ECOシティ <2> 環境シティ・コンパクトシティ・福祉シティの実現に向けて 丸尾直美他
「ECOシティ」 環境シティ・コンパクトシティ・福祉シティの実現に向けて <2>
丸尾直美/三橋博巳他 2010/05 中央経済社 単行本 246p
プロジェクト567はここからはじめよう。この本は個人的に極めて重要である。この本の優れているところは、環境シティ、コンパクトシティ、福祉シティをあわせ持った住環境をエコシティと表現しているところ。
そもそもの当ブログのキーワードはエコビレッジであった。エコビレッジには、当然のことながら、コンパクトであるとか、環境に配慮されているとかが、暗にニュアンスとして含まれている。しかしながら、福祉という意味合いは弱い。
孫たちが成長する、ということは、我が身が老いていくということでもある。彼らが成長し、医療を受け、教育を受けていくことを考えていくと、どうしても福祉の面ははずせない。 エコビレッジが存続したとしても、背景には福祉機能が不可欠であることを思えば、福祉シティであること、そしてエコシティであえることは了諾せざるをえない。
しかしまた、本書においては、そこにコンパクト性をつよく要求していることに共感を覚える。巨大化し、モンスターと化した巨大都市が、いくらエコを旗印にしたところで、それは単なるその場しにぎの目眩ましにすぎないのだから。
この本が優れていることの二つ目は、我が住まいと隣接するセンダード市あすとナーガを取り上げているところ。エコシティとしてのあすとナーガは建設中であり、本当にエコなのかどうなのか、という疑問符は多い。しかし、これがまた、現実なのだというリアリティを教えてくれる。夢ばかりでは生きられない。
この本を左右からサポートするのは、スナイダーの「地球の家を保つには」と、飯沼義勇の「仙台平野の歴史津波」である。 スナイダーのようなキッドキッドディジィーは、象徴的な詩人の生き方としては興味引かれるが、すこしコンパクトすぎるし、福祉や教育の面で劣る。三省のような屋久島の白川郷なども、なにも急いで理想とすべきではない。
そういった意味合いにおいては、あすとナーガはジャストサイズといえる。ただ、これは自立した単独のスペースではないことも覚えておかなくてはならない。 そしてまた、この地には、3・11で被災した人々の仮説住宅が存在することも象徴的である。いくら理想的なエコシティが建設すぁれようとも、いつかは自然の中に朽ちるのである。それが飯沼義勇の歴史津波研究が教えてくれる。
プロジェクト567をここから始めることは意義がある。私たち地球人は大地の上に生きていく。そこは地球と繋がっている。地球そのものだ。その足元のリアリティを、まずはエコシティというサイズで、まずは捉えておこう。
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