« 「日本人の死生観」―蛇・転生する祖先神 吉野 裕子 | トップページ | OSHO「英知の辞典」 <27>文明 CIVILIZATION »

2013/12/13

ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語―古事記・日本書紀が隠した日本神話の真実 池田 満

ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語」―古事記・日本書紀が隠した日本神話の真実 
池田 満 (著) 2010/08 展望社 単行本: 229ページ
Total No.3142★★★★☆

 著者は1955年生まれ、1972年(17歳)にホツマのパイオニア松本善之助の「塾」で学び始めたということだから、相当早熟であったと思われる。その後、ホツマ関連文書の発見・解読・保存などに務めてきたということだから、現在58歳にして、この道ひとすじに人生を送ってきた、と見ればいいのだろう。

 他にも著書が多数あるので、総合的に判断しなければならないが、この道ひとすじ、という場合、その深さに比して、巾の狭さが気になるものであるが、著者の場合はどうであろうか。

 和田家古文書偽書騒動や旧石器ねつ造事件など、それこそ「想定外」のことどももよく起きるのであるが、ホツマツタエ、ミカサフミ、フトマニなどの、いわゆるオシテ文献の、信ぴょう性はいかなるものであろうか。

 その文書類のスタートを、すでに歴史は江戸時代以前にまで遡ることができそうだ、ということは分かっているが、それ以前のことは分からない。ましてや「古事記」「日本書紀」以前の、日本の歴史が書いてある、と言われると、通常の「科学」センスを持っている現代人ならば、その「立証」に対する「反証」や「検証」を求めざるを得ないだろう。

 その立証ばかりか、反証や検証も、いまだ道半ば、というより始まったばかりというイメージが濃いが、もし、わずかであっても、その存在が確認され、それを吟味するなかで、その深い「芸術」性に感動できるのであれば、それは、十分存在意義があるというものである。

 ましてや、さらにその世界のなかに、人間「意識」の神秘さを感得し得るなら、それはそれ、ホツマの世界に遊び、学び、生きた、ということになろう。

 この「ヤマトタケ物語」は、逆にいうと、いわゆる飯沼史観にどっぷり「浸かろう」としている当ブログの現在にしてみれば、ある意味、「余計」なストーリーも多くある。記紀神話理解も十分でない上に、さらなるホツマ神話など、混乱を極めてしまいかねない。

 しかし、飯沼史観を持ってして「完璧」「終結」を意味しない限り、常に、新たなる反証、検証、傍証の波に洗われる必要がある。

 そもそも、「ホツマ」自体が、記紀神話を下敷きにした現代日本の国の存在様式に対する「反証」である。アンチテーゼであり、「まつろわぬ」勢力なのである。当然のごとく、その道は険しくて当然であろう。

 この「ヤマトタケ物語」はですます調で書かれており、イラストや画像、図版が多くあり、私のようなそそっかしい読者にもやさしく解き明かそうという姿勢に貫かれている。そこにかかれている内容は決してやさしいものではないが、このような努力がなされていることに感謝し、諒とする。

 巻末に音楽CDがついている。

つづく

|

« 「日本人の死生観」―蛇・転生する祖先神 吉野 裕子 | トップページ | OSHO「英知の辞典」 <27>文明 CIVILIZATION »

25)時の葦舟」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語―古事記・日本書紀が隠した日本神話の真実 池田 満:

« 「日本人の死生観」―蛇・転生する祖先神 吉野 裕子 | トップページ | OSHO「英知の辞典」 <27>文明 CIVILIZATION »