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2012/02/11

足に土―原人・アキラ  須貝 アキラ 追悼集 <5>東海地震と浜岡原発 河本和郎

<4>からつづく

Ashi
『足に土――原人・アキラ』 須貝 アキラ 追悼集<5>
やまびこ編集室 1998/9  共同編集・発行 人間家族編集室 A5判・284P

 追悼集の中に、アキラと同じ地域に長く住んでいたカズが、数ページを使って、原発の危険性を綴っている。1998年当時の文章である。長野県に移っていたから浜岡原発になっているが、もし、アキラやカズが縁あって、福島に留まり続けたら、次の文章は、福島原発についてのコメントになっていただろう。

 そして、すでに13年前にかかれた文章なのに、被害状況としては、ほとんどまったく同じことが福島で起きてしまっている。いや、むしろそれより、規模が大きく、被害はもっと悲劇的だ。

 福島第一原発から25キロの農業コミューン「獏原人」。この対峙を、空からアキラはどう見ているだろう。

 「東海地震と浜岡原発」 河本和郎(カズ)

 今や日本の原発を巡る状況は、確実に悪くなっている。老朽化が進んでいるし、プルサーマルという設計時には考られていなかった運転が行われようとしている。そして浜岡原発については、大地震災害の上に放射能が降り注ぐという悪夢を、具体的に考えなければならなくなった。

 東海地震は、兵庫県南部地震の15倍のエネルギーの地震になると予想されている。東海地震は100~150年おきに発生しているけれど、前回の1854年・安政東海地震からすでに144年が過ぎて、エネルギーが蓄積している。

 地震を起こす地下の震源断層面の大きさは、70kmX115kmの面積を持ち、真上から見ると、富士川、御前崎、浜名湖、赤石岳で囲んだ大きさになる。この震源域の真上に、浜岡原発が建っている。東海地震発生時には、浜岡は約1m急激に隆起する、と考えられている。

 地震学者の最近の見解では、1996年兵庫県南部地震の経験から、浜岡での揺れは神戸で最も揺れた地点よりも長く激しく、複雑であると予想されている。また、95年以来、浜岡町の水準の上下変動に異動が現われている。96年10月からは、震源域のへりで中規模な地震が多発し続けている。

 原発を推進している人たちは、例によって「原発は地震で壊れない」と主張している。カリフォルニアの地震で高速道路が落下した時にも、「日本の高速道路は絶対に地震で壊れない」と主張していた。結果は、兵庫県南部地震で阪神高速が倒壊し、その誤りが見事に実証された。

 私は、普段でも原発の大事故の危険があるのに、東海地震の時、浜岡原発が無事である可能性は、ほとんどないと思っている。

 東海地震の時、大鹿を含む飯田・下伊那北部地方で、家屋の倒壊4千戸、死傷者1千名が予測されている。そのほか、崖崩れや土石流も起こり、一部の道路も使えなくなる。震央から95kmの、飯田・下伊那北部でこの被害だ。静岡方面では、神戸の震災の状態が、もっと広い範囲で出現すると思ったら良い。
 
 そこに目に見えない放射線が飛来することになる。

 現在のベラルーシ、ウクライナ、ロシアでは、チェルノブイリ原発から12年が過ぎ(編注1998年当時)、放射能による障害が姿を現し始めた。セシウム137などの残留放射能からの放射線を、胎児が受けることによる死産や障害が増えている。事故原発の風下になったベラルーシ共和国では、死者数が出生者を上回り、国に人口が減り始めている。

 また、事故当時にヨウ素131という放射線を、体内に取り込んでしまったために起こる、甲状腺ガンが多発し始めた。甲状腺ガンは、事故当時は幼児だった10代の子供たちに多発している。今後は、もっと年齢の高い者にも現れてくるだおろう。ヨウ素131は寿命が短く、現在は完全に消滅している。だから、事故当時と事故後しばらくの間、ヨウ素131を取り込まないようにできたならば、甲状腺ガンを減らせたのではないかと思えてならない。

 事故原発の風下になれば、アキラの夢であった百姓共同体は不可能になる。けれども、せめて子供の甲状腺ガンだけは減らしたい。

 目に見えない放射能の雲が飛来する直前に、ヨウ素剤を飲ませ、建物に目張りして、濡れタオルを重ねて口に当て、建物の奥で放射能雲の通過を待つ。その後も、地面は降下した放射能で汚染されているから、絶対に子供や妊婦を外に出してはならない。やむを得ず外に出た大人は、建物に入る時には服を脱ぎ捨て、体を洗うこと。

 事故原発から30~80kmの地域では、汚染状況、事故の進行、地震被害、静岡・浜松方面からの避難の様子、気象状況を見て、今後の長期避難を検討する。 

 事故原発から30km以内の人は、急性放射能障害による死亡を防ぐために、緊急避難しなければならない。ただし雨の場合は、雨に当たるとより悪い結果になるから、締めきった屋内に避難する。

 けれども、これが東海地震の時に通用するだろうか。通路は寸断されているだろうし、壊れていない建物が近くに全くないかもしれない。橋も、落ちているかもしれない。ともかく風を見て、風上の方へ歩いて逃げるしかないだろう。海陸風の影響があると、昼夜で風向きは逆転する。逃げた放射能雲は目に見えないから、その動きを予測しなければならない。

 浜岡原発の問題は、88年のランニング以来の課題である。とりわけ東海地震の予兆が観測されている今、逃れることのできない現実性をもって迫っている。p194~196

 4年内に起こる確率70%と言われている東海地震である。この文章は、このまますっかり、生きたままである。いや、むしろ、事態はさらに深刻化しているだろう。

 寡黙なアキラであったが、盟友のカズの文章を借りた、これはアキラからのメッセージだったと考えることができるのではないだろうか。アキラが愛した福島双葉郡川内村の獏原人の地は、この汚染の中に取りこまれてしまった。

<6>につづく

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