アラブの春は終わらない タハール・ベン・ジェルーン
「アラブの春は終わらない」
タハール・ベン・ジェルーン/齋藤可津子 2011/12 河出書房新社 単行本 156p
Vol.3 No.0580★★★★★
3.11が起こらなかったら、2011年の大きなニュースは、日本国内においても「アラブの春」で埋め尽くされていたのではないだろうか。3.11の蔭になって、注意喚起がそがれてしまったが、地球全体でみた場合、人間の営みとしては、この「アラブの春」の出来ごとは大きなターニングポイントになるはずである。
アントニオ・ネグリの一連の著作に出て来るようなマルチチュードが、いよいよ活動を活発化させているのか、とさえ想像させる。
アラブの春の勝利は、まず何よりも機が熟したことによってもたらされた。人々は自発的に、そして最後までやり遂げる決意でデモに参加したのであり、政党の指導者など、誰かの指示に従ったのではなく、ましてや宗教運動の指導者に従ったのでもない。そこに勝利がある。
ちょうど冬のある日、熟しきった果実がひとりでに落ち、ほかの果実も一緒にぱらぱらと落とすように、アラブ人は祝祭のときのように踊り出したのだ。この動きは誰にも抑えられず、その余波ははるか遠くまで及んだ。
中国に到達し、おそらくヨーロッパ社会を蝕む病因となっている大都市郊外にも、いつの日か及ぶだろう。p9「序」
たしかに機が熟したのではあろうが、そこにインターネットやITの発達が関連していたことは間違いない。
フェイスブック、ツイッター、インターネット、そして新しい形態の政治構想および行動は、非合理的で病的狂信にもとづくイスラーム主義の、眠気を催させる時代遅れででばかげた主張を一層して広がっていった。p10同上
この現象は実に今日的である。アラブばかりではなく、アフリカやアジアの国々や地域にもその影響は出つつある。そして、本質的には、地球全体におよび、いわゆる「先進国」と自負している国々や地域においても、位相こそ違え、本質的な変動が起きつつあるのである。
だからこれはイデオロギー革命ではない。すでに述べたように、先頭に立って抗議するリーダーや指導者、政党はなかった。そこにいたのは「もうたくさん!」とばかりに街に出て声をあげた何百万人もの人々だった。
自然発生的で即興的な、新しいタイプの革命だ。計画ももくろみも、裏工作も闇取引もなしに、毎日歴史の新しい頁が書かれていく。それはどこか、詩人が人生に命じられるままに書きつつも、興がのれば抑えがきかなくなるのと似ている。p33「反抗? 革命?」
いかにもマルチチュード的だ。ただ、マルチチュード的捉え方は、旧共産主義の蔭を引きづっているが、アラブの春の性格は、もっとカオス的だ。
2010年の暮れから翌2011年の年明けにかけて、アラブ諸国の各地で突如、民衆が蜂起した。独裁政権の打倒をもとめる市民のデモは、体制側の鎮静化の努力もむなしく、若者を中心にフェイスブックをはじめとするネットワークを駆使して群衆を動員し、体制側による暴力の映像をオンラインにのせて世界に発信することで、国際社会の世論を味方につけて勢いを増して拡大していく。
そして1月14日にはチュニジア大統領ベン・アリが国外逃亡、さらには2月11にはエジプトに30年間君臨してきた大統領ムバラクが退陣した。p137「訳者あとがき」
この本には、チュニジア、エジプト、アルジェリア、イエメン、モロッコ、リビアなどの、アラブの「春」を呼ぶ声が実況中継されている。
政権転覆という事態まで発展した一連のデモの引き金となったのは、無名の青年による抗議の焼身自殺だった。p137同上
モロッコ出身のフランスの作家タハール・ベン=ジェルーン(1944年フェズ生まれ)は、この青年の焼身自殺に大きな衝撃を受け、そのアラブの民衆がデモでみせた決意の固さに深い感銘を受けた。そして書かれたのが本書である。p138同上
そういえば、「預言者」を書いたカリール・ジブランの母国はレバノンだった。彼の作品も元はアラビア語で書かれていたのだ。若くしてアメリカに移住し、英語で書いたから彼は世界的詩人となったのだが、ジブランの背景にはこのような実情があったということを覚えておきたい。
ニーチェが描いたある一節は十戒の一項目になっていてもおかしくないし、またイスラームも否定はしないだろう。この哲学者を宗教的テクストとともに論ずるのは奇妙に見えるかもしれないが、私が好んで引用するこのフレーズは本質をついている「もっとも重要なこと、それはあらゆる人間を恥辱からまもることである」(悦ばしき知識」)。ベン=ジェルーン p144同上
アラブの春は、地球の春でなくてはならない。そしてそこに生きる地球人のスピリットにもっとも必要なものは、未来であり、可能性であり、誇りである。反逆のスピリットが今、アラブに春をもたらしている。
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