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2012/12/25

相次ぐ訃報・竜俊・お前もか 『総合文芸誌 カタルシス』復刊1号 伊東竜俊編集発行<2>

<1>からつづく 

Kata
「総合文芸誌 カタルシス」復刊1号 <2>
伊東竜俊編集発行 2011/08 カタルシス社・第三次戦後派出版 雑誌 p132 

1)おーい、ほんとうかよ。伊東竜俊の訃報が飛び込んできた。未確認だ。もし間違ってたらごめんよ。26日通夜で、27日が本葬だという。式場は古川あたりのどこか。おいおい、お前ら、酒の飲みすぎだぞ。

2)断片的な情報によれば、演劇仲間が病院を尋ねると、もう病院に彼はいなかったという。入院していたことも知らなかったが、いったい、どういうことになっていたのだろう。

3)石川裕人の葬式の時には、酒臭かったぞ。「ニュートンが死んだのに、飲まないでいられるか」って言ってたけど、本当は、いつも飲んでいたという証言もある。大体において、斎場にくる途中で自転車で転んで、傷だらけだったという話さえある。

4)彼の叔父であり、私が一時お世話になった東光印刷の伊東暁社長も数年前に亡くなったと、彼の口から聞いた。なんとまぁ、人生は短いもんだな。

5)高校の先生を定年退職して、さてまた一旗あげよう、という時期でなかったのか。そのまず第一陣だったのが、「総合文芸誌カタルシス」の「復刊第1号」だったのではなかったのか。

6)石川裕人のブログによれば、たびたび二人は会食を重ねていた。そして石川は一度も支払ったことがないという。石川にとって竜俊はいいタニマチだったのだろうか。

7)1973年の秋に石川が劇団・座敷童子の旗揚げの時に、会場となった仙台ユネスコ会館の管理人をしていたのが伊東だった。それ以来の、長い長い40年の付き合いだった。こいつら、あっちに行っても、また一緒に飲む気にでいるに違いない。本当に仲のいいやつらだった。

8)結局、私としてはあんまり好みじゃないタイトルである「カタルシス」誌が残された。私は、伊東のシナリオで『嗚呼!!水平線幻想』白骨街道爆走篇で、1977年ひめんし劇場の役者として、ステージに立った。石川と伊東という友人たちがいなければ、この生において、私はまったく演劇とは無関係だっただろう。この人たちがいたからこそ、私も、片隅からでも、「演劇」性とやらのことをかいま見ることができた。

9)未確認である。まだ本当なのかどうかわからない。冥福を祈るには、まだ事前チェックが必要だ。

10)それにしても・・・・・

===========追記===========

故・伊東竜俊氏の葬儀日程が届いた。

通夜 12月26日 午後5:00
会場 縁起堂葬祭会館(宮城県遠田郡美里町牛飼字義見塚54)
尚、ご遺体は午後3:00から同会館に安置されているそうです。
TEL 0229-33-2454 

告別式 12月27日 午前11:3 0
会場 神寺 松景院(宮城県遠田郡美里町中埣字町80)
TEL 0229-34-1010 

心からご冥福をお祈りいたします。合掌

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