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2012/05/05

エコロジー ECOLOGY 英知の辞典 OSHO <25>

<24>からつづく 
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「英知の辞典」<25> 
OSHO, スワミ・アナンド・ソパン 1996/05  めるくまーる 単行本  579p

エコロジー ECOLOGY

 専門家は自分の分野、自分の領域のことしか知らない。それは非常に狭いものであり、しかも日ごとに狭くなってゆくので、彼は生命の総体との触れあいをいっさい失ってしまう。私たちが地球の全生態系(エコロジー)を破壊してきたのはそのためだ。職業の専門化にその原因がある。なぜなら、生態学(エコロジー)とは全体について考えることだからだ。

 大工は木に興味があり、木のことなら知っている。しかし、樹木の働きについては何も知らない。彼は樹木が雲と雨を招き寄せることを、大地をひとつにまとめていることを知らない。樹木がなかったら、大地は砂漠になってしまう。もはや雲はやって来ないし、たとえやって来たとしても雨を降らさずに通り過ぎる。大工は木に興味があり、木のことなら知っている----木の材質、その木目の美しさを----だが、全体としての現象には興味がない。

 だから私たちは森の木々をどんどん切り倒している。私たちがこれほど苦しまなければならないのは、樹木がなくてはならないものであるからだ。土地の気候に乱れが生じ、土地の気候だけでなく大気全体に乱れが生じる。なぜなら、樹木は私たちが吐きだした二酸化炭素を吸収し、私たちの呼吸に必要な酸素を吐き出しているからだ。私たちには酸素がなくてはならないし、樹木には二酸化炭素がなくてはならない。私たちは相互に依存している。樹木がなくなれば酸素もなくなり、空気は心臓、肺、人体に必要とされない二酸化炭素でさらに満たされるようになる。すでに大気中には二酸化炭素が多すぎて、それは健康にとって有害だ。

 だが、木こりや大工には広い視野がない。彼らは木のことにしか関心がない。木こりは木を切り倒すためにもっと効率的な方法はないものかと思う。酸素や水素や二酸化炭素について知っている人は木とその材質については何も知らないし、大工仕事についてはまったく知識がない。彼は自分の方向で働いており、ほかの者も自分の方向で働いており、こうして彼らは生態系を破壊しつづけている。

 生態系(エコロジー)とは、万物の相互依存のサイクルのことだ。あらゆるものがほかのあらゆるものに依存している。完全に独立しているものなど何もない。それはありえない。私たちは部分、ごく小さな部分、歯車の歯にすぎない。誰かが歯車について知らなければならない。もちろん歯車について知る人は、より多くのことについてより少なくしか知らないから、ほかの専門家とは競争にならない。

 そしてブッダが体現する究極の境地とは、すべてについて何も知らない状態だ。では科学者、専門家の究極の状態とは何だろう? ----無についてすべてを知っている状態だ。それは論理的な帰結だ。科学がより少ないものについてより多くを知ることだとしたら、その究極の結果はどうなるか? ----無についてすべてを知ることになる! それはどんどん狭くなってゆき、最後にはたったひとつの点が残される----それは無、ゼロだ。

 宗教とはより多くのことについて知ることをより少なくすることだが、ではその究極の境地とは何か? ----すべてについて何も知らない状態だ。それがディオニシウスの言う「不可知(アグノシア)」だ。それゆえにソクラテスは言う、「私はただひとつのことを知っている。それは私は知らないということだ」  GUIDA SPIRITUALE   p85

<26>につづく

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