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2012/07/16

Meditation in the Marketplace<11>マーケットプレイスでの瞑想

<10>からつづく 

テーマ「Meditation In the Marketplace」 

<11>iPadとFukushima 

 さてカテゴリは「Meditation in the Marketplace」(MMP1)からMMP2へと移行する。事態は急変してきた。日常を、そして、自らの仕事を見つめれば見つめるほど、物事はそう簡単でもなく、すべてが絡まっている、ということを実感する。

 MMP1においての暫定的テーマは結局のところ、パソコン→タブレット端末の移行は是か非かというところに落ち着いた。つまりはiPadを仕事に活用するのかしないのか、そのことの裏も表もよ~く考えてみよう、ということだった。

 その背景をひとつひとつ拾い上げていくと、これがなかなか面白い。哲学的であり、思想的にも輻輳した論戦が期待できる。今後もここを中心として進むとして、議題はさらに広がりを持ち始めようとしている。

 私の手元には、今ふたつの書物がある。一冊は「プロメテウスの罠」(朝日新聞特別報道部 2012/03 学研)であり、もう一冊はスチュアート・ブランドの「地球の論点」(2011/06 英治出版)である。いみじくもこの二冊を対峙させてしまったのは池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力」(2011/03 講談社)である。 

 上記二冊ががっぷり4つ相撲を取り、池田純一が行司役を勤めることができるのかどうか。それはさだかではない。少なくとも、「プロメテウスの罠」は3・11をレポートしているのであり、他書二冊は3・11以前に書かれている。

 3・11をはさんで、全球的思想の流れは一体どうなるのか。ここでは3・11は、鋭くFukushimaと読みかえられなければならない。

 当ブログは、それなりに3・11をスキャンしてきたし、地震、津波、原発を、災害の天地人として峻別してきた。ここでは原発ではなく、事実としてのFukushimaをいまひとたび検証する必要に迫られてきた。

つづく

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