ベルゼバブの孫への話 人間の生に対する客観的かつ公平無視なる批判 G・Iグルジェフ <4>
「ベルゼバブの孫への話」 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判<2>
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ /浅井雅志 1990/08 平河出版社 単行本 787p
またまたこのタイミングで、この本を迎えることになってしまった。まあ、これも天の配剤。内容については、松岡正剛親分の千夜千冊に詳しい。
進行中のカテゴリ名「ベルゼバベシュの孫への話」の遠景として、借景をお願いしているかぎり、ここでも、どういう形でも登場してもらわずばなるまい。
期せずして、0歳と1歳の孫たちとの共同生活がスタートしてしまった。孫たちとの対話がはじまった。幼児たちとの対話は対話などというようなものではない。いっさいのはからいが破壊される。ロジック、レトリック、アルゴリズム、パラドックス、隠喩、装飾、すべてが不能。
必要なのは、おんぶにだっこ、おしめ交換、部屋掃除、病院への送り迎え、離乳食の作り方、おもちゃの選び方、キッズルームの運用、風呂掃除、入浴、ウンチの捨てかた、アレルゲンの排除、マスク、手洗い、etc
目と目、本音と嘘の戦いだ。孫たちの本音の前では、こちらの嘘がはぎとられる。言葉が、表現が、思考が、がたがた、無益のものとなる。じゃまになるだけだ。飲む、食う、泣く、寝る、排泄。実に直線的。直球オンリーで攻めてくる。
1歳児になると、多少は変化球を使ってくる。そのアルゴリズム、レトリック、サインを読む。真剣勝負である。0歳児は、まるでブッタだ。あの目は悟っている。すべてを見透かしている。
ベルゼバベシュの孫との暮らしが始まった。
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