プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <22> 孫たちにとって、孫たちとは何か
<22> 孫たちにとって、孫たちとは何か
プロジェクト567において、孫たちは中心の位置を占める。当初は、単に孫だったが、その後、複数に増えた。そして、直系ならずとも、周辺を見ると、どんどん増えている。
甥や姪、友人、知人の周辺においても、新生児はどんどん増え続けている。それらすべてを含め、当ブログでは、孫たちと呼ぶ。
カテゴリ「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」においても、その要点は、孫たち、にあり、孫たちに対峙する、あるいは、孫たちと融合する自分を見つけている。
孫たち、とは、具体的な実存する生命たちであり、また形而上的な象徴でもある。
ネイティブ・アメリカンたちは、物事を決定するには、7代先の子孫を考慮するという。
7代先とはどう言う事だろうか。
例えば、私も孫である。1代先に、親が2人あり、2代先に祖父母が4人いる。3代先になれば先祖は8人、4代先は16人。5代先で32人、6代先では64人。
7代先ともなれば、128人となり、少なくとも、私にはこの人々の合計254名の方々が先祖として存在していることになる。
1世代を30年とした場合でも、せいぜい7世代だと200年程度のことだ。これが、1000年、2000年と続いてきたのだから、ご先祖さまたちの行列は、幾何数的に増え続ける。
少なくとも、私は128人の人々にとっての、7代先の子孫、と言う事になる。
私にしてみれば、子が二人あり、それぞれに孫が二人づつ出来、その後もそのスタイルが続いたとした場合、やはり同じように7代先には100以上の子孫がいることになるが、こればかりは確定できない。
少なくとも、直系ばかりではなく、友人知人の周囲に生まれる世代を考えていけば、私たちの世界は、多くの人々から受け継いだものであり、また多くの人々にバトンタッチしていく物である、という事実に変わりはない。
さて、孫たちにとって孫たちとは何か、という設問は、煎じ詰めれば、私にとって、私とは誰か、という事になる。
これこそが永遠のテーマであり、神秘への入り口でもある。あるいはゴールでもある。
このテーマは、プロジェクト567においては、ホワイトターラーへと続く。
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