3・11後もこの人は同じことを言うだろうか? 中村政雄 『原子力と環境』
「原子力と環境」
中村政雄 2006/03 中央公論新社 新書 189
Vol.3 No.0799★☆☆☆☆
1)松岡正剛「3・11を読む」の第四章を語る上で、重要な点に位置している一冊。基本的には原発推進派で、地球温暖化の解決の決め手は原発しかない、という論点の他、とにかく原発は推進しなければならない、とあらゆるデータを切りそろえて提出している。
2)環境派の代表はグリンピースで、グリンピースさえ押さえてしまえばいわゆる環境派は簡単に論破できるでもいうような文脈。グリンピースの創立メンバーのパトリック・ムーア、「外ラ理論」のジェームズ・ラブロック、「アースホールド・カタログ」のスチュアート・ブランドの、脱原発から、原発推進への「転向」を鬼の首でもとったように大言し、これさえあれば、反対論は完全に抑えられる、と言わんばかりの勢い。
3)論旨そのものは、他の原発推進派と大同小異、特に目立ったものはない。この本は3・11以前、やく5年前に書かれた本なので、3・11後に批評するのはフェアではないが、原発の持っている意味を考える時、5年くらいでは意見が変わるわけもないだろうし、変わってもらっては困ると思う。ただ、この本の調子では、いくら著者といえども、大きな声でこの本の主旨を主張することはできないだろう。
4)後半から巻末にかけては、日本独特の文化論などが展開されているが、それはあるいみ取ってつけたようなパッケージで、まったく意味がない。
5)少なくとも、この本の中にでてくる、いわゆる環境派の「転向」はごくごく特例的なエピソードであり、かりにそんな事例があったからと言って、原発の現実と、その限界性に変わりがあるわけではない。とくに3・11以降は、そのことがより明確になってしまった。
6)この本は抜き書きするほどのところはない。むしろ、この人の3・11後の本を読んでみたい。
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