増補チベット密教 ツルティム・ケサン /正木晃 <8>
<7>よりつづく
「増補チベット密教」 <8>
ツルティム・ケサン /正木晃 2008/05 筑摩書房
★★★★★
この本についてのコメントはまだ8回目なのか。もっともっと読んだような気もしていたが、実は、巻末のリストの網羅読みの方に力点が入っており、この本自体の読み込みはまだまだ十分ではなかったようだ。
いずれにせよ、この本は、梅田望夫「ウェブ進化論」、Osho「私が愛した本」、にならぶベスト3本なのであり、道に迷ったら、原点としてのこの本に帰ってくることは、ただしい自分の取り戻し方である。
今回もザッと一読して思うことは、結局はチベット密教の中心はツォンカパにあり、その主著である「吉祥秘密集会成就法清浄瑜伽次第」に集結していくことは分かったのだが、当ブログがアクセスすべき歴史的ポイントは、ツォンカパの100年ほど前のことである、ということだ。
ツォンカパは、密教を重視しつつ、しかも県境と密教を統合する立場をとり、インド仏教以来の課題を解決にみちびいた。そして、なによりも、ツォンカパが創始したゲルク派がチベット仏教における最大宗派に発展した事実が、彼の後世に対する影響力の大きさを物語っている。したがって、ツォンカパをもって、チベット密教を(そしてチベット仏教を)、ある程度まで代表させることは可能であるとおもわれる。p069「ツォンカパの生涯」
各論としてのツォンカパ読み込みはこれからの作業となるが、そこに集約していくことに、なにか落とし穴はないのか。
政治上の難問は措くとしても、チベット高原という原郷から切り離されたチベット密教が、チベット密教たりうるのか。混迷を深める現代社会に、貢献しうるのか。とりわけ、欧米によってはぐくまれた世界中を席巻している物質文明に、対峙するだけの力をもちうるのか。その真価を問われるのは、むしろ今後であろう。p066「チベット密教の歴史」
当ブログが追っかけているのは「地球人スピリット」である。必ずしも「チベット密教」ではない。ただ、人類史におけるチベット密教の高みはただごとではない。その本質を相続することは当然のことであるが、その酒は、新しい革袋に入れられる必要がある。
チベット密教とは、主にチベット人仏教者たちが受容し伝承してきた密教であり、その中核は、8世紀から12世紀のインド仏教界で成立した、いわゆる後期密教(タントラ仏教)である。p021「チベット密教とはなにか」
当ブログにおいては、禅をひっくるめて、ZENと言い慣わしているが、「チベット密教」もまた、大きな意味において、「タントラ」という新しい革袋に入れ直しておこうと思う。
近年の研究では、9世紀には大究竟の原型がすでに成立していたといわれ、それには中国の南宗禅系統の頓悟禅の影響があらわであるとされる。8世紀にサムイェー寺において、インドぶっキュと中国仏教のあいだの大論争が展開された事実を考えれば、そして中国仏教の代表者が南宗禅傾倒の頓悟禅だった事実を考えれば、この時期にチベットに中国禅、あるいはその背後にあった道教思想と実践法の影響が顕在化したことは不思議ではない。p198「カギュー派・サキャ派・ニンマ派の修業法」
そもそもZENとタントラの最終的な地点に大きな違いはないのであって、それらを更にいっしょくたにすることも可能ではないが、この辺あたりはざっくりとそれぞれのカラーを維持している必要はあるだろう。
瞑想に入り、自分の心が、自分の身体のどこにも存在しないこと。また色彩も形態もほんとうは何処にも存在しないことを理解する。しかし、自分の心こそ、この宇宙に存在するありとあらゆるものの根源にほかならないと認識する。つまり、心は「無」でありながら、森羅万象の根源なのである。p176同上
「ウェブ進化論」から、たった一語、「ブログ」、という単語を導きだした当ブログとしては、この「チベット密教」から一語だけ抜き出すとすれば、それは「瞑想」ということになるだろう。そして瞑想とは実践法であって、その瞑想において到達すべきものは「意識」となる。
当ブログが標榜するものは「意識をめぐる読書ブログ」である。この「意識」を意味するところを指し示す一冊として、あえてこの「チベット密教」を遺しておくことに、大いなる妥当性があると思われる。
新年にあたって、またこの本をざっと通読してみることには、大きな意義があった。そして、3.11後にこの本を読む、というところに、どのような意義があるだろうか。
地球を宇宙から見下ろして、宗教の広がりを思い描いてみる。仏教はいま、どこに活きているだろうか。そうやって見てみると、「世界仏教」と呼べるのは、おそらく上座部仏教、禅仏教、そしてチベット仏教だろう。この三つの仏教は、国境を越え、東西の境界を超え、世界に広がりつつある。p255上田紀行「解説」
3.11後に各地で宮沢賢治がたちあがっている。そのスピリットを支えているのは、法華経を中心とした仏教世界である。住まいや身体を復興することもまた大切なことではあるが、精神や霊性を再建するには、仏教、なかんずく、ZENやタントラは大きな力を与えてくれるだろう。
その見返り、そして再確認のためにも、この本を再読しておく必要があった。
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