「来たるべき地球人スピリット」<10>SNS
「来たるべき地球人スピリット」--読書ブログから見たポスト3・11--
<10>SNS
ネット環境ならそれほど臆せず参加してきた。80年代初頭から、マイコン情報にはちょっとうるさかった。専門家ではないにせよ、そういう時代が早くこないかなぁ、と、情報化社会に夢を持っていた。95年にインターネット元年を迎え、勢い、Eメールやパソコン通信のフォーラムなど、どんどん時代は進んでいった。
でもどこか、疲れてしまっていたのも事実。足元では一般家庭へのパソコン普及率は10%程度だったし、ネットでいくら地球村が拡大しても、隣の家や、地域の人々が見えないのでは、どうも片手落ちだろう。
21世紀になっての初めの頃は、むしろ、私はネット社会への参加は少しブレーキぎみだった。浮ついたバーチャルなつながりは、面白そうでもあり、危うくもあったやがて、いつの間にかパソコンの普及率はどんどん尻あがりに拡大していた。家庭内でも、一台のパソコンが鎮座ますます時代でもなくなった。
2005年春。一本の電話は、私を新たなる情報のルツボに引っ張りこんだ。すでに十年前のことであり、あまり細かいことを書くのはやめとこう。ざっくり言えば、mixiで炎上ネタが勃発していたのだ。それまで、私は2chなどにも参加していたが、もう、飽きていた。覆面の罵り合いは、もういやだった。
その中ではあったが、ソーシャル・ネットワーク・サービスという新しい概念は、私の心を優しくなでた。炎上ネタは、約一ヶ月で落ち着いた。私は、そこでまた元の生活にもどろうとしていた。その頃一方では、旧知の友人たちは、新たにネットにつながり、自分のブログを作り始めていた。
私も、2005/08に無料ブログを登録をしたが、特段に書くこともなかった。すでに会ってもいない友人たちの前で、どのような顔をしたらいいか、もう忘れていた。ぎこちなく、気軽に動くこともどうもできなかった。
そんな私を解き放ったのは、2006年春に出版された「ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる 」(梅田望夫 ちくま新書)だった。極めて挑発的な内容だった。ブログを登録していたものの、ネタに困っていた私は、この本を熟読し、その感想を逐一書いてみることにした。ブログ・ジャーナリズム、あるいは読書ブログ、という当ブログが存在しているとするなら、スタートであり、ここが原点である。
ほほ一ヶ月かかった。そして、そこから派生して、よく本を読むようになった。その頃、一般図書館も使いやすくなっていた。ネットからリクエストすると、あらゆる種類の本がお手軽に読めるようになった。最寄りの図書館になければ、他の市内でも県内でも、時には国会図書館からだって、取り寄せてくれた。
新しいライフスタイルが始まった。あれから7年ほどで3000冊ほどの本を読むことになるとは、一体誰が予想できたであろうか。今回のこの一文は、読書ブログとして読んだこの3000冊の本がベースになっている。そこから見えたもの、そこにつながっていくもの、そして、今後の在り方。それらが、ガサゴソと動きだした。
ツイッター、フェイスブック、さまざまな新しいサービスが始まっていた。時間の経過とともに、私はこれらの新しいたツールにすっかり虜になってしまっていた。セカンドライフというヴァーチャル・ゲームや、オンライン・オセロにもハマった。キンドルやタブレットにも関心を持ち始めた。
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