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2014/04/29

「来るべき種族」 エドワード・ブルワー=リットン 小澤正人訳 <3>

<2>からつづく

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「来るべき種族」 THE COMING RACE <3>
エドワード・ブルワー=リットン 小澤正人訳 原作1881 出版2007/11 連絡先愛知県立大学文学部英文学部 小冊子 p132

 読み終わってみれば、A4版二段組み120ページの作品である。決して長編でもなく、また、小説の構造としては至ってシンプルである。ある青年が、ひょんなことで地下世界の存在に気づき、探検に出て、そこに到達するが、とらわれてしまい、そこから脱出できなくなってしまう。

 そしてそこで好意的に歓迎されて暮らすうちにその地下世界の社会構造と哲学を理解する。その理想や技術の高さに敬服するとともに、その限界や恐怖にも気づくようになる。滞在中に恋愛のような感情を持つようにもなるが、いずれにせよ、身に危険を感じながらも、ようやく脱出する、というお話である。

 その地下世界に滞在する間に見聞きする世界こそが、作家の述べようとするユートピア世界であり、不思議なパワー、ブリルや背中の肩甲骨から生えている羽などは、ちょっとした味付けだが、あとは細かい哲学である。この小説が書かれてから一世紀が経過していることを考えれば、発想可能性としての「哲学」としては、特段に珍しいものではない。

 細かい組み合わせについて考えれば、いくらも突っ込むことはできるだろうが、それはあまり本筋ではないだろう。とにかく、リットンは、当時の世界観に不足するものを感じ、理想を書き、そして、それらこそいずれ「来たるべき」世界観である、と言いたかったのであろう。

 ある意味、こういう小説の構造はいくつもあるに違いない。例えば「失はれた地平線」 とか、ある意味、ヒュー・ミルンの「堕ちたグル」なども、このようなお話構造を借りている。

 私は無事に故国に帰り着き、そこに腰を落ち着けて長い間平和のうちに過ごし、実際的な仕事に従事し、最後には、相当な財産を作って、三年前に引退した。

 若いころの放浪や冒険についての話を求められることも、自分からしたいと思ったこともほとんどなかった。大半の男性同様に、家族的な愛や家庭生活に関わるあれこれに多少失望したりすると、夜一人で椅子に座り、あの若いガイのことを考え、たとえどんな危険が待っていたにせよ、あるいはどんな条件に制限されていたにせよ、どうしてあれほどの愛を拒絶したりすることができたんだろうかと思いをめぐらすことがよくある。

 ただ、私たちの目から隠されて、賢人たちからは人間が住めないとされた地に、ある民族がいて、私達が最も上手に制御して私たちの社会的、政治的生活と敵対するようになっていく能力とを静かに発展させているのだということを考えれば考えるほどに、私達を滅ぼすこの不可避の破壊者が太陽の光のもとに現れるまでにもっと長い年月が流れて欲しいと心の底から一層強く祈らずにはいられない。

 しかし、医者と話して、自分が病気にかかっており、痛みがほとんどなく、病気が広がっているという感覚がなくても、今にも命に関わるかもしれないものだとはっきり告げられたので、自分の同胞に対してこの<来るべき種族>に関する警告を記録に留めておくことが私の義務だと考えるにいたったのだ。 p123「第29章」

 このような前振り、後締めのモナカ構造なら、どんなお話でも作ることができるだろう。心境としては、ひと財産を作ったところとか、余命いくばくもないと医師に宣言されているとかいうところは違うが、現在の私の心境とそれほど大きく変わらない。

 この小説は、この小説の主人公が63歳の時に書いたという設定を活用しているわけであるが、現在60歳の私も、あと3年もたてば、まさにこの心境にますます近づいていくと考えることができる。

 この小説は、この舞台設定の中での、リットンの「来るべき種族」であるが、私もまた、現在、現在、還暦を迎えた男が読書ブログに書くという形で、私自身の「来たるべき地球人」を書いていくだろう。

 思えば、仲間内の友人たちも、ひとりふたりとこの世を去り始めている。彼らは見事に、自分のブログやFB、ホームページなどに、最後の辞世エッセイをつづっていってくれている。ひとつひとつが興味深い。私もそろそろ準備をしようと思う。

 ところで、これを読んでいる最中に、盟友キコリが突然とんでもない画像を出してきた。あらら、とびっくりした。このことについては私はまだ勉強不足でひとこともメモすることはできない。しかし、映像としてはピッタリだったので、ここに無断借用して、貼り付けておく。

Photo

 ちょっと意味不明な点はさまざま申し訳ない。後日、なにかのついでに説明できるようになると思う。

つづく

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コメント

ブルワー・リットン。この人のことを、いつかゆっくりと追っかけて見たいものだ。小学校5・6年生時代、私は新聞部で活動していた。その時の標語は、「ペンは剣より強し」であった。
私はどこからこのアフォリズムを見つけて来たのだろうか。時の担任の越前先生から教えてもらったのだろうか。それとも、図書館に行って自分で見つけたのか。クラスに据えた投書箱には、キチンとこの一文を明記しておいた。
後年になって
実はこれは、ブルワー・リットンの言葉であると知って、非常に驚いた。凄い縁を感じた。何故か。この辺のことを、いずれ掘ってみたい。

投稿: Bhavesh | 2018/07/20 01:33

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