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2013/01/16

OSHO『死・終わりなき生』<2>

<1>からつづく


「死・終わりなき生」 OSHO講話録<2>
OSHO 1989/08 講談社 単行本 343p

1)本来は、当ブログとは、ひたすらOshoを読む込むべきブログであるはずなのである。すでに終着点はわかっているのだから。読むべき本もたくさんあり、しかも場合によっては内容さえすでにわかっている。その本たちはすぐ手元に山積みになっている。

2)しかるにこれが「読めない」。読みにくい、ということではない。面白くない、ということではない。読み方を知らない、ということでもない。だが読めない。それはなんだろう、と以前から考えてきたが、そもそもがOshoの「本」は、「読まれる」べきものとして存在しているわけではないのではないか、と思う。

3)敢えていうなら、Oshoの本は「生きられる」必要がある。エンターテイメントとして楽しむべきものでもなく、情報として消費されるものでもなく、知識として整理されるべきものでもなく、観念としてもてあそばれるものでもない。それは「生きられる」必要があるのだ。

4)「死のアート」を半分読みかけつつ、こちらの本も思い出し、手を出してみる。明確に書いてはないがこの本は、1960年代末か70年代初めにOshoが主にインド人の信奉者たちを瞑想へリードしようとして行われたキャンプの講義録だ。テーマにはたしかに「死」が含まれているが、もちろん主テーマはいかに生きるかだ。そして「瞑想」の技術が語られる。Oshoはまだ30代であろう。

5)他者の本においては、可能性のひとつとして書かれていたり、あるいは懐疑的であったり、あるいは否定されていることではあるが、Oshoにおいては「転生」はごく当たり前の基本的な、イロハのイ、一丁目一番地、導入句としてさえ存在している。

6)シュタイナーのようにその「システム」に拘泥するわけでもなく、そのことを知ることを手柄にするようなヘミシンクのようでもなく、その部分にだけ集中して学問するキューブラ・ロスのようでもなく、Oshoにおいては、ごくごく転生はあたりまえのことだ。あるいは、だからこそ、今、ここを生きろ、と強調する。

7)もし殻すなわち肉体と、中身すなわち意識が、今この瞬間に分かれたなら、死は終わる。その距離をつくりだすことによって、あなたは、殻と中身が別々のふたつのものだということを、殻が砕けてもあなたは生き残りつづけることを、<あなた>の崩壊の消滅などといった問題は存在しないことを、知るようになるだろう。

 それでも死は起こる。しかし、それがあなたの内側までに浸透してゆくことはない。----死はあなたの<外側>で起こる。つまり、あなたではないものだけが死ぬということ。あなたそのものは生き残るということだ。

 これこそが瞑想の、サマーディの意味だ。殻を中身から離すすべを学ぶこと。このふたつを分かつことは可能だ。なぜならこのふたつは現に別れているのだから。このふたつを別個のものとして知ることは可能だ。

 なぜならこのふたつは別個のものなのだから。だからこそわたしは、瞑想を自発的な死への参入と呼ぶのだ。そして、喜んで死へおもむく者は、死と出会い、「死はそこに在る。しかし、わたしはまだここにいる」と知るようになる。p22「死とは偽りなり」

8)当ブログには、時折、転生魂・多火手が登場する。それは個体史を越えた、一つらなりの存在の連続体である。決して表面に主人公としては登場しないが、もっとも中心となる主体と言ってもいい。Oshoに挑発されれば、彼をまた前面に押し出そうとする「エゴ」も強まる。

9)しかしながら、要注意である。この講話はたぶんインドの大衆に向かって話しているものである。必ずしもインド人向けに限定しているわけではなかろうが、語り口がインド人マインドに適応しやすいように語られているはずだ。たぶんヒンディー語で語られてもいる。それが英語に訳され、日本に再翻訳されている。

10)別な語り口では、これらが一切合切ひっくり返されることがある。だから、この語り口から、「死」や「転生」を合理化し、整合性を持って「哲学」にしてしまうことは厳禁である。

11)これらの語り口を、まるでライブ音楽を聴くかのように、楽しむしかない。一口味わっては、箸を置き、そのうまさを身にしもわせながら、かおり、雰囲気、リズム、内側、外側、感じ、生き、そしてもう一口ほおばる。そのようにして、Oshoを味わっていくに限る。

12)この本、7話あるが、ようやく1話読んで、ほっと一息、ああ、きょうはごちそうさまでした、と、退散するしかない。

つづく・・・・・

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