まちがい探し 羽倉 玖美子『愛する地球(テラ)に』 女神は夜明けに舞い降りる<5>
「愛する地球(テラ)に」 女神は夜明けに舞い降りる <5>
羽倉玖美子著 2012/12 本の森 単行本 0178
1)著者にはすでに4~5冊の著書がある。
「ひとりじゃないよ」~不登校・ひきこもりの子どもと共に(エルパーク仙台 2001/03)
「ホピの太陽の下へ」女三人、アリゾナを行く(2005/06 野草社)
「まちがい探し」(日本文芸社)
「数申」豊かな時間の設計図(2010/07 本の森)
「愛する地球(テラ)へ」女神は夜明けに舞い降りる(2012/11 本の森)
2)ところで、ここでちょっと気になるのが、三冊目としてリストアップされている「まちがい探し」(日本文芸社)。この出版社は自費出版などで有名だが、自前の本も出しているのかもしれない。検索してみると、同名の本は数冊あり、シリーズ化されている。しかし、著者の名前は冠されておらず、また図書館などにも収容されていない。
3)どんな本なのかは、いずれ著者に直接聞けばいいことなので、深追いしないが、単なる野次馬として察するに、これは彼女の画業に関わる一冊だと推測する。クリスチャン系の雑誌に連載されているだろう、まちがい探しの絵が一冊にまとめられているのではないだろうか。
4)ということなら、すこし考えるところがある。二枚の絵が並べられており、どちらかがオリジナルで、片方は何箇所か筆を入れられている。二枚の絵はかぎりなく似てはいるのだが、よくよくみると、たしかに「差異」がある。
5)この「差異」は特徴的である。この「差異」は、どちらかの正しさを証明するものだろうか。Aという絵とBという絵に「差異」があったとしても、本当は、どちらも正当性があって、どちらか片方が「正しい」とされてしまうから、他方は「まちがい」となるのである。
6)このことを、ちょっと象徴的に考えてみる。彼女には彼女が思っているAという絵があって、私には私が思っているBという絵がある。かぎりなく似てはいるのだが、たしかに「差異」はある。だが、その「差異」は、どちらが「正しく」て、どちらが「まちがい」ということでもなさそうなのだ。
7)当ブログはこの本の中に、腰巻に書いてある「地球人としての精神性(スピリチュアリティ)」を探そうとしてきた。また、当ブログは「地球人スピリット・ジャーナル」として、自らの考えるところを主張しようとしている。そしてそれは、喜納昌吉の「アース・スピリット宣言」とともに「先住民と新人類」として、すでにその原型は21年前に提示している。
8)あの時、塩釜神社を散策したのは、私と、著者であり、著者の本を出版した野草社のIG社長であり、またIM少年だったりした。「矢と的」の発想はIG氏のものである。この時は「スピリット・オブ・プレイス」の前後の準備の時だった。
9)当ブログでは、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」のスタイルを借りて、あらたに「地球人スピリット宣言草稿」を準備中である。AとBの「差異」探しはそこそこにして、当ブログは当ブログなりの「独自性」を歩んでいくことにする。
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