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2012/05/23

スーフィー イスラームの神秘主義者たち ティエリー・ザルコンヌ


「スーフィー」 イスラームの神秘主義者たち
ティエリー・ザルコンヌ/遠藤ゆかり 2011/08 創元社 「知の再発見」双書 142p
Vol.3 No.0690★★★★★

 3・11後の夏に、新着図書を検索していて、このタイトルを発見した時には、ギョッとした。それはある意味、ちょうど同じ月に発行された「チベット密教瞑想入門」のタイトルを発見した時と同じようなショックだった。このドサクサの中にあっても、探究は探究として、平然と行われている。

 スーフィーはOshoが好んで行う講話の題材である。タントラ、禅、ハシディズムなど、大きな宗教の流れにあっても、さらにその底流に潜む神秘主義に光を当てたOshoらしいテーマである。

 1977年にプーナを訪れた時には、毎日のようにブッダ・ホールで、スーフィー・ダンスが行われていた。それは、西洋からやってきたミュージシャンたちが中心となって、数百人のサニヤシン達が輪になって踊る、まるでフォークダンスのようなものだった。

 そもそもスーフィーダンスは、フォークダンスではないのだが、西洋社会でカチカチに固まってしまった来訪者たちの、実も心もほぐすには、なかなかOshoアシュラムのスーフィーダンスは素晴らしいものであった。

 その後、このアシュラムにおけるスーフィー・ダンスは、もうすこし本格的になり、「覚醒の舞踏」につらなる方向へと進化したはずだが、詳細は知らない。

 この「知の再発見」双書は、当ブログでもこれまで、「ジプシーの謎」「イースター島の謎」「チベット」などをめくったことがあるが、新書ほどの大きさながら、カラーページがふんだんに取り入れられ、口絵の多さは半端ではない。かなり濃厚なシリーズとなっている。

 しかし、このコンパクト=濃厚という組みあわせは、当ブログ好みではあるが、結局は、センターを見つけることができず、けっきょくは、なにかのオカズ的な存在に追いやられてしまうのである。

 仏教、キリスト教、イスラム教、という、いわゆる世界三大宗教にあって、とくに西洋社会においては、理解され難く、どちらかといえば排除されがちなイスラム教ではあるが、この勢力を排除しては、地球人スピリットは成り立たない。

 イスラムのより深いところにある、このスーフィーの流れを理解してこそ、未来の地球は切り拓かれるであろう。ただ、スーフィーの流れも、この本に現れている通り、実に多岐にわたっており、それらを一望し、ひとまとめにすることはなかなか難しい。

 Oshoサニヤシンである当ブログにとっては、Oshoがもっとも信頼する現代のマスターのひとりグルジェフが紹介したような形でのスーフィーを継承していくことが、結局は、もっとも早いスーフィー理解となるだろう。

 なかでも重要な人物は、ロシアのゲオルギイ・イヴァノヴィチ・グルジェフ(1949没)である。彼は、中央アジアのナクシュバンディー教団やイスタンプールのメヴレヴィー教団で体験したスーフィズムに東洋のキリスト教神秘主義と西洋の神秘学をくみあわせ、各地に伝わるさまざまな踊りを「ムーヴメンツ」と呼ばれる神聖舞踏にまとめあげ、「人間の調和的発展」のための学院を設立した。

 1920年代にパリに居を定めると、1923年12月にはパリのシャンゼリゼ劇場で「ムーブメンツ」の実演を行った。彼の自伝は、ピーター・ブルック監督によって、「注目すべき人々との出会い」という題名で1979年に映画化されている。p096「マグリブから中国、インドネシアまで」

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