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2012/04/23

プロジェクト567 <5>3・11後を生きるということは、本来の自己を生きること

<4>からつづく 

「プロジェクト567」 

<5>3・11後を生きるということは、本来の自己を生きること 

 「ポスト3・11の子育てマニュアル」「3.11からの子育て」を読み比べてみて、あらたに気づいたことがある。それは、それぞれが3・11をどうとらえているか、という以上に、3・11以前をどう生きていたか、というポイントである。

 復旧復興を語る人びとは、以前の状態がよかった、と感じている。あるいは、少なくとも被災している状況よりはよい、と考えている。被災があまりにすごいので、それは当然なのであるが、被災そのものを、完全にマイナスと考え、とにかく、スムーズに、3・11以前に戻りたいと考えている。

 かたや、3・11をひとつのきっかけとして、前に進もう、という人々もいる。これが後者の「半歩前へ」へ、というスローガンにでているのではないだろうか。

 そもそも、16年まえの阪神淡路大震災の時に子育てをしていて、今回も、同じような状況で被災した人はほとんどいない。今回の子育て中の人々は、その16年前のことさえよく覚えていないのだ。

 前者は、「子育て」をメインテーマとするなら、その人々のところまで「行ッテ」、もっとその支視線から物事を考えるべきであった。3・11後の子育ての場合、むしろチェルノブイリなどの報告をもっと重要すべきだったのではないだろうか。

 いずれにせよ、日々本来の自己を生きようとする人々にとっては、3・11は一つの通過点に過ぎないだろう。3・11をきっかけに、より強力に自己を生きようという決意が固まったとはいえるだろうが、ようやく3・11で気がついた、というのでは遅すぎる。

 0歳児や1歳児の育児を中心に考えるなら、原発のデメリットはあまりにも大きい。まもなく日本でも、原発稼働ゼロのタイミングがやってきそうだが、他の発電方法もデメリットゼロというわけにはいかないが、原発はあまりにもマイナス要素が大きすぎる。ここの旗印が、前者には明白ではない。

 今すでに成長している児童たちだけを対象にするのではなく、生まれたばかり、あるいはこれから生まれて来るこどもたちへの未来を、よくよくかんがえなくてならないのは、現在の大人たちであり、老人たちである。

 そして、本来、いままでもそうあるべきであったし、これまでもそう生きてきた人たちにとっては、今後もそうあるべきである。3・11後に、特段に変わったことなどないはずである。むしろ、その事実を前に、より加速をつけるべきであろう。

 当ブログにおける3・11後を生きるということは、当ブログにおけるプロジェクト567の具体化、ということと、そもそも同義であるはずである。

<6>につづく

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