宮沢賢治祈りのことば 石寒太 <4> 悲しみから這い上がる希望の力
「宮沢賢治祈りのことば」 悲しみから這い上がる希望の力<4>
石寒太 2011/12 実業之日本社 単行本 223p
★★★★★
プロジェクト567における1オクターブ目のシはこの本だ。もう何度か読み返している。よい本だ。3・11と賢治をセットにするなら、私にはベスト本だ。何度か読み返してきたが、その度に余韻が広がる。
しかし、物足りなさを感じないわけではない。世界は3・11で終わるわけでもなく、地球は日本列島だけで占めているわけでもない。私たちは地球に生きているのだ。そして、もっと長いスパンで時間をとらえなくてはならなくなっている。
1オクターブ目のシから、2オクターブ目のドへ移行するにあたって、それはOshoの本で7音を飾ってみようということになった。なんとも不釣り合いではあるが、賢治とOshoとの対比を試みてみる。
1、賢治はイーハトーブという幻想世界を生み出し、Oshoは自らの世界観をブッダフィールドという概念でまとめようとした。
2、賢治は、羅須地人協会を作り、Oshoはラジニーシプーラムを作った。
3、賢治は「春と修羅」と「注文の多い料理店」の2冊の本を生前に出版し、Oshoは、300冊とも700冊とも思える本やオーディオやビデオを残した。
4、賢治は、自らの理想像をデクノボーという姿にまとめ、Oshoは自らの人間像をゾルバ・ザ・ブッダという生き方で表現した。
5、賢治は芸術的生活を推奨し、Oshoは瞑想を推奨した。
6、賢治は自らを修羅と表現し、Oshoは自らを最後の生と表現した。
7、賢治は明治三陸津波の年に生まれ、昭和三陸津波の年に没した。Oshoは700年前にチベットに生まれ、21世紀を目前にインドで肉体を離れた。
なんとも唐突な無骨な比較ではあるが、敢えていうなら、こういうことになる。
当ブログにおけるプロジェクト567は、3・11の被災地に立つ賢治像から、滅亡にひんする地球に訪れたOshoのビジョン、という方向へトーンを上げていく。
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