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2013年5月の48件の記事

2013/05/31

「自分で作る太陽光発電」 (大人の週末工作) 川村康文著


2012/5/23  総合科学出版 単行本(ソフトカバー): 144p
Vol.3 No.1006★★★★★

1)この本もなかなかに面白い。

2)2011年3月11日、私たちは未曽有の震災を体験し、続いて福島第一原子力発電所の事故が発生しました。日本だけでなく世界中が、エネルギーのあり方について戸惑いました。そして、自分の問題として考えないといけなくなりました。エネルギー問題については、冷静にかつ科学的に判断することが大切です。はじめに

3)その想いは同じだ。

4)ぜひ皆さん、一緒にあちこちで発電しましょう。そして、あちこちで蓄電し、あちことで節電もしましょう。

 そして、この素晴らしい地球を、未来の子供たちのために残していきましょう。それこそが、つながる思いプロジェクトです。 同上

5)この本の趣旨には大いに賛同できる。当ブログでは「ソーラーチャージライト MA-551」という製品に出会ってしまったので、あえてこの本で工作するチャンスはなくなったが、でも、屋根にあげるシステムについては、鋭意検討中だ。

6)この本の作品は、当ブログが取り組むとした場合、やや正統的で、本格的すぎるようだ。この本から学ぶべきは、自動車用バッテリーに蓄電するシステムと、その時に使うチャージコントローラー、という部品についてだ。

7)チャージコントローラー(充放電コントローラー)

 バッテリーには蓄えられる電力の量に限界があります。自動車のバッテリーの場合でもそうです。その限界を超えてバッテリーに電気を送ると、バッテリーの寿命を縮めるばかりでなく、バッテリーの本体そのものが壊れてしまいます。そこで、過充電にならないようにするために、チャージコントローラー(充放電コントローラー)を用います。

 チャージコントローラーは、バッテリーの電圧を監視し、充電が完了すると、充電をストップするようになっています。そして、バッテリーの電気が減ると充電を開始します。p046

8)チャージコントローラー

 本書ではXantrex(TRACE)充電/放電/転換コントローラーを用います。

 国内メーカーとして未来社のソーラーコントローラー(太陽電池充放電制御器)もあります。13000円程度の価格でネット販売もされています。p054

9)発電だけではなく、蓄電しようとするなら、この辺の知識は必須となる。性能や容量にもよるようだが、わがMA-551であれば数千円の製品で対応できそうだが、よくよく調べないといけない。

10)この本の面白いところは、太陽光パネルを購入する方法だけではなく、太陽光パネルそのものを作ることも書いてあること。これはなんだか、とんでもないことになっているぞ。その気が湧いてきて、時間があったら、ぜひチャレンジしてみたい。

11)大人の週末工作というお手軽感覚だが、実は結構実用になる本格的仕様である。予算も必要なので、ふんどしを締め直して、いつかやりたい。

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「アップル 驚異のエクスペリエンス」 ―顧客を大ファンに変える「アップルストア」の法則


カーマイン・ガロ (著), 外村仁(解説)  井口耕二 (翻訳) 2013/1/24 日経BP社 単行本: 396p
Vol.3 No.1005★★★★☆

1)この本もまた、目新しく、面白そうで、手元にずっとあるのに読み進めることができない。一時期の当ブログのスティーブ・ジョブズ・フィーバーが下火になった頃になってやってきたことが、この本の不運だったのかもしれない。

2)あるいは、この本のどこかに、瑕疵があるのか。

3)いろいろ考えてみる。アップル製品もすごいし、アップルストアやサービスもすごい。だが、そこからが大切だ。当ブログでいうところの、コンテナ、コンテンツ、コンシャスネス、の三コン論で言えば、コンシャスネスの部分に、共通する何か、目指すべき何かを、見つけることができないと、こちらの読書意欲が湧かないようなのだ。

4)「顧客を大ファンに変える『アップルストア』の法則」。まぁ、それはそれでいいだろう。しかし、いままでマック派ではなかった当ブログが、iPadを入手したことにより、かなりマック派寄りになり、これから、ひょっとするとマック派に大変身するかもしれないとして、それって何?、と考えてしまう。

5)「顧客」の一人として、私が「アップルストア」で「大ファン」に変身させられたとして、それって、一体何? 単に、アップル製品が少し売れ行きがよくなるだけで、私自身は一体どうなるの? 

6)アップル製品を身につけることができて、うれしいでしょう、って、それはないだろう。それじゃぁ、おもちゃを買ってもらって喜んでいる幼児に過ぎないし、子どもならすぐ、おもちゃには飽きてしまう。目新しい何かを、すぐ欲しくなるのだ。

7)当ブログは、煎じつめれば、iPadが欲しかったわけでもなく、アップルストアに行きたいわけでもない。ジョブズ「Zen Mind, Beginner's Mind  禅へのいざない」( 鈴木俊隆著)にのめり込み、「ZEN OF STEVE JOBS」 (ケイレブ・メルビー)の漫画に書かれたような禅との人生があり、「『禅』の世界へ」日経おとなのoff 2012/6)に特集されたような世界観に遊んだような、そういう切り口が欲しいのである。

8)しかるに、この本には、そのようなニュアンスがいまのところ感じられない。いや、それは読んでいないからそう思うのだ、実は、アップルストアは、現代の「禅堂」なのだ、という人が現れるかもしれない。それはそうとなれば、かなり面白いのだが、この本はそこまで期待できるだろうか。

9)おもちゃやエンターテイメントを超えて、さらに「向こう」に、コンシャスネスな世界があるのかないのか。そこが、当ブログの読書意欲を書きたててくれるかどうかの瀬戸際だ。今の段階で、手元に届くジョブズ=アップル本に対しては、当ブログの要求は高くなる。

10)そこのところがキチンと見極めがついて、これは面白そう、と思えた段階でまたこの本を手にとることにする。当ブログとしては、この本は貴重な新刊本に分類されるべき一冊である。

つづく・・・・かなぁ

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「 Kindleセルフパブリッシング入門」電子書籍でベストセラー作家になろう 小泉 俊昭 (著) <1>


2013/4/13 日本実業出版社 単行本(ソフトカバー) 262p
Vol.3 No.1004

1)最近はなにかを作ることがマイブームになっている。携帯用ソーラー発電機もつくったし、チキンの骨で恐竜もつくった。さて次はなんだろうと思うと、このKindleセルフパブリッシングなんてのは、かなり旬だと思う。

2)前々からやりたいと思っていたテーマがある。むかし自分が書いた文章をリライトして、まとめて一冊にしておくことだ。これらは、ガリ版印刷だったり、ワープロ専用機で印刷したものの印刷物しか残っていなかったりで、いざ取りかかれば大変な作業ロードになりそうだ。

3)そんな中、次から次と面白そうなことがいっぱい続き、結局この本の全面展開はもっと先になりそうだ。いつの間にか返却期限がきてしまい、一旦返却することにする。だから、再開する時のために、メモだけ残しておく。

4)「 Kindleセルフパブリッシング入門」 電子書籍でベストセラー作家になろう

原稿の書き方から、電子書籍データの作り方、サイトでの販売方法まで

あなたのアイデア、知識・経験を世界に売り出そう!

誰でも本を出せる時代がやってきた!

電子書籍と紙の本では書き方が違う!?

価格改定でさらに売り伸ばす裏ワザ

自分のサイトで電子書籍を販売するには? 表紙デザイン

5)うわっ、これだけのコピーが表紙せましと踊っている。かなり恥ずかしくなりそうなコピーもある。「電子書籍でベストセラー作家になろう」、なんてところは、もう恥ずかしすぎる。コピーが過ぎているんじゃないか。

6)よくよく考えてみれば、必ず結果がでる「ブログ運営テクニック100 」プロ・ブロガーが教える"俺メディア"の極意、(2012/8)なんて本も実はスタンバイしたまま、全然前に進んでいない。単においしそうなメニューにひっかかったまま、現実味の薄いプロジェクトになりかかっているのではないか。

7)う~ん、この分野に集中して何事かの作業を完成させることができるだろうか。これは、本の問題ではなく、個人的な性格や資質の問題かもしれない。なにはともあれ、本の評価だけは、てんこ盛りのサービスで、レインボー評価としておこう。

8)それはそれとして、いつかのために、メモだけ残しておく。

<2>につづく

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2013/05/30

大沼 安史・翻訳  「超」学校―これが21世紀の教育だ<1>


ダニエル グリーンバーグ (著), Daniel Greenberg (原著), 大沼 安史 (翻訳) 1996/12 一光社単行本: 282p
Vol.3 No.1002★★★★★

1)翻訳者が関わる、いわゆるフリースクールの訳書は他にもありそうだが、もっとも基本的なスタートの位置にあったのが、この訳業であろうか。まずは「超」のつく三冊がシリーズで読める。

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2)1968年、あるユニークな実験校が、マサチューセッツのフラミンガムに登場しました。サドベリー・バレー校((Sudbury Valley School)。 

 4歳から19歳までの子どもたちを受け入れている学校です。そこでは、幾多の非常に革新的な実践が、パイオニア的に続けられてきました。そして、それは今や、広範は承認を得るに至っています。世間から100%完璧に認められた、過去に例のない最初の学校なのです。p13(序文)

3)興味をそそられる一冊である。

4)訳者(大沼)が偶然「サドベリー・バレー・スクール」を知ったのは、1984年のことです。場所は、米国コロラド州ボールダー。p7大沼 「訳者による、かなり個人的な道案内(はしがきに代えて)」

5)そもそもが管理された学校や教育というものに対してミスマッチな私は、自らの子供たちが成人して手を離れた今、あえて、学校や教育問題をわがものとして考えるには、すこし手にあまることになる。

6)しかしながら、当ブログにおけるプロジェクト567の4は「子ども」たちなのであり、子どもたちを思うことは、彼らの環境を考えることであり、彼らを取り巻く教育や学校を具体的に考えていくことにある。

7)これらの本の翻訳シリーズが1996年という年代を区切ってスタートしていることに興味引かれる。

8)それから11年---。ますます個人的なことになって恐縮ですが、私は長年勤めていた新聞社を昨年(1995年)7月、定年まで15年を残して中途退社し、故郷の仙台へUターンしました。そして、ことし(1996年)4月、宮城教育大学の非常勤講師として「オルタナティブ(新しい)教育論」を講義する機会を得たのです。p9大沼 同上

9)教育の専門家でもなく、ましてや緊急の課題でもなくなってしまった当ブログが、この本の提示しているテーマを深く追っかけることはしない。ただ、この時点で訳者がこのような仕事を続けていた、ということには注目しておかなければならない。

10)一冊目の「『超』」学校 これが21世紀の教育だ」(1996/12)の原題は「Free at last」。第二作目の「『超』教育 21世紀教育改革の指針」(1998/12)の原題は「Education in Amerika」。第三作目の「『超』育児 潜在能力を壊さない子育て 出産から6歳まで」(1999/04)の原題は「Child Rearing」。いずれも、原題を意訳した、意欲的なタイトルの付けたかたである。「超」の使い方が個性的に思える。

11)考えてみれば、まずは「学校」問題があり、その「教育」が問われ、そもそもの「育児」に遡る、というのは、しごく当然な流れであり、訳者としては、そのような構成の中で、自らの訳業をすすめていたのだろう。

12)2013年のごく最近になって出版されたゲーリー・スナイダーの最新の訳書は「For the Children 子どもたちのために」(新泉社 2013/4)だそうだ。まだ未読だが、実に的を得たタイトルのように思える。

13)私にとって小さな子どもと言えば、自分の孫たちを考えざるを得ないが、まさにこの世をこれから生きていくのはこの子どもたちなのであるし、あるいはその子どもたちもやがては現在アラ還の私たちのような年代になるのである。

14)そういった意味においては、私たちもまた、長く地球に生きてきた子どもたちでもあるし、、「学校」、「教育」、「育児」が、もっとも根源的で重要かつ緊急の課題であることは、論をまたない。もっとも本質的なテーマである。それはもっぱら自らのテーマでもあるはずなのである。

15)そのような大きな流れの中で、いずれこの三部作を含めた訳者によるフリースクールシリーズを、全体的に捉えるチャンスもくるだろう。今は、その著書の存在を確認しておくにとどめる。

<2>につづく 

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2013/05/29

ジュラシック・パーク 3 [DVD]

2001年公開 サム・ニール (出演), ウィリアム・H・メイシー (出演), ジョー・ジョンストン (監督) |ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン  形式: DVD 時間: 93 分 発売日2006/04
Vol.3 No.1001★★★★★

 あ、大変なことが! 

P1

 あれは、孫ならぬ、わが息子ではないか!

P5
 最近、チキンの骨で恐竜をつくったり、ジュラシック・パークなんかばっかり視ていたから、ついにわが家にも恐竜がやってきてしまったらしい。
P7

 助けに行ったつもりだったのだが、どうやら撮影するために、いやがる子どもを無理々々押し込んでいるようにも見えるw

Ps_3

 おや、娘まで・・・・

P6

 我が家にも、こんな楽しい風景があったなぁ。ジュラシック・パークの原作をマイケル・クライトンが書いていた1990年のことだった。

P3

 伊豆にユニティがあったころ、泊りがけで遊びにいったのだった。もう二十数年が経過したんだね。

P4

 ジュラシック・パークのこと、なんだ、こんなエンターテイメント、なんて思っていたけど、ついついハマってしまった。なんだかクセになる面白さだなぁ。

 ジュラシック・パーク4も制作中で6月封切という予告ではあったが、どうやら納得のいく出来になっていないらしく、公開が延期になったらしい。

 なんだか、待ち遠しい気分だ。

 

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2013/05/28

ソーラーチャージライト MA-551 <8>

<7>からつづく 

Image_2
「ソーラーチャージライト MA-551」 <8>
(株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g

1)ということで、2年前のソーラーシステム資料を引っ張り出してみた。7社の業者からの見積もりばかりではなく、我が家の使用電力や、屋根の形状などを細かく調べてみたのだった。

2)友人などは、それはやり過ぎだろう、決断力が無いんじゃないか、などとチャチャをいれてくる。まぁ、その評価は外れているわけでもない。しかし、2年前は、その他いろいろ問題があった。

3)2年前にソーラーシステムを導入できなかったのには、いくつか理由があるが、大きく分けて、3つある。
イ)優先順位として、他にやることがある。
ロ)いまいち良い業者にめぐり合えない。
ハ)設置料金が妥当なのかどうかわからない。

4)まず、前回は3・11の直後でもあり、その必要性は痛感していたが、周辺環境の整備や、家族の行事など、大金を使うなら、まずソーラーという順番にはなっていなかった。2年も経過して、ややスケジュールは落ち着いてきている。

5)つぎの業者の選定だが、今回、自分が前のめりになっているのは、実はこの業者との出会いがある。というか、すでに20年前から付き合いのある会社だが、昨年度からソーラー設置業者になった。すでにこの地域でも実績を上げつつある。まぁ、この業者がいうのだから、「20年保証」もまんざらウソでもないだろう、という説得力がある。

6)そして、設置料金の妥当性を考えれば、安ければいいというわけではない。良い業者であれば、妥当な見積もりを出すだろう。それにこの業者は我が社の顧客でもあるのだ。ビジネス的には持ちつ持たれつの関係にある。多少の金額の差異は、いずれ吸収されるはずだ。

7)さて、過去十年間のデータを見ると、我が家の電気料金は、一番高い月で24000円超、一番安い月で6000円超。実に4倍の開きがある。我が家には業務用の電飾サインもあり、一時期ジュースの自動販売機が設置されていたから、単純に比較はできない。家族形態の変動もあるが、傾向性はわかる。

8)まず、消費電力が多いのは、冬の12~1月。本格的な冬には灯油ストーブで対応するが、最初はエアコンで対応するので、どうしても消費電力が多くなるようだ。少ない月は、初夏。つまり現在のこの季節だ。7~8月はどうしても暑くてエアコンを使うので、消費電力はあがる。真冬よりは真夏のほうがやや少ない、というところだ。

9)これを電力の数量であるキロワットアワーにすると、月約450kWhを消費し、購入電力22円/kWhで、月約1万円の電気料金を払っているということになる。季節や家族構成の変動はあるものの、プラスマイナス30%の増減とみておけば、まず問題ないだろう。

10)現在のソーラーシステムは蓄電すべきバッテリーがあまりにも未開発なので、結局は売電しなければならないが、月450kWhの発電能力のあるソーラーならば、地球全体に対する電気消費量の自己責任はまずまず負担している、とも言える。

11)さて、私に提供されているソーラーシステムは、それだけの発電能力はあるだろうか。

12)A社の提示によれば、4kWh出力のソーラーを設置すると、月間約350kWhはカバーできることになる。でも、これでも電力的に、自立しているとは言えない。わが家が大手を振って、電力を全量自作していますと言うには、結局5kWhのシステムを上げなければならないのだ。

13)では、電気料金的にみた場合はどうだろう。購入電力が22円/kWh、売電収入は38円/kWhである。ソーラー発電の30%を自家発電して、残りを売却したとすると、

自家消費 350kWh × 30% = 約100kwh (約2200円)
売電収入 350kWh  × 70% = 約250kwh (約9500円)

つまり、10000円 - 2200円 - 9500円= -約1700円、となり、なんとこの数字だけ考えれば、電気料金がなくなるばかりか、月々1700円(年間2万円)の収入が増える、という計算になる。

14)ただし、上の数式が成立するのは、ソーラーシステムが0円だった場合であり、逆にいえば、月々約12000円程度のソーラーシステムを購入した場合、今までと家計費の収支はほぼ同等となる。このラインが攻防線なのである。

15)これに国からの補助(約7万円)や県からの補助(約5万円)と、10年ローンを組んだ場合の金利が関わってくる。ここを精査しないと、自己満足になり、家計費は更にひっ迫することになる。

16)ローンを払い終わったあとは、ソーラーシステムが月々1700円の小遣いを生みだしてくれるはずなのだが、それは10年間だけ。10年後に売電収入38円/1Kwhは保証されていない。それに、20年間保証とは言うものの、システムそのもののメンテナンスも不透明な面もある。

17)・・・となれば、やっぱり、今、ソーラーをあげるというのは、かなり頭を悩ます問題ではある。

18)さて、原点に帰ってみよう。イ)、ロ)はともかくとして、ハ)の場合、より現実味を加えるには、大きくわけて次の3つある。

a)屋根を最大限活用して、出力を大きくする。
b)現金で購入するか、ローンをできるだけ短期にする。ないしは金利を限りなく小さくする。
c)10年間の売電価格38円が保障されるのは本年度だけ。来年度以降はさらに安くなってしまう。

19)我が家では、それに付帯するところの別途工事も必要なので、家族会議を何度もひらかないことには即断はできない。う~む、シュミレーションとはいえ、なかなか悩ましい。

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2013/05/27

「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著 <6>

<5>からつづく
Kr_6_2
「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」
 <6>
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p

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2013/05/26

羽倉玖美子企画・制作 『ひとりじゃないよ』~不登校・ひきこもりの子どもと共に」<2>

<1>よりつづく 

Hitori
「ひとりじゃないよ」 ~不登校・ひきこもりの子どもと共に~ 育て育ちあう私・子ども・パートナー<2>
企画制作・羽倉玖美子/エルパーク仙台 2001/03 発行・仙台市市民局男女共同参画課 単行本 72p

1)あなたに

あの不安はなんだったのでしょう。
このまま進めば大丈夫、と思っていたのに、気がついたら足元のレールが無かったのです。
レールに乗って進めば、駅が見えるはずでした。
どうしよう。
霧の中で不安を抱え、しばらく立ちすくむしかありませんでした。
霧が晴れたら、少し心の余裕が出てきました。
おそるおそる一歩ずつ歩き始めました。
すると、レールの上を進んでいた時には気づかなかった世界が、
道を探しながら歩くとあなたの目にとまったのでした。
小石の上には、小さな蝶が緩やかに羽を上下させ休息していました。
あなたの頬を風が撫でて通る爽やかさ。
清々しい木や草の香りに混じるほのかな甘さは、どんな花なのでしょうか。
雲の間から、カーテンのように降り注ぐ光の織りなす世界は、なんと豊かなのでしょう。
今まで何故目に入らなかったのでしょう。
それらのものに、心を落ち着かされて見渡したら、あなたは気づきました。
たくさんの道があることを。
回り道に見えるのも、それぞれ必要があってそのようになっていることを。
無駄なものは何一つ無かったのです。
思えばレールが消えてしまったことは、それを気づかせてくれる良いチャンスだったのです。
この本は、心のお守りのようなものかもしれません。
あなたが、レールの無くなった道を、あまり不安感を持たずに歩けるように、
くじけそうな時に、吐露できる場所がみつかるように、
少しでも前向きに、あなたとあなたの家族が歩けるように。
表紙見返し

2)著者を、当ブログにおけるプロジェクト567の「1」に登場願い、更には「6」にも「登場」願っている限りは、例えば「4」にだって登場をお願いすることはできるはずだ。

3)「4」は、孫であり、孫たちであり、あるいは子どもたちであり、教育であり、人間、地球人そのものについてのことどもだ。

4)私は幼稚園にはいかなかったし、高校を卒業してすぐ仲間たちと独立系のミニコミを作り始めた。だから、いわゆるレールに乗った教育というものは、最小限の期間しかうけていない。

5)でも、だからと言って学校が嫌いだったわけではない。家族は多かったし、友達も多かった。毎日毎日が、畑や林や池や道で、遊ぶことそのものが、学びそのものだった。高校を卒業して、すぐヒッチハイクで3カ月かけて網走から沖縄まで日本一周した。あれも、大きな学びだった。

6)私たちは仲間と共同生活コミューンをつくり、「塾」と称して、さまざまは自主フリースクールを展開した。絵や超科学、心理学や、コンサートや、いろいろ学んだ。

7)その後、6年経過して、私はインドに渡り1977年、現代の精神的マスターOshoの門に入った。これはこれでとてつもない学びだった。帰国後、農業学校に入って寮生活も体験したし、仲間たちとともに、アメリカの大きなコミューンにも参加した。ふたたび大学で心理学や哲学を学んだ。研究所ではカウンセリングを学んだ。

8)その後、仕事の必要があって、資格を取得するためにも学んだし、分かっていると思っていたことを、後戻りして、何回も学ばなければならない時もあった。

9)こうして見ると、私の人生はレールの上を歩いてきたようなものではなかった。いつも凸凹道で、決して乗り心地がいい時ばかりではなかったが、概して楽しかった。つらいなぁ、と思ったり、まったく回り道の無駄足も結構あったが、でも、今となっては、やっぱり楽しい人生だった。

10)私は自分のことを落ちこぼれとか、ひきこもりだとか思ったことはない。むしろ、うるさいやつだとか、いじめっ子でさえあったかもしれない。でも、あの時、どうだった? さて、次のあの時は? と思い返すと、けっこうデリケートで、いわゆる傷つきやすい子どもでもあったと思う。

11)で、結局、この世に生まれてくるってのは修行のためだとして、この人生は、自分のためのフリースクールとして使ってきたのではなかっただろうか。

12)人間が人間らしくあるために。地球人が地球人であるために。それこそが、プロジェクト567の真意であり、また4としての中心が、子どもたちや「教育」なのである。

13)鋳型にはめるような、可能性を切り詰めるような、いわゆる教育のゆがみの中で、自分が自分らしく生きるとはどういうことなのか。互いの可能性を信じ、互いに信頼しあえる環境をつくるにはどうしたらいいのか。

14)そういえば、著者の現在のパートナーにもフリースクール関連の著書がいくつもあった。

15)新しい世紀、新しい時代----。私たちの「教育」にも、変化の波が寄せています。四角い「校舎」があって、机が配列された「教室」があって、固定された「時間割」から、一歩も逃れられない「学校」・・・・・こうした昔ながらの「学校」が、過去の遺物になろうとしています。

 社気環境の変化は、今後ますます新しい学びの場、学びのかたちを生み出していくことでしょう。教育は何処へ行こうとしているのか? 世界の流れを追い、日本がたどるべき進路を探ってみます。 p18「教育は何処へいく?」 大沼安史

16)当ブログは、あちこちうろちょろしながらも、決して道を見失っているわけではない。決して急いでいないわけでもないのだが、急いだからと行って、行くべき道が必ず見つかるとは限らない。

17)ここに、当ブログのプロジェクト567の「4」として、著者たちのとの接点を、キチンとリンクさせておくことも必要かつ重要だと思う。

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メイキング・オブ・ジュラシック・パーク【完全収録版】 [VHS]


スティーヴン・スピルバーグ (出演), ジョン・シュルソ (監督) 1995/10/21 販売元: CICビクター・ビデオ  形式: VHS 時間: 50 分
Vol.3 No.1000★★★★★

1)本編よりずっとおもしろかった。メイキングだから、本編が無ければ成り立たないので、それはないだろうが、一人の作品の受け手としては、たんにエンターテイメントとして受け止めてしまうことに、嫌気がさしているのだろう。

2)単に作品を見ているだけでは、あまりにシンプルで自然なので、6500万年前のジュラ紀の恐竜と現代人が共存するというシーン違和感がなく、簡単に受け止めてしまったのだろう。

3)実際には、そのように見せるために、作り手たちは様々な仕掛けや実験、苦労をしているのだった。そして、はるかに楽しんでいるようだった。

4)このビデオを見ていて痛烈に思ったことは、私は単に作品の受け手=消費者側にいるのではなく、作品の送り手=創造者側にもいたいのだ、ということ。

5)今回偶然、クリス・マクゴーワン著「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」 とであって、わが「地球ザウルス」を作ってみた。これが思っていた以上に楽しかった。自分の中の創造性が痛く刺戟されることがわかった。

6)小さなプロジェクトで、ゴールが見えているもので、とにかく達成可能なものを見つけては、自らの創造性に水をやっていく必要があるのではないか。そういった意味においては、このメイキングはとても有効だった。

7)この作品で、読書ブログとしての当ブログはVol.3のNo.1000に達した。恒例により、No.1024をゴールとし、次のステップにいくことにする。それは新たなるVol.4のスタートを意味するのか、フェードアウトを意味するのか、あるいは1024×3=3072を受けて、トタールとしてNo.3073へと繋いでいくのか、今のところは不明。

8)いずれにせよ、当ブログがより創造的になっていくことを望む。

 

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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著 <5>

<4>からつづく
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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」
 <5>
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p

1)できあがり。

Saurz

<6>につづく

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2013/05/25

「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著 <4>

<3>からつづく
Kr_6_2
「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」
 <4>
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p

1)本来であれば、この本のアドバイス通りできて、アパトサウルスとかいう名前の恐竜になるらしいが、まぁ、いろいろな「進化」の可能性があったということで、当ブログは当ブログなりに、「適当」に組み立ててみる。

2)名前は地球ザウルスなのだが、まぁ、個性を作りだすというほどにはいかない。とにかく、もう、今回は最短距離を目指そう。

3)ということで、我が家のリゾートは、恐竜モデル工房に早変わり。

Dai
4)あれこれ、とにかく集まってきた骨でなんとか、地球ザウルスを構築せねばならない。なんとか、イメージができてきた。しかし、家族には大不評。特に女性陣はドン引き。そうかなぁ、かっこいいけどなぁ。\(;゚∇゚)/

Mod

5)あとは全体のバランスを考えて、顔や手足をつくらないといけない。それと、首やロングテールはパーツが不足している。細かい部分は手作業で、余った骨群から掘り出さなければならないだろう。大きさは、思った通りのサイズだ。金魚プールにぴったりサイズになってきた。

6)季節は初夏。
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<5>につづく

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ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク [DVD]

1997/11公開 ジェフ・ゴールドブラム (出演), ジュリアン・ムーア (出演), スティーブン・スピルバーグ (監督) 販売元: ジェネオン・ユニバーサル | 形式: DVD 出演: ジェフ・ゴールドブラム, ジュリアン・ムーア, リチャード・アッテンボロー DVD発売日: 2012/04/13

Vol.3 No.0999★★★☆☆

1)シリーズ2作目。前作よりはメローなスタートで、イケるかな最初は思ったが、やはりハリウッド娯楽作品である。良くも悪くも、エンターテイメントであり、家族で映画館で楽しむようにできている。

2)恐竜たちの登場も抑え気味で、人間からの視点が強すぎて、人間界のから騒ぎでしかない。

3)そもそも、恐竜からの視点を期待し、そこにスピリチュアルな飛翔を見たい、とする当ブログの要望の方が、チョッと的外れなのだろう。

4)閑話休題。で、ライトを消して、夜中にDVDを見ていたせいだろうか。暗がりの中に蠢くものを発見。すわ、小型恐竜か。

5)ぎょ。それは我が家に初登場のゴキブリだった。手元にあった週刊誌を丸めて、あちこち追っかけた末、一撃で仕留めた。この季節に誘われてやって来たのだろうか。

6)何はともあれ、恐竜の視点から地球を見直す前に、かの小動物の視点から我が家を見直すことが必要かもしれない。

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2013/05/24

ジュラシック・パーク [DVD]

1993年公開 リチャード・アッテンボロー (出演), サム・ニール (出演), スティーブン・スピルバーグ (監督) | 形式: DVD 時間: 126 分
Vol.3 No.0998★★★☆☆

1)恐竜つながりで、そう言えば、こういう映画があったなぁ、と思いだした。こういう時でないと、視聴覚資料を活用する機会も増えない。

2)出だしはなかなかだった。面白い。これはひさびさのレインボー評価か、とさえ思った。恐竜の博物館などのシーンには、目を凝らしてよく見た。とてもとてもチキンの骨で作ったような恐竜の骨格ではない。なるほど、こんなに入り組んでいるのか。

3) 主人公たちの研究生活の中にでてくるキャンピングカーなども、なんだかうらやましかった。いいなぁ、ああいうの。

4)だけど、だんだんダウンした。結局は後半は単なるパニック映画だ。さすがというべきか、ハリウッド映画。チャンバラでないのはいいけれど、パニック映画もどうかなぁ、いまさら。

5)この映画もシリーズ化しているようだ。全部見てから、また評価しよう。

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「ITロードマップ 2013年版」―情報通信技術は5年後こう変わる! [Kindle版] 野村総合研究所イノベーション開発部 (著)

2013/2/8 フォーマット: Kindle版 ファイルサイズ: 10134 KB 紙の本の長さ: 321 ページ 出版社: 東洋経済新報社 販売: Amazon Services International, Inc.
Vol.3 No.0997★★★★☆

1)IT現象については、一人のユーザーとして個人的あるいは情緒的に見ているものとそれほど大きな違いはない。やや遅れ気味のアーリーマジョリティとして行動している限り、特段にこの本に学ぶべきことはない。

2)そういった意味においては、今後の5年後の未来像についても、おおざっぱに想像できる範囲である。現在のタブレット化現象とクラウド利用技術が進化すれば、おのずと、ビッグデータの取り扱いが大きな5年後へのトレンドとなる。

3)すでにビックデータは活用されているだろうが、より精緻なもの、より効率的なものを要求される時代がくるだろうし、その動きに抵抗を示す動きもでてくるだろう。

4)大きく言って、例えば電波網を網羅するクラウド=ビックデータに対抗する、いわゆる電磁波過敏症の人々のクレームは、無視するわけはいかないが、今のところ、科学的な根拠が薄く、公益性の薄い抵抗勢力と見られている。

5)当ブログにおいて、関心が持続している、エコビレッジ→エコシティ→スマートシティへの動きは加速するだろうし、受け入れていくことに前向きに考えることはできる。

6)しかしながら、周囲のいわゆる電磁波の増大や、プライバシーのダダ漏れ状態には、いたずらに無関心でいることはできない。こちらの方も、大丈夫なのか。どこまで進んでしまっているのか。

7)個人的にはビッグデータの発信源になることは歓迎しない。できればそのターゲットになりたくないという心理がはたらく。そのような心象を持つのは、決して少数派ではあるまい。多くの人々にそのような心理が働いているはずである。

8)であるなら、いくらビッグデータとは言え、調査母体がゆがんだ形になっていたら、でてくる集積データもかなりゆがんだ形になってしまっているだろう。

9)全く信用しないということでもないが、今後のトレンドとしてビックデータの活用が必須な時代が来るのは容認するとしても、それらの限界をよくよく知って活用したいものである。ごまかされはならないし、データを加工して発信する側も、ごまかしの材料として使っていただいては困る。

10)この本、Kindleにダウンロードして無料サンプルが読める。

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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著 <3>

<2>からつづく
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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」 <3>
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p

1)科学とは、実践的な主題であり、体を使って、すなわち経験を通じて教えられるべきものである。実験をして自力で発見するというやり方で、自分は科学を学んだし、現在大学でその方法を授業している。

 科学に関するコースでは、残念ながら実験室での実習は現在どんどん減少している。北米の医学校では、実験解剖学をやめてしまったところさえある。体を解剖する代わりに、学生たちはCD-ROMで解剖を学んでいる。

 初等教育では早く始ってしまう。私の二人の娘はたった十歳で科学に対する興味を失ってしまった。科学はおもしろいものになりうるので、大いに残念なことである。p7「日本語版への序文」

2)ちょっと目先を変えて「骨付もも肉(切れ目入り)」というものを買ってきた。398円。確かにプックリしていて、見た目はおいしそうなのだが、今まで当ブログが集めてきた骨群の中ではとびきり大きいようだし、大体において、骨の量が少なそう。

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3)なんだか、ちょっと損をした気分。これでは今回の地球ザウルスに使う部分はほとんどないかもしれない。ただ、大きな骨からパーツを掘り出したりする場合、役立つかもしれない。このもも肉は、右足か左足かさえ分からない。スーパーの表示には、もちろんながら、右足とか左足とかは書いてない。対で揃えるとすれば、目を凝らして見極める技を身につけるか、手当たりしだい買ってくるしかない。

4)で、いままで買ってきた4パックから集めた骨群を並べてみる。こうしてみると、結構な量ではあるが、果て、一体の恐竜を作り出すほどの量であるのかどうかは不明。ここまでかかった経費は、手羽元195円+手羽先207円+鶏ガラ118円+骨付もも肉398円=918円。

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5)一番メリットのあったのは、結局118円の鶏ガラであり、一番益が少なかったのは、一番高かった骨付もも肉なのではないか。通常の食卓においての価値観と、恐竜作りのためのチキン選びの価値観では、まったく逆転してしまっているようだ。

6)それで、最終ゴールにたどり着くまで、私はあとチキンのパーツをいくら集めればいいのであろうか。やっぱりケンタッキー・フライドチキンに行って(というか、いままでどこに店があるかなんて意識したこともなかったが)、一番大きな丸ごとチキンを買ってくる必要があるのだろうか。

7)それを判断するために、なにはともあれ、戯れにイメージとして、これらの骨を並べてみることにした。パーツの位置や方向などはまったくいい加減。単にイメージである。

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8)なんとなくイメージはできる。だが、まだまだ骨量は不足している。他の人の作品を見ると、胸骨の部分が他のパーツを借用しているので、いまいちリアリティがない。しかし、鶏ガラであるなら、そのものであるので、意外と説得力はありそう。それに脊髄の部分が、他のパックでは見つけることができない。ここは、鶏ガラをあと1~2パック追加してみれば、そろそろ制作をスタートできるのではないか。

9)逆に、がっかりするほど役に立たないのはもも肉パック。これは、この全体像を作るのに、単純に折れた骨を頭の部分においてみただけだ。

10)手羽先、手羽元も、解体されたパーツを集めた食品としてのパックは、もう要らない。一体の恐竜を作るにはすでに余り過ぎている。

11)であるなら、今日は118円の鶏ガラパックを2個調達しようか。先日は初めてだったので、解体するには割と苦労した。脊髄の部分をバラバラにしてしまったり、小骨を折ってしまったりした。今度は、もっと原型をとどめた形で肉をそぎおとしてみようか。

<4>につづく 

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2013/05/23

羽倉 玖美子『愛する地球(テラ)に』 女神は夜明けに舞い降りる<8>

<7>からつづく 

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「愛する地球(テラ)に」 
女神は夜明けに舞い降りる <8>
羽倉玖美子著 2012/12 本の森 単行本 p178

1)著者をわがブログにおける「プロジェクト567」の「6」に登場を願うとするなら、もともと「プロジェクト567」の「1」にも登場願わなければならない。「プロジェクト567」の「1」は「エコビレッジ」である。

2)私が「ホワイトターラー」を頂いた頃に前後して、私は近くのショッピングモールにある大型書店で、古い知人と再会した。実際に話しするのは20年ぶりくらいだっただろう。年賀状を交換する程度で、詳しい近況を知らなかったが、それでも、彼はこの数年、蔵王のふもとでログハウスを作る準備をしているらしいことを知っていた。

3)関心はあったものの、特段に接点が無かったものだから、そのままになっていたが、その後、その地で作った野菜や、山々の幸である山菜などを頂いたりしながら、それとなく、いいなぁ、と思っていた。2        (C)Hagura Kumiko

4)12月になって、所用で彼女宅を訪問したさい、彼女が転居したがっていることを知った。現在の住宅街を離れて、農地のある地をイメージしているようだった。それを知った私は、友人がその地を耕していることを話すと、とても好意的に関心を寄せてくれた。

5)数日後、彼女は私の話の端々からの情報から、近くに行く用事もあったらしく、その地を訪ねたらしい。私も友人の車に乗せられて一回行ったきりだったので、その道順をうまく説明できなかったのだ。

6)結局彼女はその地を見つけられなかった。その日は近くの里にクマが出没したというニュースをテレビで放映していた。

7)数日後、私は私なりに彼女を誘い、その地を探しにでた。道順さえわかれば、何のことはない実に簡単なところで、その地を山の上から見れば、なるほど、とても可能性があることが分かった。

8)さらに数日後、私と彼女は、友人に会うこととなり、もし、それぞれのイメージが合えば、一緒に活動できるのではないか、という可能性が見えてきた。それが、すでに既報のエコビレッジの経緯である。

9)その地は、雪が早く、また春遅くまで雪が残る。そのために冬の間にプランを練って、春に備えようとなった。具体的な集まりのスタートは雪が溶けた春の連休の最初とし、一年間のプランを練り上げた。

10)私は雪が積っているうちに、その地に何度も足を運び、また友人に案内してもらいながら、自らのハウスの予定地をイメージして、大型テントを持ち込み、きたるべき春の活動に備え始まった。

Photo_4            (C)Hagura Kumiko

11)そして、その時、3・11はやってきた。

12)「プロジェクト567」における「7」は3・11である。

13)当然のごとく、その影響は甚大であった。すでに既報の部分である。

14)ここまでにおいて、彼女は積極的に提案し、協力してくれた。友人が場を提供し、彼女がイメージをデザイン化し、私が企画を練った。マークやポスター、ページのデザインは実に彼女の協力によるところが大きい。

12           (C)Hagura Kumiko

15)その後、実際の活動は、2011年の段階で止まったままである。理由はさまざまあるが、一番の原因は、福島の東京電力原子力発電所から数十キロという距離にある。山菜にせよ、農業にせよ、あるいはそこに住まいを作るにせよ、今は放射能の線量が落ち着かないまま、プロジェクトに多くの人びとの参加を募るのは難しくなっている。

16)いまだに場はあり、ハウス建設のための資材の一部はすでに搬入してある。条件が整えば、再開のチャンスもあるだろう。

17)しかし、今は、そのことが主テーマではない。少なくとも、この記事におけるテーマは、「プロジェクト567」の「1」は、ここのエコビレッジであり、この地があればこそ、当ブログはその後カテゴリ「森の生活」へと進展できたのであったこと確認することにある。多くのイメージを与えてくれたこの地に感謝する。

18)そして、積極的に共に活動してくれた著者に感謝する。

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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著 <2>

<1>からつづく
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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」 <2>
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p

1)この試みを周囲に話したら、割と好評である。先日、友人の接骨院に行って、孫たちと遊んで疲労したわが関節の痛みのことを話しながら、骨つながりで、チキンの骨まで話題になった。いつもは渋い顔で説教を垂れる院長である友人も、チキンの骨で恐竜を作るというアイディアには意表をつかれたようだ

2)修行中のスタッフに聞いてみると、彼女らは骨を勉強するときは、紙粘土などで形を作って学ぶらしい。

3)一旦はあきらめかけたこのプロジェクトだが、時間が経つとともに、もう一度チャンレンジしてみようかな、という気分になってきた。前回、なんだか気が進まなかったのは、あの臭いのせいだ。一時間ほど煮込んで肉をキチンとそぎ落とせば、臭い対策にはなるらしい。

4)だから今回はまず手袋を用意した。手になるべく臭いがついて欲しくない。その他、水を入れるボールも大きめのものしたし、ピンセット、カッターナイフ、つまようじ、竹串、ハサミ、多めのパレットなども用意しておいた。


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4)再開しようと思い直したはいいけれど、一番困ったのは、チキンそのものの調達である。毛羽先や骨付き肉などはあるが、大きなブロックの鳥はほとんど売っていない。先日、1380円で一個だけ売っていたのだが、それを見かけただけで、あとはスーパーやデパートを6~7軒回ってみたが、売っていない。

5)注文すればキロいくらで購入できるらしいが、こちらもまだ意思が固まっていない。もう少し様子を見たら、恐竜作成に最適な形でリクエストできるようになるかもしれないが、今は、自粛しておこう。店の人にしても、「恐竜用チキン」なんて、商品リストにはないだろう。

6)そこで、見つけたのが鳥ガラ。大人のこぶし位ある大きさだが、中が空洞になっていて、いわゆるスープをとる鳥ガラ、ということになろう。一個118円。あの塊から実際にとれる骨は決して多くない。実際、こんなものだ。

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7)例によって右左があることも分かってきた。背骨の部分も、ひとつひとつのパーツがなかなかメカニカルにできている。よくよく見ると興味深い。しかし、それにしても、一匹の恐竜になるまでには、どれほどのチキンを消費する必要があるのだろう。

8)実際は、決まった設計図があるわけではないので、自分のイメージを大事にして作っていけばいいわけだ。そう気づいてからは、まず大きさを考えることにした。そういえば、我が家のガーデンハウス(別名・物置)には、すでに使わなくなって久しい金魚プールがある。

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9)おおよそ60cm×28cm×35cmである。一時期は、イタリア・ポケール社のロールスロイス・ファントム2の「メンテナンス・プロジェクト」が完了したら、この水槽に収めようと考えたことがあった。ところだ、どう考えてもあの巨大なロールスロイスははみ出してしまうのである。

10)あのプロジェクトがいまだに進展しないのは、ゴールがなかなか見えないからではなかろうか。今回はその轍を踏んではならない。まずはゴールのイメージを作っておこうではないか。ガーデンハウスを作った時の余り木材を台座用に用意し、クリーニング屋からもらった針金ハンガーは、骨組の骨になる。

11)そして名前だが、テラノザウルスとかテラノドンとか、エコノザウルスはもういるようだし、当ブログにちなんで、チキュウザウルス、あるいは地球ザウルス、というのはどうだろう。ネットで検索する限りまだ存在していないようだ。

12)わが地球ザウルスは、まず足は大きいだろう。大地をしっかり歩く二本の足が必要だ。そして、なお、空高く飛び立つ翼もあったほうがいいだろう。そもそも鳥へと進化したとされる恐竜の世界である。翼は必要だろう。ROOTS & WINGS である。

13)そして、クリス・アンダーソンの「ロングテール」にちなんで、尻尾は長ければ長いほうがいい。顔は恐ければ恐いほうがよいとしておこう。つまり龍に似ていればいい。骨組みとしては、実際にはどうなるか分からないが、雑食性からやや草食性なので、その心やさしさをカバーするために、こけおどしで顔は派手なほうがいい。

14)そして、アクセサリーとして、今回手にいれたソーラーチャージ・ライト を夜間照明、兼、 宝玉の代わりとしたら、いかがであろうか。

15)う~~ん、イメージは出来てきたなぁ。

<3>につづく

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羽倉 玖美子『愛する地球(テラ)に』 女神は夜明けに舞い降りる<7>

<6>からつづく 

Tera
「愛する地球(テラ)に」 
女神は夜明けに舞い降りる <7>
羽倉玖美子著 2012/12 本の森 単行本 p178

1)当ブログは実に個人的な旅である。それぞれの表現物を借りて、結局は、自分の個人的な心象をメモしているだけで、第三者にとっては意味のない、無駄話で構成されていることが多いに違いない。

2)だから、ここに記しておくことも、よそ様にとっては意味不明で、まったく不用不急な内容であることは当然のことだろう。

3)しかし、自分にとってはどうも気になってしかたないことであり、ここを突破しないと、前に進めない、とさえ感じるほどの心象イメージの拡大であってみれば、ランダムなメモであれ、何はともあれ、足あとだけは残しておこう。

4)当ブログで過去に進行した「プロジェクト567」は未完成なままフェードアウトしている。実際には文字化することの困難な直観の世界であり、記すこともはばかられる、極私的イメージの連続である。だが、実は、そこにこそ、当ブログの真髄があり、当ブログが当ブログとしての目的を達成するとともに、新たなる地平に向けて、ブログという表現形態を越えて進んでいく踏み台の形成の準備があるのである。

15            (C)Hagura Kumiko

3)56歳と7ヶ月、というのは出口王仁三郎からイメージを借りている。この年齢について当ブログがメモしてきたのは、一度や二度ではない。村上春樹今東光曼陀羅クリシュナムルティ やOsho、今武平、グルジェフ などのイメージを借りて、すでにランダムに提出してきた重要なファクターである。

4)具体的に言えば、自分の人生の中で、このポイントは何を意味するかを、ずっと前から注視していたのであり、そのために、さまざまな準備をしてきたとも言える。準備というよりは、他の雑事を減らし、ノンビリとその時期を迎えようと、してきたということだ。

5)そして、見事にその直観は当たった。その時期をひとつの契機として、様々な変化が起きた。それを7つのキーワード、あるいは身近な事象に置き換えて注視しているのが、いわゆる当ブログにおける「プロジェクト567」である。

6)この実に極私的なプロジェクトを、最初に見抜いたのがこの本の作者である。彼女は、その夏、自らの絵画的作品の個展を精力的に展開していた。自らの活動の総大成ともいうべき長い期間の個展であった。

7)その中心的に位置にあったのが、この大きな絵「ホワイトターラー」である。個展終了後、彼女は、絵に向かって、「あなたは何処にいきたいの?」と尋ねたという。すると聞こえた答えの中に私のイメージがあったということだ。

8)だから、制作中から知っていて、しかも個展でも飽かずに眺めていたこの絵は、結局我が家にやってくることになった。作者もまた、その流れの真意について、必ずしも明確ではない。しかし、我が家にこの絵が着くなり、その意味が解かれ始まった。

9)雑談の中で、彼女は「ではBaveshの56歳と7ヶ月のお祝いということで」とこの絵をプレゼントしてくれたのであった。身に余る光栄な一瞬である。

10)56歳と7カ月を契機として、エコビレッジの可能性が浮上したし、孫たちが生まれてくることにもなった。他いくつかのイメージの中で、この絵は結局わが「プロジェクト567」の6番目に位置することになった。

11)そして、最後に7番目に起こったことが「3・11」だった。

12)あれから3年が経過しつつあり、それぞれがそれぞれ連続的に変容しつつある。そして、別々に起こったことなのだが、ひとつひとつが自らのあるべき位置を求めて動きはじめている。それは全体としての統合性を求め始まっているようだ。

13)私の中では、すでに上のホワイトターラーはサラスヴァティーの中に溶け始まっている。

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14)彼女は、その新作「愛する地球(テラ)に---女神は夜明けに舞い降りる」の中で、 サラスヴァティー=弁財天について、大部を割いて述べている。本のタイトルからすれば、この女神というエネルギーの上昇こそ、この本の趣旨であり、彼女の本懐であるに違いない。

15)これは、現前に存在する全てのものを肯定し許している態度だ。物事や他者に優劣や善し悪しの評価をせず、ただ心静かに起こっている事象をあるがままに見る。全ての存在を肯定し、許しているということは、その行為をしているその人自身をも肯定し許す。肯定できない、許していない心の地獄を作っているのは、その行為をしているその人自身の価値観やこだわりだからだ。

 ただ見る。子どものように素直に、ただ見る。大人になると、そのことがいかに難しいことなのか。人生の経験で身につけたその人らしさの内に在る不調和を、一枚一枚剥ぎ取る作業は、真ん中にある高次の自己にたどり着く作業でもある。

 それぞれが自分の内の不純を浄化した時に現れる世界は、どんなものだろう。素直にあるがままに世界を受け入れ、世界を愛し愛される関係にそれぞれが安らいでいる。そして、自分の世界と相手の世界が育てるものが、それぞれを更に豊かに変化させる。そんな世界を夢想する。p44

<8>につづく

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2013/05/22

大沼 安史/翻訳 「諜報ビジネス最前線」 エイモン ジャヴァーズ/著


2011/8/17 緑風出版 単行本 464p
Vol.3 No.0996★☆☆☆☆

1)先日より図書館にリクエストしていた本がようやく届いた。この本、市内を初め県内の公立図書館には存在しない。結論から言えば、東北一円にもなく、手元に届いたのは、訳者にも縁がある北海道の図書館所蔵の一冊だった。

2)わが市内の図書館には著書関連の本は十数冊所蔵されており、一部、震災文庫や郷土資料に分類されている。それに比すれば、彼の一連の著書&訳書にあって、この本はほとんど無視されていると言ってもいいような扱いを受けている。

3)読書ブログとしての当ブログの姿勢は、一般公立図書館の開架棚にある一般書を対象にしており、希少本とかトンデモ本のような、深い追っかけを必要とする本は対象としていない。

4)そういう分類でいえば、この本は、大きく当ブログの対象から外れている。

5)この本は2011/8に出版されており、著者は「世界が見た福島原発災害」三部作(2011/5~2012/3)とほぼ同時に、訳業を続けていたということになる。あの3・11当時の被災地におけるワークとしては、かなり突出している。

6)秘密のヴェールに包まれた、現代の「諜報企業」による、産業化した「諜報活動」---。その暗躍の実態はしかし、闇の奥に潜んでいて、私たちには皆目、見当が付かない。路地裏の探偵ならイメージも湧こうが、世界的な「諜報産業」による「諜報活動」となると、一体どんな人物が、どこで何をやっているものなのか想像すらできない。

 しかし、グローバル化した経済においては、より重大かつ危険な「秘密」や「情報」が企業活動の成否を決めており、諜報ビジネスは、企業の世界的な活動にとって今や不可欠なものとみなされている。

 本書は、米国の調査報道ジャーナリストの第一人者がその全貌を世界で初めて明らかにする。表紙カバー腰巻

7)残念ながら、当ブログとしては、翻訳者のブログつながり以外には、この本を手にとってみようという動機は存在しない。

8)私も元新聞記者、こういうものの取材がどれほど困難なものか承知しているつもりである。その驚きが本書の訳出の動機のひとつである。

 東北大震災などの事情も重なり、翻訳作業は遅れに遅れ、本元のT(実名)氏にはまたまた迷惑をおかけした。

 しかし大変な震災に遭いながらようやく、訳稿を仕上げることができたことは、訳者にとって、大きな喜びである。 2011年7月  仙台にて (翻訳者名) p458「翻訳者あとがき」

9)当ブログとしては、この本そのものについては評価しないし、守備範囲を大きくはずれていることを明確にしておかなければならない。ただ、少なくとも、翻訳者にはこのような仕事があり、文面から見られるように、3・11以前からこのような仕事を継続しており、震災直後のさなかに訳了した、という事実を確認しておけばそれで済む。 

10)先日、「事件記者という生き方 」大谷 昭宏 (2013/2/27) という本を手にとったのだが、途中で放り出してしまったので、当ブログにもメモしないでしまった。新聞記者や事件記者、ジャーナリストなどの職業名は、そのこと自体、どこかすでに「善人」ぶっていて、割と社会的には好意的に受け止められる傾向があるようだ。

11)しかし、当ブログにおいては、かなりいい加減な「自称」ジャーナリストたちの愚行もずいぶん見てきたし、尊敬すべき秋田たいまつ社のむのたけじ氏のような「反骨のジャーナリスト」に対しても、その「ジャーナリストという生き方」を全うしようとする姿勢に疑問を感じてさえいる。

12)こちらの本の翻訳者は、「元新聞記者」なのか「ジャーナリスト」なのか知らないが、そのことをもって、その主張が直ちに信用すべき正しき内容である、と当ブログは判断しない。少なくとも、客観性、公平性、科学性に則っていなければ、その手の読み物として、複眼的に読み進めるしかない。

13)しかるに、この春爛漫の季節の中で進行してきた訳者夫妻の言行は、すでに客観性、公平性、科学性を超越してしまっているのではないか。むしろ、直観的、情緒的、想像的であることを考えれば、「元新聞記者」であるとか「ジャーナリスト」であるとか自称することをやめて、自らを捉える枠組みを大きく変化させるべき時に来ているのではないだろうか。

14)その上、この3月、4月、5月に連続しておきてきたことを、捉えなおし、再認識すれば、これはこれで、新たなる神秘へと扉を開く、新次元への旅たち、ということになるはずなのだが。

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2013/05/21

ソーラーチャージライト MA-551 <7>

<6>からつづく 

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「ソーラーチャージライト MA-551」 <7>
(株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

1)今回の眼目は、自作(と言っても市販のものを並べただけだが)のソーラーチャージャーだけで、iPadをフル充電できるのか、という実験である。

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2)そのために、まず通常の電灯線で、iPadを充電するにはどれだけ時間がかかるのか、を計測した。途中で電源を入れ直したり、若干の作業をしたり、あるいはフルになったのをキチンとリアルタイムで確認できなかったりしたのだが、20%→100%にするには、約12時間かかっている。少なくとも、現在のところ、これ以上はかからない。

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3)ただし、iPadもインストールしてあるアプリや、スリープ状態のアプリなどがあったりするので、一様ではないだろう。少なくとも、実験している段階では、完全に電源を落としている状態を目指していた。

4)さて、ソラーバッテリーの方だが、こちらは、ライトを点灯し、完全に放電したあとに、どれだけの時間で太陽光でフル充電になるものかテストしてみた。外出したり、雨天に見舞われたりしたが、曇天のガラス越しで二日、晴天で外の日照で約一日半で満タンになった。感触としては、晴天二日(昼光20時間)もあれば、フル充電はできそうだ、というところまで分かった。
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5)ソーラーバッテリーは、計測器が付いているわけではないので、感触で判断するしかない。上の赤ランプはライトを点灯できますよ、という意味で、太陽光にあてればほんの数分で赤ランプになる。下のランプは充電の意味であるが、最初は充電中の意味で赤ランプになっているが、完全にフル充電になれば、黄色に変わる。

6)これらの4つのバッテリーを直列並列につなぐことはまず後回しにして(危険性もともなう)、まずは、4個のバッテリーを次々と連続して充電した場合、iPadはどこまで充電でき、どこまで時間がかかるだろうか。

7)電灯線からiPadに充電するよりも、太陽光バッテリーからiPadに充電するほうが時間がかかると思われるが、倍として24時間。それだけかかるとすると、ずっとついているわけにもいかないので、さらにいい加減なデータ記録になりそうだ。

8)なにはともあれ、現在、充電中。100%充電できないかなぁ・・

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9)おお、なんとか充電できた。1000円で買ったソーラーパネル4個をフル充電して、電源を落としたiPadに、20%→100%充電できたのだから、すごい。かかった時間は約22時間。おおよそ予想通りだった。
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10)つまり、20%+(20%×4個)=100%、これはホント絵に描いたような計画通りだった。これだったら、実用になる。

11)iPadはフル充電で稼働時間10時間と言われているが、実際にヘビーに使っても私の場合はせいぜい3~40%は残る。節約して使えば、一日2~30%でも十分使ったことになる。

12)4台のバッテリーを常にフル充電の状態にしておき、毎晩寝る前に一台のバッテリーをつなげば、寝ている間の6時間で、少なくともプラス20%は補充できる。カラになったバッテリーは、3日間の太陽でフル充電すれば、また4日目には順番がまわってくる、ということだ。

13)3.11の体験から、手回し充電器(+ラジオ付き)を二台用意してはあるが、こちらは、ほんの気休めで、ラジオやライトはまずまずとしても、ケータイに充電するにも、一日中ハンドルを回し続けなければ無理。実質的には、一日回し続けるなんて不可能。
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14)それに比較すれば、このソーラーパネルは、ケータイ、スマホ、モバイルルーターばかりか、キチンとiPadもフル充電できるのである。これは心強い。これでパソコンも、と行きたいところだが、それはもうない物ねだりだ。

15)ここまでわかってくると、いよいよ、もうすこしソーラーシステムについて知りたくなる。パネル、バッテリー、そしてLEDなどなど。

16)うちの奥さんは、充電の方は、ある意味どうでもよくて、ひたすらライトとして使いたいらしい。せっかく充電したのだから、もったいないじゃない、と、階段の踊り場にブラさげている。これで十分朝まで点灯している。LEDというのも素晴らしい省エネだ。

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17)別に使わなくても、自然放電率はあまり大きくなさそうなので、いざという時のために保存しておいてもいいとは思うのだが・・・。

18)そういえば、3.11直後は本当にソーラーシステムの必要性を痛感して、実はあちこち見積もりを取ったのだった。今、引っ張り出してみたら、なんと7社。どれもこれもいまいち納得がいかないまま、2年近くが過ぎてしまった。

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19)そうしていたら、今日、このタイミングで、以前の会社が再見積もりを送ってきた。2年前より更にこなれている。大量生産やら補助金やら、売電制度などで、実質ゼロで、システムが導入できる時代になっている。

20)エネルギー問題は、ひとりひとりが考えなければならない。一軒家で、南面に屋根が向いていて、角度30度の、切妻なら、やっぱり、いつかはソーラーだよね~。 我が家ではいつソーラーをつけるの?


今でしょ!

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                                     と、なるだろうか。

<8>につづく

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「名取川と広瀬川ぞいの横穴墓」―黄泉国(よみのくに)からのメッセージ 地底の森ミュージアム

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「名取川と広瀬川ぞいの横穴墓」ー黄泉国(よみのくに)からのメッセージ」 企画展 仙台の遺跡②
開催期間:2013年04月12日(金) 〜 2013年06月23日(日)
地底の森ミュージアム

1)こちらの企画も面白かった。5月3日の学芸室長の「ギャラリートーク」にも参加したし、11日の「だれのお墓? -横穴墓に葬られた人々ー」も面白かった。

Photo
2)先日見た、災ミュージアム再興事業「国史跡郡山遺跡-みちのくの源流を訪ねて-」 とダイレクトにつながる企画であるし、当然、「郡山遺跡」 日本の遺跡35 飛鳥時代の陸奥国府跡 長島榮一(2009/02 同成社)や、「古代東北統治の拠点 多賀城」 シリ-ズ「遺跡を学ぶ」 進藤秋輝(2010/02 新泉社)ともつながってくる。

3)しかし、当ブログとしては、「仙台平野の歴史津波」ー巨大津波が仙台平野を襲う! 飯沼勇義(1995/09 宝文堂)や、「一九九九年地球壊滅」(1988/12 平河出版社)との関連にさえ、イメージは広がっていくのである。

Nami
4)もちろん、そこには「湧き出ずるロータス・スートラ」(1992/06 ツクヨミ・プロジェクト)との関連さえ重要なファクターとなってくる。

Yoko
Siro
5)もうここまでくると、余人が近寄ろうにも近づけない当ブログの独壇場となるだろう。しかしながら、当ブログはさらにいく。

At_4

6)すでに「鉄塔家族」 佐伯一麦(2004/06 日本経済新聞社) のページに貼り付けておいた写真だが、このアンテナ群が建っている山こそ、大年寺山であり、そこに大年寺山横穴墓群があるのである。こことの関連さえイメージがわいてくる。

Tera
7)「愛する地球」における弁財天、そしてさらにはきのうアップした金華山のイメージの連なりさえ、大きな意味を持ってくる。

Ben

8)もうここまで来ると、追っかけてくる人はほぼ皆無だろう。すでに、なんとかシンドロームとか言われる領域に突入しつつあるかもしれない。

9)しかし、当ブログはさらにいく。なんとここから「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」( クリス・マクゴーワン 1998/08 青土社)までつながりを感じざるを得ないのであるから、とんでもない旅である。Kr_6


10)かつて当ブログのカテゴリ「プロジェクト567」で、5と6と7を意識してみたのだが、いみじくも当ブログは「Meditation in the MarketPlace5」を進行中である。このままいけば、「Meditation in the MarketPlace6」、「Meditation in the MarketPlace7」といくだろう。だが、8はあるまい。

11)すでに合理性とか論理性を越えている。神秘と言えるかどうかはともかくとして、当ブログとしては、前人未踏の領域(笑)に、足を踏み入れつつあるのである。(^-^;

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2013/05/20

3・11震源地に一番近い島 牡鹿半島 金華山

1)四月の大型連休を利用して、牡鹿半島、金華山を参拝してきた。以前から行きたいとは思っていたのだが、3・11以降、復旧がほとんど進んでいなかった。

Umi2

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Hune7
Ship

2)この度、巳年御縁年の祭祀もあり、ようやく半島からの定期連絡船が再開したのは、5月初めのことだった。そのニュースをテレビでみた私は、いてもたってもいられず、翌日に、三陸道を車で走り、石巻を通り越し、女川原発の立て看板を見ながら、さらに先端へと急いだ。

Umi

Sand2

3)震災直後に鮎川港まできてみたが、桟橋そのものが水面下に水没していて、とてもとても、そこから船に乗って金華山まで渡ることなどできなかった。

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4)参道は、震災直後の状況をいまだにあちこちに残し、壊れたものは壊れたままになっていた。それでもなお、大自然はそのまま、どっしりと、また来たか、とむかえてくれる。

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5)牡鹿半島の名に恥じず、シカたちはノンビリと草をはむ。

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6)弁財天の八角堂も、静かに、ゆったりと、鎮座している。

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Hata

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7)巳年に開帳されるという、弁財天。

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Kai

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Sika28)春爛漫。桃や桜のピンクが、あくまで金華山は、女神を祭る島であることを思い出されてくれる。

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9)こんなに静かで豊かな海。ここから海のかなたを見ると、そこは、3・11の震源地だ。ここはもっともそこに近い島だ。

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Oka

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2013/05/19

「悟りのシンクロニシティ」  内なる引き寄せの法則  リーラ・ラブガーデン


リーラ・ラブガーデン (著), プラサード・デイビッド・ワンドレス (著), アルヴィナ・ワンドレス (著), 市場義人 (翻訳) 2013/3/19 ヒカルランド 単行本(ソフトカバー): 391ページVol.3 No.0995

1)桜前線は日本列島を縦断し終り、季節は春を通り越して、初夏の日差しさえ感じられる。

2)せっかくの休みだからと、わが家のガーデンハウスからキャンプ用品を引っ張り出し、小さな庭での、わが家のリゾートを楽しむ。

3)リクライニング・チェアに横になり、カラフルなパラソルの下で読書。目が疲れたら、何年か前の父の日にもらったiPodナノで音楽を聴く。

4)友人たちのネットワークも、いつもながら、とてもいい仕事しているなぁ、と思う。この本、一気に読むのはもったいないので、すこしづつ読んでいる。文章を読む前に、付録でついていた「ハート瞑想ガイド60分」プレミアムCDとやらを、iPodにいれて、聴いて見る。

6)心が溶ける。ガチガチだった体も、日差しとともに、とろけていく。庭の花たちも、ささやかではあるが、とても鮮やか。風も、親切に吹いてくれる。一日、庭でまどろむ。

つづく

 

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羽倉 玖美子『愛する地球(テラ)に』 女神は夜明けに舞い降りる<6>

<5>からつづく 

Tera
「愛する地球(テラ)に」 
女神は夜明けに舞い降りる <6>
羽倉玖美子著 2012/12 本の森 単行本 p178

 昼下がりのまどろみの夢の中へ、淡い赤紫色の服を纏った女性のイメージが、突然降りてきた。まだ明るいうちに。

 私はすぐにそのイメージをスケッチブックに描いた。髪を結い上げ、その手には琵琶のような楽器を持っている。次に、その絵を見ていた私に降りてきたのは「サラスヴァティー」ということばだった。そのことばを調べたら、ヒンドゥの女神の名前であり、川の名前だった。

 古代インドには、ヴェーダと呼ばれるインド哲学の文献があり、その中でもっとも古くに書かれた聖典リグ・ヴェーダには、当時の神聖なシンドゥ七大河について書かれている。7つのうちで6つまでは、現在流れている川と重複するが、サラスヴァティーだけは、実在しない伝説の川と考えられてきた。しかし衛星写真などから、インダス川に沿った東側、タール砂漠にその消えてしまった川の痕跡が認められた。さらに、その消えた川の流域から300以上の遺跡が発見された。p38

 その川を神格化した女神サラスヴァティーは、「サラス=水」で「水(湖)を持つもの」「水に富む」の意味があり、水と豊穣の神様である。また、ヴァーティはヴァーチュ(言葉という意味)という女神と同一視され、水の流れの音から転じて、流れるものすべて、ことばや弁舌、知識、音楽の女神となった。4本の手を持ち、ヴィーナという楽器、ヴェーダ聖典、数珠を持った才色兼備の美しい女神の姿として表される。

 インドにおいて、川の水は人を浄化してくれる聖なるものとしてある。ガンジスの沐浴の光景はその信仰の表れだが、普通の川とサラスヴァーティ川の違いは、後者は天からこの地上に流れ落ちて来る川で、それは地球を浄化し天からの恵みを運んでくれる。宇宙(そら)に一番近いヒマールの高き山を源として、水という愛でインドの大地を潤したサラスヴァティー川。リグ・ヴェーダは、高らかに謳いあげる。

 「諸河の中にただ独り、サラスヴァティーはきわだち勝れり。山々より海へ清く流れつつ。広大なる世界の富を知りて、ナフスの族(うから、人類)にグリダと乳をいだしきたれり。」 p39

 サラスヴァティーは日本に渡り、神道や仏教の要素が取り入れられ、七福神の一柱の弁才天、弁天となる。弁才天の化身は蛇や龍とされ、宇賀弁才天として信仰されるようになる。七福神の中に入るのは、近世に入ってからであるが、民間信仰などが付加され、財宝神の性格を持つようになると、「才」の「部分に「財」があてられるようになる。この世でこの目に見える幸福や豊かさの神であり、女性性の象徴とも言える。 

 弁才天が祀られている場所には必ず水がある。祀り方に共通の形があるように見える。円形の池の中に、弁財天の祠がある。そこに至るには橋を渡って行く。離れ島に祀ってあるケースもある。その場合は、海が取り囲んでいる。 

 それを見た時、これはお母さんの子宮の中と思った。子宮は、再生を司る場。橋は参道で、祠を取り囲む水は羊水。○に□である。□は橋や参道だったり、階段や梯子だったりする。私たちの体の仕組みの中にも、大自然の摂理がある。私たちの人生にも大自然のリズムがある。大きなことと目の前の事をフィードバックしながら、死と再生といういのちの流動を、気体・液体・固体という、形を変えて地球に存在する水に重ねたのだろうか。

 ○と□という形は、他の場所にも見つけることができる。ミノアの祭礼の場、カラル遺跡の円形広場、アサナジのキバ、・・・・・そして日本の古墳。プラトンが書き残したアトランティスのイメージもそれに近い。 

 また日本では、弁財天の本当の姿は白蛇とされる。川の流れを蛇に喩えるのは、古代インドの伝統であり、サンスクリット語の「サラスヴァティー=サラスヴァティー・ナディ」は、雌蛇の意味がある。ヨガでの生体エネルギー・クンダリーニのように、水の女神サラスヴァティーは、白蛇のように母なる大地の体を走る。 

 水は、地球に住むいのちにとってかけがいのないもの。私たちの体の70%は水だ。胎児に至っては90%。私たちはそれを汚してしまったのだ。それでも水の愛は深く、その水によって私たちの体は浄化もされる。 

 サラスヴァティーの「サラス」は水の意と書いたが、「サラ」は自己(Sva)についての本質的な知識という意味もあり、彼女はそれを与える女神でもある。彼女はしばしば蓮の花の上に乗った姿で描かれるが、蓮の花は現実的な経験による絶対的な知識でもある。 

 さらさらと流れる川の水の音に、その傍らに住み、その音を聴きながら眠る生活は、どんなものであろう。水という音の真実の中に入り、静かに自己という真実を見つける生活かもしれない。 

 津波という形で水は来た。多くのいのちが空に還って、このことを大自然の大いなる愛と受け取り、乗り越えるには、私たちの思考の立ち位置を高くせねばならないだろう。不幸と思える事を、愛を持って受け入れることが出来た時に、私たちはいのちの源に触れる奇跡を起こすことができるのかもしれない。いのちという存在を、大自然の姿を通して、サラスヴァティーを育んだ古代インドの叡智に学ぶ時なのだろう。p40

 地中深くもぐってしまった女神サラスヴァティーが、夢となって今なぜ、私の意識に現れたのだろうか。p43

 これは、現前に存在する全てのものを肯定し許している態度だ。物事や他者に優劣や善し悪しの評価をせず、ただ心静かに起こっている事象をあるがままに見る。全ての存在を肯定し、許しているということは、その行為をしているその人自身をも肯定し許す。肯定できない、許していない心の地獄を作っているのは、その行為をしているその人自身の価値観やこだわりだからだ。

 ただ見る。子どものように素直に、ただ見る。大人になると、そのことがいかに難しいことなのか。人生の経験で身につけたその人らしさの内に在る不調和を、一枚一枚剥ぎ取る作業は、真ん中にある高次の自己にたどり着く作業でもある。

 それぞれが自分の内の不純を浄化した時に現れる世界は、どんなものだろう。素直にあるがままに世界を受け入れ、世界を愛し愛される関係にそれぞれが安らいでいる。そして、自分の世界と相手の世界が育てるものが、それぞれを更に豊かに変化させる。そんな世界を夢想する。p44

<7>につづく

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2013/05/18

「暮らしの中の電磁波測定」 電磁波市民研究会 (著)


2006/08 緑風出版 単行本 221p 
Vol.3 No.0994★★★★★

1)一連の緑風出版の出版物の中では、この本がもっとも当ブログの評価が高い。場合によってはレインボー評価にしようかなとさえ思ったが、ここはぐっと抑えて★5にとどめておく。

2)まず、電磁波の影響が一番懸念されるの携帯電話です。携帯電話は通話をしていない待機中で高周波1V/m前後、低周波0.61~1.01mGでした。

 呼び出し中には高周波は19.5V/m、低周波0.78mGと特に高周波が大きくなります。

 通話時には高周波は36.47~44.4V/mとさらに大きくなりました。高周波の44.4V/mは、電力密度で表すと552.9μW/㎠になります。p66「携帯電話はマナーモード中も電磁波は発生」

3)当ブログが現在、いきなり電波な話題にシフトしているのは、決して個人的な趣味からではない。知人でもあるO夫妻からの「拡散願」を受けながら、一体、自分に何ができるのかを見極めるための行動なのである。まぁ、遅きに失したとは言え、何かせざるを得ない。

4)〔電磁波攻撃 被害の現場から同時進行レポート〕(再更新)仙台市・八木山の妻宅で測定 仕事場(書斎)の窓際 室内=9.712V/m(ボルト・メーター)室外=10.833V/mを測定 安全目安(100ミリ・ボルト・メーター)の、ざっと100倍!/ 高周波測定機 予備機を入手 測定値数値の「同一性」を確認!/ 夜通しがんばり、無事、朝を迎えました。連休なしの「彼ら」が、ちょっぴりかわいそう! O氏ブログ2013-04-30

5)いろいろな計器やら単位、あるいは測定領域が乱立して、なにがなにやらわからないし、他の数値との関係から、結果を導きださなければならないのだろうが、ここで高周波の測定単位であるV/mを比較する限り、あれ?と思わざるを得ない。

6)少なくとも、携帯電話で通話中に44V/m程度の高周波がでるのなら、住宅密集地の室内や室外で10V/m程度の高周波を拾ったからと言って、大騒ぎすることなのであろうか。助けて!と叫び、殺される、と、北陸やら北海道へ逃避しなければならないほどの事態が発生していると言えるのだろうか。

7)わからん。小説も推理小説も大苦手である。ただただ、その数値を追っかける程度においては、通常のごく普通の数値が示されている、としか言いようがないのではないか。

8)他の数値との関連や、表記法に違いがあるのかもしれない。細かいところはわからない。しかしながら、いままで緑風出版の一連の書物を読んだとしても、確かに電磁波のいろいろな「悪さ」は分かってきたが、少なくとも、悪意を持って、第三者に「電磁波」を照射しようなどという、不届きな動きについてのレポートはゼロである。

9)仮に、自宅の内部において、あるいは、自らが歩いている路上において計測された数値であったとしても、それを誰かの「悪意」と取ってしまうのは、やや早計なのではないか。

10)それは温水洗浄便座からの電磁波の発生です。これも最近よく見かけるようになりましたが、すぐに使えることの出来る待機状態で低周波が0.31~0.32mG、高周波は27.7V/mでした。これは外から受ける携帯電話やPHSのアンテナからの高周波を遥かに超える高い数値です。p112「トイレで意外な発見。温水洗浄便座から電磁波が発生」

11)〔電磁波攻撃? 被害の現場から同時進行レポート〕  本日(4月3日) 午前8時45分 高周波測定機で室内を測定 防護しているのに、700mV/m 安全目安(100mV/m)の7倍を記録 

 トイレ座ったときの頭の高さで数値が最高値に達することも、あらためて確認!  PC前にいると苦しく、長時間、座っていられない。  仙台は雨。 O氏ブログ2013-04-03

12)この辺のふたつの記述を並べて考察するときに、私は私なりの立ち位置を決定すべく、合理化してしまう

13)これまでの追っかけにおいて、私は、O夫妻が、第三者からの殺人電磁波を照射されているという確証は得ることはできない。

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2013/05/17

当ブログにおける「プチ炎上記事ベスト5」

1) バトルや炎上はネット上ではよくあることである。当ブログでは、「火事と喧嘩は江戸の華」にあやかって、「バトルと炎上はネットの華」と揶揄して、多少よそよそしい振りして、実は、横目で楽しんでいたりする。

2)だが、よそ様のバトルや炎上は、それなりに面白いのだが、自らがその当事者になるのはキツイ。できれば避けたいので、表現はややゆるやかになるし、怪しい兆候が現れたら、三十六計、逃げるにしかず、と、さっさと削除したり、当面アクセス不能にして、知らぬ存ぜぬを通すことにしている。

3)しかるに、どういうわけか、こちらの書き手が期待しないのに、なんだか異様にアクセス数が増えていく記事がある。それぞれに理由があるのだが、まぁ、致命的な炎上にならない限りはそのままにしている。

4)あんまり読んで欲しくない記事を多くの人に(と言っても当ブログの場合は数に限りはあるが)読まれるのは、なんだか気持がいいものではない。毎回気にして、それなりに、ひそかに「処置」はしているのである。

5)そんな訳で、個人的に記憶に残っている記事群を「プチ炎上」と名付けて、今回、リストを作ってみた。(それぞれの本のタイトルをクリックすると、当ブログのそれぞれに記事に飛びます)

当ブログにおける「プチ炎上記事ベスト5」

第1位

わかるWi-Fi
「わかるWi-Fi」 無線LAN規格の統一ブランドー「仕組み」と「使い方」
勝田有一朗 2010/09 工学社 I/O books 単行本 183p

 この記事を書いた2年半前は、WiFiという言葉は一般的ではなかった。最初はウィフィーと読んでいた。WiFiについて書いてある本は、ほんの数冊しかなかったし、ネット上の記事も少なかった。

 ところが、こちらも訳わからんのに、なぜかアクセス数だけがウナギ昇りに伸び続けた。アクセス機能の関係上、アクセスが多い記事が上にランクされるので、後から、すばらしい記事がどんどん登場してきているのに、いつまでも上位にランクされていたのだろう。

 最近では、WiFiを知らない人はほとんどいないし、ごく当たり前の機能となった。二年半でこれだけ違ってくるのである。最近は、アクセス数も少なくなり、来てくださいとお願いしても、ほとんど閑古鳥が鳴いている有様である。

第2位

「ササッとわかる『大人のアスペルガー症候群』との接し方」見やすい・すぐわかる図解大安心シリーズ
加藤進昌 2009/01 講談社 単行本 110p

 実は、この記事が現在わがブログでのプチ炎上中の記事。書いたのはすでに3年前なのだが、この一カ月ほど、何故か急上昇。なんでかなぁ、といろいろ原因を調べてみるのだが、分からない。粘着質の人が毎日来ている風でもないし、まったく読まないのに、アクセス数だけが増えている風でもない。

 実はこの頃、リアルな次元で、いろいろ人間関係でもめていることがあって(これをバトルという)、なんとかあいつに病名をつけるとすれば、これになるだろう、と思いついた訳である。誰かが教えてくれたのだが、やたらと気に入った。でも、3年も経過したから、今は割と仲良く付き合っている。(いまじゃぁ、あいつを病気とは、言いたくない)

 でも、なぜか今になってこの記事が、プチ炎上中。今日までは黙ってみていたが、もう嫌になって、自分でもこの記事を書いたことをあまり思い出したくないので、現在はアクセス不能にしてある。ほとぼりが冷めたら、また解禁しよう。

第3位
iPadショック iPhoneが切り拓き、iPadが育てる新しいビジネス
「iPadショック」 iPhoneが切り拓き、iPadが育てる新しいビジネス<1>
林 信行 (著) 2010/5 日経BP社 単行本 232p

 この記事は、数か月前にプチ炎上していたので、最近までアクセス不能にしておいた記事。解析の結果、なぜプチ炎上したのかは解明できている。最初はあまり気にならなかったのだが、気持ち悪くなったので、処置した。

 この記事へのアクセス数を稼いでいたのは、ごく一部、いや、たった一人の人間であろう。実に粘着質の人物であるに違いない。なぜヒットするかというと、この本に興味あるからではない。あるたった二つのキーワードがこの記事が掲載されたページの中に存在したのである。そのためにこのページがヒットしただけなのだ。だから、内容などまったく関係ないので、読みやしない。

 この粘着男(男とは限らないが、女だと、なお怖いので、男にしておく)は、ひたすら、たった二つのキーワードでアクセスしまくって、一日に二桁回数、わがブログにお越しになっていた。もちろん内容なんて読んでない。数か月、アクセス不能にして、現在はようやくヒットしなくなった。めでたしめでたし。現在は、解禁済み。

第4位
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「本など読むな、バカになる」 
安原 顯 1994/07 図書新聞 単行本 286p

 
ネット上の村上春樹人気は絶大である。私は別に春樹ファンではないのだが、現代人のたしなみとして、一か月だけ村上作品を60冊ほど読み続けたことがあった。そうしたら、わがブログのアクセス数がウナギ登りに登りつめた。効果絶大。

 だが、これらのアクセスは、単に村上春樹に関心があるのであって、わがブログに関心があってやってくるのではない(当然だろうが、なんだかいやだ)。だから、当ブログの中の他の記事に飛ぶわけでもなく、長時間滞在するわけでもない。あ、間違ってアクセスしてしまった、というかのように、すぐいなくなってしまう。

 その代表がこの本。「究極の愚作『ねじまき鳥クロニクル』精読批判」のサブタイトルがついているので、このフレーズに、異常に好奇心をそそられるのだろう。ヤスケンの論調もキツイので、この本自体好きではないが、まずはこのような本もあるのだ、ということを記録しておいた。

第5位
村上春樹の「1Q84」を読み解く
「村上春樹の『1Q84』を読み解く」
村上春樹研究会 2009/07 データハウス 単行本 217p

 こちらもハルキ本だが、「新日本学術芸術振興会 専任理事 『牛河』」というタイトルが、異様なオーラを発したようだ。牛河は、村上春樹の複数に登場する、怪しい人物の一人である。怪しいだけであって、別にそれ以上のことはない。

 ちょっとユニークな脇役ってところなのだろうが、スマートなハルキ本のなかにあって、すこしイビツで、素敵といえる存在ではない。だから、あまたいる評論家たちは、あんまりこの人物に触れたがらない。かっこよくないんだよな。

 そんなこと知らないから、何気に、気付いたことをメモしておいたら、やたらとこの記事にもハルキニストたちは異常反応を示したようだ。残念ながら、皆さんのようにハルキワールドを知らないので、間違っている事を書いているかもしれませんので、ごめんなさい。まぁ、一読者としての、へんなメモ、とでも思ってもらえば、それで終わりです。

次点


「独立国家のつくりかた」
 
坂口恭平 2012/05 講談社 現代新書 221p

 この本を、次点としてでもあまりここにメモしておきたくはなかった。しかし、著者ご本人がツイッターでこの記事をリツイートしたせいもあってか、いまだにアクセスは続く。はっきり言って、批判である。あまり著者にとっていいことは書いていない。

 だから、あまり読まれると困るのだが、なぜかシリーズ化したこの記事全てが、いまだに読まれている。単に間違ってアクセスしてくれた、というのではなく、結構、みんな、じっくり読んで帰っていく。

 あまりすっきりしないので、一時アクセス不能にしておいたが、最近また解禁してみた。この方については、なんだかオーラがイビツなので、正直触れたくはない。不思議な「魅力」のある人物だとは思うが、どうも得手ではない。

次々点
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「テラ・フォーミング」 宇宙コロニーの実現
ディスカバリーチャンネル 2003/04 ディスク枚数: 1 角川書店 52 分

 楽天ブログから、こちらのニフティのココログに移ってきて、最初にプチ炎上したのが、この記事。テラ・フォーミングだなんて、初めて聞いた言葉だったし、この後にリンクして展開していったわけでもないのに、やたらとアクセス数を稼いだ。

 別に読まれても恥ずかしくはなかったが、当ブログにおける主テーマではないので、なんとかここから、当ブログの中の他の記事へと移動していってくれないかなぁ、といろいろ工夫してみたが、駄目だった。

 今となっては、懐かしい記事ではあるが、なんでこんなにアクセスが来るんだろうと不思議でしょうがなかった。以前の楽天ブログでは、記事別アクセス数が判明できなかったから、自分のブログがどう読まれているかは、ほとんど分からなかった。

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「デジタル公害」―ケータイ・ネットの環境破壊 懸樋哲夫 (著)


2008/06 緑風出版 単行本 197p
Vol.3 No.0993★☆☆☆☆

1)何冊かの一連の緑風出版の本をめくり続けると、もう、この本においては珍しいことはほとんど書いてない。あえていうなら、この本のタイトルから連想するように、デジタルVSアナログ戦争を、あえて扇情的に書きたてているという不快感だけが目についてくる。

2)どこかにこんなことが書いてあった。

1)イノベーター(革新的採用者)

2)アーリーアダプター(初期採用者)

3)アーリーマジョリティ(初期的多数採用者)

4)レイトマジョリティ(後期多数採用者)

5)ラガード(採用遅滞者) 「携帯& iPhone ツイッターを使いこなす!」(武井一巳 2010/03 日本文芸社)p216

3)当ブログは、決して早い物好きな方ではなく、せいぜい、3)のアーリーマジョリティにとどまるだろう。ケータイだって、今のフォーマに切り替えるまで、古いムーバ機を6年も使っていた。ケータイだって、いよいよになってPHSから切り替えたのだった。とにかく、周りがそういう時代になっているのであれば、そうするしかないな、というタイミングを狙っている。

4)決して4)レイトマジョリティでもないし、5)ラガードでもない。たしかに周囲には今でも黒電話を使っている人も見かけるが、彼らだって、デジタル公害を考慮して黒電話を使っているわけでもないだろう。

5)一般人としては、このような「あなろぐ」派の「告発本」を読んだからと言って、できることはなにもない。時代の趨勢は、残念ながら、デジタル化への道をまっしぐらに進んでいる。

6)もちろん、すべてをよしとするわけでもないが、もしこのような告発をするのであれば、もっと行政なり資本の中枢に向けて発信しなければ、意味をなさないのではないだろうか。

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「ユビキタス社会と電磁波」―地デジ・ケータイ・無線LANのリスク (プロブレムQ&A) 加藤やすこ著

2008/02 緑風出版 単行本 194p
Vol.3 No.0992★★★★☆

1)同じ出版社の本である「危ない携帯電話―それでもあなたは使うの? 」 とほぼ同等のカバーデザインであり、また著者も「電磁波・化学物質過敏症対策 (克服するためのアドバイス) 」と同じであってみれば、内容の傾向もほとんど同じようなものと考えて間違いない。

2)同傾向の何冊かとなれば、内容についてはほとんど目新しいことはないが、敢えて言うなら、隣接地域における実例がレポートされていたので、やや長文だが、再録しておく。

3)宮城県仙台市では、携帯電話基地局が建ってから、深刻な健康被害に悩まされている地域がありました。一つは、仙台市上野山地区の住宅密集地で、2002年にボーダフォン基地局が、04年にドコモ基地局が建ってから、耳鳴り、不眠、頭痛、鼻血などの症状を訴える人が増えました。 

 基地局から約100mのところに住む男性(60歳)は、電磁波過敏症になり、大腸がんも発症しました。この男性の隣に住む69歳の男性は、04年4月に悪性リンパ腫になり、05年5月に亡くなりました。 

 同市郊外の四郎丸という地域でも、ドコモ基地局が建ってから、耳鳴りや不眠を訴える人が現れました。 

 2004年11月、市民団体「四郎丸無線基地局電磁波被曝公害被害者の会」「くらしと電磁波を考える会・いずみ」「上野山電波塔を考える住民の会」は、携帯電話基地局建設を条例で規制するように求める要望書と、約1600人分の書名を仙台市に提出しました。

 翌05年2月、仙台市はNTTドコモ東北、KDDI、ボーダフォンと基地局設置に関する協定書を締結し、近隣住民に計画概要を知らせること、などを定めました。説明対象範囲が基地局の高さ×二倍の範囲と狭い点や、住民からの要望がなければ説明会を開催しないなどの問題点はありますが、この協定書が、基地局の新設を防ぐために役立ちました。

 2006年12月下旬、ソフトバンクモバイルが、四郎丸のドコモ基地局から約300m離れたところに、第三世代携帯電話基地局を建てようとしていることが、下請け会社からの連絡でわかりました。協定書には、町内会長の許可を得るという条件が入っていたので、下請け会社は、「07年1月中旬から工事に入る」と町内会長へ伝え、了承を求めてきました。

 町内会長は役員を集めて、今後の対応を相談した結果、「工事計画を白紙撤回すること」「少なくとも住民説明会を開いて住民に了承を求めた上で建設を始めること」を下請け会社に要請し、年明け1月5日には、携帯電話のリスクについて書かれた資料を渡しました。約一週間後に下請け会社へ電話すると、「工事は中止になった」と言われたそうです。

 地域によってさまざまな事情があるでしょうが、仙台市四郎丸のように、電磁波のリスクを住民が知識として共有し、建設計画がわかった時には、迅速に対応することができれば、安全な生活環境を維持できるかもしれません。地元自治体に基地局の規制を求め、条例を制定するよう働きかけるなど、日頃からの行動が重要のなってきます。p185「電磁波の増加から身を守るために、法的な規制は必要ですか?」

4)偶然だが、先日私はこの地域の電波塔の写真をデジカメに収めておいた。機会があれば、ブログにでも貼り付けようと思っていたのだが、こんなに早くこのようなリンクがでてくるとは予想できなかった。

5)いずれにせよ、今から7年前にこのような反対運動があったようではあるが、現在のところ、よくよく見ると、すでに何本も基地局らしきものが乱立しているのは事実である。なぜ反対したのか、なぜ、その反対があるにもかかわらず現実には立っているのか、住民が納得したのか、機能が改善されたのか、さだかではない。

6)同じところに、次のような脚注もあったのでメモしておく。

7)八木アンテナは、主にテレビの受信アンテナとして使われています。p185「八木アンテナ」

8)この八木アンテナの「八木」は、仙台市のテレビ塔が乱立している付近の八木山と関連するネーミングである。

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「Evernoteを使いたおす方法」 「いつか使うかも」を入れておく備忘録 (アスキー新書) [Kindle版] 花岡 貴子 (著)

2013/2/28 アスキー・メディアワークス  フォーマット: Kindle版 ファイルサイズ: 13158 KB 販売: Amazon Services International, Inc.
Vol.3 No.0991★★☆☆☆

1)当ブログにおける「有料でも使ってみたいアプリ・ベスト3(暫定版)」の次点に滑り込んでいるEvernoteではあるが、個人的には使わないだろう、と結論を出している。

2)第一の理由は、リズ・ダベンポートの指摘通り、「いつかは使うかも」と物や情報を貯め込んではいけない、と思うからである。発生時点で、要るのか要らないのか判断して、即座に消去するのが本当だと思う。

3)百歩譲って、いつかは使うかも知れないと、貯め込むのはいいとしても、それが有料アプリであり、いつ果てるとも知れない有料連続地獄に陥るのでは、Evernoteだって、奈落の入口へつながっている、とさえ今の私には思える。

4)単純に整理するなら、今のシステムで十分だし、ストックする必要があったとしても、今のシステムで十分だ。これ以上貯め込むために有料アプリが必要だとすると、それは、自宅から蔵書があふれだし、本を納めるためにもうひとつ別の部屋を借りた、という状態なのであり、本当にそれって必要?と疑いたくなる。

5)各端末を「同期」したいという気持ちも分かるが、その同期も本当に必要かどうか、個人差があるだろう。少なくとも私は、常時、同期が必要だとは思わない。それぞれの端末はそれぞれの目的で使われているのであり、全部つながっている必要はない。

6)あるいは同期が必要と判断したものであれば、別な方法でいくらでも各端末から取り出せるように工夫できる。

7)ずいぶん前に予約しておいた本だが、今になってやってきた。メモを残さず返そうかなと思ったが、決別宣言も込めてメモしておく。今後はもうEvernoteな本は、もうめくらないだろう。

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「危ない携帯電話―それでもあなたは使うの? 」(プロブレムQ&A) 増補改訂版 荻野 晃也 (著)


2007/11 緑風出版 単行本: 231ページ  
Vol.3 No.0990★★★☆☆

1)「高周波の電磁波は身体に良くない」ということは第二次世界大戦の時から知られ始めたのです。日本軍は、殺人兵器として開発を進めていたことは良く知られています。p36「電磁波問題の浮上」

2)これほど鋭角的な表現はこの本の中でもこの部分だけではあるが、もしそうだとした場合、第三者に対する攻撃的武器として電磁波発生装置が使用される可能性はあるかもしれない。

3)メラトニン 脳の下部にある「松果体」という組織から分泌される脳内ホルモン。「松ポックリ」に似ているトウモロコシの一粒ほどの大きさの組織です。夜の睡眠時に増えるホルモンで、生体リズムと関連があるといわれており、抗ガン作用、抗菌化作用があると考えられます。

 メラトニンの果たす役割が明らかになってきたのは、90年代になってからで、予想以上に重要なホルモンであることが明らかにされています。p90 脚注

4)この本と、当ブログの趣味の範囲をすり合わせていくと、なんとか、この辺にリンクを見つけることができるかもしれない。

5)松果体はフランスの哲学者であるデカルトが「第三の目」と名づけた組織として知られています。すなわち人間の組織で左右対称に二つあるものは、一つだけでも機能するはずです。大脳も左右あるからだそうです。だが、松果体はひとつしかない。心臓もひとつしかない。こういうものは生物にとって極めて重要な組織だとデカルトは考えたのです。

 そこでデカルトは松果体のことを、「魂の座」とよび「第三の目」と名付けたわけです。インド仏教でも、第三の目が描かれていますが、これも松果体を示しています。p130「脳内ホルモン、メラトニン」

6)興味深い記述ではあるが、単純には著者の教説に首肯するわけにはいかない。おおざっぱな話題の提供ではあったとしても、実は、ここから先がもっと深みのある領域なのである。

7)松果体のメラトニンなどの働きがわかってきたのは94年以降の本当に最近のことなのです。それとともにメラトニンが乳ガン、アルツハイマー、躁鬱病、といった症状と関連しているらしいという研究がたくさん出てきました。デジタル高周波被爆で影響を受けるという研究もあります。p131 同上

8)この辺がまた、本書の主テーマとのリンクの部分でもある。

9)原発問題では大手の出版社も欧米の出版物をどんどん翻訳したのですが、電磁波問題ではそのような傾向が全くみられません。「緑風出版」が健闘しているくらいではないでしょうか?p70脚注「原発と電磁波」

10)著者は1940年生まれの科学畑の人。大学の講師なども務めたあと定年退職して「電磁波環境研究所」を主宰されているという。科学情報のパッチワークという感じで、なるほど、と思いつつも、いまいちテーマがまとまらない。この手の話題が、この本の出版元である「緑風出版」に偏る訳がわかるような気がする。

11)確かに、電磁波の悪影響はまだ、完全に科学的に立証されたわけではありません。(中略)科学技術の多くが完全に安全性が立証されたものではなく、私たちは「自然界や生命に対して無知なのだ」という謙虚さを持って対応することが必要なのではないでしょうか? p228「生物と電磁波」

12)一般には電磁波問題や電磁波過敏症という話題は実に奇妙な問題で、すぐに理解を示せる人はそう多くないだろう。そしてまた、身の回りを見てみれば、いつの間にか、数百メートルの間隔で、奇妙な形のアンテナ鉄塔群が、にょきにょきと出現し続けていることも事実である。これは人間界の現在進行形の現象である。

13)この周辺に何らかの軋轢が発生している可能性に対しては、常に配慮しなければならない。しかし、現在の当ブログの眼目である、「第三者に対する攻撃的武器としての電磁波発生装置」についての、具体的な指摘は、当然のことではあるが、見つけることはできない。

14)この本の切り口は「携帯電話」である。それが持っている諸問題が多面的であるにせよ、一人のユーザーとして「危ない携帯電話」を「それでもあなたは使うの?」と問われれば、この本自体が出している結論は、イヤホーン・マイクを使って、自らの携帯電話が発生する電磁波から、自らの脳を、守ろう、というところが落としドコロである。

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2013/05/14

「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」  クリス・マクゴーワン 著

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「チキンの骨で恐竜を作ってみよう」
クリス・マクゴーワン (著), Chris McGowan (原著), 瀬戸口 烈司 (翻訳), 瀬戸口 美恵子 (翻訳), ジュリアン マロック(画) 1998/08 青土社 単行本 170p
Vol.3 No.0987★★★★★

1)最近、市内の区図書館のひとつが別な場所に市民センターなどともに改築された。なかなか新しい設備なので、いつか行ってみようと思っていたが、先日、他のイベントがあり、地下にできた図書館も覗いてきた。

2)真新しい図書館の入口にはセキュリティチェックのためか、万引き防止のためか、白いガードがある。すこし違和感を感じながらも広い展示スペースを見て回った。

3)しかし、蔵書やDVD類は今までのものを再展示しただけなので、決して目新しくはない。広々として気持ちはいいのだが、逆に、蔵書類は皮肉なもので、古びて見える。

4)特に借りるものもないなぁ、と思いつつ、眺めていて、この本を見つけた。う~ん、なんだか不思議なテーマである。すくなくとも、ネット検索で、図書館の蔵書を見ている限り、このような本に出会うことは、まずないだろう。分野も違うし、趣味も違う、新刊本でもない。誰かに聞いたわけでもない。

5)なんだか、だからこそこの本は面白そう、と借りだしてきた。借りだしてきたばかりではなく、実際にスーパーからチキンを買い、それを食べ、骨をきれいにして、準備を始めてしまったのである。

6)実際には、一匹の恐竜をつくるのには、チキン丸焼き3匹分の骨が必要らしいが、老妻と二人で、そんなに食べることはできない。せいぜい若鳥の毛羽先と毛羽元の小さなパック入りを買い、準備するのが精いっぱいだ。

7)さっそく煮てもらい、肉をそぎ落としたあとに、骨を一本一本洗い出した。これが結構時間がかかる。洗うだけでも一時間ほどかかった。

8)いつもは骨など見向きもしないし、骨をしゃぶりつくすなんてことはない。まして、まじまじと見ることなどない。でも今回は、一本一本、右も左もあることがわかった。

9)間接があり、軟骨がある。ほう、そうなのか。これはなかなか面白い。と思ったが、まだちょっとしか骨は集まっていない。恐竜一匹分を、「食いつくす」にはまだまだ時間がかかりそうだ。

10)さっそく出来た骨は乾燥させ、冷蔵庫に保存したのだが、ホントにこれ、完成するだろうか。実は、すこし嫌気がさしてきている。

Hn

11)まず、臭いが駄目だなぁ。手に付いた臭いは、2~3日染みついているし、大体において、骨自体がいつまでも「香ばしい」のだ。仮に出来たとして、ガラスケースに入れて、孫にでも自慢しようと思っていたのだが、どうも、この臭いはとれないんじゃぁないかな。

12)ということで、現在は気分的には中止決定。完成しそうにない。そもそも、雑食ではあるが、好んでチキンを食べるわけでもなく、恐竜ファンでもない。ただただ、発想の面白さに惹かれただけだ。チキンと恐竜が好きな子供たちが、作ることを楽しみに試みるのがいいのだろう。決して、装飾用や、陳列用ではないかも。

13)今回、この本に惹かれた自分を見ていて思ったのは、何かを作りたがっているなぁ、そして、しかもそれは立体的なもの。手ごろな大きさで、しかも経費が格安なもの。私の場合は、そういう何か別なものを探したほうがよさそうだ。

<2>につづく

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    2013/05/13

    大沼安史 (著) 「世界が見た福島原発災害」三部作 <2>

    <1>よりつづく

    「世界が見た福島原発災害」-海外メディアが報じる真実
    2011/5/27 緑風出版 単行本 280p

    「世界が見た福島原発災害2」-死の灰の下で
    2011/10/31 緑風出版 単行本 396p

    「世界が見た福島原発災害3」-いのち・女たち・連帯
    2012/3/7緑風出版 単行本 320p

    Oy

    1)そもそも今回の出来事に気づいたのは、今年3月末に友人からメールがあり、その数日前に、奥さんから短い電話をもらったことを思い出した時からだった。正直言ってチンプンカンで、あちこちランダムなつまみ食いなのだが、時系列的に並べてみる。

    2)そもそも、著者はそのブログの中の「渇っ!BOO仙人の連坊語録」 を見る限り、2009-07当時は、どうやら、仙台駅から南東1キロ当たりの街中に住んでおられたらしい(未確認)。その後、いつ頃からかは不明だが、現在は、駅から北西4キロの丘陵地帯のマンションを自宅としているらしい。ここは両親の住まいでもあったらしい。

    3)その彼が、現在の奥さんと再婚されたのは昨年2012年夏あたりだったのだろうか。今朝、NHKの朝の番組でも、「中高年の再婚」をテーマに取り上げていたが、おめでたいことでもあり、当事者にしかわからない様々な事情もあるかもしれない。プライベート領域に属することである。

    4)そして、この三部作に連なるような記事が展開されていた彼のブログに、突然「〔お知らせ〕 ブログをしばらく休載します!」の文字が現れるのは2013/03/16のことである(今、アクセスして知りました)。

    5)それに呼応するかたちで、最近はかなり自己開示が進んでいたと思われる奥さんのブログにも、「これが最後の更新になると思います。」の文字が2013-03-23に表示されることになる。

    6)すくなくとも、この直後に、彼女は私に個人的な短い電話をくれたのではなかっただろうか。いずれにせよ、今年4月になって、彼らにまつわる話題が、ネット上であちこち散見されるようになったのだった、と記憶する。

    7)私はかならずしも自分のブログをより多くの人に読んでもらいたいと思っている人間ではない。また、他の人々のブログやネット上の書き込みも、こまかくチェックしている人間でもない。そのため、このような表記があったことをリアルタイムで知っていたわけではなく、今こうしてさかのぼって見た場合、ああ、そうだったのか、と気づく程度である。

    8)それ以降、現在に至る状況について、検索すれば、それなりの情報をつかめると思う。だが「拡散」を希望する彼らに対してのリフレーンはあちこちに散見されるが、その事実を傍証する、あるいは反証するような、一次情報は極めて少ない。時には、「一犬影に吠えれば、百犬声に吠える」という状況で、正直、何がなんだか、わからない。

    9)現在の彼らのブログには「TENMARS TM-195」という電磁波・マイクロ波漏洩測定器がたびたび登場している。これで身辺の数値調査を始めたのだが、どうやら、以前より体調が優れなかったのは、この機械の測定結果となんらかの因果関係がある、と彼らは判断したものと思われる。

    10)彼のブログを読んでいて、ちょっと気になったところがあった。「ツイッターで、以下のような貴重なアドバイス」のことである。

    11)# 高い電波密度は、携帯基地局かテレビ局の電波か近隣アマチュア無線、タクシー無線基地などの影響も考えられると思います。あと車で移動して超低周波電磁波が高くなるのは通常あります。配電線や送電線の影響。沖縄でも車の中で35mGにもなる通りが浦添の方にあるそう。2013/05/03

    12)個人的には、なるほどそういうこともあるか、と読みすすめてしまうところだが、おや、と思ったのは、それに対する彼の反応。

    13)いまのところ、該当するような、「中立的照射源(?)」は、(たぶん、ほとんど)近くに存在しない気がします。仙台市内の八木山緑町にも、国見のわたしたちの一画にも。2013/05/03

    14)私はまずここで引っかかってしまった。八木山緑町といえば、ほんの一角に過ぎない小さなエリアである。そこから東南の方向約1キロ先には、テレビ局などの電波塔が、すくなくとも3台はそびえ立っている。夜間はライトアップさえされる。

    At_4_4
    (付近の工事現場の空き地から)

    15)本日午後2時43分、仙台市内・八木山の妻宅・1階書斎(東側)窓外で、なんと 12901mV/m を測定!2013-04-12

    16)この表記の中の東側窓外というところが、どうも気になる。そちらの方向に、この風景のテレビ局のアンテナがあるからである。場所は違って、国見のマンションにおいてだが、次のような表記もある。

    17)東側ベランダに向けた照射源(測定機の方向性探知と体感で把握)にあるのは、屋上に巨大なアンテナを建てたマンションで、その5階部分のベランダには、まっすぐ、こちらに向けた(衛星アンテナであれば、右上方向に向けなければならない)パラボラアンテナが設置されている(パラボラアンテナに注目したのは、下記の「ドイツ電子兵器犠牲者協会」の記事を読んだため!)。2013/04/28

    18)と、ここまで気にするなら、目の前の大きなテレビ局のアンテナは目に入らないはずはないと思うのだが、どうだろう。さらにこのちょうど反対側(背中側)にも、もう1つ同じ規模のテレビ局の巨大アンテナが1キロ弱内に立っているし、更には、左手側には、携帯電話の基地局が同じ程度の距離内に存在している。

    19)そうか、わかった! わたしたちに、袋小路の仙台の野草園へ誘いこまれた、若い君たち(後略)2013/04/03

    20)この「野草園」こそ、この画像にでているアンテナの足元にある、自然植生を生かした大規模公園である。

    21)仙台市の西北、国見地区で、いちばん便利なタクシーは「H交通」(本文実名)のタクシーだ。本社(国見5丁目 ●●●-●●●●(本文実電話番号)が近くにあるので、流しの車が目立つのだろう。わたしのマンションのみなさんの足にも。2013/05/10

    22)こちらもまた、「タクシー無線基地」は「近くに存在しない」と即断してしまわずに、ツイッターにあったという「貴重なアドバイス」を有効に生かす方法で、もっと科学的で公平、客観的な調査というものは行えないのだろうか。すくなくとも、国見の彼のマンションの近くには「タクシー無線基地」が存在する強い可能性は残る。

    23)昔、北海道で事件記者をしていた、若いころを思い出しながら、おびき出しつつ、尻尾を出させる取材手法(活動)で、「彼ら」を追い詰めています!2013-04-16

    24)著者は誇り高き、ジャーナリストである。どのような実績をお持ちなのかは、残念ながら存じ上げないが、百戦錬磨の猛者であり、幾多の修羅場もくぐりぬけてきたのかもしれない。そういう意味では、彼のブログや本の、全体の意味を読み説くには、当ブログは、あまりに軟弱で、非力である。

    つづく・・・かも

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    ソーラーチャージライト MA-551 <6>

    <5>からつづく 

    Image_2
    「ソーラーチャージライト MA-551」 <6>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

    1)JNICR18650で検索してみると、中国製のリチウムイオン電池であることが分かってきた。ではリチウムイオン電池とはなにか。

    2)現在実用化されている2次電池の中では最もエネルギー密度が高く、高い電圧が得られるため、ノートパソコンや携帯電話などのバッテリーによく使われている。

    3)なるほど、結構いいものかも。

    4)500回以上の充放電に耐え、長期間使用することができる。

    5)この500回というのは使用説明書にも書いてあった数字だ。これは単体の性能のことではなく、リチウムイオン電池全体の性質なのだ。 ところで別なページを見ると、とんでもないことも書いてある。

    6)一方で、リチウムイオン電池には欠点もあり、最大の問題は過充電や過放電による異常発熱、電解液に使う有機溶剤の揮発による発火の危険性があることである。これに対しては保護回路などを設けて、事故が起こらないような設計を施すことが必要不可欠となるが・・

    7)あら、これはヤバい。下手な悪戯はよしておいたほうがいいようだ。関連ニュースを読んでみると、ボーイング787が「バッテリー事故」で就航延期になっていたのは、そういえば、このリチウムイオン電池の制御がうまくいかずに加熱して燃えだしたりしたからだった。う ~~ん、やばい。

    787_2
    8)三菱自動車のプラグイン・ハイブリッド車「アウトランダー」でもバッテリーが熱で溶けだす事故があったという。なんだ、なんだ。これは危ない。そういえば、ソニーのパソコンや、iPhoneのバッテリーが過熱して燃えた、なんてこともあったなぁ。いままでは、まったく無関心だったが、ここでこういう風な関わりがでてくるとは・・・。

    4
    9)では、ということで、ソーラーパネルのほうに関心を移してみる。こちらもまた、どういう作用になっているかは理解できないまでも、仕組みは割と簡単なようだ。早い話が、プラス・マイナスの二本の電極がでているだけである。

    42
    10)ミニUSBアウトプット:5.4V/300~1000mA となっている。こちらの出力こそ、直列にすれば5.4V×4台=20Vのアウトプットを得ることができるのではないか。あるいは、並列につなげば、バッテリーへの充電時間を4分の1に短縮できるのではないだろうか。
    43
    11)もしバッテリの容量がオーバーしてしまうとするなら、バッテリーそのものを別なものと置き換えてみる価値はありそうだ。PCのUSBポートから供給される電力は、5ボルト500ミリアンペア、ということだが。仮に4台を並列につなげば、JNICR18650は、加重充電として、カットしてしまうのだろうか。
    01
    12)そもそも、iPadはUSBでPCからも充電できることになっているのだが、ただUSBを差し込むだけでは、単にiTuneを同期させようとするだけで、あとは「充電していません」の表示がでて、まるっきり充電はされない。USBから充電させようとするなら、iPadの電源を完全に落としてしまうことが必要のようだ。ということは少なくとも、iPadで何か仕事をさせながら、充電することは無理、ということになる。
    02

    13)USBの電力は5Vなのだが、iPadは10~12Vをサポートしているようであり、電灯線からのアダプターなら、仕事させながら充電させることは当然できる。ところで、ソーラーチャージャーからはまったくiPadへ充電出来ないというわけではなさそうだ。戯れに、iPadの電源をおとし、4つのバッテリーの残り少ない電力で充電してみたところ、正確ではないが、約4時間弱で、10%充電UPできたようだ。
    03
    14)これは何を意味するのだろうか。そもそもバッテリーの出力は5Vとなっているわけだから、アウトプットは無理としても、通常8時間かかるとされるソーラーパネルからリチウムイオン電池へのフル充電時間を早めるために、ふたつ以上ののパネルを並列につなげば、効果があがるということなのだろうか。 あるいは、例によって、リチウムイオン電池の過充電防御の制御装置が働くので、ちょこざいな悪戯は、一切、無駄、ということになるのであろうか。

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    2013/05/12

    大沼安史 (著) 「世界が見た福島原発災害」三部作 <1>

    「世界が見た福島原発災害」-海外メディアが報じる真実
    2011/5/27 緑風出版 単行本 280p

    「世界が見た福島原発災害2」-死の灰の下で
    2011/10/31 緑風出版 単行本 396p

    「世界が見た福島原発災害3」-いのち・女たち・連帯
    2012/3/7 緑風出版 単行本 320p
    Vol.3 No.0984~6★★☆☆☆

    Oy

    1)最近、何かとネット上で電波な話題を提供している著者カップルである。仔細を存じ上げない当ブログとしては、不用意にこの話題に触れることは躊躇するものであるが、表現者に対して、最も失礼なことは無視することであろう。多少、失礼なことになったとしても、精一杯の自分の感触を、自分の個人的ブログにメモしておくことぐらいは許されるものと考える。

    2)著者が3・11直後にこの三部作を一年間の間に書きあげていたことを、勉強不足にして、まったく知らなかった。もっとも、3・11直後は、書店も被災して閉店していたし、図書館も、そのネットワークもまともに機能していなかった。また、個人的にも、本を読む、という行為に戻るまで、いささか時間を要したものである。

    3)そもそも、3・11の「災害」を、当ブログでは「天災」、「地災」、「人災」に分けている。天災とは、地震そのもののメカニズムに起因する災害のことであり、「地災」とは、地震津波に伴う予測の甘さに起因する災害のことである、と規定している。それに対して、人災とは、3・11の場合、東京電力原子力発電所の「事故」を主に意味している。

    4)この範疇でいうと、当ブログとして、もっとも関心があったのは「天災」についてである。つまり、地震のメカニズムであり、津波のメカニズムについてである。そもそも地球が持っているサイクルと、それに対する人間という存在の営み、その対比にこそ関心があった。

    5)地震・津波に対する対策の甘さに起因する堤防の事故とか、避難事故とか、第一次産業の被害などは、「地災」ととらえ、かと言って、何のよき対策も持たないまま、ただただ、「オロオロ歩いている」という状態であったことを認めざるを得ない。

    6)それに対して、「人災」であるところの原発事故は、科学者でも預言者でもない市井の一民間人であってみれば、思考能力を超えている問題については、「専門家」にお任せ、というスタイルをとってきた。

    7)つまり、大略的に、3・11をとらえてはいるが、具体的に、復旧・復興という視線ではなく、あまりの自然の偉大さに目を奪われていた、ということができるし、これまでも、今後も、たぶん、そのような姿勢をとっていくことになるのだろうと思う。

    8)図書館や書店が復活したあとは、多少時間がかかったが、読書ブログとしての機能は復活しつつあった。いろいろ読み漁ったが、まだ整理がつかないままになっている。いつかは整理しようと思うが、そこから何か具体策などは生まれてくるとは、自分ながら、とても思えないでいる。

    9)しかるに、この方の「三部作」を2013年になって手にとってみて、圧倒されるのは、この三部作を、震災後、ほぼ一年で書きあげていることである。一冊目など、ほぼ一カ月程度で書きあげられたことになる。その内容といい、方向性といい、これは通常の人のできることではない。あきらかに3・11以前から、その姿勢を明確にしていて、なおかつ、その姿勢を明確に書きあげることができる人にしかできない、離れ業としか思えない。

    10)おなじ被災地にいながら、これだけの集中力を注ぐことができる人とは一体、どのような人なのだろう。

    11)そして、もうすこし言うなら、この未曽有の3・11という「事実」を目の前にしながら、「天災」や「地災」をあまり問題にせず、ひたすら「人災」にだけ集中できる、というのはどういうことなのだろうか。

    12)逆に言うと、私は個人的には「人災」だけを取り上げた本というのは、あまり「好み」ではないし、素直に読み進めることができない。原発を作り上げた「人間」は素直に「反省」し、それを作り変えなければならないのだ。そして、それを「作り上げた」側の人間ではない、という「自覚」する自分は、それを作り上げてきた「関係者」の皆さんは、「反省」して、きちんと「作りなおして」くださいね、とお願いするしかない、とさえ思っている。

    13)しかるに、この方の「突っ込み」は極めて「鋭角的」である。すくなくとも「人災」に対する事実認識の感度が鋭く、また、自らを、そのシステムを作り上げてきた側の人間だとも思ってはいらっしゃらないようだから、それを作り上げてきた側への「批判」や「非難」は半端じゃない。ありとあらゆる言語的「武器」を行使して、「糾弾」しているかに見える。

    14)見えるだけなのかも知れない。実際には、私はこの本を熟読はしていない。正直、この手の本は「趣味」ではないし、他のことに目を奪われていて「余裕」がない。だから、読書としての評価などできる訳がない。

    15)それでもやっぱり、この人の「仕事」について、ここで何かかにかのメモを残しておきたいと考えるとするならば、それは、何事かが、私個人と、どこかでつながっているからであろう。

    16)まずは、そんなことをメモして、そろりと、モヤイを解いておく。

    <2>につづく

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    Dropbox Perfect GuideBook 大重 美幸

    2011/8/4  ソーテック社 単行本: 224ページ Vol.3 No.0983★★★☆☆

    1)この本もじっくり読まないうちに返却期限が来てしまった。この本も人気本らしく、私のところまで来るのにも数カ月かかったが、すでに私の後ろに7人が待っている。もういちど私が読むことになったとしても数カ月後になってしまうだろう。

    2)当ブログでは、私的アプリベスト10シリーズを開始していて、実は、現在は「私的『有料でも使ってみたいアプリ』ベスト10」を編集中だった。

    3)しかし、なかなか「有料でも使ってみたいアプリ」に出会わない。まったくないわけでもないが、ほんの数個。ベスト10どころか、ベスト5もままならない。せいぜいベスト3を作れる程度だ。

    4)その中にあって、EvernoteやDropBoxは「有料でも使って」もいいかなぁ、という候補ではあるが、いまだにそれだけのメリットを感じることはできない。

    5)なぜにそうなのかといえば、無料アプリも無数にあって、それらもなかなか使い勝手がいいものだから、それらを使っていると、有料でも使いたい、と思わせるアプリはなかなかないのだ。必要に迫られるアプリというものも少ない。

    6)一つの判断基準は、モバイルルーターの月3880円である。これは絶対に必要なもので、これだけの負担(年にすれば5万を超える)をしても、移動中、移動先でモバイル機器を使えるメリットは大きい。特に私の場合は、日常的な業務に結びつく。

    7)例えばEvernoteの無料版は使い物にならない。容量が小さすぎる。しかるに、月々数百円(ということはモバイルルーターの10分の1)の有料版を使うかどうか、悩み中だが、それだけのメリットは、今のところ、私にはないようだ。

    8)いずれは必要はなるかもしれないが、少なくともデータの処理の仕方に、いまいち納得がいかないのである。もうすこし検討が必要だ。

    9)せっかくだから、以下、記録しておく。

    私的「有料でも使ってみたいアプリ」ベスト3(暫定版)

    第1位
    Puffin
    Puffin Web Browser 250円

     私がiPadを使っていくとすれば、現在のところ、このアプリは必須である。そもそもスティーブ・ジョブズのポリシーに従って、アップルからはAdbe Flushが使えない。それはそれでいいだろうと納得してみるのだが、現実的には不都合な場面が多い。

     そこで役立つのがこのアプリ。Free版もあり2週間無料で使える。しかし、試用期間に、あっ、これは絶対に必要だと思わせるすごアプリである。有料とは言え、一回250円払えば、ずっと使えるというのはすごい。

     ただ、どうもアクセス方法や接続方法になにか特徴的なものがあり、同種の選択としてはベストな選択なのかどうかは、まだ分からない。なにか不都合なものがあるか、もっと便利なものがあるか、別途、検討中。

    第2位
    Rg
    現実的なギター ¥85

     このシリーズにはピアノとかドラムとか、いろいろな楽器がある。無料版もある。楽器の中で、一番身近なのはギターである。ピアノも身近ではあるが、部屋の中の、すぐそばにいつもあるので、弾こうと思えばいつでも弾ける。

     ところがギターという奴は、いざ弾こうと思うと、いろいろチューニングが面倒なので、押入れには何本かあるが、ついぞこの何年も引っ張り出してきたことがない。そこで目についたのが、このアプリ。無料版でも結構楽しめた。しかし、コードの数が限られるので、一曲弾くのも窮屈である。

     iPadを抱えて、昔覚えたフォークソングなどのコード進行を抑えたりすると、なんだかギリシャ人ゾルバが、彼が愛する楽器「サンドゥリ」を抱えてうっとりしている気分になるから不思議。でも、ちょっとまだいい音がでないなぁ。

    第3位
    Imagesca3bscw7_2
    Osho Radio ¥350

     Oshoには他にも魅力的なアプリがいろいろあるが、すでにアンドロイドでダウンロードしているために、敢えてこちらのappアプリでもダウンロードしようというのが納得いかない。Osho Zen Tarotなどもいつかはダウンロードすることになるだろうが、別にネットがつながっているのであれば、専用アプリを必要とするまででもないのだ。

     こちらのOsho Radioは、常時Oshoのレクチャーが流れているラジオ。テーマを選択したりすることはできない。まるで、ブッダホールで昼寝しながら、テープレクチャーを聞いているような気分だ。ヒンディー語も選択できる。

     夜布団に入ってこのラジオを聞いていると、ついつい眠くなって、朝までレクチャーが続いているなんてことがある。無意識層にOshoを染み込ませる(笑)にはいいかもしれないが、寝つきはあまり良くない。たまに悪夢を見たりするから要注意(爆)。

    次点
    Evernote
    Evernote 450/月

     一部のノマド派あたりでは「神アプリ」とまで呼ばれる定番アプリだが、私にはどうもその良さがいまだにわからない。無料版をパソコン2台、iPad、アンドロイド・スマホ2台に入れて試用中だが、煩わしさだけが目についてしまう。

     そもそも無料版では容量が小さすぎて、実用にならない。さらに月450円は高すぎる。年払いにしても3900円。毎月、毎年、このアプリにそれだけの支払いをしていくということに納得はいまだにできない。

     つまり、なんでもかんでもデータを放り込んでおく、ということ自体、ちょっと違うのではないか、と思う。データは必要なくなればどんどん削除して、きれいに、シンプルにしておくことがいいと思う。蔵書なども、その考え方である。

    次次点
    Dp 
    Dropbox ?円

     ところで、ドロップボックスって、有料なのだっけ。現在は「無料版」(?)を試用中(?)だが、いまだに、よくわかっていない。まぁ、それでも、この本を読んだつながりで、このアプリをここに登場させておこう。

     有料・無料と問わず、私はまだタブレット環境を十分に使い切っていないということになる。タブレットは絶対に「買い」だが、アプリ群に関してはまだまだよくわかっていない。使い進むうちに、ひとつづつ、理解が進むことだろう。

     ただ、一般的に話題になっているアプリであり、自分なりの感触をつかんでイメージを持っておかないと、話題についていけなくなるかもしれない。そういった意味では、「ああ、私も使ったことあるよ」程度には、理解しておく必要があるだろう(笑)。

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    2013/05/11

    ソーラーチャージライト MA-551 <5>

    <4>からつづく

    Image_2
    「ソーラーチャージライト MA-551」 <5>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

    20

    1)ソーラーのバッテリーを100%充電済みにして、さらに昼の晴天時に充電しながら、待ち受け状態のケータイにつなぐと、およそ1時間半で20%の状態から「FULL」になった。これなら実用になる。
    80
    2)他のスマホ、モバイルルーター、iPodナノなど、もおおよそ同じような時間だろうと思う。 ただし、iPadは、電源の入っている状態では「充電していません」になるが、電源を落とせば、充電する様子。昼にソーラーを充電しておき、夜になったら、iPadの電源を落として充電すればいいということかな。それにしても、どれだけ時間がかかるだろう。後日、テストしてみよう。

    3)「取扱説明書」の「使用上のご注意」の第一番目に「本製品は絶対に分解しないでください」と書いてある。ところが、そう書いてあると、逆に「分解」したくなるのだから、困った性分である。
    Nak1
    4)パネルはともかく、バッテリー部分はどうなっているのかを知りたい。分解するとしても小さな眼鏡ドライバーではずす程度の+ネジが2個ついているだけだ。この程度ならいいだろう。出てきたのは充電用のバッテリー。2200mAh、3.7Vの、ちょっと大きめの単三乾電池のようなバッテリーが2個、並列におさめられている。

    Bt
    5)ということは仮にバッテリーをさらに増やして並列に増やせば、もっと充電量が増えるはずだし、直列につないでしまえば、もっと出力が倍増して、今回の目論見であるiPadも充電できるようになるのではないか。

    Siyou
    6)さらに分解してみようとしたが、もう一個小さなネジがあるだけで、そこを開けると小さな基盤やコンデンサー見たいなのが並んでいて、悪戯小僧の私にはもうまったくチンプンカンプン。 コネクターやライトの点滅などがあるから、それの制御用だろう。いずれにしても、大した仕事をしているわけではなさそう。
    Nak2
    7)分解はもうここまで。あとはリベットというか組み込み式で、これ以上は物理的に切断でもしなければ分解できない。 もうしょうがないなぁ、と思って元通り組み立てたのだが、ガーン、作動しなくなっている。ぶっ壊れてしまった。

    8)ライトは、夜間照明用としては十分である。食事するにも読書するにも、これでいける。キャンプ暮らしだったりすれば、ちょっと明かりすぎるかも。懐中電灯としても十分。フル充電で8時間ということだが、これは後日テストしよう。

    Lt
    9)さて、今朝になって、外は雨だった。仕方がないので、窓越しの棚にパネルをさらしたら、おお、なんとこれだけでも充電を開始するではないか。 そして、うれしいことに壊れてしまったと思っていた分解済みのライトも直った。シロートが思うに、バッテリーの電力を制御用の基板に供給するシステムに不可逆性があり、パネルから一定程度の電流が来ないことには基盤が作動しなくなっているのではないだろうか。

    10)う~ん、復活すれば、よかったぁ、と思って、もう分解なんかしない!、と誓うのだが、ここまで来たのだから、もうちょっと「改造」したいなぁ、と思ってしまう。困った性格である。

    <6>につづく

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    2013/05/10

    ソーラーチャージライト MA-551 <4>

    <3>から続く
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    「ソーラーチャージライト MA-551」 <4>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

    1)MA-551が、なかなか気に入ったので、分解用にもうひとつ欲しいなぁ、と思った。さっそく家電コーナーに行ってみたが、プライスのディスプレイだけが残っていて、商品は完売していた。残念。

    Box


    2)考えてみる。60年代カウンタカルチャーの教則本「ホール・アース・カタログ」のスチュアート・ブランドや、「ガイアの時代」でジェームズ・ラブロックが、主張する夢は可能なのであろうか。Original

    3)「わたし自身は、無条件の原発支持者ではまったくない。よく簡便軽量な核融合が発明されるという悪夢にうなされるくらいだ。それは電話帳ぐらいの大きさの小さな箱で、表面に普通の家庭用電気ソケットが四つついている。」ラブロック「ガイアの時代」 p281

    4)もし彼の夢がかなうとしたら、今回私が試作した移動用ソーラーチャージャーより、更に小さい原子力発電所ということになる。

    5)それは無理だろう、と一笑にすることは簡単だ。しかし、かつてアラン・ケイが考えた「ダイナ・ブック」はiPadとして結実している。ポータブル原発も、トンデモ科学やマッドサイエンスだと、決めつけてしまっていいのだろうか。

    Dayna

    6)もうすこし追っかけてみよう。

    <5>につづく

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    はじめてのiPad mini―iOS6対応 (BASIC MASTER SERIES) 小原 裕太 (著)


    2013/02 秀和システム  単行本: 174p 
    Vol.3 No.0982★★★☆☆

    1)図書館に予約しておいたのだが、人気本らしく、ようやく私の番がめぐってきた。でも、待ち遠しいので、すでに、ネット上の電子本の「無料サンプル」で読んじゃったんだよね。

    2)と思って確認したら、なんと、以前に読んだのは「<初>めてのiPad mini」であって、こちらは「<はじ>めてのiPad mini」なのである。ええっ?? 紛らわしい。出版時期はほぼ同じだが、あちらは日経BPのムックであって、こちらは秀和システムと出版社もちがう。なんだか混乱するなぁ。

    3)と、なにはとりあえずページをめくったが、いまさら「はじめて」のiPadでもないので、読んで気になるところもほとんどない。いまさらカマトトぶってもしかたないか。

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    2013/05/09

    『鉄塔家族』 佐伯 一麦



    2004/06 日本経済新聞社 単行本  548p
    Vol.3 No.0981★★★★☆

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    (八木山緑町の一角からの風景)

    1)仙台在住の人気作家が何人かいる。「邂逅の森」の熊谷達也、「ゴールデン・スランバー」の伊坂幸太郎、そして「鉄塔家族」の佐伯一麦。彼らはその中でも有名なほうだろう。私は小説はあまり読まないが、それとは別に、いつかは「仙台」つながりで、一般教養として読んでみたいと思っている小説家たちはいる。

    2)私のまわりは、漫画や小説より「面白い」ことが多いので(笑)、むしろノンフィクションとして、周囲を眺めていたほうが、実に興味深いことが起きていることがある。

    3) 内容紹介 東北のある地方都市のシンボル「鉄塔」の麓で暮らす人たちの平穏な日常には過去の暗い影がつきまとうが…。細密な描写で人間の勁さに迫る長編小説。『日本経済新聞』連載を単行本化。

    著者紹介 1959年宮城県生まれ。「木を接ぐ」で海燕新人文学賞、「ショート・サーキット」で野間文芸新人賞、「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞、「遠き山に日は落ちて」で木山捷平賞等を受賞。 (図書館リストより)

    4)この小説、物書き風の主人公と、再婚したデザイナー(染色作家)の淡々とした生活をつづった自伝的小説である。

    つづく

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    ソーラーチャージライト MA-551 <3>

    <2>から続く
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    「ソーラーチャージライト MA-551」 <3>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

    1)確かにこの時期の晴天の太陽で8時間経過すれば、フル充電できる。これで、ケータイ1台とスマホ2台と、モバイルルーター1台の同時充電ができることは確認した。
    4s
    2)ただ、継続していった場合のリチウム電池のヘタリや、モバイル機器への充電時間などは、これからデータを取っておく必要がある。

    3)今回の大きな目論見であったiPadには、残念ながら充電できない。

    4)わが家の愛車プリウスからは常に充電できるようになっているし、場合によっては100Vを取り出せるようにしてあるので、いざとなれば問題はない。

    5)だが、走行中はともかく、モバイル機器を充電するために、車のエンジンをかける、というのは、ちょっと筋違いだと思う。

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    2013/05/07

    ソーラーチャージライト MA-551 <2>

    <1>から続く
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    「ソーラーチャージライト MA-551」<2>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 

    1)と言うことで、早速パネルを追加で三枚買って、別途準備したアルミケースに収めてみた。

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    2)パネルが1000円×4 = 4,000円。ケースが2,480円、しめて合計6,480円。

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    3)後はスーパーでもらってきた発泡スチロールのケースが材料。

    Image_5

    4)これであとは、8時間、外において太陽光で充電すると、ライトを8時間点灯させて、

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    5)3台のケータイやスマホを100%充電できるはずなのだが。

    Image_7

    <3>につづく

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    ソーラーチャージライト MA-551<1>

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    「ソーラーチャージライト MA-551」<1>
    (株)丸高 ライト点灯時間=約8~10時間 パネルサイズ=約150×180×17mm LEDライトサイズ=約140×65mm コード長さ=約5.5m 質量=約710g 
    Vol.3 No.0980★★★★☆

    1)ショッピングモールの家電コーナを見ていたら、こんなものがでてきた。パッケージ自体が20センチ×50センチくらいあり、パネル自体も、15センチ四方以上ありそう。イメージとしてはけっこう大きい。

    2)値段をみると、10000円。そうだろうなぁ、その位するよなぁ。

    3)そもそも、ソーラーはけっして安くない。庭に設置するようなLEDタイプだと、小さなもので500円程度で売っているが、けっして充電とか長時間とかの期待はできない。

    4)車のダッシュボードに設置するようなタイプだと、だいたい4~5千円する。しかし、友人たちの使用感を聞くと、全然役にたたないよ、という意見が多い。実用を期待しているのに、4~5千円の無駄遣いは大きい。

    5)実用になるボストンバック型のアルミのボックスなどは大体4~5万はする。これだとパソコンくらいは充電できそうだが、いざ数日の停電となると、冷蔵庫やテレビなどの大型家電の使用は無理そう。

    6)屋根に据え置くタイプなどは、大体150~200万以上するから、おいそれと設置できるものではない。わが家でも見積もりを数種取って検討中ではあるが、その前に、屋根や外壁のリメイクがあるから、ただ事ではない。

    7)3・11後の数日間、暗闇で暮らした経験から、絶対に自前の電源確保は必須だとは思うが、なかなか一歩踏み出せない。いざとなれば、親切な、隣のお宅の屋根に上がっている太陽パネルに、またお世話になろう、と思っている程度である。

    8)しかし、欲しいなぁ。これ一万円くらいなら、いいかも。

    9)と、思って、よくよくみたら、1000円、となっている。

    10)え? 1000円? 嘘でしょう。でも何回数えても、0は3つしかついていない。

    11)いつかはほしいと思っていたソーラー・チャージャー、いつ買うの?

    12)今でしょう!

    Ima

    13)ということで、清水の高台から飛び降りるつもり(爆笑)で、一個購入。

    14)帰宅後、ネットを見てみると、この機種は情報が少ない。メーカー以外では、「ちちの物欲」というブログで紹介されているくらい。2011/08の段階で、(どこかの)西友で3970円(税込)したらしい。

    15)なぜ、これだけ情報が少ないのかはわからない。考えられることは、不人気であること、性能が悪いこと、すでに廃版になっていること、もともと販売数量が少なかったこと、などなど。

    16)でもまぁ、実用を期待しての3970円は、ちょっと考えものだが、実験用の1000円なら許容範囲内だ。むしろ、これ以上安いものなんてないだろう。これは、やっぱり、買い、でしょう。

    17)ということで実験中。LEDライトは使い物になる。充電はどうかなぁ。いろいろ機種や時間などを変えて、実験中。いろいろ良い点もあるよ。コードが長い。アダプターが豊富。ライトはけっこう明るくて実用になる。

    18)心配になるのは、やっぱり充電は実用になるかどうか。それと、外に設置していた場合、雨天になったら、大丈夫か、ということ。もし実用になるなら、もともとの3970円だったと思って、あと3個追加購入して、4個並べておいたら、「カッコいいだろうなぁ」ということ(われながらミーハー_| ̄|○)。4個並べて並列したら、けっこう充電量は多くなるかもよ。

    19)「ちちの物欲」の3日のご後日談を見る限り、実用は可能なようだ。あとは耐用年数だが、リチウムイオン電池(500回再充電可)となっているが、毎日使用すれば、一年で終わり、ということか。

    20)まぁ、なんせ、1000円!である。おもちゃを買ったと思えば、元は十分とれるアイテムである(と、納得しよう)。

    <2>につづく

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    2013/05/06

    iCloud Perfect GuideBook 田口 和裕 (著), 成松 哲 (著)


    単行本: 232ページ 出版社: ソーテック社 (2012/4/24) 発売日: 2012/4/24
    Vol.3 No.0979★★★★☆

    1)ああ、この本もあっという間に貸し出し期間か過ぎてしまい、よく読まないまま、返却しなければいけない。本当は熟読したかったのだが、最近は、なかなか紙の本を熟読できない。このごろずっとそのような状況が続いてきた。いろいろ仕方ないことも多い。

    2)現在、このブログは我が家の庭にリクライニングチェアを持ち出して、音声入力で書いている。完全ではないにせよ、庭でくつろいでいる限り、音声入力は極めて有効である。私はこういう方向に関心があるのであり、今後、当ブログもそのような方向に変更していこうと思う。

    3)さて、 iCloudだが、極めて有効に使っているとは、とても言えない。むしろ、足手まといになっている、と言ってもおかしくない。

    4)そもそもSafariはわがノートブックにいつの間にかインストールされていて、中途半端に設定されていて、わがiPadを後から同期したために、いろいろおかしくなってしまった部分が多い。特にブックマークがごちゃごちゃになってしまい、なぜか毎回パスワードを入力しないとそれぞれのサイトに入り込めないような状況になってしまっている。

    5)いろいろな環境のことを考えれば、これはこれでセキュリティーを高めるためにも悪くは無いのだが、やっぱり毎回面倒くさいでしょう。少なくともこの本でそこのところをを見極めようと思っていたのだが、それも叶わず返却日になってしまった。

    6)まぁ、それはそれでいいだろう。今の状況で使えないということもないし、これはこれで一つ一つ解決していく機会にはなる。

    7)そもそもこの手のガイドブックは、まるまんま読む必要もないし、最初から読まなくても、ガジェットを使っているうちに自然とわかるようになっている。ただ、そのシステム自体がどのような方向を目指しているのかを、鳥瞰的に知る上では、このようなガイドブックをいちど読んでおくことは非常に有効であると思える。

    8)次の人のリクエストもあることだし、いちど返却して、そのうち再度チャレンジすることにする。

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    2013/05/05

    ソーシャル時代のハイブリッド読書術 倉下 忠憲 (著)


    2013/3 シーアンドアール研究所 単行本(ソフトカバー): 232p
    Vol.3 No.0978★★★★☆

    1)おやまぁ、久しぶりにスカスカの一冊だなぁ、と思って奥付を見ると1980年生まれの青年の手による一冊である。あらまぁ、なんと老成していることか。

    2)この内容じゃぁ、小学生相手なら喜んでくれるかもなぁ。中学校の図書館に一冊あってもいいかもしれない。高校生なら、この本をマジに読んでいるようじゃぁ、まともな読書人にはなれないだろうよ。20代の若者たちは、この本には見向きもしないかも。

    3)30代なら、同年輩の作品として、「同情」して読むかもしれない。40代50代なら、う~~ん、やはり私と同じ感想じゃなかろうか。

    4)でもアラ還以降の年配なら、割と好意的にこの本を読むかもしれない。息子世代がまぁ、一生懸命書いている、と、応援してくれるかもしれない。それに、さぁ、これから読書するぞぉ、なんて人なら、それはそれで、新鮮なんじゃぁなかろうか。

    5)途中でエバーノートをやたらと褒めている。ほう、と思ったら、この方、「EVERNOTE『超』仕事術」なんて本もモノしている。なるほどね。そこまで追っかけるつもりはないが、まぁ、これはこれでハイブリットなのかしらん、と、素直にあっけにとられました。

    6)ということで、最近は私も、読書方法をすこし変えつつある。そこで、今までのやり方を友人知人に話したりするのだが、割と新鮮に受け止めてくれる人もある。そこで、以下を、メモしておく。今後、ここから大きく変化していく予感があるので、これまでの感謝の意味も含めておく。

    読書ブログのための私的「図書館利用術」

    1)最も利用するのは、「仙台市図書館」のネット検索である。ネット上から10冊のリクエストを入れることができ、7冊借り出すことができる。DVDやビデオ、CDなどは、プラス2点追加することができる。予備のマイリストも作っておくことができる。

    2)作者やタイトルで検索すれば、市内の10ほどある区図書館のどこかに存在している。ネットで予約すると、最寄りの区図書館まで転送してくれる。私の場合は、太白区図書館を利用しているが、地下駐車場が面倒なので、数分間路上停車して、カウンターで予約していた本を受け取って、すぐ帰宅して読み始める。

    3)読みたい本が別にない場合は、新着情報を見る。それぞれのジャンルにで合計で数千の新着資料があるので、めぼしい本をチェックし予約する。小説などの人気本は半年ほど待つ場合もあるが、私のジャンルである、哲学とか思想、心理学などはあまり人気がないので、すぐ借りられる場合が多い。というか、すぐ借りられるこのジャンルだからこそ、結局ここが私のジャンルになってしまった、という逆説があるかもしれない(笑)。私は待ってまで小説など読みたくない。こちらのジャンルはうちの奥さんにおまかせ。

    4)市内の図書館にない時は「宮城県内図書館総合目録(横断検索)」 を検索する。地方の図書館が優秀な蔵書を抱えていることがある。こちらは仙台市図書館のそれぞれのカウンターから手書きで「予約申込書」を出しておくと、通常数日内に取り寄せてくれるので、最寄りの図書館のカウンターで借りだすことができる。 

    5)ここまでで大体読めるのだが、宮城県内にも、希望の本が一冊もない時がある。その時は、図書館の司書の方々が全国を探してくれて取り寄せてくれる。数週間、時には一か月もかかる時があるが、大体の本を読むことができる。私の場合、北は北海道、南は四国、岡山あたりから取り寄せていただいた。

    6)それでもない場合は、「国立国会図書館」からも取り寄せてくれる。こちらは、区図書館までは取り寄せてくれるが、図書館内で読まなければならない。それでも2週間は自分で独占できるので、何日か図書館に通えば、大体読める。私はすでに二桁の本を国会図書館から借りてもらった。もちろん、上記すべて無料であるから、すごい。ありがたい。感謝してます。

    7)視聴覚資料も同じように借りだすことができる。DVDやCD、ビデオなど、はまればキリがないくらい借りることができる。もちろん館内で専用ブースで見ることもできるし、LDのようなものは、機器を持っていないので、図書館で見なければならないこともある。

    8)仙台市図書館以外には、「名取市図書館」もよく利用する。こちらは駐車場が無料の上に、借りだし可能本も10冊なので、雑誌類などを大量に借りだす時は便利である。こちらはネットで予約はできない。ただ蔵書は検索できる。

    9)たまに「宮城県図書館」にも行く。建物自体が現代建築であり、蔵書も素晴らしいのだが、残念ながら、私の地域からはまったくの反対方向にあり、たびたび行くということはできない。大体は区の図書館に取り寄せてもらって、借りだして自宅で県図書館の資料を読む。

    10)大学関係も、充実している。「東北大学」「東北福祉大学」「尚絅大学」「宮城高専」その他のキャンパスの図書館を利用する時もある。こちらは事前に登録が必要な場合も多いが、数百円程度で年間使えるのはうれしい。「学都仙台OPAC」も便利。大学を横断して検索することができる。「仙台市市民活動サポートセンター図書資料」なんてのもあることもあるが、ボリュームがないので、ほとんど借りるものはない。

    11)仙台市民図書館と言えば、中央図書館でもある、「せんだいメディアテーク」がある。こちらは図書館でもあるが、他の活動やイベントで利用することが多い。

    12)その他、他の市町村の図書館も、近くに行ったときに、ひょいと覗いてみることがある。結局は後日返却しに行かなければならないので、あまり借り出すことはないが、それでも、これらの図書館で初めて見つける本もあるので、覗くだけでも価値がある。展示方法もそれぞれに個性や特徴がある。

    13)こうして私は、この7年ほどで約3000冊の本を借りて、その読後感をメモする読書ブログを続けてきたのだが、仮に一冊平均1000円だとしても、約300万円の経費をカットすることができた、ということになる。

    14)以上のシステムはなかなか素晴らしい。私はこれらの図書館を、自前の図書館のように活用できるので、なかなか快適である。しかしながら、最近は、これからさらに、電子書籍の世界へと主戦場は移っていくような気配がある。

    15)いつかは、これらの素晴らしいシステムがさらに変化していくかもしれないので、まずは現在のシステム構築に貢献されている方々に感謝しつつ、防備録として以上メモしておく。

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    2013/05/03

    石川裕人作 シニア劇団「まんざら」公演 「つれづれ叛乱物語」

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    2013年5月3日 宮城野区文化センター パトナシアター
    Vol.3 No.0977

    1)昨年10月に石川裕人が亡くなって、そのブログを見直してから、初めて彼が、60歳を超えた人びとのための演劇、シニア演劇の作品を手掛けていたことを知った。それはまるで、小学5~6年生のためのAZ9ジュニア・アクターズ公演と対をなす活動のように思えた。こちらも、チャンスがあったらぜひ見たいと思っていた。

    2)先日図書館でチラシをもらって予約しておいた。震災後に新築なった区文化センターの会場は、開場前にすでに長蛇の列だった。これはこれで、ジュニアアクターズとは違った、シニアたちの熱気がむんむんしていた。最近定年退職した私たちの同級生も、ひょっこり見にきていた。

    3)う~ん、いいねぇ。なかなかの名役者ぞろいである。そもそも老人施設「鶴仙荘」の、ど素人の老人たちが主人公である。素のままステージに立てば、それでいいのだ(と、思わせるところが憎い)、そんな自然体のスタートが、見ている同年輩の(というか私もすっかりそのお仲間いりしているのだが)共感をさそう。

    4)ところで、この「鶴仙荘」という名前からは、ずっと昔、三越裏の連鎖街の小さな飲み屋さん「鶴仙(つるせん)」を思い出させる。石川とは何度か待ち合わせて、あの狭い店の中で飲んだものである。もう40年も近い前のことだ。

    5)「つるせん」とばかり思っていたこの施設のネーミングだが、実は「かくせんそう」と読む。なるほど鶴は「かく」と読むから、鶴仙荘は「かくせんそう」と読めないことはない。もちろん、この辺は作者のアナグラムにおけるユーモアだろう。容易に「核戦争」を連想させる。

    6)この施設に住む10人ほどの住人達が、老朽化した建物を立て直すという理由で退去を迫られるというところから、この物語は始まる。そのためには、住人達は、悪辣な経営者たちをギャフンと言わせるために、「一芝居」打つ、というストーリーである。芝居の中の芝居、つまりメタ芝居である。

    7)このドラマツルギーのために、同年輩の(もちろん私も含まれている)観客たちは、一緒になって芝居を立ち上げよう、という気分になってくる。つまり、観客もまた、芝居に取り込まれているのだ。うまいな、と思う。

    8)この芝居は再演である。この芝居はすでに13年前の2000年の4月に、この劇団の前身(?)である「Aging Attack!!(シルバー俳優養成企画)」で公演されていたものだ。今回、昨年亡くなった作者の追悼を兼ねて、再演されたものである。

    9)この芝居を書いた時、作者は40代中ば、まだ自分ことをシルバーだとは思っていなかっただろう。自分が「シルバーのために」芝居を書いたとさえ、思っていたかもしれない。

    10)しかしながら、今こうして我世代もアラ還となったタイミングでこの芝居を見た場合、実にまぁ、よくできているというか、芝居とはこういうもんだ、という、小気味いい割り切りを感じる。これはもう、作者を含めた私たちの世代の演劇である。

    11)小学生時代の学芸会から、高校演劇部のハプニング劇、そして唐十郎や寺山修司たちの影響を受けたアングラ劇、その流れの中で、私なりに観劇してきた石川作品群であるが、その幅の広い作風に、今さらながら圧倒される。

    12)この芝居、約1時間10分ほどの作品である。最初は、この時間、持つかな、と勝手に危ぶんでいたのだが、どうしてどうして、あっと言う間に時間が通り過ぎた。正直言って、あと30分は、この世界に浸っていたかったな。

    13)この仕事のチームワークは、脚本を石川が書き、指導は細君の絵永けいが担当してきたとのこと。今回も、演出は絵永となっている。以前、その苦労話をちょっとだけ耳にしたことがある。たしかにその苦労も偲ばれるが、これだけの作品に仕上がるのであれば、その甲斐は十分あるものと思われる。

    14)会場は、一種独特のシニアパワー(笑)であふれていて、なんとも言えず、舞い上がった空間になっていた。満席になった客席からも「面白かったね」の声が何回も聞こえた。そこにあるのは、芝居そのものというより、一種の同年輩同士の共同性であると思える。

    15)それは、一生懸命やっている人への思いやりとかいうものではなく、ある仕掛けが、連鎖反応を起こして、会場全体に広がったような、波状的な拡大だった。ステージに登った人たちも、会場に引き寄せられた人たちも、してやられたな、という快感が伴う体験であったはずである。

    16)この芝居、ことし6月に山梨県の南アルプス市で開催される「第2回全国シニア演劇大会」 にも参加するらしい。

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    2013/05/02

    Intelligence: The Creative Response to Now (Osho Insights for a New Way of Living) [Kindle版] Osho (著)


    フォーマット: Kindle版
    ファイルサイズ: 279 KB
    紙の本の長さ: 210 ページ
    出版社: St. Martin's Griffin (2010/4/1)
    販売: Amazon Services International, Inc.
    Vol.3 No.0976★★★★★

    1)知的であるとか、知性的であるとかの、Oshoの言葉使いは独特だ。組織的な「宗教」と、個的な自由な「宗教性」を峻別するように、社会的なガラクタを詰め込まれた「知識」と、人間が本来もって生まれてくる自由な「知性」は別なものであるどころか、全く正反対なものであるとする。

    2)生まれて豊かな想像力に恵まれた子供たちに、つまらない出来合いのガラクタを押し込んでいるのは、周りにいる大人たちである。持って生まれた「知性」を最大限に尊重すべきだ、とする。

    3)破壊されてしまった「知性」を取り戻すのに、瞑想は役立つだろう。しかし、ダメージを受けた知性を回復するために瞑想は役立つだろうが、瞑想が知性を生み出すものではない、とする。

    4)持って生まれた純粋な知性が想像力を発揮している時、瞑想は必要ない。

    5)完全をもとめてはならない。完全主義者は精神障害に陥るだろう。未来に対して、自由を与えよ。それは、ともすれば予知不能な世界を切り拓く。過去からみれば、それは不完全なものですらある。

    6)出来上がってしまった過去の知識は偽物である。常に新鮮な、現在進行形の「真実」を見よ、とOshoは言う。

    7)今に開いて、ここにいよ、これがOshoの言う「知性」である。

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    2013/05/01

    Intuition: Knowing Beyond Logic (Osho Insights for a New Way of Living) [Kindle版] Osho (著)


    フォーマット: Kindle版
    ファイルサイズ: 299 KB
    紙の本の長さ: 208 ページ
    出版社: St. Martin's Griffin; 1版 (2010/4/1)
    販売: Amazon Services International, Inc.
    言語 英語
    Vol.3 No.0975★★★★★

    1)Osho Insights for a New Way of Livingシリーズの中の一冊、「直感」についてである。

    2)肉体における本能、頭脳における知性、それらに対峙させるところの、魂、あるいはハートにおける直感。当然のことながら、Oshoは、この直感こそが人間存在の最も中心で、最も深いと見る。

    3)そして、既視、未知、に対峙させるところの不可知を最も重視する。

    4)直感は不可知の領域からやって来る。

    5)本能は肉体に紐づき、知性は頭脳に紐づく。それに対して、Oshoは、直感は魂からやって来ると言ったり、ハートからやって来る、と言ったりして、一定しない。

    6)魂はハートにある、と言ってしまえるなら簡単なのであるが、そのようには意図されていない。そう言ってしまえるのなら、それは知性や合理性の中で解決される。簡単にくみこまれてしまう。

    7)しかし、直感は、本来、ハートと言わず、魂と言わず、どこからやってくるか分からない。分からないからこそ、不可知なのであり、神秘なのである。

    8)そもそも、ハートにせよ、魂にせよ、決して合理的な、科学や数値では捉えられることはなく、表現もされ得ない。

    9)Oshoの言葉にはリズムがあり、明白なコントラストがある。分かりやすく、イメージし易い。しかし、これが曲者なのである。Oshoの言葉を理解したからと言って、Oshoの言わんとしたことを理解したことにはならない。人は、そのことを、自分のこととして、生きなければならない。

    10)詩やダンス、木々の息吹や、小鳥たちのさえずり、日々の暮らしの瞬間のなかで、神秘は息づく。

    11)本能や知性があり、そしてそれらのマスターとして直感はやってくる、とOshoは言う。

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    Joy: The Happiness That Comes from Within (Osho Insights for a New Way of Living) [Kindle版] Osho (著)


    フォーマット: Kindle版
    ファイルサイズ: 393 KB
    紙の本の長さ: 192 ページ
    出版社: St. Martin's Griffin; Pap/DVD版 (2010/4/1)
    販売: Amazon Services International, Inc.
    Vol.3 No.0974★★★★★

    1)角川書店から山川亜希子夫妻の翻訳によるOshoの本がでるという。レディ・ガガがインド訪問の際、Oshoの本を読んでいるという発言をしたため、アメリカ本土でもOsho本の売れ行きが上がったそうな。

    2)そういうところに目をつけるのが大手出版社なり、流行翻訳者たる所以であるか。何はともあれ、すでに翻訳は終わっているそうだから、間も無く出版されるであろう。

    3)ということで、一足先に、Kindleで無料サンプルをダウンロードして、原書を読んでみる。この手の編集本では、いつどういう形でOshoが話したのかは、よくわからない。いまや、そういう事にこだわっている時代ではないのだろう。Oshoという存在全体の、その片鱗が、チラリと光る、そうであればそれでいい、のであろう。

    4)さすがに、数あるOsho本の中から抜き出されるだけあって、グサリとくる一冊である。センテンスをコピペして、こちらに貼り付けようと思ったが、Kindleアプリではうまくいかない。

    5)Oshoは、pleasure、happiness、joy、そしてblissについて語っている。さすがである。洞察力ある慧眼にして、言葉の使い手であるOshoにかかると、干からびた言葉群が、息を吹き返す。

    6)そもそも、ここで述べられているのは、joyは外側の表面的な部分に依拠するものではない、ということだから、翻訳者がどうの、出版社がどうの、ましてや有名人の誰かが紹介した、などということで、話題になることは、本末転倒しているとも言える。

    7)ましてや、Oshoの本だから有難い、というわけではない。

    8)Oshoは、この本のタイトルであるjoyからさらに進めてblissに至る。その魔術や見事ではあるが、おっしゃっていることは、それが外在物に依存している限り究極のものではないよ、ということだ。このパラドックスを抜け切らないと、彼のいうblissには至らない。

    9)この本はシリーズ化されており、10冊以上出ているが、邦訳では6冊が出版される、らしい。

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