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2013/12/20

飯沼勇義「3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ」<7>

<6>からつづく

3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ
「3・11その日を忘れない。」 ―歴史上の大津波、未来への道しるべ <7>
飯沼 勇義 (著) 2011/06 鳥影社 単行本 208p

 こちらの本にも、「秀真伝」の書名がでていたのが印象的だったが、さて、あらためてめくってみると、登場したのはわずか2回だけだった。

 この津波を解説する前に、古代東北に存在した日高見国(ひたかみこく)について触れてみたい。

 日高見国とは、日本の皇室誕生以前の縄文時代に遡り、昔の御祖(みおや)、高産霊日高見(たかむすびひたかみ)生みて・・・・・と「秀真伝(ほつまつたえ)」に書かれている(この「秀真伝」については、その信頼性を疑問視する専門家が少なくないが、歴史津波の実態が解明されつつあることによって、その信頼度が高まってきたと、私は考えている)。

 日高見国は天皇成立以前から継承されてきた国で、縄文時代に存在していた。日高見の名はおそらく西日本から東方域の人々を見たとき、東方から朝日が昇ることで、東方を日高見と呼んだのである。ついでに記すと、日本という現在の国名もこれに基づいている。
p39「預言された津波」

 次の書である「解き明かされる日本最古の歴史津波」(2013/03 鳥影社)はすでに3・11の数ヶ月前に脱稿されたと聞くが、その時点で、すでに、かなりの部分を「秀真伝」に依拠し始めていたことが感じられる。

 また「記紀」の基となったといわれる「秀真伝」には、この文明の始原の場たるトコヨが天上の理想郷であるとともに、具体的な地上の国土であるという記述もある。それは睦奥国、ヒタカミと呼ばれる地域であった。このヒタカミが日高見であるとすると、日本は東北地方の一角から始まったということになる。

 大自然の背後には、はっきりと目に見えない威力が存在していると、縄文人たちは感じとっていた。万物を生み育てると共にすべてのものを破壊する恐るべき大自然の力。そこに私たちは寄り添って生きていくしか許されていないと蝦夷たちは感じとっていたのである。
p181「これからをどう生きるか、災害の哲学の構築」

 それにしても、こちらの「3・11その日を忘れない」読後直後に、「秀真伝」が印象的に残ったのは、私が20年ほど前までに他の紹介文を読んでいたから、「ほほほう」と思ったのだろう。

 漠然としてまだ未知の部分も多く、謎が多い、アラハバキ、ヒタカミ、ホツマの世界だが、逆説的に言えば、漠然としていて、未知の部分が多く、謎が深まるからこそ、そこに理想郷を書きやすいのかも知れない。

<8>につづく

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