「Strawberry Statement いちご白書」 1970
「Strawberry Statement いちご白書」
ジェームズ・クネンJames Simon Kunen原作 1970 カンヌ国際映画祭審査員賞 監督 スチュアート・ハグマン 映画 102分
Total No.3189★★★★★
「『いちご白書』をもう一度」を聞いたことある日本人は多いだろうが、映画「いちご白書」を見た人はそう多くない。かく言う私もその一人である。そもそも「『いちご白書』をもう一度」という歌を友人のカーラジオで偶然聞いたのも1980年代になってからだった。
でも、「いちご白書」という映画があることは1970年から知っていた。1970年は私が高校2年生の年。いろいろあり過ぎて、これまでもいろいろ書いたが、決して書ききれない年代である。
先天的な運動家でもなかったし、映画研究会に属するような映画ファンでもなかった。ごく当たり前の高校生として、当時の名画座を中心として、いろいろ映画も見ていた。だが、よく覚えていないが、私たちの街では、「いちご白書」は上映されなかったのではないだろうか。
同じ年齢の友人は、早めに高校を横に卒業して上京してしまった。彼は「いちご白書」を見ていた。感受性の強い、演劇志望の少年だった。彼は、決して「いちご白書」だけに影響されたわけではないし、あの当時、私たちの街は、あの風景のままで、別段「いちご白書」だけが珍しかったわけではない。
でも、「『いちご白書』をもう一度」がヒットして、ロングセラーになったので、「いちご白書」がシンボルとして永く記憶に残ることになった。
リンダ役のキム・ダービーがかわいいね。もういちど初恋をしたくなる。
映画『いちご白書』は、1968年のコロンビア大学の大学紛争を描いたアメリカ映画。ノンフィクション。これは別段にこの大学だけで起きたことではない。このような風景の中を、スナイダー達が回っていたし、スティーブ・ジョブズもこのようなキャンパスを生きていた。
当ブログの原点も、このあたりの時代性にある。いろいろ当時のことを思い出していた。他のことを書き進めていて、どうも、このあたりの時代のことをじっくり考えていた。考えてもまとまりもなく、結論もでないのだが、この時代があればこそ、次のステップ、そして次のステップがあったのだった。
やはり、シンボル的な映画である。
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コメント
カラオケに行って、歌集から選ぶのが、「あ」から、まず「ああ、上野駅」、二番目は「『いちご白書』をもう一度」。定番だね。
投稿: bhavesh | 2014/03/09 07:07