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2011/12/02

マイトレーヤ <9>

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<8>よりつづく

 

 

 

「マイトレーヤ」 <9> The buddha lord maitreya.
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 1988/3 瞑想社 地方・小出版流通センター  単行本 p221
★★★★☆

1)震災後、書店や図書館を回る気力もなく、ましてや古書店を覗いてみることもなかったが、最近はようやく再開した古書店もある。覗いてみると、棚やコーナーが大きく変化しており、思わぬ本が目についたりする。

2)何冊か目についたのだが、この「マイトレーヤ」も普段ならとても店頭に並ぶような本ではない。思わぬ安価で並んでいた。ネットでなら、そうとう高値で流通しているはずと一冊、友人に送るために求めた。

3)震災した人たちが、改築のためなどに古書店に持ち込んでいることも考えられる。当面は古書店は要チェックかな。

4)長い間読みたいと思っていたが入手できず、初めてこの本を読んだ友人からメッセージがあった。なるほどなぁ、そういう感想なんだな、と確認しながら、敢えてこちらも、ひととおり目を通してみた。

5)何度もめくっている本なので、いつもお気に入りのところを拾い読みしてしまうのだが、あらためて通読してみると、新たに気付いた点がいくつかある。良い点も、これはなぁ、と思う点もいくつか気がついた。

6)巻頭にオリジナルテキストとして、「The Osho Upanishad」「The Silent Explosion」が挙げられている。前者はすでに当ブログでも読み込み始めているが、後者はまだ未読である。その他、「未知への扉」や英語版のニューズレターからの抜粋が含まれている。出版元の瞑想社のコメンタリーも入っているが、それはそれで、受け入れることができる。

7)今回読み直してみて、新たに気になったのは、二つの時代の期日。一つは「The Osho Upanishad」が語られた日程と、私が夢の中で聞いた「アガータ 彼以降やってくる人々」というメッセージの重なりは、どのタイミングであったのか、ということ。これは、現在では、夢枕獏「上弦の月を食べる獅子」と、中沢らとの鼎談「ブッダの方舟」がひとつの謎解きのヒントを与えてくれそうだ、というところまできた。関連でいっそ中沢「カイエソバージュ」再読、ということもあり得る。

8)もうひとつの期日は、やはり700年前というチベットの時代のことである。

9)カルマ派 Karmapa
 チベット仏教カーギュ派の分派のひとつ。カーギュ派の始祖マルパ(1012~1097年)の孫弟子ガンポパの高弟のひとりであるドゥススムケンパ(1110~1193年)が始めた宗派で、彼が1189年に建立したラサ北西のツゥルプ寺がその本拠。この派の特色は、カーギュ派の流れを受けつぎ、数学の学修よりもタントラの実践を重んじ、また後にはその相承形式に転生による化身ラマの制度を取り入れ、チベットにおける転生ラマの観念を確立した点にある。この派には黒帽派と紅帽派の二系統が生じたが、教義そのものにはそれほどの相違はない。カルマ派は一時、ツァン(西部チベット)地方の豪族と結んで大いに勢力を延ばし、新興宗派ゲルック派とたびたび勢力争いを演じたが、1642年蒙古のグシ汗と結んだゲルック派に敗れ、その政治勢力はもとより、多くの寺院、寺領をゲルック派に吸収されてしまった。佐和隆研編「密教辞典」(法蔵館)98頁
 p188

10)ドゥススムケンパという名を自分はタイピングしていながら、よく記憶していない。他のチベット関連でも、特記されていた記憶がない。少なくともこれだと800年前ということになるから、これからさらに100年下ることになる。世代にして2~3代。

11)なにもカギュー派と決まってしまたわけではないのだが、この時代的背景を知るには、この辺は落とせない。「西蔵仏教宗義研究5 カギュ派の章」あたりでも再読しながら、さらに時代背景をゆっくりスキャンしなおしておいたほうがいいだろう。

12)二つの期日を読み説くことは、別にOsho単独でのテーマではなく、それは私自身のテーマでもあり、「私は誰か」に通じる瞑想の道でもある。

13)この本は、緊急性もあり、インターネットどころか国際電話さえ怖れ多くてかけにくいという時代に、プーナのOshoの近況を早くしらせたいという出版社の要請で発行されたものだ。私たちのセンターでも数十冊仕入れて、周囲の人々に届けた記憶がある。

14)この本はいまや幻の一冊になりかかっており、万が一古書店やネットオークションで発見したら即買いすべき本である、と私は思う。もちろん、取扱いには十分注意しなければならないが。

<10>につづく

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35)センダード2011」カテゴリの記事

コメント

Devayanaさん
「マイトレーヤ」は正直偏った編集ですよね。それをわかったうえで読んでみるのは面白いです。
「The Silent Explosion」の全訳はぜひ読んでみたいですね。元本もたしかにほとんど入手不能。どこかのネットで全文読めるようになる時代も来るでしょうが、邦訳として、ひとつの本として読む体験は貴重なものになるはずです。

投稿: bhavesh | 2014/02/07 18:26

私もこの「マイトレーヤ」は持っていて、その原書の「The Silent Explosion」を高価でしたがAmazonから以前に購入しました。
おそらく、現在ではもう入手不可能でしょう。
ただ、この原書は全部で11章あり、確かにラマ・カルマパ氏との謁見記が最終章に載っていますが、その他の章は既に「秘教の心理学」に3章と「グレート・チャレンジ」に4章と部分的に転載されています。
残りの訳されていない章は、瞑想について、イニシエーションについて、そしてOshoからの手紙、となっています。
つまり、この3冊はいずれも初期の講話の編集本だということですね。
私もいずれ「The Silent Explosion」を全訳したいと思っていますが、既に上記の2冊に大部分が訳出されているので、出版できても、その存在価値がどれほどあるのか微妙に感じています。

投稿: Devayana | 2014/02/07 11:40

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