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2011/12/18

宮沢賢治幻想紀行 新装改訂版 畑山博他


「宮沢賢治幻想紀行」 新装改訂版
畑山博(作家)/石寒太 2011/07 求龍堂 単行本 127p
Vol.3 No.0567★★★★★

1)Vol.3の567番目の登場はこの本となった。新装改訂版となっているから、元本がでたのはいつかとひっくり返してみるが、よくわかない。巻末の「主な参考文献」としておよそ200の文献が列挙されているが、最新のもので平成7(1995)年12月。

2)1904生まれの弟清六が92歳(p27)として紹介されているのだから、やはり95~6年発行の本だと思われる。その本が15~6年の時間を経て新装改訂版として再版されたのは、今年の3.11とは無関係ではない。

3)賢治のふるさと、いわゆる彼のいう理想郷ドリームランド「イーハトーヴ」岩手も被害を受けた。
 そんな東北・宮城の瓦礫の中から一枚の描かれた壁画が遺った。その絵(写真・参照)は、「雨ニモマケズ」の賢治の書いた詩の絵・。宮城県の石巻市の大川小学校の児童たちが描いた壁画である。そこには賢治の「銀河鉄道の夜」の絵も遺こされていた。
p121

Amenimomakezu

4)親戚の小父さんは、この大川小学校出身だ。まともにこの小学校の話題ができない。感情が湧き上がってきて、お互いに話しをすることができないのだ。

5)この本は大判のカラーグラフィックス本だが、「幻想紀行」というタイトルにふさわしく、説明しすぎない写真がゾロっとそろっているので、ファンタジックな賢治ワールドがじわっと広がっていく。

6)そのとき西のざらざらのちぢれた雲のあひだから、夕陽は赤くなゝめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のやうにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊りの、ほんたうの精神を語りました。p50「鹿(しし)踊りのはじまり」

7)昨日、ひさしぶりに高台にある友人宅を訪れて、彼らの小学生の子供が、低学年の時から地元の「鹿踊り」チームに参加していることを知った。この子ども、生まれた時から知っている。この子が、もう何年も前から鹿踊りを踊っていたのか。

8)センダードの地は、イーハトーブとは地続きの隣町である。ここでも鹿踊りがあるというのは、当然のことだろうが、いくつのも困難な歴史を超えて、今だに保存されていて、県指定無形民俗文化財にもなっている。

9)自分のセロを買いこんで、わざわざそれを持っての何度もの上京。でも、けっきょく最後には、ゴーシュのようにうまくはならなかった。
 東京は賢治にとっては夢の畑。あまりにもやりたいことが多すぎたのだ。
 でもそれでいいのだと筆者は思う。
 詩人は、夢の種さえ植えればいい。
 自分で収穫しなくていい。
p71 「夢の種を播いた場所」

10)たしかにこの本はうまくできている。一冊を持っているだけで、実に縦横に賢治ワールドにアクセスできる。ひとつの曼荼羅化されていると言っていい。

11)ふと思った、賢治ワールドをOsho「私の愛した本」と並べて読み進めるのも可能なのではないだろうか。例えば「よだかの星」「かもめのジョナサン」との繋がりで読むなんてのどうだろう。

12)思えば、「私の愛した本」に登場してくる「ツァラトウストラ」「不思議の国のアリス」、タゴールの「ギーターンジャリ」カリール・ジブランでさえ、賢治ワールドとの繋がりで読み進めることができるかもしれない。

13)「宮沢賢治と云ふ人は何処の人だか、年がいくつなのだか、なにをしてゐる人なのだか私はまるで知らない。しかし、私は偶然にも近頃、その人の『春と修羅』と云ふ詩集を手にした。近頃珍しい詩集だ、----私は勿論詩人でもなければ、評論家でもないが----私の観賞眼の程度は、もし諸君が私の言葉に促されてこの詩集を手にせられるなら直にわかる筈だ。(中略)

 この詩人は、まったく特異な個性の持主だ。芸術は独創性の異名で、その他は模倣から成り立つものだが、情緒や、感覚の新鮮さが失はれてゐたのでは話にならない。(中略)

 若し私がこの夏アルプスへでも出かけるなら、私は”ツアラトウストラ”を忘れても”春と修羅”を携へることを必ず忘れはしないだろう」(辻潤「惰眠洞妄語」) p110「売れなかった二冊の本---『春と修羅』と『注文の多い料理店』」

14)辻潤をして、ここまで激賞させている賢治とは、一体何者だったのだろう。そして、いま、ポスト3.11の2011年、2012年の中で、賢治はどのように立ちあがってくるだろう。そのことに思いを馳せるには、この「宮沢賢治幻想紀行」は、大いに示唆的な一冊だと思う。

15)この本で特筆すべきなのは2点。両親とも宮沢家の出身である、ということと、賢治はまつろわぬ人々の末裔ではない、ということ。

16)賢治の両親は、ともに姓を宮沢という。父方も母方も宮沢家である。祖先をたどってゆくと、一人の人物にで行き当たる。つまり遠縁の一族なのだ。その人物とは誰か。江戸中期の天和・元禄年間に京都から花巻にくだってきたといわれる、公家侍の藤井将監(しょうげん)である。この子孫が花巻付近で商工の業に励んで、宮沢まき(一族)とよばれる地位と富を築いていった。(中略)

 いずれにしても、賢治の祖先は、京都からの移民である。つまり、賢治の中に流れている地は蝦夷以来の、みちのくの土着ではない。天皇を頂点とするクニに反逆する血ではないのだ。p106「生涯」

17)この本の著者たちが、なぜにここを強調したのか、そのことは敢えて深追いしないでおこう。東北ということで、まつろわぬ人々の末裔とみたてようとする潮流もないわけではないが(私もその一人)、そこのところに賢治をおいてしまっては、賢治の意味がなくなるだろう。ここの意味を、もうすこし後で考えてみたい。

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