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2012/06/21

「『禅』の世界へ」 日経おとなのoff 2012年6月号<3>

<2>よりつづく 


「『禅』の世界へ」 日経おとなのoff 2012年6月号 <3>
日経おとなのOFF編集部 2012/05 雑誌

 まず、この雑誌のこの号がなぜに磁力を持っていて魅力的に思えるのかを考えてみよう。一番最初は出会い方にあったと思う。町を歩いていて、ふと入った大型店舗のきらきら輝いている書店の雑誌コーナーで、「禅」という文字が異彩を放っていたこと。この最初のインパクトが強かったことは確かだ。

 次には、禅とジョブズと日経、という組み合わせ。禅だけなら、良書がたくさんある。ジョブズの伝記もあふれかえっている。日経もわが世の春を謳歌している。それぞれがそれぞれに自らの立ち位置をすでに獲得している。その、ともすればかけ離れたような三者の、妙なバランスが、大きな魅力になっているのだろう。

 しかし、禅は禅で、日本の禅はどこかガラパゴス禅となってしまっており、本誌でも伝統的な日本の禅を紹介しているが、これが単体では、なんの目新しいこともなく、磁力はぐっと落ちる。パワーも感じない。

 ジョブズもまた、決してマック派じゃなかった私などにとっては、必ずしも魅惑的な存在ではなく、そこに魅かれる理由はあまりない。ところが、ZENとのかかわりがあった、というところで、俄然、磁力が増すのである。

 日経もやたらと印刷物を出すので、あきれ返っているが、今回あらためて「おとなのOFF」という雑誌を作っていることを知った。ざっとバックナンバーの特集の名前をみたが、特段に面白そうとは感じない。

 この三者が出会ってこそ、初めてかもし出される魅惑的な部分が、私を今、困惑させているのだろう。

 禅はすでに確立されている。エスタブリッシュメントだ。だが、その悟りすました姿勢に、不備は残っていないのか。ガラパゴス化し、ZENとして再び問い直されようとしている動きに対して、積極的に関与しうるのか。

 ジョブズがかかわったとすれば、禅ではなくてZENであろう。ジョブズはZENの究極を味わったのか。導師でもなければマスターでもないジョブズに、なにもそれほどまでの要求をすることもないが、はてさて、言われるほどに、本当に彼にZENは影響を与えていたのか。

 さて日経。評論の時代から実務の時代に入って、日経はすこし悦に入りすぎているのではないか。ONだからこそ日経だったはずなのだが、ここでOFFなどとオダをあげていていいのか。

 禅、ジョブズ、日経のトリニティが、限りなく私を魅了したことは間違いない。ただ、単体だとどうしてもアラが見える。この三つが揃ってこそなし得る何かがある。だが、多分、一番不足しているのは、ジョブズについてだろう。

 ジョブズとパーソナルコンピュータを同義とするなら、多分不足はしていない。しかし、ジョブズは、もうひとつ別な価値を生み出した模様だ。PCを超えた何か、いわゆるiPadやiPhone以上の何かをすでに包含していたのではないか。そして、それを私は見逃し続けているのではないか。

 iPadのなんにもない単なるタブレットは、ある意味で、禅の一円相に見える。「いつの間にかぐちゃぐちゃになって」しまった机の上を、さっぱりとかたづけてしまったのである。ここに、ジョブズの強力なメッセージがあるのではないか。

 和文タイプライターや写植機以来のキーボード派の私としては、ガラケーもスマホも物理キーボード付属の機種を使っているが、まだまだ絞り込みが足らないのではないか。

 かつて、コマンド入力からマウス操作へと移行させ、フロッピードライブを外してしまったジョブズである。完全に物理キーボードを撃退しようとしていることに、かなり過激な反骨の精神が見える。

 禅、ジョブズ、日経。このトリニティの中で、まず外すことができるのは、日経だろう。日経は、マーケットプレイスという意味では重要なポイントだが、他に補完してくれるものがないわけではない。禅とジョブズというだけなら、他にも入口はある。

 次に外すとするなら、禅の伝統的なガラパゴス状況。お世話にもなったし、これからもお手本とせざるを得ない。しかしながら、禅→ZEN、そして一般的なスピリチュアリティへ、という図式で考えるなら、「禅」は捨ててもいい。

 さて、ジョブズだが、これもまたマック派ではない私にとっては、無視しても構わない位置にいることは確かなのだ。iOSがなくてもアンドロイドOSを使うだろうし、仕事じゃぁ、Winがなければニッチもサッチもいかない。

 ただ、例えばリズ・ダベンボードの「机の上はいらないモノが95%」などを読んでいると、まさに机の上であるパソコンのデスクトップなども散らかし放題ではないか。95%がそこになくてもいいものなのだ。そのポイントをジョブズは彼一流の美学で、徹底的に指摘しつづける。

 そういえば、21世紀に突入すると突然頭角を現したGoogleにしても、一番最初に現れるのは、検索単語を入力する窓の一行だった。ここから全てにスタートするわけだが、極めてシンプルになっている。

 「Meditation in the Marketplace<6>思い入れの三冊の後継、そして・・・」で選んだ三冊も、「世界一シンプル」、「世界一やさしい」、「人と地球を癒す」がサブタイトルである。統合シンプル化がキーワードである。

 統合やシンプル化は禅やZENの持ち味である。あるいは、マーケットプレイスにおいても、重要なファクターであることは間違いない。

 この雑誌からさらに前に行こうとすれば、まずは量的にジョブズを追っかけてみることが必要であろう。そして、そこには「世界一シンプル」や「世界一やさしい」や「人と地球を癒す」ヒントが隠されているかもしれない。

 そんな思いで、すこしジョブズ追っかけを始めてみようと思う。

<4>につづく

 

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