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2012/11/24

石川裕人が言いたかった本当のこと 『総合文芸誌 カタルシス』復刊1号 伊東竜俊編集発行<1>

Kata
「総合文芸誌 カタルシス」復刊1号<1> 
伊東竜俊編集発行 2011/08 カタルシス社・第三次戦後派出版 雑誌 p132 石川裕人関連リスト
Vol.3 No.0889★★★★☆

1)石川裕人震災後初の怒りの鉄筆「新白痴」掲載。これが石川裕人が言いたかった本当のことだ!! 他、伊東竜俊実名戯曲など盛りだくさん。魂の一冊を是非お読み下さい。ネット上の宣伝コピー

2)となれば、一度は目を通しておかなければならない。「カタルシス」誌は、バックナンバーVol.10(1994/06)を最近手にとってみた。伊東竜俊戯曲集1「嗚呼!! 水平線幻想」1980/06カタルシス社)には私が役者として参加した演劇脚本が収蔵されている。

3)震災前の2月に上演した芝居は「風来」~風喰らい人さらい~だった。この戯曲はこう始まる。シェークスピアの「マクベス」の三魔女の台詞をアレンジした「風という風が吹かなくなって早や十年」「街に死臭が漂い始める太陽が沈む前」そして「いい悪いで悪いはいい」という有名な決め台詞で序章は終わる。

 そしてラストの台詞はこうだ。「世界の涯て(はて)の辺境で、伽藍のつむじ蒼眠の風塵 瓦礫と残骸 朽ちは果てる文明の残滓の町こそ 約束された緑の地 風の吹く町 最初の町」 p48石川裕人「新白痴」

4)当ブログとしてはこの「風来」の上演台本はこれから読むところ。たしかに、なにかが予感する。

5)震災後、一ヶ月半くらい経った頃、ふと、この台詞を思い出した。(中略)まるで津波震災のこと、原発人災のことを予見したような台詞である。p48 石川 同上

6)たしかに。しかし石川演劇の作品集をみると、初期のころから、わりと逆ユートピアとしての廃墟が書かれたことがすくなくなかったのではないだろうか。

7)予見性のあるものをどれだけ書いたのかわからない。読み返す気力も体力もない。ただ、ある時点から事実の後追いと批評性に傾いた戯曲が多くなっていたように思う。しかし、それは確実に物語としては脆弱である。事後の追認ほどつまらないものはない。p48 石川 同上

8)この「ある時点」とは、石川にとってはどこからであっただろうか。私なら、それは1995年から始まった「現代浮世草紙集」シリーズ、特にその第三話「教祖のオウム 金糸雀のマスク」であっただろうと、指摘することになる。 

9)「坑内のカナリア」である劇作家になるべく、3年くらい前から始めたのが”アンダーグランドサーカス”というジャンルだった。「風来」はその”アンダーグランド”のうちの一本だ。p48 石川 同上

10)それは2008/05の「少年の腕~Boys Be Umbrella~」からをさすのだろう。

11)’08年、94本目「少年の腕」ーBoys Be Umbrellaーはアングラ・サーカスという新しいスタイルを求めて書き下ろされた戯曲。というより得意分野にシフトし直したという意味合いが強い。得意分野とは綺想、フェイク、大法螺である。この分野になると思わず筆が走る。最新作「ノーチラス」までこの分野の戯曲が多くなっているのは何か意味するものがあるのだろうか。「石川裕人百本勝負 劇作風雲録」第二十回最終回 砂上の楼閣?2010/06/21

12)このアンダーグランドサーカスについて、石川は震災前も震災後も、なんども繰り返し述べている。彼が今後もやりたかったのはこのカテゴリーなのだろう。

13)自問する。たかが芝居で大地や風土を回復させることが出来るだろうか? 出来る。神楽は大地と風土と人々の魂を慰撫してきた。芝居は神楽の末裔である。ということは芝居でも出来るということである。

 そんな簡単なことではないかもしれないが、芝居で祈ること鎮魂することは出来る。芝居の特権性は死者を召喚し死者と生者が語り合うことではなかったか? p50 石川 同上

14)それは出来たと思う。”OCT/PASS"石川裕人作・演出東日本大震災魂鎮め公演PLAY KENJI♯6「人や銀河や修羅や海胆は」(2011/07~2011/12)を見て私もそう思った。しかし、ふしぎなもので、いまや、芝居という特権性で召喚されるべきなのは、石川裕人その人となってしまった。

15)俺はあの膨大な瓦礫の山を背景に生活している。どうやら震災後の今現在が本格的な戦時下になったのかもしれない。長い戦争になりそうだ。その間俺は自粛せぬ芝居の東北の地に捧げるつもりだ。「白痴」だから何も怖くない。p50 石川 同上

16)この雑誌は2011/08/11が発行日になっている。すくなくとも石川の文章はこの前に書かれたものだろう。あの時点で、自らの心象を書き留めるのは、このくらいがせいぜいだったのではないか。

17)さて、この雑誌には、付録として編集者=伊東竜俊丸の「夜の訪問者~石川ニュートンの思い出~」の2ページが書かれている。演劇場座敷童子旗揚げ公演「治療」(1973/12)の会場仙台ユネスコ会館の管理人だった伊東と石川の出会いが書かれている。石川のほうでは、「劇作日記時々好調」2012.04.21に書いている。

18)畏友であり悪友。
昨日の夕方、畏友であり悪友のIRと暫くぶりに呑む。今年初の顔合わせ。IRにとっては都合の良い仙台駅地下の飲食店街。新幹線で来仙、再び新幹線で帰っていった。約6時間ああでもないこうでもないと様々な話題で盛り上がった。もう40年くらいのつきあいになるが昔からIRと呑んでお金を払ったことがない。自慢していいことなのかどうか判らないが、いつぞやからそんなことになってしまった。5月の連休には吉本隆明の墓参りに行くという。
石川「劇作日記時々好調」2012.04.21

19)なんとも長い長いつきあいである。「殆ど全ての作品を見てきた」と豪語する伊東竜俊丸は、たしかに石川演劇の一貫した支持者であっただろう。ただ、私はその伊東よりさらに10年前から石川ウォッチャーだったのだから、もっと長いことになる。

20)石川裕人の芝居が人々に感銘を与え続け歴史に残ることは間違いない。p52伊東「夜の訪問者~石川ニュートンの思い出~」

21)それはどのような経過をたどって未来につづいていくのか楽しみだ。伊東は「ニュートンの楽しさ--どこを取っても『石川裕人の世界』は飽きることが無い。」(p52)とまで言っている。

22)「石川ニュートンの思い出」あるいは「石川裕人の世界」。どちらも、今後私がまとめようと思っていた文集のタイトルの候補であった。みんな考えることは似たようなものだと思った。すくなくとも、伊東のほうは、石川が亡くなるまえに書かれているのだから、たしかに「予見性」があったということになる。

<2>につづく

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