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2011/12/14

希望は絶望のど真ん中に むのたけじ


「希望は絶望のど真ん中に」 
むのたけじ 2011/08 岩波書店 新書 190p
Vol.3 No.0563★★★★☆

1)この本のタイトルは、必ずしもズバリと表現しているものとは言えないだろう。反骨のジャーナリスト、むのたけじ、最新のメッセージがこの本に込められている。その本にタイトルを与えるとすると、こうなった、ということだろう。

2)この人の名前が武野武治と書いて、むのたけじ、と読むのだ、と初めてわかった(p81)。

3)「戦争絶滅へ、人間復活へ」から3年。ますますご健康であられることをまずは喜びたい。先日、わが母親の90歳の誕生会が行われた。昔の記憶は明瞭で、思考も理路整然としてはいるが、すでに視力が低下し、体力は介添えなしには生活は不自由という状態だ。それに比すと、96歳の著者のなんとご健康なことか。

4)松原泰道師の「きょうの杖言葉一日一言 百歳の人生の師からあなたへ」(2006/12)も驚きつつ感謝した一冊だったが、著者のこの最新のメッセージも感謝しつつ受け取らざるを得ない。、

5)タイトルは、すぐに魯迅を下敷きにしているとわかる。魯迅を「師」であるとの感銘をうけつつ読み続けてきた著者だが、次のように言い放つ。

6)たった一つ、何としても私の受け付けない文章がある。「野草」という文章の中の「希望」と題した文章で、魯迅さんは40歳代半ばの自身と周囲の社会状況について明暗の交錯する思いをポエムのように述べたあと、ハンガリー詩人の一句を引用して「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」と言った。

 これに私の脳細胞が反発した。「魯迅さんよ、絶望も希望もウソだというのですか。それならそうと断定して、人生の大切な問題を希望だの絶望だのと形容詞のような名詞なんかで考えないで、スバリその実体と格闘したら、と言ったらどうですか」と反発した。

 以来、この一句をめぐって魯迅さんとの対論、討論を繰り返したあとで私自身は「希望も絶望も共にホント」と認識し、更に経験と省察を加えて、この本のタイトルに掲げた判断に到達した。p173「足元から世界を耕す」

7)私自身はこの言葉に出会ったのは16歳の高校生の時だった。70年安保の「敗北」ムードの中で、「朝日ジャーナル」の中で語られていた。当然、意味不明と感じたし、反発もした。しかし、次第にその意味することを解した。

8)「ジャーナリズムはとうにくたばった。死んだものは生き返らせることはできないけれど、ジャ―ナリズムを死なせておけば社会そのものが死んでしまう。だからみんなで大奇跡を起こしてジャーナリズムを生き返らせるためにいのちがけでがんばろう、と集まったのではないか、現状認識をごまかしてはだめだよ」p3「歴史の歩みは省略を許さない」1991年のジャーナリストたちの集まりの講演で

9)この本がでたのは3.11の後のことだが、この方の「絶望」は、3.11での被災ではない。原発の問題でもない。この方の絶望の第一ターゲットは「戦争」である。その「戦争」を無くすことのできない「国際政治」や「人間」に、絶望する。

10)そして、その絶望のど真ん中から、「希望」を立ち上げようとする。

11)物書きは、自分の文章が多くの人たちに読まれたら、無論うれしいに決まっているが、それは私は望まない。望むのは、確実に一人の人に読まれることだ。そして、その人と私との思いの交流が起こったら、連帯の始まりだ。

 そして一と一との一個の連帯が生まれたら、同様の出産があそこでも、ここでも、あちらでも続く。それが今日以降の歴史の特徴です。

 みんなの問題をみんなで協力して解決するという、全く初めての課題に、いま人間たちの誰もが試されつつある。みんなでみんなの「合作」を固めるため、一と一とのつながりが核として大切です。p169「足元から世界を耕す」

12)詩的表現としては理解できるが、「確実に一人の人に読まれる」ということを期待することは可能なのだろうか。あるいは「一と一との一個の連帯」が生まれる、ということを「希望」することは可能なのだろうか。

13)人生の先輩であり、日本ジャーナリズムの泰斗として拝する著者に対して、はなはだ無礼ではあるが、私は「否」と答えたい。むしろ、今の私は魯迅の「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」という言葉のほうを「諒」とする。

14)ジャーナリズムに人生をかけたジャーナリストが、絶望しつつなお希望を探しだそうとし、戦争に反対してきた人間が、人間界から戦争をなくすことはできる、と前途を見い出そうとすることは、あり得ることであるし、また、もっとも人間らしい姿とも言える。

15)これ以上書くのは、自分でも悲しいが、ジャーナリズムには限界があり、また、人間界からは戦争はなくならないのではないか、と、今の私は思っている。

16)それならば、私の人生は一体なんであったのか。私はジャーナリズムに自分の人生を賭けることしなかったし、敢えて反戦を絶対唯一の人生の目的にはしなかった。

17)著者は、同じ東北人ながら、秋田県横手市を自らの場として選んで後半生を生きてきた人ではあるが、一個の人間であり、尊敬すべき地球人としての先達である。彼の視座から見える世界を、96歳という存在が語っている。そのことに対しては、心より敬服の意を表したい。

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