「生存への行進」―いま生命の革命が始まっている ! 大友 映男<4>

「生存への行進」―いま生命の革命が始まっている! <4>
大友 映男 (著) 1982/04 新評社 単行本 268ページ
★★★★★
著者の最近の活動を詳しく知らないが、SNS友から、このようなページを紹介してもらった。
自然共生型社会を目指す:「東アジア地球市民村2014in上海 」に参加してby大友映男
地球市民とは何だろう? 市民村とは、これまた何だろう。 そして東アジア? ひとつひとつ疑問が湧いてくるが、山尾三省は次のように言っている。
地球市民という言葉が真に成立するためには、その前提として地球の全体が大小の差はあれ都市化し、全人類が都市の住民であることが必要であろう。地球上が都市におおわれた時、地球市民という言葉が真に成立するのだとすれば、それはおそらく地球市民の破滅であり、人類の終わりとなるほかはないだろう。
同様に、地球村人という言葉が普遍性を持つためには、都市は消滅せねばならず、<地球>という認識を可能にしたテクノロジー自体も論理的には終滅してゆくことになる。
私自身は、自分を地球村人という場におくけれども、それは地球市民という光を否定することでは少しもない。両者は、これまではどちらかといえば反目しあっていたのだが、<地球>という認識そのものがその反目の無意味性を告げている以上、村人は市民を包み、市民は村人を包み、共通の眼に見える地球というカミを祀ってゆくことが今の課題であり、これからの課題でもあるのだと思う。
そこで自分をも含めた地球市民に提案することは、地球上のすべての河の水を飲める水に、特にすべての都市の川の水を飲める水にと、本気で願うことをはじめよう。山尾三省「リグ・ヴェーダの智慧」 アニミズムの深化のために p85「大河の神サラスヴァティー」
地球市民、地球村民、それぞれに意味合いのある言葉遣いだと思う。が、敢えて、当ブログでは地球人という用語を多用している。地球市民も、地球村民もほとんどでてこない。市にも、村にも、あまり重きを置かず、ダイレクトに地球と人を結びつけて考えている。
著者には、アースピープル(地球の民):「東アジア地球市民村2014」主題歌という歌がある。
まだ明けやらぬ東の空に
高く飛ぶあの鳥のように
登り来る光を浴びて
すべてのいのちは輝き始める
花は咲き 虫達は飛び
生きもの達の息吹く歌
*アースピープル(くり返し)
限りなく美しい空 美しい海
美しい山々 ふるさと地球
いのちたちは ここに育ち
光に向かって 歩き続ける
母なる地球の限りない愛を
受け止めて そして分かち合おう
*アースピープル (繰り返し)
私たちは 地球の民
手をつなごう 魂の兄弟
山を越えて 海を越え
空を越え 翼広げて
いのちと共に 歩み行く
いのちと共に育ち行く
*アースピープル (くり返し)
作詞・作曲 大友映男
この歌詞を読むと、私は自分が撮影した一枚の拙い画像が連想する。どんな曲が付いているんだろう。
2007年頃の宮城県名取市閖上(ゆりあげ)朝市での風景。3・11によって、この風景はなくなった。
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