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2012/11/06

80年代石川裕人の傍証的縦糸として 伊東竜俊編集発行『カタルシス』総合文芸誌Vol.10

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「カタルシス」総合文芸誌Vol.10
伊東竜俊編集発行 1994/06 カタルシス社 自費出版雑誌 p36
Vol.3 No.0857★★★☆☆

1)劇団オクトパスの通販コーナーにに伊東竜俊編集発行「総合文芸誌 カタルシス」復刊1号、がある。そして、そこに「石川裕人震災後初の怒りの鉄筆『新白痴』掲載。これが石川裕人が言いたかった本当のことだ!!」とあるかぎり、気にならない訳はない。

2)さっそくオーダーしたのだが、どうも反応が鈍い、劇団の機能が現在どうなっているのかは私にはわからないが、入手不可能なものまでを深追いしよう、というのは当ブログの姿勢ではない。ごく当たり前に、一般図書館の開架コーナーにある本を中心に読むというスタンスであってみれば、なにはともあれ、いま自宅まで借りてきて読める範囲のものを読書しておくしかない。近隣の図書館からは、まずはこの号だけが簡単に借りることができた。あとバックナンバーはあることはあるが、「郷土資料」として館外不出になっている。

3)この雑誌は、「嗚呼!! 水平線幻想」 伊東竜俊戯曲集1と兄妹関係にあり、私が唯一舞台にあがった「白骨街道爆走篇」にもつながってくるキーポイントに存在している。

4)カタルシス、というタイトルは、私たちが瞑想に入る時、内側のガラクタやカタルシスを外側に放り投げて、可能な限り内側の空間を獲得する、という文脈から考えれば、あまり感心したタイトルではない。むしろ、短絡的には、カタルシスとしての文芸ならば、それらはすべてガラクタであり、取るに足らない、というイメージさえできあがる。

5)まぁ、そこまで酷評しないにせよ、また、ひとつひとつが貴重な文献であったとしても、今は石川裕人おっかけの最中でもあり、石川が直接書いていなければ、特段に取り上げる内容はない、と一応判断しておく。

6)ただ、77年に上演された芝居が伊東によって書かれ、2012年においてこの雑誌の復刊一号に石川が寄稿しているかぎり、この雑誌が「80年代石川裕人の『?』を探す旅」の縦糸のひとつとして存在していたことを、まずはメモしておこう。

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