ポスト3・11の子育てマニュアル 震災と放射能汚染、子どもたちは何を思うのか?冨永良喜他
「ポスト3・11の子育てマニュアル」 震災と放射能汚染、子どもたちは何を思うのか?
冨永良喜/小城英子他 2011/11講談社 単行本 191p
Vol.3 No.0565★★★☆☆
1)身内の若夫婦は、3.11当時、福島県南相馬市に住んでいた。その後、転勤を機に郡山市に転居したが、震災後も医療機関の有る現地に通って仕事を続けていた。小学低学年と2歳の子供を抱えながら、右往左往してきた姿を見ていて、少なからず心を痛めてきた。
2)先日、こちらであった、母の90歳の誕生会に、その子供たちも参加していた。いろいろ楽しい雑談の中で、お互いの近況を分かち合った。郡山の児童公園も原発からの放射線の影響がつよくでているようだ。
3)2歳と言ってもまもなく3歳になる子供だが、外にでて遊びたくてウズウズしているらしい。時折、「公園のジョセン、終わったかなぁ」と、つぶやくという。
4)2・3歳の子供が、放射線の除染を心配しなくてはならない21世紀に、私たちは生きているのだ、ということを痛感した。
5)この本「子育てマニュアル」とはいうものの、主なるターゲットは小学生以上、時には中学生や高校生以上の「子ども」たちを、教育の研究者たちが断片的に書いている本である。かならずしも、2・3歳の「子育て」のことではない。
6)ましてや、個人的イメージだが、3.11後に出された、このような複数の著者(この本は5人)によるオムニバス形式の本は、いまいち面白くない。突っ込みが足らない。
7)人は絶望から立ち上がることができます。それには、人々の英知を集め、絆を深めて問題に対処することが大事です。
津波は人のいのちや家屋、そして日々の営みを一瞬にして奪っていきました。しかし、悲しみから逃れるためにアルコールに依存したり、子どもに暴力を振るったりしてはいけません。心まで津波にさらわれてはいけないのです。p44冨永良喜「人の英知と絆が災害を克服する」
8)長い文章の中の、ごく一部の文章だけを取り出してあげつらうのも、どうかとは思うが、この程度の手を差し伸べただけでは、現地の溺れる人々の手助けにはならない。心理臨床学会理事とか、ストレスマネジメント学会の長を名乗るような人々が、この程度のことしか言えないのか、と、礼を失するとは思うが、言わせていただきたい。
9)人は絶望から立ち上がれないこともある。集めるべき英知など何ひとつ役に立たず、求めても絆など存在せず、ただただ問題に巻き込まれていく、ということもあるのだ。悲しみから逃れるためにアルコールを多用したり、時には家族につらい表現をしてしまうことでさえ有り得ることである。あなたに「いけません」と言われたって、あるものはある。
10)「心まで津波にさらわれてはいけないのです」。もっともそうなお言葉ですが、これは誰が誰に言っている言葉なのだろうか。少なくとも言っている人は、自分の心は津波にさらわれてはいけない、と思っているのだろう。心を津波にさらわれてしまっている人にとっては、ああ、この人はそう言っているのだな、ということは分かるだろう。だが、手助けにはなっていない。
11)この人にとっては、心と津波は対峙するものであって、心は良いものであり、津波は悪いもの、であるようだ。こんな単純な図式では、納得できない。実際はこんなマンガチックなデフォルメでは現地は理解できない。
12)これでは「がんばろうニッポン!」と掛け声をかけているだけだ。
13)以前に、私は知人と別れ際に、「じゃぁ、お元気でね」とあいさつした時のことを思い出した。その言葉を彼女はどう取ったのか知らないが、「そういうことは、私には約束できないな」と返事してきたのだ。きっと、私の言葉を聞き間違ったのだろう、と長いこと思ってきたのだが、いや、彼女こそ、しっかりと私の言葉を聞いて、ズバリその答えを返してきたのではないか、と思う時がある。
14)「こんにちは」とは、「本日のご機嫌はいかがですか?」という意味であり、じっくりとその人と向き合い、ゆっくりとその人のエネルギーを感じるべきだのだ。しかし、日常的には、「こんにちは」というのは、玄関の鍵穴にキーを差し込むような、おざなりなルーティンワークになっていないか。
15)「お元気でね」と別れの挨拶をすることは、決して失礼になっていないとは思うが、本当にまごころからその言葉がほとばしっているかは、微妙なところである。表面だけをとりつくろい、その方の元気であることを願ってはいないことだって、有り得るのだ。
16)「お前なんか死んでしまえ」と、肩を突っつくことが、時には、本当の意味の元気づけになることだって、あるのかも知れないのだ。おざなりな言葉ではなく、本当にその相手に面と向かっているか、本当にオープンハートで対峙しているか、そこのところが問われる。
17)私はそういう意味で、この本は、本当に困っている人、絶望に打ちひしがれている人の役には立っていないと思う。子育てをタイトルにしているが、子について語っているのか、子を育てている若い人たちに語っているのか、明確ではない。むしろ、「専門家」としてのアリバイ証明の為に、一冊、モノした、というニュアンスさえ感じる。
18)大変失礼なモノ言いをしたけれども、文脈上、口当たりのよい文言を並べることだけが、まごころではないのだ、というところを理解していただければ幸いである。このような視点こそが今後大事だからこそ、さらに深化した研究を発表していただきたい。
| 固定リンク
「35)センダード2011」カテゴリの記事
- ニーチェから宮沢賢治へ<1>永遠回帰・肯定・リズム 中路正恒(2011.12.22)
- 「宮沢賢治『銀河鉄道の夜』」<3> NHKテレビテキスト100分de名著(2011.12.21)
- 竜のはなし 宮沢賢治(2011.12.21)
- 野の道―宮沢賢治随想<3> 山尾三省(2011.12.20)
- OSHO ZEN TAROT<24> 独りあること(アロンネス) (2011.12.21)
コメント
Tominaga,Y さま
書込みありがとうございます。機会をとらえて、また貴書拝読したいと思います。
投稿: Bhavesh | 2011/12/20 10:25
ご批判ありがとうございます。
私が申し上げたかったことは、ほかのページでも書いていますように、心のケアは、生活支援が基本で、生活復興なきところに心のケアはなりたたない、いち早く経済復興・地域の復興を政府・行政・さまざなな団体・個人が力をあわせないと、阪神淡路大震災のときのように、2次的な被害が生じ、子どもたちが苦しむことになりますということを伝えたかったのです。
>そういった子どもの被害を防ぐには、経済復興をいち早くやることです。
私のブログにもアクセスしていただければ幸いです。
投稿: Tominaga,Y | 2011/12/20 07:07