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2014/04/14

シリーズ「ありがとう」<5>東光印刷

<4>からつづく

シリーズ「ありがとう」<5>東光印刷

 1975年に「星の遊行群」での「失敗」のあと、私は印刷修行の旅に出た。実際は印刷会社に務めたわけだが、そこに永住する気はさらさらなかった。しかし、謄写版とカッティングシートのシルクスクリーンの技術しかない自分があまりにもさびしかった。

 将来の夢として、ジャーナリストか印刷屋さん、なんて思っていた小学生時代は、とうに過ぎていたが、印刷、ってやつはなかなか魅力的ではあった。写植を打ち、版下を作り、写真で製版し、オフセットで印刷し、裁断機で裁断して、製本し、一冊の本にするなんて、なんて素敵な商売だろうと思っていた。

 東光印刷との出会いは、至って簡単だ。雀の森が「終わって」実家に帰った私は、新聞折り込みの求人ハガキを出しておいた。ほどなく返信があって、印刷会社が一社だけ書いてあった。さっそく行ってみると、すぐ採用になった。

 場所は、貨物駅裏の小さな平屋の工場。イメージとしては、寅さんの実家の裏にある、タコ社長が経営する印刷会社と思えば、まず間違いはない。そこは小さかったが、あらゆることを教えてくれたし、やらせてくれた。

 勤務期間は、なんとたった一年半だったが、私は堪能した。社長がまたよかった。社長夫婦には、子供がいなかったから、私は養子になって、この工場を継いでやろうか、なんて、勝手にひとり思っていたこともあったりする(笑)。

 ここでの勤務期間は短かったけれど、想い出は限りない。今回、いちいちは数え上げないでおこう。少なくとも、私は、この工場を辞めることになる。それはこちらの理由というか、私の人生上の、一大事による理由であった。期せずして起こったことである。

 東光印刷の東光は、社長の名前、伊東暁さんの暁からきたものだと思う。甥が、伊東竜俊で、ニュートンの葬式の際に、社長の消息を尋ねたが、すでに数年前に亡くなっていた、ということだった。もうすこし聞き出したかったが、時が時だっただけに、いずれ次回に回すことにした。

 ところがどういう訳か、それから二カ月もしないうちに、その竜俊も逝ってしまった。だから、私としては、東光印刷がどうなっていたのか、社長がどういう人生だったのかを、聞くチャンスを失ってしまった。

 私は、寝ていると大体夢を見る。同じ夢のパターンを多く見る。その中でも、トップランクに位置するのは、アトランティスの津波と、東光印刷だ。幼少時はアトランティスだけだったが、長じては、東光印刷になった。同じストーリーはない。何回も何回も、手を変え、品を変え、さまざまなバージョンが再演される。これが実にリアリティに富んでいて、面白い。

 大体は、工場の内部が変わっていて、新しい機械が入ったり、スタッフが入れ替わったりしている。古びた感じで、モノクロなのは変わらない。そして、いつも私は出戻り社員だ。社長、またよろしくお願いします、とお願いする。

 社長はいつも、禿頭にちょこんと毛を生やして、目を閉じて諒諾する。目を閉じるというより、彼特有の表情で、ダブルウィンクみたいな表情だ。大体、私は社長に怒られたことがない。いちど、版下を作っていた時に、確か前日は徹夜かなんかで眠くて、大きな口を開けてアクビをした時、斜め前で写植を打っていた社長が、「阿部君」っと言って、口を閉じたまま、ほっぺをふくらました。それくらいだ。

 あの時代、楽しかったな。あの年の年末、仕事納めが終わったあと、工場を出て、近くの線路脇のガードまで来た時、私は、振り返って片膝ついて、ありがとうございました、って挨拶して帰ってきた。真っ暗な雪道だった。

 私が会社を作った時、年賀状の返信に、社長は「なんの会社ですか?」って一言書いてよこした。あれは、恥ずかしかったな。実際、私が作った会社は何の会社だったのだろう。あれから20数年続いているが、結局、約款に書いてある10番目の目的と、11番目の目的だけで成り立っているような会社でござります。当初の目的は、一向に達成されないまま、20数余年が経過したのでありました。

 私は社長にありがとうございました、と、あらためて言いたい。結局、ものになる印刷技術を教えてくれたのは暁社長しかいなかった。私は印刷屋にはならなかったけど、あの時学んだことは、今でも身についている。ノート一冊にまとめて、いまでも保存している。

<6>につづく

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