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2013/08/13

「ティラノサウルス」小田 隆/作絵

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「ティラノサウルス」

小田 隆/作絵  真鍋 真/監修 2005/03 金の星社 大型本: 51ページ 
Total No.3078 ★★★★★

 当ブログにおける、大人の週末工作、あるいは夏休みの自由研究「チキンの骨でテラノサウルスを作ろう」プロジェクトは、はて、どこまで進んだであろう。

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 前回の「地球ザウルス」と、遠目にはあまり変わらない状態だが、実は大いに違う。実際の資料をもとに、かなりリアリティを込めて制作しているのである。骨の数、向き、それぞれの骨のパーツと位置、20分の1スケールだから、12mの「スー」は60センチの全体骨格モデルとなる予定である。

 一番の売りは頭骨であるだろうから、今回はかなり手を入れた。実際には決定版というものもなく、学術的研究もまた不完全なまま進行中であるだろうから、まあ、こちらも、それなりの精密度で先を急ごうと思う。

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 先を急ごうと思う理由は、このティラノサウルスの次に、プテラノドンの全体骨格モデルを作ろうと思っているからだ。およそ7~9mのプテラノドンは20分の1スケールで言えば、35センチから45センチ程度、それほど難しくはなさそうだが、その材料を集めるのが難しそう。少なくともチキンの骨だけ、というわけにはいかないのではないか(今後検討を要する)。

 しかし、なぜにプテラノドンなのであろうか。この本はイラストが中心になっている本だが、細部にわたって精密である。制作上、とても参考になる。この本のイラストの中にも、非常に印象的にティラノサウルスとプテラノドンが対比してある(p22)。

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 聞けば、プテラノドンは翼竜であり、翼竜一般は「恐竜」とは見なされていないという。骨盤の形や進化のプロセスによって、大きく分離されているのだが、それではなぜに、これほどまでにティラノサウルスとプテラノドンは互いを補完するように掲示され、並び称されるのであろうか。

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 なにをして、人はここまでティラノサウルスとプテラノドンを対峙させようとするのだろうか。

 Pen Books「恐竜の世界へ。」 では、「アフターマン」(1980年)などの著書のあるドゥーガル・ディクソンが紹介されている。当ブログにおいても、何冊か取り寄せてぱらぱらめくってみたが、極めて興味深い部分があった。深く読み込んだわけではないので精確ではないが(そのうち、やはり、読んでみよう)、人間の空想性というよりは、存在の「創造性」というにふさわしいインスピレーションである。

 つまり、いくつかの生物進化の過程において、他の種が死滅すると、他の生物系統が、その「空欄」を埋めようとする、ということらしい。つまり、爬虫類や哺乳類、恐竜類が、それぞれに似た系統の進化をそれぞれにしている、ということらしい。

 つまりだ、私がここで言いたいのは、空にはやっぱり、なにか飛翔物は必要なのだ、ということだ。それが鳥類であろうと、翼竜であろうと、あるいは昆虫であろうと、爬虫類であろうと、とにかく、なにかが「飛ばなければならない」のだ。

 そもそも、「恐竜」が科学的に証明されたのはこの数百年のことであろう。そのはるか昔から、人類は、「龍」を想起してきた。そこには、なにか「龍らしき」ものがどうしても必要だったのだ。人類がそれを想起する前に、存在ははるか昔に、具体的に「恐竜」たちを、人類などよりはるかに長く「存在」させていた。

 そもそも「恐竜」についての情報が人類のどこかに潜んでいて、「龍=ドラゴン」がどうしても人類の創造性の中に現れざるを得なかったのではないか。それがようやく「科学的」に発掘され、系統づけられるようになってきた。

 ティラノサウルス VS プテラノドンの対峙を考えていると、東洋に古代からあるイメージ龍虎の闘い、を連想する。虎には、どうしても龍が必要なのであろうし、龍もまた虎を必要とするのだろう。

 さて、ティラノサウルスとプテラノドンでは、「恐竜」とされているのはティラノサウルスのほうだが、龍虎で言えば、当然、空を飛翔するものこそが「龍」なのである。脱線ついでに言えば、当ブログとして追究すべきなのは、ティラノサウルスではなくて、むしろ、プテラノドンなのでないか。

 地球が「球」なのは、中空に浮かんでいるからである。浮かんでいる空間の広がりは、その「球」に比較することさえ不可能なくらいの広がりがある。大地とは言うものの、せいぜい、宇宙の中のたった一つの星の表面にすぎない。下降する、根づくエネルギーは、せいぜい、ちいさな星の中心へと向かう求心力にすぎない。それに比較すれば、無限大にひろがる「空」に飛翔するということは、無限大へ向けての爆発力なのである。

 翼竜とはいえ、あるいは鳥類とはいえ、空高く飛んだからと言って、地球の重力圏を振り切って上昇していったわけでもないし、その表面の空気層を滑空しているにすぎない。無限大に飛翔することなどできない。それは「かもめのジョナサン」でも同じこと。重力を振り切って、地球圏から脱出している、という意味では、現在の地球人のほうがはるかに進化している。

 ここで、より明確にしておきたいのは、とにかく、存在はすべてを準備しているということだ。なにかの「空欄」があれば、他の何かの手段を使ってでも埋めるだろう、ということ。「ムーからやってきた天空の龍」を、「パンゲア大陸からやってきたティラノザウルス」という言葉に置き換えた場合、そのティラノサウルスは、本当は天空を飛ばなければならないだろう。

 もっとも、この単語群自体めちゃくちゃである。ティラノサウルスは白亜紀の生物であり、その頃にはすでにパンゲア大陸は分離し始まっていた筈であり、これでは、いろいろと矛盾に含んだ単語群になってしまっている。

 いずれにせよだ。ここで問題なのは、ティラノサウルスでもなければ、プテラノドンでもない。天空へ飛翔する「龍」的なものについてなのだ。もし、そこに恐竜もなければ、翼竜もない、その状態で、存在はいったいそこに何を準備していたのだろうか。

 以上は、カッターナイフやピンセットをいじりながら、勝手に頭に浮かんできた思念をメモしたものである。後日、もう少しブラッシングしよう。ここには、当ブログとしての大事なミッシングリンクが隠されているように思える、のだが。

 

 

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