人々を住まわせるようなエコタウンを考えなくてはいけない」
これを電話で伝え聞いたとき、私は両目からあふれる涙を止めることができなかった。
「これが一国をつかさどる人の言葉なのか。まったく悲しくてならない。直ちに抗議する」と言ったのは、偽わざる本心である。p155「10年、20年住めないのか」
8)までいな村=飯館村はすでに、立派な独自のエコビレッジであった。それこそ、他の多くの地域から見ても、お手本になるような人間の生活の場だ。それが、仮設住宅に毛の生えたような、名前ばかりの「エコタウン」に住まわなくてはならなくなるなんて、なんという悲劇であろうか。
9)この本、原発事故がなくても立派な一冊の本になるような内容を持っている。事故後、大変忙しい立場にいる村長である。それか数カ月過ぎたとは言え、村長自身がこれだけの本を一冊書き上げることができるだろうか。誰かほかのライターが聞き書きしたのではないか、と察する。
10)しかし、この本を読み進めていくと、これだけの勉強家でアイディアマンの村長のことである。本当に自分で書いたと言われても、素直に納得できる。
11)この「エコ」の考え方も、私たちの毎日の生活からは、どうもピンとこないところですので、もう一歩噛みくだいて次のように話を付け加えています。
これまでの大量生産、大量消費、大量破棄の暮らし方で日本は発展してきたわけですが、そのような暮らし方をもう少し見直してみる必要がある時代になってきているということが、「までいライフ」の一つの大きな柱であります。p128「『までいライフ』は続くはずだった」
12)近隣に住む国民として、ひとりの地球人として、この地域の今後の進路に心を砕き、できることがあるならば、なにかさせていただくという心構えは大切だろう。しかし、何かできないか、という自責の念があるとするなら、何も飯館村にばかり心を飛ばす必要もないかもしれない。まずは、自分の生活の場から「までいライフ」を始める、そのことがとても大切なのではないか。
13)「避難生活はいつまで続くのか?」、「先が見えないので不安・・・」との声。私としては2年ぐらいで順次村に戻れるようしっかり努力します。p176「未来を見据える『までいな希望プラン』」
14)「『東北』共同体からの再生」 や「『東日本大震災・原発事故』復興まちづくりに向けて」、 「東日本大震災復興への提言」、などの本が乱立している。「外部」からの口舌の徒による「がんばろう!東北」なら、いくらでもある。しかし、この菅野典雄村長のような、現場のリーダーによる決意は心強い。
15)小なりといえども、政治家である。この本だけではわからない反対派の意見もあることだろう。しかし、期限を区切り、自分が責任を持ってやる、と言い切るところは、一国をつかさどる首相などを遥かに上回るリーダーシップである。
16)当処即ち蓮華国 此の身即ち仏なり 「白隠禅師坐禅和讃」p202
17)放射能の雨が降ろうが、風評被害の風が吹こうが、基本は当処即ち蓮華国である。「本質的な意味で、飯館村は『明るい農村』だったのだ。」p57
18)そして、村ばかりがあっても、それはたんなるもぬけの空だ。そこにこそ此の身即ち仏なり、を宣言する全うな地球人が生きていく必要がある。
19)結城登美雄の「東北を歩く」などには、この飯館村の「までいライフ」のことはキチンと収録されていたのだろうか。再読して再確認してみよう。
20)までいな村のまでいなライフ。そこにまでいな人達が生きている、ということの発見が、皮肉にも3.11の裏の功績である。
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