『哲学者たちの死に方』 The Book of Dead Philosophers<5>
<4>よりつづく
「哲学者たちの死に方」 <5>
サイモン・クリッチリー (著), 杉本 隆久 (翻訳), 國領佳樹 (翻訳) 2009/8 河出書房新社 単行本: 372p 原書 The Book of Dead Philosophers 2008
1)謹賀新年。本年もよろしくお願いいたします。 平成二十五年 元旦
2)さて、今年はどうしようかな。いろいろな抱負を述べるべきなのだろう。希望に満ちた、明るい話題がいいとは思うのだが、年末以来、つきまとわれているのは「死」への関心だ。
3)いままで、毎年毎年、どんな本から正月をスタートしていたのだろう。
4)2012年 「ロード・オブ・ザ・リング」DVD
2011年 「意識のターニングポイント」ーメタ・パラダイムの転換とニューエイジ・ムーヴメントの今後 吉福 伸逸, 松沢 正博 1987/03 泰流社
2010年 「1Q84」 村上春樹 2009/05月 新潮社
2009年 「The OSHO Nothing Book」
2008年 「BS特集 未来への提言」地球温暖化に挑む ~世界のキーパーソンからのメッセージ~総合 1月1日(祝・火) 午後9:40~10:40
2007年 「さよなら、サイレント・ネイビー」地下鉄に乗った同級生 伊東 乾
5)ふむふむ、正月だからと言って、別に明るい希望のありそうなテーマばかりを選んで追っかけていたわけではないようだ。でもそれなりにまとまった、ひとつのテーマ性の強いものを選んでいる。
6)今年は、この本「哲学者たちの死に方」を再読するところからスタートしようと思う。
7)哲学者になるということは、同時にいかに死ぬかを学ぶということである。すなわち死に対する適切な態度を養い始めるということである。p20「序論」
8)別に哲学者になりたいと思って読書ブログを書いているわけではないが、「いかに死ぬかを学び、死に対する適切な態度を養う」ことが「哲学」ならば、当ブログは決して「哲学」と無縁ではない。
9)哲学が死と向き合うために必要な智恵を提供するのは、古代では普通のことであった。それは、哲学者が死をものともせずに直視し、死など何でもないという表明する力を持っているということである。そのような哲学的な死に対して、最初の手本となった人はソクラテスである。p10「序論」
10)はてさて、ソクラテスまでさかのぼってしまうのは大儀なことではあるが、その位の志を立てるには、正月元旦という日は、ふさわしい。
11)今年に2月には、同級生達の還暦の祝いがある。さまざまな人生があれど、還暦と言えば、とりあえず、ひとくぎり。これからさらに一旗あげようとおもっている連中もあるし、はやばやと還暦を待たずに人生を終えた連中もいる。
12)どちらもありの中で、なにはともあれ、今後は「死」とつきあっていくことが、よく「生きる」ことのコツであると心得る。
13)16歳の時は16歳の自分に満足したし、40歳の時は40の自分に満足(せざるをえなかったのだが)した。今は今、還暦を迎えようとしている自分を過不足なく見て、それ以上でも、それ以下でもないことを確認しよう。
14)「死」の意味を初めて問うた体験といえば、それは8歳の時にさかのぼる。6年も入院療養していた父が亡くなった。家族の中には父は存在していなかったので、何かを失う寂しさなどではなかった。ただ漠然と、「死」という意味を考えた。
15)たしかに、この世にさっきまで存在していたはずである父がいなくなるということはどういうことか。すでに私の生活からは6年前から父は姿を消していた。もともといなかったと同じだ。だがその死は、父の死という客観的な喪失感よりも、自分もまた死ぬのだ、という自らの「死」を連想させた。
16)自分が死ぬとはどういうことなのか。私がいないのに、この世が存在するとはどういうことか。私の誕生とともにこの世が現れ、意識の発達とともに拡大し、私が死ねばこの世も終わるのか。あるいは、もともとこの世の永遠の中に、私が存在した瞬間など、あっという間の出来事だったのか。
17)23歳の時に交通事故に遭遇し、一命をとりとめた。ほとんど即死に至るような事故だった。奇跡的に助かった自分は、生きているならインドに行きたいと思った。
18)帰国してまもなく、26歳の時に、癌で余命半年と宣言された。だけど、死ななかった。誤診であったかもしれないし、自らの生命力で復活したのかもしれない。どちらであるにせよ。その時々で、死ぬとは何か、生きるとはなにか、を考えてきた。
19)昨年は次々と旧友たちを亡くした。貴重な今回の生の思い出が失われつつある。いずれはすべてが失われる。せいぜいあと数十年。いやいや次の瞬間、私にも終焉の時がおとずれる可能性はつねにつきまとう。
20)であるがゆえに、生きている、今この瞬間を考える。まもなく1歳になる二人目の孫が、成人するまで私は生きているだろうか。学校を卒業するまで、結婚するまで、いや、ひ孫が生まれるまで、私が生きているということはあるだろうか・・・・、などと、アホなことを延々考え続ける。しかし、それも生あるからこそできることだ。
21)2013年。今年はどんな年になるだろう。年の初めに、この本をテーマにしたことが、年末のころには、どういう感想を持って迎えられることだろう。なにはともあれ、この本から始めてみよう。
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